キィェエ〜〜ーッ!アィッ!アッ!……アィイ〜〜〜〜ッ!
1ヶ月に一本は上げてみたいんですが。中々完結しないんですよね。
「……そして僕はこの。」
言ってそのキラキライケメンは背後に手招いて1人の美しい令嬢を引き寄せた。
「麗しいレイサドラ男爵令嬢と新たに婚約を結ぶ。分かったな?」
壇上に並び立つ2人は。いかにも仲の良いカップルといった風情で見つめ合った。
……その前には1人ポツンと。
ダボッとしたドレスに身を包んだ令嬢が。眠たげな微笑を湛えて佇んでいた。
そしてその周辺には多くのドレスやタキシードに身を包んだ人々が。やや距離を置いて興味深げに彼らを見守っていた。
貴族のパーティー会場なのだ。
そう、1人佇むウルティマ伯爵令嬢アイローナはたった今。
……事もあろうに満座のパーティー会場で。
壇上にあるアベシ伯爵令息ハイデブオスに婚約破棄を言い渡されたのだった。
……取り乱すか?
その大人しげな風情に周囲からはそう思われたアイローナだったが。
「コシュ〜……。スゥ〜……。」
深々息をするとその眠た気な面をハイデブオスに向けた。
「貴方が不誠実なのは知っていましたが。一応、理由をお伺いしても?こちらは5年も婚約を続けたのですから。」
言葉に含まれた棘にハイデブオスは良い気分に水を刺された顔になる。
それから口を開いた。
「そう言う、人を責めるような物言いが昔から気に要らなかった。……それと。」
「……それと?」
そこで一旦彼は傍らに立つレイサドラに微笑みかけた。
「騎士家系の我がアベシ家に似つかわしい身長をお前が得られなかった事だ。17才まで5年も待ってやったのに、君は小さいままだった。」
(……おぉ。)
(……なるほどな。)
周囲の貴族達はその言葉にドヨめいて人によっては表情に納得を浮かべた。
レイサドラ嬢は女性にしては背が高く、ヒールを履いた今ではほぼ高身長のハイデブオスと同じ高さだった。
一方でアイローナは小さい。……わけではないがごく普通の身長だったからだ。
「ではなぜ?身長が伸び切ってから婚約者を選ばなかったのですか。だいたい申し込んできたのはそちらでしょう?」
(……それもそうね。)
(……しかもアベシ家から?)
よく通る声でそう言われるとハイデブオスは周囲の囁きに眉を曇らせる。すると今度はレイサドラが口を開いた。
「こう申してはなんですが。アイローナ様は武門の家に嫁ぐに際して努力が足りなかったのでは無いでしょうか?」
「コシュ〜…………努力?」
何かを堪えてアイローナが問い返せばレイサドラは切れるような強い笑みを浮かべた。
「はい。例えば私は見習いから初めてもう少しで騎士です。心身を鍛える事によりこうして背も高くなりました。」
言い終えれば、会場中に見せ付けるようにその場でドレス姿の背を伸ばしてクルッと一回転して見せた。その動きには鍛えられた者特有の美しさが有った。
「そうとも。アイローナ、お前には努力が足りなかったのだ。」
それに乗じてハイデブオスはドヤ顔を極める。
……パーティー会場内には微妙な空気が漂った。
貴族家として。
武門の家が強い継子を望む気持ちは分からないでもない。そう言う意味でレイサンドラの言には一理ある。
かと言って貴族として。
自ら申し出た契約を、特に瑕疵も無いのに公の面前で一方的に破棄。約束を名誉として重んずる貴族としてはアイローナが正しい。
普通に婚約破棄をしたなら責められるべきはハイデブオスはアベシ家。しかも新婚約者までいる。
それなのに両天秤が吊りあったような構図がそこには描かれていた。
……つまり。
