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aNoMaLy  作者: 坂戸樹水
19/36


「詩子……」


 1人、部屋に取り残される龍司は愕然と佇む。

飛び出して行った詩子の最後の言葉に 全身の力が抜ける様だ。




『もうヤダ!! ……こんな生活もう嫌だ!!』




「そぉ、だよ、な……」


 2人が寝食を共にする様になって、初めの内は話し合いながらの逃亡生活であったが、近頃は龍司が全てを独断で決めて詩子に押し付けている。

詩子は日がな1日、狭い襤褸アパートの一室に閉じ込められ、外に出る事も許されず、ただ与えられる物だけに留まる生活。


 本当なら、オシャレをして買い物にでも出かけたいだろう。

否、そんな贅沢は出来なくとも、近所に散歩に出るくらいはあっても良かったか知れない。その為に、人の少ない過疎町を選んだのだ。


 ソレでなくとも、詩子はサトリ。

危険が近づけば、龍司よりも ずっと早くに察知できる。

こんな押し付けがましい生活では本末転倒であったと、今更ながらに猛省する。


「そぉいや、もう1度 海が見たいって言ってたっけな……

こんなに近くにいて、ソレすら連れてってやって無かった……」


 海の側にいて、海の音だけに耳を済ませた詩子の生活が どんなものだったのか、

龍司は玄関に残された詩子の小さな靴を見つめる。

裸足で外に飛び出す程、詩子は心を痛めていたのだろう。


{嫌だった……

詩子を誰にも見せたくなかった。詩子を俺だけのものにしておきたかった。

色んなモンを見せたら、色んなヤツに会わせたら、詩子が俺から離れていく……

だって、俺は汚ねぇ喰人鬼だ。

キレイな詩子は、いつか俺を嫌って俺を軽蔑して俺を恐れる……

いつか喰われるんじゃねぇかと、俺から逃げる……}



「詩子、」



{そんな事はしねぇ! 絶対に絶対に! 俺を受け止めてくれた詩子だけは絶対に!!}


 龍司は詩子の靴を手に後を追う。



*



「――オイ。こんな時間に何してんだ、オメェさんは」

「!!」


 夜空の黒を背負ってうねる波を眺める矮小の背に、老人の嗄れた声が投げかけられる。

肩を震わせ、恐る恐る振り返れば、顔に懐中電灯を向けられる。


「ぅぅ、」

「……ん? オメェさん、妹か? 龍司の」

「!」


 懐中電灯の明かりが下ろされると、詩子は身構えていた腕を下ろす。

然し、目に焼きついた光の残像が邪魔をして、老人の顔が良く見えない。


「ワシじゃぁ、ワシ。漁業組合の会長やっとるジジィだ。

忘れたか? 1度、会っとるだろ」

「ぁ、ああ、会長サン……」


 初めて海町にやって来た日、龍司と共に この漁港を訪れている。

その時、顔を合わせた事を思い出し、詩子は慌てて頭を下げる。


「こ、今晩和、」

「今晩和じゃねぇ。今 何時だと思っとるか。龍司はどぉした?」

「……、」

「1人か? 1人で来たんか?」

「……はぃ、」

「馬鹿な事ぉ……

オメェさん、病気だってじゃねぇか! 家で寝てなきゃ駄目だろぉが!」

「……、」


 ソレは あくまで設定の、至って健康優良児。

詩子はスッカリ肩を竦ませ、項垂れる。


 普段から怒られ慣れてないのか、詩子が余りにも怯えるから、どうにもバツか悪くなる会長は困惑に表情を歪ませる。


「……こっちゃ来い」

「はぃ、」


 手招きされた先には、草臥れた木箱の腰かけが1つ。

会長はそこに詩子を座らせ、脇の倉庫の中から七輪と網を引っ張り出すと火を点ける。


「今、獲って来たイカぁ食わせてやる」

「イカ……」

「うめぇぞ」


 直ぐ側の船からイカを一杯ばかり絞めて戻れば、焼き網の上に並べる。


「本当は生が美味いんだが、オメェさん、そりゃ苦手だって龍司から聞いとるから」

「……、」

「食ったら送ってやるがぁ……

龍司は どぉしてる? 兄チャンが寝てるトコ、目ぇ盗んで出て来たか?」

「……、」


 何をどう答えれば良いのか分からず、詩子は項垂れるばかりだ。


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