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甘いかたまり

作者: 灰田 美夢

でられる自分も自分だが、この時間に電話が鳴るとは思わなかった。

平日の昼14時。昼飯のラーメンに湯を入れているその時、着信メロディーが最大音量で(あか)(つき)(しん)を呼ぶ。普段はバイブ設定にしてあるのだが、今日は電話に気づく必要性があったためマナーモードを切っていた。無事、大切な電話に出ることができ、ほっと気を緩めた後だったため、でかい音と合わせて二重に驚く。ラーメンの湯を中途半端に入れて放置し、信は携帯電話のもとへと急いだ。


なんてことはない。友達からの電話だった。

ほっと一息して、せっかく電話の近くに来たので出ることにした。

「もしもし?」

携帯電話を持ってポットの前にもどる。

「もしもし。」

電話の相手は妙に静かだった。いや、電話の第一声はいつも静かだ。しかしその後いろんな意味で爆弾を放つ。実際は、感情の起伏が大きく、でかい声でマシンガントークをするだけだが、一度爆弾発言を受けた信はそれから爆弾の危機を感じるようになった。


「ああ、久しぶり。どうした?」

軽快しながらも、飲みの誘いかなんかだろうとラーメンの湯を足す。3分以内で終わればいいのだがと、出てから気付いた。

「失恋した。ひたすら恋話を聞いてもらいたいから、近々飲みに行きたいの。」

相変わらず自分勝手なもの言いをする女だなあと思いながらも、信は誘いを受けた。

電話相手、和泉(いずみ)()()が家から出るというのは大変珍しく、ひきこもりの脱出を手伝いたいとは常々思っていたからだ。他に数人友達を呼ぼうかと提案したが、二人で会いたいと否定された。さっそく今晩会うことに決まった。


「やあ、久しぶり」

信は電話でも言ったセリフをもう一度言う。最後に会ったのは3カ月前だろうか。あれから3カ月家を出ていないということはないだろうが、最後に会った時と肌の白さが変わらない。夏の日差し照り続ける毎日を通り過ぎたというのに、そう思わせない。美白をしていましたというならそれまでだが、自他共に認める面倒臭がりな真弥の場合、その白さはただ外に出ていないということの証明だろう。


「久しぶり」

やや笑っているようだ。来てそうそう泣かれたらどうしようなど思っていた信は少しほっとした。

「思ったより元気そうじゃん」

「まあね」

電話での口調は、感情のないたんたんとした口調だった。普段感情を出す彼女のそれは、実は一番の爆弾だということを、信は過去に経験していた。


店に入るなり、真弥は焼酎を頼んだので、信もそれに倣った。一杯目にビールを飲むという習慣が真弥にはあまりないのかもしれない。信は「いくねー」とからかうが、「早く酔いたいから」と真面目に答えられた。


ひたすら話を聞くだけ、というのを、信は過去にも経験したことがある。真弥は自分の思いを誰かに伝えずにはいられない性格だった。


「失恋したの。」

酒が入らなくても、真弥は喋ることをためらわない。焼酎で乾杯をした後に、さっそく本題が入ってきた。

「うん、そうみたいだね。大丈夫?」

「全然大丈夫じゃない。だから聞いてもらいたい。」

やや沈んだ顔で真弥の話は始まった。


「すごく、好きな人がいたの。誰よりも好き。私を元気にさせてくれる人なの。誰よりも、大好き。その人とは半年前に知り合ったの。まだ寒さが残る頃。どうしても寂しくて、信にも言ったでしょう。添い寝してって。それをしてくれる人を求めて、それで彼に会った。」

 信は添い寝の話を思い出した。真弥が電話で添い寝してほしいと表情のない声で言ってきて、丁重に断った後、その行為を改めるよう説得を試みたが、どうやらそれは失敗に終わったようだった。


「すごくいい人で、誰かのために何かをするのが好きなんだって。信もそんなところあるよね。その人は、私が会いたいって言ったら会ってくれて、電話したら出てくれて。毎日電話したし、週に一回は会った。その人には、特別というものが存在しないの。特別というのは、特別に好きな人ね。彼女がいたことはあるけれど、そのこだからいいという特別な感情がないらしくて、そんな自分は恋愛をする資格がないとも言っていた。恋愛も結婚も、もうしないと。はじめは、それを聞いて、好きなだけ寂しさを埋められると思った。私も恋愛には少し疲れていたから。本当に添い寝だけをしてくれる人が欲しかったから。でも、その人の優しさに触れているうちに、私は心からその人を好きになった。とても、大好きになった。」


注文した料理がいくつか運ばれてきた。飲み物のおかわりを注文し、それが来るまでお互い料理を食べる。そして、おかわりをもらってから、真弥は話を続けた。


「でも、その人は、相変わらず誰かに対して特別な感情は抱かないみたいで、私のことももちろん。だから諦めるしかないんだと思った。いつも諦めるしかない恋愛ばっかりだわ。それでも、頭で分かっていながらも、今の状態がとても楽しくて、ずっと毎日電話して、週に一回は会っていた。その人も、私のこと恋愛感情かは分からないけど人としては好きだと言ってくれたから。それも嬉しかった。それにしても、特別じゃない人に対して、よく毎日電話なんかできるなーって自分からかけておきながらよく思ったよ。」


話を聞きながら信は料理も食べていた。ポテトの異様な美味しさに若干の感動をし、その思いはそのまま胸に秘めていた。そして最後の毎日電話なんかできるなーという部分に対しては頷けた。真弥と毎日電話することを想像する。「毎日は無理だ。」と信は頷いた。