「もう分かったな?こちらからの申し出だがお前にも破棄される理由が有った。」
パーティーでウルティマ伯爵家を下げる事で貴族界隈の噂を作り出し、アベシ伯爵家は不面目を免れよう。との魂胆だった。
……あわよくば慰謝料も無い状況に持ち込もうとしている。
これを理解したアイローナは静かな怒りに燃え、それを鎮めようと大きく息を吸った。
「フシュルル…………。」
……お茶会の約束を幾度もスッポカされた事。
……アイローナの誕生日に祝いの言葉も贈り物も無かった事。
……王家主催のパーティーに現れず1人壁の花にされた事。
……どう見ても家格に合わないダボッとしたドレスを今日のために渡された事。
……領地経営など嫁ぐ為の様々な学びに嫁入修行。
「……コホォ〜〜〜。」
怒りは長い呼気でも納まらなかった。いや、事ここに至ってアイローナには納める理由が無かった。
「婚約破棄は承りました。」
「おぉ、分かったか……。」
「……ですが!」
喜色を浮かべなにか言いかけたハイデブオスをアイローナは声を大きくして遮った。
「本当に貴方は鍛えていらっしゃったのでしょうか?私は疑わしく思います!」
「……なにを?」
これに驚いたハイデブオスが目をパチパチさせていれば。アイローナは見守る貴族達に向き直って指を3本突き出した。
「3発!……しっかり鍛えた武門の継子なら素手の私の攻撃3発に耐え抜いて当然。……皆様そうは思いませんか?」
「ふざける…………!?」
「なんですって……!?」
((((…………ワッ!))))
……そりゃ面白い!
一斉に貴族達は湧き立ち。
憤慨して文句を言おうとしたハイデブオスとレイサンドラは勢いに黙らされた。
(……好き勝手言ったんだ最後に殴らせてやれ!)
(……そうだ!男ならそれくらい受けろ〜!)
そこに理由など無い。しかしこうなった貴族達は止まらない。
……面白いから見たいのだ。
(……鍛えてんだろーっ?)
(……ハハ、なにか?女子のパンチが怖いのかぁ〜?)
名誉を傷付けた男を元婚約者の令嬢が殴ると言う。そんな面白い話は是非やらせるべきだ。
「クッ、クソ!こんな場所でよくもアイローナめ……?」
自分がこんな場所で仕掛けて置いてキレかかるハイデブオス。だがレイサンドラはその腕を軽く引いて注意を向け小声で囁いた。
「チャンスよハイデブオス!鍛えてないお嬢様の力で殴られたところでアザ程度でしょ?」
「…………!……しかし。」
「この盛り上がりを無視したら貴方はヘタレ扱いよ?だったら、いっそ気持ち良く受けて、皆んなを味方に付ければ名声が上がるわよ。」
言われたハイデブオスは目だけで周囲を見て小さく頷いた。それから無理に笑顔を作ってアイローナの前に進み出る。
「ハハハ分かりました!このハイデブオス、皆さんのご期待にお応えしましょう!
(((((……ワーーーッ!)))))
……この歓声だ。
やはり受けて良かったなとレイサンドラと笑みを交わしていれば、いつの間にかアイローナはハイデブオスに相対していた。
(……コホン。)
(………。)
そして周囲は静まり返り、誰かがカラ咳をする声だけが妙に響いた。これからのやり取りを聞き逃すまいとの空気が場を占めたのだ。
「ではいきますが。構えなくてよろしいの?」
「フッ。騎士科で鍛えた私にお前如きがなにが出来るというのだ。」
予想通りのやり取りにアイローナは頷くと。
(((((…………え?)))))
予想外にもダボッとしたドレスを頭から脱ぎ捨てた。
「お、お前なにを。…………え?」
その下は更に予想外にも下着ではなく薄手の貴族服。
……だが。
『コォ〜〜〜〜〜〜〜……。』
(……し、仕上がってる!)
