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月に咲くプリムローズ  作者: 音無哀歌
イストリア編
16/17

次元船アルゴノーツ

『起きてください』『起きてください』

 必死に呼びかける同じ言葉が意識の底に何度も落ちてくる。

 焦りが窺える反面、声量を抑えている少女の声。

 逼迫した状況であることを汲み取ったディア・トラモントは、自らの意思で意識を覚醒へと導く。

 カッと瞼を開き、鋭い目つきで大方の状況を瞬時に読み取る。

 浮遊感のある金属製の部屋にいることから、可能性として考えたのはアルゴノーツの中。

 支柱に後ろ手に縛られており、何者かに拉致されているのは明らか。

 ついでに同じ支柱で仲良く背中合わせに縛られた捕虜がもう一人。その捕虜の少女に問いかける。できる限り無駄を省いた借問で。

「アルゴノーツの中だな? どこに向かっているか分かるか?」

「やっと起きてくれました──一瞬でアルゴノーツって見抜くなんてすごいですね。すみませんが、目的地は分かりません」

 エイル・ナイアードはそう言って青色の宝石のような瞳を潤わせ、どうにもできない状況にただ怯えている。

「なら、敵の正体は? 誰が俺たちを拘束した?」

「それも分かりません……黒いコートを着た男の人なら見ましたが、それ以上のことは……」

 黒いコートを着ている集団や組織は数多くあり、その情報だけでは特定には至らない。

 誰に捕まったのか気にはなるが、これ以上はどうにもならないと踏み、ディアは質問を変える。

「なぜお前が捕まっている。幽霊都市で別れたあとなにがあった?」

「幽霊都市? あなたもあの場にいたんですか?」

 ここでようやくディアは気づく。自分が月読御言として活動していた頃はエイルと面識があったが、ディア・トラモントとしては一度も面識がないことに。

「ああ、そうだった。お前と会うのは初めてだったな」

 自分が元御言だったという説明が面倒に感じたディアは、半ば投げやりで説明を放棄したのだった。

 そして気になっていた敵の正体についてだが、ディアが探るまでもなかったようだ。

 鉄扉が勢いよく開け放たれ、一人の男が荒々しく部屋に入ってくる。

「起きたみてぇだな、ルドアの魔剣使いよぉ」

 日本刀を帯刀している銀髪の男。

 ディアはその男に見覚えがあった。一度対峙しただけだが、挑発に乗りやすい性格なのは十分に知っている。

「〈暴風〉って言ったか? 相変わらずマフィアの下っ端みたいだ」

「誰が下っ端だクソガキが」

 早くも銀髪の男の理性が少し崩れた。

 続けて挑発する。

「ニンフを連れ帰ってどうするつもりだ? 慰み者にでもするのか?」

「ふざけるな、俺たちカドゥケウス騎士団がそんな非人道的なことするわけがねぇ。誇り高き魔法騎士への侮辱だ。……それと、暴風じゃねぇ、俺の名はヴォルフ・シルバラード、だ!」

 あっさりと所属する組織と自分の名を言ってしまう辺りが、本当に下っ端らしいミスである。

「ああ、そうだった。ニンフの用途なんて高が知れている。精々アルゴノーツの材料だろうな」

「アルゴノーツの材料? なに言ってんだ?」

「知らないのか? この乗り物の原材料はニンフだ」

「デタラメだな。アルゴノーツの材料だとぉ? もっとマシな嘘をついたらどうだ?」

 少女の姿をした生き物が空飛ぶ船になる。というのはぶっ飛んだ話に聞こえるが、ディアは構わず続ける。

「空間転移は人類にとって不可能魔術の一つだった。だが、ニンフは生まれつき空間転移を容易に行使することができる。空間転移を我が物とするならこれ以上のものはない。だからニンフを元に空間転移を発動できる装置を開発した。それがアルゴノーツだ」

「そんな話聞いたことねぇぞ? じゃあなんだ、そこのガキを俺たちが連れ帰ったら、びっくり仰天──船に変身しちまうってか?」

「そうだ。お前の与り知らぬ場所で少女が殺される。誇り高き魔法騎士様がそれを黙認していいのか?」

「いや、それは……本当なら許せねぇけどよ、どうせ逃れるための嘘に決まってる」

 ヴォルフには明らかに迷いが生じている。信じないと言いつつも筋が通った話に耳を傾けざるを得なくなっている。

 なにせニンフは世間から忌み嫌われ、魔女とすら呼ばれている存在だ。そんなものを生きたまま連れ帰る任務内容に不信感を抱かない者はいないだろう。

 ディアはこのまま会話の流れを掴み、交渉まで持っていく……そのつもりだったが、部屋の中にもう一人ボサついた黒髪の男が入ってきて、流れが変わる。

「いちいち耳を傾けるな、任務に支障が出るだけだ。捕虜との会話は時間の浪費にしかならない」

 冷静な口調でヴォルフを諭したその男に、ディアが呆れながら言い返す。

「なるほど。俺とこいつを拠点に持ち帰る……それだけか。お前たちはそれだけ命じられているが、任務の本質までは知らない。自分たちがなにをやらされているのか知らないままただ盲目的に任務を熟し、自分は誇り高い騎士だと傲り高ぶっているのか」

