序章 1
人の心を読む【覚】と、
人を喰らう事でのみ命を繋ぐ【青頭巾】の物語。
――Anomaly
ある法則・理論から見て、異常もしくは説明できない事象や個体を指す。
*
朝の通勤・通学ラッシュ。
交差点のド真ん中、制服姿の少女は立ち止まり、両耳を塞ぐ。
(街は、ゴミのような言葉で心を埋め尽くした人で溢れ返っている)
《慣れ慣れしんだよ、コイツ! 超ムカつく! マジシネよ! ウゼェ!》
《何で子供なんて産んじゃったんだろ……面倒クサぁ。捨てちゃおっかなぁ……》
《あんなに尽くしてやったのに裏切りやがって、覚えてろよ!
住所も写真も、ネットに全部 曝してやるからな!》
(踏み潰して踏み潰されて。
自分は必ず どちらかの一方の役割だと思っているようだけど、そうでも無い)
《トロトロ歩いてんじゃねぇよ、クソババァ! こっちゃぁテメェみてぇに暇じゃねんだよ!》
《どいつもコイツもバカにしやがって……コロシテやる……》
《騙される方が悪いんだよ。賢い消費者になれっつの。バーカ》
(皆、踏み潰されたから踏み潰し返す。次は、踏み潰される前に踏み潰す。
少しずつ、狡猾に進化して悪循環)
《アイツ、もぉ利用価値ゼロだわ。アドレスから消しちゃお~~っと》
《早く結婚しなきゃ……この際 相手の気持ちなんか どうでも良いわ。結婚さえ出来れば勝ちなのよ……》
《やったぁ! また金が振り込まれてる~~! ちょーっと脅しただけなのにチョローイ!》
(ずっと綺麗でいたい……
でも、穢いモノで塗り潰されていく。グチャグチャにされていく。
逃げられない……僕の耳が、人の心の声を盗み聞きし続ける以上は……)
耳を塞げば周囲の雑踏は遠ざかるも、人の心の声だけは奥深くに響いて反らす事が出来ない。
――ドン!!
歩行者に肩を突き飛ばされ、少女は横断歩道に両手を着く。
《何やってんだよ、このクソガキはぁ、邪魔クセェ……》
《やだぁ、あんなトコで転んで。恥ずかしい~~ダサぁ~~》
《どいてよ! 誰かが手ぇ貸してくれンの待ってんじゃないわよ、厚かましい!》
皆、無言。視線ばかりを向け、心の中では随分な悪口を垂れている。
敢えて口に出さずに留まるのは、聞こえる様に指摘すれば周囲に疎まれ、
そうでも無ければ逆ギレされて刺されるかも知れない。そんな懸念があるからだろう。
この手の小さな迷惑は見て捨てるが1番。
誰もがそうしているのだから、自分が同じ様に振る舞おうと文句を言われる筋合いは無し。所謂、集団心理。
少女の手の甲は、何度か踏まれて出来た擦り傷。
赤く滲んだ血を隠す様に身を竦め、ヨロヨロと立ち上がると 小走りで横断歩道を渡りきる。
そして、建物の壁際に逃げ込み、鞄からウォークマンを取り出す。
コレが、嫌な声を誤魔化せる唯一のアイテム。少女にとっての必需品。
(体の傷は何れ癒える。でも、心に負った傷は――)
イヤホンを耳に突っ込もうとした所で、街頭テレビが伝える朝のニュースが飛び込む。
「昨夜未明、東京都A市のA駅近郊で女性が襲われ、体の数箇所が持ち去られる凄惨な事件が発生しました。
警察は、現在頻発している女性連続・噛みつき通り魔殺人事件と同一であると発表しました」
少女の目は街頭テレビの大きな画面に釘づけ。
(数年前から、街では恐ろしい事件が連続している。
ソレは、人が噛み殺される事件だ。
始めは動物の仕業だと考えられていたけれど、調べた結果、遺体に残されていた歯形が人の物だと分かって、“喰人鬼が現れた“とネットで話題になった。
でも、この事件には何種類かあって、1つがこの、若い女性だけを対象とした噛みつき。東京の郊外では既に10人もの被害者が出ている)