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夢の、また夢  作者: TAO
記憶の断片
8/11

5




────────────────


────────








「ゴメンね........一緒に居られなくて」




ふと、我にかえる。


水音は、僕が孤独に浸らなければならない理由を自分のせいにして、その同病相哀れむ瞳は、振り返ると間も無く伏せられた。


それは、僕に何かを伝えようとして要領を得ず、それでも投げかけられた一気の逡巡を映している。





たった今、水音のノスタルジーが僕のノスタルジーに少しも干渉できないように、この人を見ていて、人の孤独は、その人の記憶の孤独なのだと知らされる。




人が死を怖れるのは、死が、その孤独を手離す全ての人に、図らずも初めての経験だからなのだと。



それはたった一度きり、やり直すことが許されない代わりに、自分が何かを手離した事実さえも消えてしまう悲しみ................。



だから人は、他人には取るに足らないささやかな記憶だと知っていても、そう簡単に手離したりはしない。












「分かるんだ....そういうことは................」



窓の外を眺めたまま、言ってみた。


遠い記憶は、そこに景色が在ることさえ僕に忘れさせるほど、脳内のスクリーンに鮮明に写り込んでいた。





「だって私たち、恋人同士だったんでしょ?」




「うん。

もと恋人にそう言われるのもいいもんだ....」




「そう?

城都さんにとっても”もと”なの?」




「それは....君の何に恋をしてたかってことにもよるかも........」




「難しいのね?

で、考えたら出てきそうなの?

その........わたしに恋した....

................理由?」




「まるで他人事なんだな................」




「ごめん.... ........

知りたいのよ....................

わたしたちがどんな風に一緒に居たのか。

半分はダメでも、もう半分のわたしには知る権利があると思うの」




「そう........例えば ...... ....

君はよく喋るようになったよ。

でも、今はそれが必要だからで、きっと何も変わってないと思うんだ。

その.............前の君と」




「ねぇ、わたしのこと”きみ”って呼んでた?....今みたいに」




「これはよそ行きさ........

君も名前で呼んでくれたし、僕も............」




「みう.....って 呼んでくれたんだ」




「多分ね................」




「多分?

............頼りないのね?」




「そうかも................ ........」




「いいけど....別に」






僕は、かつてこの人を”ちゃん付け”で呼んでいたことを言えなかった。







「訊いていいかなぁ?」




「内容によると思うけど........」




「君が今の君になってからのことだから.... ........」




「言ってみて?」




「その... .... ................

城都じょうづって人のことなんだけど........。

つとむじゃなくて、君がなんで僕をそう呼ぶのか.... ........

また訊いていいかなぁ?」




「それ........

いずれ言おうと思ってたの」









水音は目を瞑ると、口の中で誰にも聞こえない声で、訥々と呟き始めた。





「何?

全然聞こえない................」





水音の”呪文”を聞き流さないのは、これが初めてだった。


水音の中で何が起こっているのか、そろそろ、本人の口から聞いておきたいと思えたからだ。







「城都さんは.... ........

わたしの好きな人だったの」




水音の思いつめた眼差しは僕を試しながら、それでも、その殆どの心象が不安からできていることを水音は隠そうとしなかった。


その誠実さの一端は、僕が知っていた水音のものだ。






「いいから言ってみな?

僕はもう、何を聞いても驚かない............

勉強したんだ.... ....

君は少しもおかしくなんかないんだ。

だから........僕を崎さんだと思って、何だっていいから話してくれないか?」




「ホント?

本当に驚かない?」




「約束するよ........」




「約束なんてしないで欲しいの............

それよりも、正直に何でも言ってくれた方がありがたいのよ........

だってあなたと同じくらいわたしにも信じられないんだから........

それなのにあなたが少しも驚かないなんて不自然でしょ?」




「ごめん、確かにそうだ......。

ただ僕は、君に話して欲しくて.... ....」




「突然で悪いんだけど........」




「ん?」




「わたしたちセックス....した?」




「え?................

何だよ急に................」




「だからそう言ったでしょ?