 なにか言いたげなヴォルフの肩を黒髪の男が掴み、前に踏み出る。

 そして淡々と感情の乗っていない声で告げる。

「こいつは誇りだのなんだのくだらないことをほざいているが、俺たちは正式な団員じゃない。金で動いている傭兵だ。非人道的な任務だろうと知ったことではない」

「お前ら、よく一緒に行動できるな。価値観が真逆すぎるだろう……。おい銀髪、道を踏み外す前に考え直したらどうだ?」

「うっ……」

 動揺している様子のヴォルフ。しかし、彼になにかを言わせる隙を与えずに黒髪の男が。

「お前は生け捕りにしろとしか言われていない。相棒のことも考慮して、口が利けないようにしたほうが良さそうだ」

 殺気立つ男がなにもない空間からナイフを取り出す。

 いや、正確にはなにか金属の塊のようなものが空気中に生成され、それを手にした瞬間ナイフに変化したと表現したほうが正しい。

 明らかに魔法によるものだ。

 男はそのナイフで躊躇いもなくエイルを斬りつけた。

 痛ましい少女の悲鳴が響いたあと、男は血の付着したナイフをディアにちらつかせる。

「無駄口を叩く度にそのガキの体に切り込みを入れる。悲鳴を聞きたくなければ黙っていろ」

 先端にいくに連れて刃がノコギリのように荒くお粗末になっているその武器は、切断することよりも、斬りつけた際にできた傷をそのまま先端部分で削るような作りだった。

 エイルの傷口を中心に衣服が赤く染まっていく。その出血量から見て取れるように、相当な痛みを伴ったと思われる。

 痛みのあまり咽び泣くエイル。

『女の子に刃物を振るうなんて、騎士が聞いて呆れるな』

 突然聞こえてきたマイペースな口調。

「誰だ」

 ナイフを構え、まだ見ぬ敵に警戒する黒髪の男。

 声の主は呆気なくその姿を晒す。

 積まれていた荷物の影からピョコッと顔を出したのは一匹の黒猫。

 その黒猫は人間の子供のような声で人語を発する。

「オイラ、虐待とかそういうの見過ごせないにゃあ」

「なんだこの猫は?」

「んなっ、猫が喋った……だと! いや、腹話術に違いねぇ。誰か隠れてやがるな?」

 ヴォルフは未だ敵が隠れているのではないかと物影に警戒していた。

 だが、黒髪の騎士は喋っていたのが黒猫だと分かっていたようだ。

「目をよく見ろ、そいつは猫の形をした悪魔だ」

「お? 言われてみれば確かに茜金(あかねがね)の瞳だな」

 ヴォルフは落ち着きを取り戻し、刀の柄を握って猫に対し臨戦態勢をとる。

 ここで出てきた茜金の瞳とは、天使と悪魔に見られる共通の特徴的な虹彩を指す。

 口頭でも理解できるくらい人間ではありえない発色で、血のような真紅の虹彩が、その奥で金色に光っているのだ。まるで血で曇った黄金のような独特の瞳は、たとえ天使や悪魔を見たことがない者でもそれがそうであると確信するに至る程度には異質である。

 黒猫はその特異なる眼を持っている。悪魔が憑依しているとか、寄生しているとか、そんなものではない。まさにその黒猫そのものが悪魔なのだ。

 それを証明するかのように黒猫の背後に鍵穴形の黒いモヤが出現する。

 黒いモヤ──悪魔だけが持ちうる黒いエクトフォス。それは黒猫が間違いなく悪魔である証。

 そして黒猫はやはり人間の子供と相違ない声で話す。

「おいおい、か弱い猫ちゃんになんてもの向けてんだ、そんなことしたら……。飼い主が黙っちゃいないぞ?」

 瞬間、黒いモヤの中から一人の少年が飛び出す。それはディアにとってはとても見知った顔。月読御言と全く同じ顔の少年。

「ヒィーッハハ! 待ちくたびれたぁ。俺を退屈させてくれたツケを支払ってくれるのはオマエかぁ?」

 嬉しそうに文句を言いながら発狂しているのは紛うことなきディオ・アルバ。

 通称音神のコードネームを持つ世界最強の魔術師とされる者。

 歯を剥き出しにしながら愉しそうに笑うと、ヴォルフに向かって駆けていく。ほんの数メートルの距離だったが、ヴォルフは咄嗟に反応し、接近される前に叫ぶ。

「真空抜刀!」

 かっこつけたように技名を叫び、同時に抜刀する。

 技名からして空気を使った技なのは間違いない。だが、相手が悪かった。それは音神の専売特許だ。

空制(アリア)! 絶止(ターチェ)!」

 ヴォルフが意識を失い、パタリと倒れる。

「お前、なにを……⁉」

 もう一人の騎士が空間に両手を広げると、彼の周囲に金属の塊が生成されていく。まるで粘土細工のようにモゴモゴと蠢きながらなにかを形作っていくが、音神の即効性には間に合わなかった。

