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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔物の俺が正義に目覚めたらなんか竜人になった

作者: みかん屋

 闇の瘴気がその街を覆う。

 神と魔王の戦いは、戦場を人間界に移しながら激化していた。

 魔王の軍勢は多様な魔物の混成軍で圧倒的な物量で人間界を浸食していった。それに対して、神の軍勢は少数精鋭であり大陸各地に展開する魔王軍への対応は後手に回っていた。

 この街も、魔王の大軍に襲撃を受けている。

 街を守る人間族の軍隊はすでに壊滅し、生き残った少数の兵士と神の使いである“戦乙女ヴァルキュリア”が抵抗を続けているだけであった。


「おとなしく降伏しろ。下等な人間とそれをたぶらかす戦乙女よ」


 魔王軍を率いるのはハイオークの将軍である。オーク族でありながら無駄な肉は無く、引き締まった体躯を持つ突然変異種のハイオークは、その力も知力も異常なものであった。そして、それに加えて魔王から魔力の一部を分け与えられていた。


「仮に問う! 我らが降伏すれば、民には手を出さないと誓えるか!?」


 そう問いかけるのは、白銀の槍を持ちミスリルの鎧を身にまとう戦乙女の少女であった。神の力の一端を授けられた彼女であっても、魔王の力を有するハイオークにはかなうものではなかった。

 このまま玉砕するのであれば、たとえ自分がどうなろうとせめて民間人だけでも助けられないかと考えたのだ。


「いいだろう。お前が降伏すれば民だけは助けてやろう」

「本当だな!?」

「ああ。俺様は将軍だぞ? 二言は無い」


 信用できるものではなかったが、抵抗しても勝算がない以上彼女に選択肢はなかった。


「縛り上げろ」


 ハイオークが周りのリザードマンの兵士に命じた。リザードマンたちは魔力封じの縄で戦乙女を縛り上げると、ハイオークの前に跪かせた。


(すまない。だが、これで民間人だけでも助かるんだ)


リザードマンの一人が、心の中で謝罪する。彼の名前はリント、魔物でありながら彼は自身のこれまでの行いを悔いていたのだった。


(虐殺に略奪、相手が異種族であってもその罪は変わらない。たとえ、相手が分かり合えない存在だとしても……。ならば、せめて非戦闘員くらいは……)


