表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の、また夢  作者: TAO
雨とひこうき雲
1/11

1

 

 





泣いていたのかも知れない。

たとえそうでなくとも、今思い出せるのはもう、彼女のそんな横顔ばかりなのだ。












僕たちは中学3年生だった。


確か校庭には風が舞っていて、無邪気に駆け回る生徒や跳ねるボールの音、それにあの陸上部の部室の脇のベンチでは、放課後の開放感に戯れる女子たちが突飛な笑い声を響かせていた。 そんな何もかもを包摂し輝かせていたあの頃の太陽が今よりもずっと上等な光からできていただなんて..... きっと誰も信じたくはない。だからこの残酷な人生に、それでも笑って居られるようにと、僕たちの記憶はその殆どが、夢のような光から出来ているのかも知れない。

人は時に無責任な言葉を口にして、かつて自分が子供だった頃の痛みを、ありきたりの経験にすり替えることで達観する。── 思春期の多感な心は傷つき易く、明日を見る力さえをも奪い去るほど切実なものだった── と。人を好きになるという未知の感覚が、まるで雨上がりの空に虹が掛かるように、決まって”世界”の側から仕掛けられていたことも、その時の手付かずの悲しみが、後に”恋”という名前で呼ばれることも、知らなかった筈なのに。






解放病棟205号。


水音(みう)に会いにここを訪れるのか、ここへ来る為に水音を訪ねているのか、僕にはもう分からない。ただ、プランターを両脇に設えた緩やかな勾配を持つこの小径こみちを踏みしめる時、その軌跡の頼りなさは、何故かいつも僕を安心させた。名前を持たない物の凛とした孤独。これを”幸せ”と呼ぶには、余りにも潰えてしまった寂しみではあるのだけれど。












「お待ちかねですよ....水音ちゃん。

今、賭けをしたとこなの..............負けちゃった!」


「何を賭けたんですか?」


「ほら、これ、書かないと....」



彼女が外部の臨床カウンセラーなのか、ここに常勤する医師なのか、未だに僕は知らない。



「でも、明日の4時には戻ってくださいね?」


「水音の奴、外泊の許可まで.....」


「それはいいんです。前々から言っていたことだから」


彼女が唯一水音にとって、このサナトリウムでの”味方”だという事以外に、僕には何も知る必要がなかった。

面会室に扉は無い。開放的、と言ってしまえばそれまでだが、この建物の内部は、至る所にここを栖にする人たちの病態に鑑みた合理性が追求されていた。


面会室の長椅子に、水音は膝を抱えてちょこなんとうずくまっていた。視線を合わせない水音のために、僕の表情を盗み見ることができるようにと、わざと僕は窓の外に目を細めた。


「来たの?」


「あぁ....」


「来ないかと思った」


「逆だろ?」


「違うの................

来ない気がしたから................」


「したから........崎さんに外泊をお願いした?」


「無理だったの?」


「あぁ、ちょっとね................」


「嫌な奴........................」


「ウソウソ.........抜けられそうだよ?

但し....条件付きで....だけど」


「またそれ?」


「でも、仕方ないよ。水音だって条件付けたろ?」


「それは(まこと)の方よ!もし城都(じょうづ)さんが来たらお泊りしてもいいよ....って」


水音は崎先生を下の名前で呼んだ。そして僕を”城都”の姓で........。

水音に因ると、生まれつき”城都”には、下の名前が無いことになっている。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