「ね。だから、特別じゃなくても気にはしてもらっているって、そう思った。でも私にとってそれは、特別と同じのように感じた。そう言っても相手がそうだと肯定しなければ、違うというのが真実になるのだけど。高校生が言うのならともかく、それなりに人生歩んだ大人が言うってことは、それを裏付ける数々の出来事があっての上だと思う。だからそれを知らない私が否定しても、説得力がない。


 でも、大切に扱われていたから、私はとても満足していた。私が満足するって大分だよ。電話もメールも会う時も優しくて、きちんと私を見てくれているように、少なくとも私はそう感じた。私はそういうの気づく方だと思うの。見てくれていなかったらわかる。だんだん寂しくなるはずだから。だから、その人は私が寂しくならないくらいには、私を見て、私を愛してくれていた。それがとても心地よくて、ずっと続くならそれでいいと思った。」


 真弥は話をとめて酒のおかわりを注文する。「ピッチやはくね?」と信がやや心配する。まだ1時間もたっていない。そして、大丈夫と頷く真弥にポテトをすすめて、小さな感動を共有した。焼酎が席に運ばれると、真弥はそれを一口飲んでから話を続けた。


「その人、実家に戻ってしまうんだ。とても遠い。だから、もう会えなくて、今まで週に1回は会ってたから、それに耐えられる自信がなくて。いつかは会えなくなるというのは分かっていたけど、まだ半年で、思ったよりずっと早くて、もっと早く会いたかったって、強く思った。私達は付き合っているわけではないから、距離が離れてからも繋ぎとめる何かはなかった。そう思った。


 それに、その人が望むものは、私がずっとその人を思いつづけることじゃなくて、私が別の人と幸せになることなの。それを分かってたから、また婚活をするんだなーってぼんやり思った。でも、そいい人が現われるまでその人のこと好きってことでいいかなとも思いながら。


 そんな時に、不思議な出来事が起こったの。年下の男の子に、口説かれた。始めは冗談だと思ったけど、あまりに何度も言うものだから、あれは口説きでいいと思う。その好きな人もそれを知っているの。リアルタイムで見ている。ネットだけどね。だから私も、ちょっと真剣に向き合ってみた。その子はまさに寂しさを埋める恰好の的になりえるから。そういうことをしたくないって何度も思っているのに、誘惑に負けてしまいそうで。だから、言ったの。寂しさを紛らわせるために会われても悲しいでしょうって。そしたらその子は、少し考えてから答えた。はじめはいいよ、ずっとだと悲しい。でもその後どうなるかなんてわからないからって。そのとき、思い出したんだ。今の好きな人も、始めは寂しさを紛らわすために会っていたなということを。だから、その子のこと好きになれるか分かんないけど、でもそういう会い方は悪くないんだって思ってしまった。

 何でだろうね。好きな人にそれを報告せずにはいられなかったんだよ。会うことになったってね。そしたら好きな人は、あの子はたぶんいい子だよって言って。そして私がその子と会う日、好きな人は好きな人で友達とお別れ会をしていて、その次の日に、言われた。元カノと寄りを戻すかもしれないって。」



ようやく失恋に辿り着いたその話は、続きを描かない。真弥が泣いたからだ。三杯の焼酎は涙を出すために飲まれたものかもしれない。ハンカチで目の辺りを交互に抑えて、頬に伝わろうとする涙を吸い取る。真弥が信の前で泣くのは、これが初めてだった。


「祝福したい。幸せになってもらいたい。本当にそう思ってる。でも嫉妬せずにはいられない。元カノさんは3年もその人と一緒にいるの。羨ましかった。それだけで羨ましかった。そして、彼に選ばれた。」



 信はポテトと焼酎のおかわりを二人ぶん注文した。途中良く分からなかったが、つまり好きな人が元カノとよりを戻すというのが、失恋なのだろう。

 信は注文した焼酎を真弥の前に置いて、「まあ、飲んで」と酒をすすめた。そのための居酒屋だ。真弥は「もう三杯飲んだのに、飲めないよ」と少し笑ってから、すすめた酒に口を付けた。


「前に元カノさんが告白した時はすぐに断ったけど、今回は保留にしたって。慎重な人だから、保留にしたってことは、オーケーなんだよ。保留にしたことを私に言って、嫉妬してしまうと言ったら、少し驚かれた。嫉妬するけど祝福したいと言ったら、やっぱり君はいい子だねって言われた。でもやっぱりとても嫉妬をすると言ったら、じゃあ断るっていうの。それは嫌だってはっきり言った。私のせいで、その人の恋愛を、結婚の可能性を止めるのは嫌だった。そう思ったから。でも、よく考えれば、止めることができたんだね。冗談かもしれないけど、止めることができたんだ。そのための保留なのかなって、都合のいいことを考えてしまったよ。」


 そうして信と真弥は別れた。

 最後に「外の世界に出れば、また色んな出会いがあるよ」と付け加えたが、「そのうちね」という三カ月前と同じ答えが返ってきた。


 少し、羨ましく感じた。

 恋愛というものを、信は一度体験して以来ご無沙汰であった。毎日会えるという嬉しさや会えなくなるという寂しさを思い出しては、そういうものに浸りたい気持ちが湧き上がってきた。

 自分にもこんな気持ちがまだあったのだと、懐かしい甘さをかみしめた。


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[良い点] あまいよあまいよー♪ [一言] 甘いかたまり、僕のことね!
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