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河童の怒り

作者: 空延翼
掲載日:2026/07/06

 ピピピ! ピピピ! ピピピ!


 あんどうみずのりはスマホのアラームの音で水面からジャンプするイルカのように飛び起きた。

 

 「はあ、はあ、はあ……。ひどい悪夢を見た気がする」


 アラームを止め、スマホの画面を見る。時刻は朝の八時二十分を示していた。

 

 「うわっ! なんだよこれ……」


 ベッドから起き上がると、まるでバケツの水を浴びたようにシーツがれていた。

 昨夜は二十五度越えの熱帯夜だったためか、異様に部屋の湿度が高く息苦しい。

 かすかに泥の匂いが混じっている気がして窓を開けると、なまぬるい風がほおを叩く。

 安藤は汗でぐっしょりとれた服を脱いで上半身裸になり、そのまま洗面所に向かった。


 「うげえ、まるでしゃりの雨にでもられちまったみたいじゃん」


 寝間着のシャツをぞうきんのようにしぼると、からのコップをたせるほどの水がはいすいこうを流れていった。


 ピピピ! ピピピ! ピピピ!


 再びスマホのアラームが鳴り響く。

 朝が弱い安藤は、十分ごとにかんかくを開けて目覚ましアラームの時間を設定していたからだ。


 「やべっ、もう出ないと。また怒られちまう」


 高校の制服に着替え終えると、時刻は三十分。

 安藤はかばんを取り、冷蔵庫から炭酸の缶ジュースを持ち出し玄関に向かうと、スニーカーのかかと部分を踏みつけながらあわてて家を出る。


 朝食代わりの炭酸の缶ジュースを前方のカゴに入れ、自転車にまたがり車道に出る。


 「ん?」


 太陽からり付けるしがまぶしくて、逃げるように頭を下げると道路脇のそっこうかめがひっくり返っているのを発見した。


 「うわー、可哀そうに。時間が惜しいけど、これも何かのえんだ。それに、無視するのも目覚めが悪いしな」


 安藤は自転車から降りて、側溝の前にしゃがみ込む。

 両手両足を懸命に動かす亀を観察した後、慎重に地面へと起こしてあげた。

 

 「俺がいて幸運だったな。次から気を付けるんだぞ」

 

 そう声をかけるも、亀は返事もせずにノソノソと再び歩き出す。

 しばらくその様子を見守っていた安藤は、炭酸の缶ジュースをカゴから取り出してプルタブを開けると、プシュと気持ちのいい音がした。そして、ゴクゴクとのどを鳴らす。

 

 「ふぅ……一件落着。それにしても、どこかかんがあったような……。って、急がないと遅刻しちまう!」


 スマホで時間を確認すると五分が経過しており、始業時間まであと十分もなかった。

 川沿いにあるりょうと高校の間には小さな川が挟まれており、橋を渡らないといけない。自転車なら急げば五分で着く距離だ。


 土手に上がり、川沿いの歩道を走る。

 歩道と川の距離は短く、さくもないため大雨の時はよく教師から気を付けるように注意をされるような場所。とはいえ、普段はひざかる程度の深さでしかなく、今日のように晴天の日は何てことないわらでしかない。


 安藤は片手運転でペダルを踏みこみながら、もう片方の手には炭酸の缶ジュース。寝起きで乾いたのどうるおすために残りを一気に流し込んだ。


 「ぷはぁ」


 片手で残量を確かめるために軽く振る。そして、流れるような動作で缶を川に投げ捨てた。


 ポチャン。


 「よっしゃ! こっからさらにスピード上げるぜ」


 安藤は両手でハンドルを握りギアを上げると、力いっぱいにペダルを踏み込む。

 グングンと速度を上げた自転車は風景を歪ませていく。もはや車と変わらない速度に達していた。

 橋まであと少しといったところで、ボンッと何かが自転車にぶつかり、ふわっとタイヤが浮き上がってしまう。


 「やべっ!」


 つかの間の浮遊感。

 コントロールを失った自転車は歩道を外れ、空中へ投げ出される。

 タイヤを空転させながら、真横の川へと体が押しつぶされるように落ちていく。

 なんとか自転車から投げ出されずにすんだ安藤は、空中でバランスを整え、近づいてくるかわぞこを視界にとらえた。そして、しょうげきに備えて軽く腰を浮かし、ぜんけい姿せいを取る。


 ポチャン。


 「は?」


 川底に着地するはずのタイヤは、ヌルッと川の中へと吸い込まれていく。

 そのまま安藤の上半身も、ヌルッと抵抗もなく水に浸かっていく。

 そして、まるで底なし沼のように全身が、ヌルッと水面へと飲まれていく。

 

 (嘘だろ? 外から底が見えるほどの浅い川だぞ! なんで、足が着かねぇんだよ!)


 地面を探すように両足をばたつかせ、必死に両手で水中をく。しかし、安藤の体はどんどん沈んでいく。


 (やべ、息が……持たな……い)


 すると、水面から光をさえぎるように人影が見えた。


 (助け……て……)


 頭上を見上げると、水面にうつったその顔はくちばしのように長い口にちゅうるいのような目をした奇妙な生物だった。

 人間じゃない……。そう思った瞬間、目が合った。

 ニチャ……としゅうあくに顔を歪めたその手には、安藤が飲んでいた缶ジュースの空き缶が握られていた。


 (……かっ?)

 

 ビピピ! ピピピ! ピピピ!


 その時、聞こえるはずのないスマホのアラーム音が水中で鳴り響く。

 ポケットに入れていたスマホが、独りでに水面へと浮かんでいく。

 もはや思考する余裕すらなかった安藤は、クモの糸にすがるように最後の力を振り絞り、手を伸ばしたのだった。

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― 新着の感想 ―
どういうことかと思ってもう1度読み返したら、ようやく意味がわかりました。 いやはや、空き缶を捨てただけでこの刑罰? とは。 これでも、カメを助けた分だけ情状酌量されているんですかね!? 川におしっ…
亀?「──イ○ナミだ。」 亀を助ける善行。ゴミを川に捨てる悪行。 ループする「夢幻」の中で、悪を減らし、善を維持すれば、自身の精神性を省みて善きものに変えることができさえすれば、きっと「現実」に帰る…
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