「オマエ、傭兵のアラクラン・トラバースだろ? うちの国でも見かけたことがある」

 と言っている間にもそのアラクランという男も意識を喪失し、ヴォルフと同じく床に倒れ伏す。空中に漂っていた変形中の金属の塊も床に落ちて砕けた。

「黒猫にこのニンフを見張らせておいて大正解だった。おかげでイストリアに帰ってこれた……。イストリア最強の魔術師であるこの俺が帰ってきたんだぁ!」

 感極まるといった感じで、大ボリュームの歓声を一人で上げ、その声に振動する船体も心なしか感動を表現しているかのよう。

 以前執拗に追われたことのあるエイルは少し狼狽している様子で。

「あなたは⁉ 助けてくれたんですか?」

「んなわけねぇだろ。目の前にいたクズを捻り潰しただけだ。オマエらの安全なんか知ったこっちゃねぇ」

 暴力的な返答に終始怯えるエイル。

 音神はまさに眼中にないようで、拘束された二人などそっちのけ。

「さてと、操縦なんてやったことねぇが、まぁなんとかなるだろ」

 そう言って鉄扉をこじ開けようと取手を弄くるが、ビクともしない。

「開かねぇぞ、クソ!」

「隣にカードキーを挿す端末があるだろ、滅茶苦茶やって扉壊すなよ?」

 ディアが呆れながら指摘を入れる。すると、音神はギロリと睨んできて。

「誰だオマエ。こんなザコどもに捕まったようなカスが口出ししてんじゃねぇよ」

「そのカスの親切抜きでは扉一つあけられないわけだな、お前は」

「言ったな? オマエの詰まんねぇアドバイスがどれほど無意味なものか、見せてやるよ」

 煽り返されたのがよほど気に食わなかったのか、意地でもカードキーを使わないつもりでいるようだ。

 払うように腕を振るう。

風統(ヴェント)

 一瞬で鉄扉を弾き飛ばすほどの風圧を発生させ、船体に穴があいたんじゃないかと思えるほど、船内に荒々しい気流が巻き起こる。

「どうだ? 破壊してしまえば施錠されてるかどうかは関係ねぇんだよ」

 得意げに笑い、操縦室と思しき部屋へ侵入していく。

 だが、数秒経ってから再びディアたちのいる部屋に戻ってくるではないか。そしてそれとほぼ同時に船体が大きく揺れ始めた。

 エイルが激しく動揺し、おそらく言ってはならないであろう言葉を吐く。

「この揺れはなんですか? まさか今吹き飛ばしたドアが変なところに当たってしまったんじゃ……」

「黙れ魔女が。この船はきっと自動操縦だった。コックピットを破壊しなければいずれ目的地に着いちまう。オマエらを拉致した奴らの拠点にだ。分かるな? つまり壊す必要があったんだよ」

 音神は明らかに意地を張り、自分のミスを正当化させようとしていた。

 激しく揺れる船体。ディアは立ち上がろうとして失敗し、膝立ち状態で。

「墜落するのか? お前のくだらない過誤のせいで」

「バカが。大気制御で安全に不時着するに決まってんだろ、そう焦るな弱者」

 やけに自信があるようだが、それは意地でもなんでもなく実力からくるものだろう。前に幽霊都市で音神の力を見せつけられたことがあるディアにとっては、信用にたる発言だった。

 しかし、黒猫が問題点を一つ挙げる。

「旦那も困ったことしてくれたな。操縦室破壊しちゃったら空間転移装置を使えない。ラケシスにひとっ飛びするはずが、当初の作戦が台無しだ。

 それに、大気を操って機体制御するにしても巨大なうえに移動中だ。地上とは勝手が違う。さすがの旦那でも……」

「うるせぇ! 確かに動いてる物体を空気で掴むなんてやったことねぇ。だがよ、そんなこともできずに世界最強を名乗ってられるか……。黙って見てな小動物」

 段々と揺れが激しくなっていく船内。

 音神は空気制御の縮約詠唱を高らかに叫ぶ。

空制(アリア)!」

 真っ昼間のこと。

 アルゴノーツは激しい轟音とともに都市部から離れた森の中に墜落した。

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