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23年前のその日、極限られた時間であったが、地球全体が闇に覆われたのだ。
ソレ以降、産まれた子供達に異変が見られたのが始まり。
産まれたばかりの赤子が直ぐに喋り出すと言うは既に当たり前のケースになっているが、その中の1割に後天性の異能者が含まれている。
ソレが、【サトリ】や【青頭巾】と言った異常個体だ。
「解かってる。でも、龍……」
「死に急ぎてぇか? あぁ?」
「龍ばっかり大変なのは嫌なんだ……」
「!」
何も、興味本位でアルバイトがしたいのでは無い。
早朝は港、午後から深夜まで倉庫で肉体労働する龍司の苦労を想像すれば、居てもたってもいられない。サトリは そうした感覚的な事にも酷く敏感なのだ。
こうして側にいるだけで、龍司の疲れが溜まっているのが感じ取れる。
詩子はソレが辛くて堪らない。
詩子は両手で顔を覆い、メソメソと泣き出す。
(僕と出会う前の龍は、大学生だった。
頭が良かったから、奨学金で勉強していたようだ。
ソレが、僕なんかと出会ってしまった為に、龍はこんな苦労をしている……
本当なら、今頃は勉強していた筈なんだ。将来は医者になりたかったんだって……
龍の心の声はいつも悔しそうに呟いてる……)
詩子と龍司は実の兄妹では無い。
ひょんな事から、こうして兄妹の成りをして生活している。
追われている詩子の為に、龍司は住み慣れた土地を離れ、今は共に逃亡生活。
漸く身を落ち着けたのが、この田舎の海町だ。
何を聞かなくとも、詩子には龍司の全てが聞こえてしまう。嘘はつけない。
龍司は溜息を零し、包丁を置くと、矮小の詩子の足元に膝を突く。
「何も心配するな、詩子。俺はお前が思ってるよりずっと強い。知ってるだろ?」
「……、」
「今朝も喰って来た。
美味くは無かったが、人を喰らえば俺は何度だって再生する」
「龍、龍ぅ……」
詩子は龍司に抱き縋る。
(聞こえる……龍の心が聞こえる……)
《今朝、通りで見つけたベンツの後をつけた。
ヤツらはコッチが誘わなくても勝手に山の奥へ入って行く。
見晴らしのイイ観光スポットを見つける為だ。
人目も無いから、俺にとっては絶好の狩場》
(青頭巾は人間を食べないと死んでしまう。
野菜や魚は空腹を誤魔化す為の一時凌ぎで、生きる為に本当に必要なエネルギーは人間の肉からしか摂取できない)
《2人も喰った。コレで当分 喰わずにいられる。人を襲わずに済む……》
(心が痛い。苦しい。悲しい。
龍、可哀相な人……本当は食べたくなんかないのに……)
詩子の腕の中は狭いが温かい。
龍司は詩子の背をポンポンと撫で、立ち上がる。
「美味い朝メシ作ってやるから、ちっと待っとけ。な?」
「うん、」
結局、魚はどうのと文句を言っておきながら、龍司の見事な味付けで朝食は完食。
シラスは だいぶ気味悪く感じたものの、食べてみれば臭みもない新鮮さだから、詩子の大好物に昇格だ。
*
14時になる頃には、龍司は いつも通り自転車を走らせ、山の中腹にある倉庫へ向う。
共に暮らし始めて1年余りになるが、この海町の襤褸アパートに移り住んでからは詩子が1人で過ごす時間は長い。
2人分の生活費と、いざと言う時の逃亡資金を蓄える為、龍司は常にハードワーク。若者らしい遊びの1つもしない毎日だ。
詩子は ちゃぶ台に広げた問題集に目を落とす。
龍司に買い与えられた高校1年生レベルのものだが、学校に通わない詩子には難しい。
(龍は、勉強はしておかなきゃ駄目だと言う。
生きていく為に どんな知識が必要になるか分からない。
いざと言う時、持てる知識を活用できなくては意味が無いとも言っていた)
「この記号、何だろ?
記号に数字を当てはめたら、何が分かるって言うんだろ?」
(龍は色々な事を知っている。
龍がいなかったら、この海町にも来られなかった。
こんな町があった事も知らずにいた。
部屋を借りたり、仕事を探したり、お金を稼いだり、僕だけじゃ絶対に出来なかった)
逃亡生活の初日は1人きりだった詩子は、電車に乗って1時間の距離で路頭に迷っている。
未成年と言う事も目立つ要素の1つだが、分からない事だらけの世界で、今は龍司が詩子の道標だ。
「早く帰って来ないかな……」
(会いたい。声が聞きたい。龍がいないのは、寂しい……)
*




