2
気づけば、テレビの前には人だかり。
この異常事件の注目度は高い。コメンテーターの弁舌にも熱が入る。
「この噛み付き通り魔は既に、シリーズ化されてますね!
今回の女性連続と、他には無差別・幼児と対象は様々になりますが、
未だ警察は1人の犯人も特定できずにいますよ! どうなっているんでしょうか!」
「この事件も、青頭巾と呼ばれるアノマリーの仕業でしょうね?」
「はい。警察も先祖返りと見ているようです。
他国でも同じ事案は出ていますが、日本の犯人検挙率はだいぶ低いですね……
この事をどう思われますか?」
「一体 誰が“突然変異のアノマリー”なのか……
病院の検査等では確認できませんから、下手に疑いをかければ人権問題になりますし、現行犯でしか逮捕に踏み切れ無いのが苦しい所でしょう」
【喰人鬼=青頭巾】とされる噛みつき通り魔事件は、ココ数年、世界各国で確認されている。
同手口であっても犯人が1人では無い事から、世間は【アノマリー】と称される突然変異、
もしくは【先祖返り】と呼んで警戒を高めている。
人々は顔を見合わせ、『自分ばかりは被害者になりたくない』と口を揃える。
「青頭巾だけは勘弁だ……」
「捕まって処分されたアノマリーは10年の間に 100人程度だって言うし、まだまだ隠れているんだろうな?」
「でも、その中に青頭巾は数人もいないってじゃないか。殆どがサトリだ」
「サトリは解かりやすい。ゴキブリみたいにコソコソ逃げ惑うから、直ぐにバレて通報される」
「人の心が読めるってのに自分は嘘をつくのが下手みたいだからなぁ、
可笑しな話だ」
少女は目を伏せ、今度こそイヤホンを耳に突っ込む。
再生ボタンを押せば、ジャカジャカとポップで明るいサウンド。
少しでも塞いだ気持ちを解消させたい。
(皆が話しているアノマリーにも幾つか種類があって、
喰人鬼を【青頭巾】。人の心を読むのは【サトリ】)
「ゴキブリ……」
学校に近づけば、同じ制服の生徒達が多く見えて来る。
クラスメイトと目が合えば、朝の挨拶に笑顔で手を振るも、少女の足は再び止まる。
あと一息で校門を潜る距離だと言うのにソレをしないでいるのは、物々しい空気を纏った黒服の男が2人、門番の様に立ちはだかっているのが理由。
他の生徒達も恐る恐ると言った具合で、黒服の男達を遠巻きに避けながら登校している。
(――僕を、探している?)
2人とも見覚えの無い顔だ。
訝しんでいると、黒服は少女の存在に気づき、慎重な足取りで近づく。
「失礼ですが、小角詩子サンですね?」
「……あの、どちら様でしょうか?」
学校前だ、乱暴な事はされないだろうが、強く警戒させられる。
詩子がウォークマンを止め、イヤホンを耳から外すと、男達は懐から手帳を取り出す。警察庁のエンブレムだ。
「今朝、アナタのご両親から通報がありました」
「ぇ?」
「娘であるアナタが、【サトリ】ではないかと」
「!」
詩子の目は見開かれる。
(お父サンと、お母サン、が……?)
子供がアノマリーだと判り次第、親は警察に通報する義務が課せられている。
実の子であっても、異端の存在は恐ろしく感じるのだろう、
検挙されたアノマリーの多くは、こうした近親者からの告発によるものが殆どだ。
(――僕は、アノマリー。中でも【サトリ】と分類されている。
相手が何を考えているのか手に取るように解かるし、人の痛みも苦しみも全部 体感できる。
噂では、力をコントロールする器用な人もいるようだが、私は聴覚や触覚を塞ぐ事が出来ない。
だから、物心ついた頃から、ずっと こうして下を向いて生きて、)
詩子は静かに息を飲んで鞄を落とす。
(生きていたのに……)
詩子の足は、1歩、1歩と後ずさる。