(……この上なく。)
太く逞しい足腰に細いウエストから続く大きな背中。引き締まった腕肩の筋肉の震えが服越しにも見て取れる。
『……フシュルルル……。』
ゴキ、ゴキリ。
握り込んだ拳が、女性の物とは思えぬ重量感を以て鳴った。
「いい?いや、待て………。」
思わず両手を顔の前に上げたハイデブオスだったがもはや遅かった。
『キィェエ〜〜ーッ!』
「……わぅ!? 」
突如アイローナの放つ甲高い咆哮にハイデブオスはビクッと固まった。周囲で見ている貴族達もビクッとした。
……そこに一歩踏み出し。
『アイッ!』
なんとアイローナは棒立ちしているハイデブオスの左膝に。完璧に体重を載せたカーフキックを叩き込んだ。
「………フグゥ!?」
メキョともベキッとも言う音がしハイデブオスの脚は有り得ない方向に曲がった。
余りの苦痛に倒れ込もうとするハイデブオス。だがそれは許されなかった。
『アッ!』
ほぼ間を置かず。蹴り足を軸にしたアイローナの左拳が、これまた充分に体重を載せてハイデブオスの右脇腹に食い込んだ。
「グォ!?……コ……コ……。」
余りの苦痛そして息が出来ない。
ハイデブオスは無理矢理半折れた脚で体重を支え。背を丸め両手を今打たれた脇腹に寄せた。
……目を閉じ歯を食い縛った顔面は丁度アイローナの肩口ほどの高さだった。
『……アィイ〜〜〜〜ッ!』
ドン!と言う踏み込み音と共にアイローナの右拳がハイデブオスの顔面にメリ込んだ。
……全てが静止した。
前傾だったハイデブオスは吹き飛びもせず。アイローナの全体重と踏み込みの乗ったパンチをまともに食らったのだ。
……ズルリ。
「…………。」
ハイデブオスは完全に意識を失って膝からゆっくりと崩れ落ちる。そして床石に顔から倒れ込んだがそれでも意識は戻らなかった。
『……フシュルルル……。』
打ち抜いた姿勢のまま大きく息を吸ったアイローナ。
やがて姿勢を戻すと血塗れの拳を天に突き上げニッコリ微笑んだ。
「「「「「「「ワッーーーーーーッ!!!!」」」」」」」」
その姿に貴族達は熱狂した。
最高の見せ物だったからだ。
(……ハハハ情けない!)
(……本当に騎士科だったのか?)
(……いやアイローナ嬢が凄いのだ。)
「ヒィッ!? 鼻の骨がグズグズに?は、歯も何本か。……付き人達!医者を呼びなさい!早く!」
(……ワハハ、新婚約者が早速活躍しているぞ!)
(……あら〜。取り柄だったお顔もダメそうね。)
レイサンドラが抱え起こしたハイデブオスは悲惨な状態だった。まだ意識は戻らないがイビキはかいていないから死ぬ事はないだろう。
……跪くその足元に白い小さな物が放り投げられた。
「お返ししておくわ。それは貴方のものだから。」
そう言ってもう一つ放ったのは。アイローナが自分の拳から引き抜いたハイデブオスの歯だった。
「な、なんて酷いことを!」
涙混じりに睨み付ければアイローナは更に笑みを深くした。
「貴女言ったわよね?私は武門の家に嫁ぐ努力が足りなかったと。認めるわ。……私の攻撃で死んでないじゃない、ね?」
「…………ぐっ!」
「「「「「ワーッ!ワーッ!」」」」」
……その応酬に益々盛り上がる中。
アイローナはダブ付いたドレスを拾い上げると。美しい姿勢で一礼してパーティー会場を後にした。
ーーーーー
ーーー
ー
ハイデブオスとアイローナの婚約解消はアベシ伯爵家の有責で決着した。
ウルティマ伯爵家に賠償金が支払われ。そしてアイローナの暴力に対してアベシ家は賠償を求められなかった。
「な、なへですか父上!アイローナは。……イチチ、僕をこんな目に遭わせはほ言うのに!」
まだ晴れが引かず歯抜けた腫れ顔で憤るハイデブオスに父伯爵は冷たい口調で告げる。