こんなこと....突然じゃなきゃ訊けないもの」






咄嗟に水音の言葉の趣旨を推し量ろうとして覗き込んだ時、澄み切ったその瞳は、ほんのりと懐かしい水音の記憶を僕に呼び覚ました。




「もちろんそんなこともあったさ。

誤解しないで欲しいんだけど、丁度今の感じだったよ」




「えっ........どういうこと?」




「時々君はそんな風に僕に意思を伝えたんだ。

今日はそうなってもいいって....」




「そんな風って?

今、わたし、どんな風だったの?」




「真っ直ぐに僕を見て、喉が渇いたんだけど....って言うみたいにさ。

君の告白はいつも自然で、その度に僕は不自然になっちゃうんだ」




「嫌い........だったの?」




「えっ........まさか.... ........」




「違うの....そうじゃなくて........

そうすることが.... ........」




「だから、全然.... ........

僕は君を愛してたから.... ........」




「え........どう言えばいいのかなぁ............

そうじゃなくて............

わたしから...... .......

....女の子からそんな風に言われても............」




「なんだ、そうか.... ........

でも、答えは変わらないよ?

何て言うか....その........ ....

前の君は、僕ほどじゃなかったとしても、分かったんだ。

言葉じゃなくて........

僕のことを好きでいてくれた」




「ふふっ.... .... ....

どんな気分?

................本人にノロケるって」




「だから誤解しないで欲しいって............」




「何を誤解するの?

誤解のしようなんてある?」








含み笑いの水音を見るのは久しぶりだった。


そうやって僕をからかった後、水音はよく黙って僕の胸に寄りかかった。




................まるで小さな子供みたいに。









そう............


ふと頭を過る、水音の居る幾つもの光景。


あれは初めて水音とキスをした日のことだった。


それなのに、水音の着ていた服の色や何を話したのかさえ、少しも思い出すことができない。









暦が春を告げてからもその年は肌寒い日が多く、二人が待ち合わせによく使っていた歩道橋に着く頃には、発泡スチロールの粒を散らしたような粉雪が空を舞っていた。




あの頃........................

水音とは、日々の他愛のない出来事をメールで交換する以外には、廊下ですれ違う時に軽い目配せを交わす程度で、外で会うのはその日が久しぶりだったような気がする。


冬休みが明けてからというもの、高校受験を控えた三年生の教室が配置された二階の廊下は一種独特の雰囲気を漂わせていて、そんななか、水音は僕を追い越し様、胸のポケットにビー玉ほどに丸められたメモを落として行った。





『4時、先に登ってる』




振り返らずにスタスタと歩く水音の後ろ姿を、僕はどのくらい眺めただろう........



心に写り込んで決して消えないものたち................



それなのに僕たちは、いつも出来合いのスナップや映像に感動して見せたりする。



多分、孤独にならなくて済むためのちっぽけな幸せが好きだから........。









車両が風圧の変化に一瞬揺れると、鏡になった窓に水音の顔が僕を覗き込んでいた。






「あ、ごめん、何か言った?」






首を傾げる水音の実像はなんとなく白々しく、あの頃からここまで時間が繋がっている違和感は、きっと僕のせいなのだろう。


たとえ記憶を失くしたにせよ、水音はちゃんと僕の側に戻ってきてくれたのだから。




「言った言った!

耳が遠い老人みたい....... ....

好き?.... ........黄昏るの........」





トンネルの閉塞感が急に水音を身近なものにして、僕たちは今、毎秒60メートルの スピードでこの場所を置き去りにしている。


その速度と、水音と僕をあの頃からここに運んで来た時間の兼ね合いが誰にも上手く説明できないように、僕たちもまた、泳ぎ続けることでしか息のできない回遊魚のようなものかも知れない。






僕が考えているのは、大抵こんなくだらないことばかりだ。



だからいつもちゃんと答えられない。



僕が無口なのは、それよりももっとくだらない嘘で誤魔化したくないだけなのに........

でも、それを説明するとなると、僕自身、もう何が何だが分からなくなってしまう。






































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