 悲痛な表情を浮かべるリントを不思議に思いながら、戦乙女は抵抗することなく頭を垂れた。


「ふん」


 ハイオークは、戦乙女の兜と鎧を無理やり引きはがした。すると、彼女の黄金色に輝く長髪と、白金の様につややかな肌が露になる。


「ほう。これはなかなか」


 ハイオークが下卑た笑いを浮かべると、それに続いてリザードマンの兵士たちも笑う。一人、リントを除いて。

 唯一の例外であるリザードマンは、戦乙女がこれから味わうであろう屈辱を思い、それをどうすることも出来ない非力な己を呪った。


「よし、人間の中からも女だけ連れてこい。この戦乙女は俺様がもらうが、代わりにお前らにはそっちをくれてやる」


 ハイオークの言葉に、それまで黙って耐えていた戦乙女が目を見開いて言う。


「それでは約束が違うぞ! 民には手を出さないと!」

「残念だが、俺様は将軍である前に魔物なのでな。魔物の本分を果たさないと魔王様のお叱りを受けてしまう」

「そんな、だましたな……!」

「なら、抵抗するか? お前だけ抵抗してお前だけ死ぬか? 民を見捨てて」

「くっ……」


 戦乙女はそれ以上の言葉を失った。もはや、彼女に反抗の気概は無くなっていた。


「将軍閣下ぁ! 連れてきやした!」


 リザードマンの兵士が恐怖に震える人間族の少女やエルフ族の女性などを鎖でつなぎ引き連れてきた。


「よし、よくやった。と言いたいが……俺様はエルフが大嫌いなんだよ!!」


 先ほどまで薄ら笑いを浮かべていたハイオークが突如激高する。

 手にした戦斧を振り上げると、リザードマン兵士を一撃で真っ二つにした。


「――――!!?」


 断末魔すら発することも出来ずにリザードマン兵士は肉塊となった。それを見た他の兵士は嘲笑し、捕虜たちは恐怖した。特に、エルフの女性の狼狽はひどかった。


「な、なにも殺すことは!」


 ハイオークの暴挙にリントは思わず声をあげてしまう。


「あぁ? 俺様に逆らうのか?」

「あ、いえ……」

「前から思っていたが、お前なんか変だよな?」


 ハイオークは自身に逆らったのがリントだとわかると彼に詰め寄りながらそう言った。

 疑いの目を向けられたリントは反論できないでいた。それをますます変に思ったハイオークが、あることを思いついた。


「よし、お前。あのエルフを殺せ」

「なっ……!?」

「いいか、簡単には殺すなよ? 生皮を一枚一枚剥いで、肉を少しずつ削ぎ落とせ。良い声で鳴いてくれるぞ? それを聞けば、お前も自分が何者か思い出すだろ」

「そんな……」


 リントは、他のリザードマンに背を押されるとエルフの前に立たされていた。手には直剣を握らされ、周囲からは早くやれとせかされていた。

 リントは、眼下でおびえるエルフの姿を見ると手にした剣を振り下ろせないでいた。


(だめだ……! 俺にはこんな……)


 しかし、こうも思った。もしここで自分が手を下さなくても、別の誰かがこのエルフをいたぶるであろう、と。ならば、せめて一撃で楽にしてやろうかとも、彼は考えた。


(俺は何を考えている!? 自分が助かるためにそんなことを!)


 すると、リントの行動は早かった。

 振り返り様に周りのリザードマン二人の首を跳ねると、直剣の切先をハイオークに向けた。


「何の真似だ?」

「こういうことだよ!」


 立ちはだかるリザードマンを更に切り捨て、ハイオークに迫っていく。


「もう、俺はこんなことに加担できない!」

「魔物の本分を忘れ、魔王様の御心すら理解できなくなったか!」

「ああ、俺は魔物にはなれない! 魔王の心なんか知ったことか!」

「ならば、死ね!!」


 ハイオークが左手をリントにかざした。掌で黒い光が煌めくと、それは衝撃となってリントの体を吹き飛ばした。

 リントの体は捕虜たちの間をすり抜け、石壁に叩きつけられた。


「優秀な戦士だったからこれまでは目をつむってきたが、もう慈悲は無いと思え!」

「お前の……慈悲なんか……くそくらえ!」

「なら、とどめだ!」


 ハイオークが腕を振り上げると、闇の魔力がそれにあつまった。黒い光が刃の形に変化する。ハイオークが腕を振り下ろせば、それはリントの体を貫くだろう。だが、彼にそれを避けるだけの力は残っていなかった。


「死ね!!」


 腕は振り下ろされ、闇の刃がリントに迫るその時である。


「――――!!」


 リントとハイオークの間に、戦乙女の少女が割り込んだのである。彼女は、自身の体で闇の刃を受け止めると、リントに小さな声で呟いた。


「ありがとう……。希望を……くれて」


 戦乙女の体がリントに倒れ掛かった。


「な、なんで……俺なんかを……」

「希望を……聖と魔が共存する……希望を……しめ……し」


 光を失った瞳が、リントの顔を覗き込んだ。彼女の体から垂れた鮮血が、リントの鱗を赤く染める。

 抱き合うように重なった二人を見て、ハイオークが嘲笑する。


「はっ。魔物の恥さらしめ」


 ハイオークが巨大な戦斧を振り上げる。

 もはや、二人の命運が尽きようとしていた。だが、戦乙女はリントの示した希望をあきらめていなかった。


「だ……から、わたし……は……あなたに……力を……」


 戦乙女は、リントに口づけをした。

 突然の行動に驚くリントであったが、驚きはさらに続いた。彼女の唇を介して、彼女の中の聖の力と、彼女の体を貫く魔の力がリントに流れ込んできたからだ。


(こ、これは……!?)


 二種類の力の濁流がリントの精神と体を駆け巡った。リントの体は光に包まれると、ハイオークの戦斧を弾き返した。そして、戦乙女の声が彼の脳内に響く。


(あなたに託します。わたしの希望と力を)

(君は……俺に何をしろと?)

(生きてください。そして、示し続けてください。あなたの可能性を)

(可能性?)

