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沖合いにはイカ釣り漁船の集漁灯が灯る中、白い軽ワゴン車が海岸線沿いに一時停車。
運転席に座る大柄体型の青年は、カーナビゲーションの画面をジックリと覗き込む。
「木曽川先生、やっぱり この先は港で行き止まりのようです。
こんな時間ですから、1度 街の中心部に引き返してはどうでしょう?」
助手席の女=木曽川に伺いを立てれば、倒れていたシートが起き上がる。
「……仕方が無いわね。
こんな見通しが悪いんじゃ、見つかるモンも見つからない」
時刻は深夜の1時になるにも関わらず、こんな田舎の海町で何を探しているのか、予想以上に寂れた田舎の景観に木曽川は溜息を連投。
青年は大きな背を弱々しげに丸める。
「先生、お言葉ですが……こんな場所にサトリがいるとは思えません。
木の葉は森に隠せと言いますから、姿を晦ますには人が多い場所が良いと思うんです」
「牧田、アンタは本当に馬鹿だわね?
私が何の為に田舎町ばかりを選んで足を運んでいるのか、考えた事は無いのかしら?」
「はぁ」
「サトリは人の心を読む。人が溢れ返った街じゃ煩わしくて生活できない。
ボロを出さない為にも、過疎町を選らばざる終えないでしょうが」
「ぁぁ、言われてみれば そうですね。ぁぁ、流石 先生です」
「本当に馬鹿だわね。アンタ、大学での私の授業を本当に聞いていたの?
そんなんで良くも生物学者になろうと思ったものだわよ」
「はぁ、すいません、」
見た目ばかりは巨漢で厳つい顔をした青年=牧田だが、性根は安穏としている。
対照的に、30代も後半だろう年齢の木曽川は、大学では生物学の教鞭を執っていた女教師だが、神経質でヒステリックな性分の持ち主。
こんなミスマッチな2人が何をしに田舎の海町にやって来たのかと言えば、
会話に出来てた通り、アノマリーの一種であるサトリを探しての事。
サトリが好みそうな静けさに釣られて車を走らせたは良いが、漁業ばかりが僅かな財源の過疎町だ。外灯は少なく見通しも悪ければ、只管 潮臭い。
長く居ては車も錆びてしまいそうだから、ココは一端 出直した方が良さそうだ。
牧田が再びアクセルを踏もうとすると、木曽川はハッと息を飲んで発進を制する。
「待って、誰かいるわ。……子供?」
「こんな時間にですか?」
誰もが寝静まっているだろう深夜の時分に、通りを走って横断し、海岸沿いの歩道を遠ざかって行く小さな背中が目測できる。
「先生。そう言えば、この辺りは青頭巾が出たと言う情報がありますから、
もしかしたら……」
「青頭巾? そんなモノには興味は無い。帰りましょう」
「はい。危険です。危険。アレは危険すぎますからね」
「牧田、情けない男だわね、アンタは。ソレでも同じアノマリーなの?」
「はぁ、すいません。自分はちょっとばかり力が強いだけの赤頭巾なので……」
青頭巾もいれば【赤頭巾】もいる。
呆れ返った木曽川が再び助手席のシートを倒すと、牧田は静かにワゴンを出発させ、来た道を引き返す。
「先生は、アノマリーが怖くないんですか?」
「怖い? 学者に そんな概念は無いわよ。
アンタは随分と青頭巾を怖がるけど、翼々 学者には向いていない男だわよ」
「はぁ、すいません……然し、先生がお調べになったんじゃありませんか。
アノマリーの中でも、青頭巾は頭が良くて機転も利くインテリ気質だって。
瞬発力だって優れているから、目を付けられたら逃げ切れるかどうか分からないと。流石の自分も、喰われたくありません」
「アンタは赤頭巾でしょぉが、牧田。赤頭巾は ただの怪力じゃないでしょぉに」
「はぁ、まぁ……」
「カニバリズムだのリミッターカットの怪力特性だの。
先祖返りとは良く言ったものね。
青にしろ赤にしろ、品の無い無骨な習性には溜息が出るけれど、
ソレに比べてサトリは繊細で美しい。アンタも会いたいでしょう? サトリには」
「ええ。処分されて、だいぶサトリの数も減って来ているようですし、
先生の話も聞けば、誰だって会いたくなると思います。尚更です」
「そうでしょぉよ。
サトリは純粋。そうゆう者にだけ齎される 地球からの美しいギフト。
是非 捕らえて、この手で触媒してみたい。
きっと、赤頭巾のアンタとかけ合わせれば、パーフェクトな生命体が出来上がる。
そうなると、どうせ出会うなら メスのサトリが良いわねぇ」
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