「満座の貴族達の前でお前が受けたのだぞ!それを後から賠償要求など出来るか!」
言われて口籠るのに父伯爵は続けた。
「それになぜ?避けるなり受けるなりしなかった。武門の家系としてはそこが1番マズいんだ!」
「それは!いきなりアイローナが叫んだから……。」
「気合いや絶叫など戦場では当たり前だ!なにか?騎士科の訓練じゃ皆無言で試合するのか?」
そうまで言われればハイデブオスは言い返せず黙り込んで俯くしかなかった。
「全く惜しいことをした。お前との婚約解消後アイローナは引くてあまただそうだ。その度胸と精強ぶりにクトホー侯爵家が動いてるそうだ。」
「ク、クトホー様が……。」
それは武門家系ではアベシ家の上位に当たる家だった。一種の寄親とも言える。
「まぁ失敗ばかりのお前だが、一つだけ褒めてやろう。それは新婚約者を選んでいた事だ。」
「……ほれは、まぁ。」
複雑な表情でハイデブオスは頷いた。殴りを受ける提案をしたレイサンドラに当たり散らしていたからだ。
「その顔は一生治らん。嫁を取れなければ廃嫡するところだったぞ?精々レイサンドラを大事にする事だな。」
「…………。」
父伯爵の台詞にハイデブオスは脂汗を流した。
ーーーーー
「い、今更婚約解消出来ない?嫌よ!私あんな顔の男と一緒になりたくないわ!」
一方レイサンドラは父子爵を前に泣き叫んでいた。だが父子爵は困った表情で首を左右に振った。
「ダ〜メだ!お前は貴族達の前でウルティマ伯爵家を落としめ、ハイデブオス様の新婚約者を名乗った。……アイローナ嬢には皮肉まで言ったと聞いているぞ?」
「……そ、それは。」
レイサンドラは思い出し表情を暗くした。
「顔や評判はともかくハイデブオス様は伯爵家だ。今回の件で今後お前にこれ以上の縁談は来ないぞ?子爵家は絶望的、男爵家でも相当落ち目のところしか声がかりは無いだろう。」
「………うぐぅう。」
上昇志向の強いレイサンドラに取ってそれは死刑宣告だった。もはやあのハイデブオスしか相手はいないのだ。
「領地経営の勉強もサボるなよ?“努力が足りない”など後ろ指を指されぬようにな。」
「……うぅ、グスッ。」
父子爵の台詞に含まれた皮肉を感じながら。レイサンドラは泣く泣く頷いた。
ーーーーー
「……グローブですか?」
「そうです。それを着けていれば手が傷付かず全力で殴れる。」
薄手だがしっかりした造りのそれを渡されアイローナは目を瞬かせた。
「……婚約のお申し出にこのような物を頂くとは思っても見ませんでした。」
「我がクトホーは尚武の家系。婚約指輪も拳の威力を増す物をお約束致しましょう。」
思わず目を見つめれば相手の令息はニヤッと笑った。
「ハハハ冗談です!だが婚約の申し出は本気ですよ。丹念に鍛え上げたその心根に惚れてしまいました。」
「……心根。……ですか。」
問えばクトホー侯爵令息は慌てたように顔の前で手を振った。
「い、いや。お美しいのはもちろんですし、それに領地経営の……。」
「………心根。」
アイローナは立ち上がり手すりの方へ寄っていく。
……鳩達がバサバサと青空へ舞い上がる。
クトホー城の端塔バルコニーから広がる美しい街並みに目を凝らした。
「お気に召して頂けましたか?」
「はい!」
……我が街は。とクトホー令息が続ける前にアイローナは返事した。
振り向いた顔は赤らんでいたが誇らしげだった。
「心根を望まれたのは初めてです。そんな素敵なお申し出を断る事はできません。」
絵のような美しさに打たれ。
気付けばクトホー令息は跪いて片手を差し出していた。
……婚約を飛ばして婚礼が行われた。
理不尽には容赦無いこの侯爵夫人は自らに最も厳しく。次いで配下の武家達に厳しかった。
規律を乱す輩には夫に貰ったグローブをもって強烈な指導を行ったという。