(光と闇、聖と魔。相容れぬ存在が共存できる可能性を、希望を)


 流れ込んだ力がリントの体を変異させていく。

 相反する力は、反発するのではなく互いに不足するところを補うように溶け合い、リントの体を作り変えていく。


(それは、容易な道ではありません。それをあなたに背負わせることを許してください)

(いや、謝らないでくれ。おそらく、それが俺の贖罪する唯一の方法なんだろう)

(ありがとうございます。では、最後に名前を聞かせてください)

(リント、一応そう呼ばれている)

(ありがとう、リント。わたしの希望――――)


 光が消え去るとハイオークは自身の目を疑った。そこには、瀕死のリザードマンなどいなかったのだ。竜の翼を持った人間族のような男が佇んでいたのだ。


「おま――――――」


 直後、ハイオークが衝撃とともに吹き飛ばされる。叩きつけられた石壁を突き抜け、その体はなお止まらない。


「この力、なんだこれは?」


 リントは、自身の体の変化とそれがもたらす膂力に驚愕する。

 足元の水たまりを見ると、そこにはリザードマンの自分は影も形も消えていた。

 人間族のようなエルフ族のような顔立ちに耳は竜のもの、頭には二本の竜角が生え、爬虫類の尻尾のようなものも生え、背中には対の翼を持っていた。掌こそ人のようだったが、腕などの肌は紅い竜鱗でおおわれている。


「この……調子に乗るなぁ!!」

「っ!?」


 突き破られた石壁の向こう側から、黒い衝撃がリントを狙う。不意の攻撃はリントの体に命中するが、彼には全く効果がなかった。


「馬鹿な!?」


 渾身の攻撃を容易く受け切ったリントにハイオークは動揺を隠せない。さらに、次の瞬間にはリントはその場から消え去ると自身の後ろに現れた。


「瞬間移動とでも言うのか!?」


 ハイオークは振り返ると同時に攻撃をするも、それはむなしく空を切った。直後、頭上からの衝撃を受けるとその頭は地面にめり込んだ。


「将軍!!?」

「リント、貴様!」

「いや、こいつはそもそもリントなのか!?」


 うろたえるリザードマン兵士たちは、動揺しながらも自身とリントとの力量差を分析して行動に出た。


「この、おい化け物! これを見ろ!」


 リザードマンが鎖につながれた捕虜の一人に直剣を向けた。


「いいか、一歩でも動いてみろ。このほ――――」


 リザードマンがそれ以上言葉を続けることはできなかった。リントはその場から動かずに拳をリザードマンに高速で突き向けると、直後にリザードマンの首が弾き飛んだからだ。


「な、何だと!?」

「俺は一歩も動いてない」

「そ、そういう問題か!?」

「あと、訂正しておく。化け物は俺じゃない、お前たちだろ!」


 リントの姿が消えると、直後にリザードマンたちが地面にめり込んだ。


「これで全部か?」


 一瞬にしてリザードマンたちを無力化したリントは、周囲を見回した。自身の叩きつけられていた場所を見たが、戦乙女の姿はなかった。


「消えた、のか?」


 リントは、捕虜の鎖を引き千切ると逃げるように促した。解放された捕虜たちから何度もお礼の言葉を受けると、リントは恐縮した。彼女らを見送った後、リントは空を見た。


「飛行戦艦の艦隊か」


 魔王軍の旗を棚引かせた戦艦群が、神の軍勢を押し返していた。

 このままいけば、制空権は魔王軍が掌握することになるだろう。そうなれば、もはや戦いの趨勢は決まってしまう。


「いくか。せめて、みんなが逃げるための時間は稼がないとな」


 リントは翼をはためかせ、戦いの広がる空へと飛翔した。風を切り、空を進む最中にリントは戦乙女の言葉を思い出していた。


(可能性、希望。聖と魔の共存か。それが、贖罪になるのなら……。やってやるさ。この力で……)


「示してやる、希望を。体現してやる、可能性を!」


 魔に生まれ、聖の力を取り込んだ彼は、相容れぬ二つの力を両立させた。それは、光と闇の共存の道を表すのか?

 それは、彼がこれから示してくれるだろう。

 竜人、リントの伝説はここから始まる。


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[良い点] コメント失礼します 日刊ランキングの当て馬ヒロインからやってきました。短編で終わってるのが惜しい…続きを読みたくなるストーリーでした!他の作品も読ませていただきますね!
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