10
「サトリか!!」
「ッッ、」
路地裏から大通りに駆け出そうとする寸暇、龍司は詩子の腕を捕み取る。
「いゃああああああああ!!」
龍司の手を振り払うべく、詩子は闇雲に暴れる。
(逃げて、生きる。ソレで良い。ソレだけで良い。
誰の邪魔もしない。独りぼっちで静かに生きるから、静かに死んで逝くから、
だから、神様……)
「!」
(どうか僕を殺さないで……)
視界に飛び込んで来るのは、目映い光を放つヘッドライト。
(僕はもう少し、自分の鼓動を聴いていたいだけなんです……)
――キキィィィィィィィ!!
……
――ガシャン!!
やって来たトラックは、揉み合って車道に飛び出した詩子と龍司を跳ね飛ばし、急停車。
運転手は慌てて運転席を飛び降りるも、2人が起き上がる事は無い。
*
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……
(聞こえる……)
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……
(ココは、何処だろう……)
瞼が重い。体が痛い。
何処からか、話し声が聞こえて来る。
「いきなり飛び出して来たんですってよ? 難よねぇ、トラックの運転手サンも」
「意識、戻るかしら?」
「どうかしらね? 外科の先生が言うには、即死じゃないのが奇跡ですって」
「そぉ……でも、女の子だけでも身元が分かる物を持っていてくれて良かったわね。ご両親、明日いらっしゃるって?」
「ソレがね、地元の警察関係者の方が引き取りに来るって」
「えぇ? どうゆう事?」
「さぁ。男性の身元は追々 調べますって、そんな言い草だし……」
どうやら、ココは病院。
意識の回復が危ぶまれていた様だが、詩子の目は覚めている。
コレも、アノマリーとしての強靱さが顕われての事なら複雑な気分だ。
(警察が来る……もう、逃げられない……)
麻酔が効いている事もあって、金縛りにあっているかの様な感覚。
指一本が動かせない。
そっと、黒目ばかりで周囲を見回すが、窓にはカーテンが引かれていて、外の様子を窺う事は出来ない。
然し、陽射しが差し込んでいるでも無いから、きっと夜半なのだろう。
事故からソレ程 時間が経っていない様にも思う。
(生きていて良かったのか……
ソレとも、あのまま死んでしまった方が幸せだったのか……
どの道、僕は死ぬ。どんな形であれ死ぬ。選べない。決定している事……)
明日になれば、警官はサトリとしての詩子を迎えに来る。
そのまま回復を待つでも無く研究室に搬送される事だろう。
どんな実験を施されるのかは一般に公表されていないから想像の域を出ないが、拘束されて今まで生き長らえたアノマリーは1人といない。
『最期には焼却処分するのでご安心ください』とだけ、研究者がニュースでコメントしていたのを覚えている。
だいぶ夜も更けたか、病室の外は静まり返る。
気だるさに詩子が再び目を閉じると、静かに病室のドアが開く。
キィ……
目を開けて確認する必要も無い。この気配は龍司だ。
どうやら、龍司も超人的な回復力でもって意識を取り戻した様だ。
然し、潜ませた呼吸は苦しげで、追い払う気にもなれない。