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節木正門は異端である  作者: ひらひら


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5/5

5話──いざ、食料確保

どうも、ちょこちょこと分かりやすく文字を変えている小心者です。


基本的な話の流れは一切変えてません。


章を設定っていうのがあって『すげぇ』という感想と『章の想定してない⋯⋯』と言う2つの感情が入り乱れて最終的に設定しない事にしました。


 夏を感じさせる肌に張り付くような暑さが残る真都の第四地区に一人の人間の報告をただ待っているだけの者がいた。


 眠気を殺し、目上からの報告事項と言う事も加味して、決して間抜けな面は見せないようにと堪えていた。


 事件の概要とその関連している者達のリストがデバイスに映し出されている画面を黙々と目を通して男は思った。


(視力悪くなったな⋯⋯)


 老化とは残酷である。


 三十半ばのその男は、若かりし頃の青春時代を自身を慰めるように思い返していた。


 そして、眠気が飛ぶ報告はやってきた。


伊丹いたみ。昨日起きた学生寮の襲撃犯。やはり例の化け物達の仕業だ」

「ありがとうございます。⋯⋯取り逃したのがこう響いてくるとはな」


 報告にやってきた大柄な男が伊丹の隣に腰を下ろし、怪訝そうな顔をして伊丹を見る。


 眉間を手で抑えて、咥えられていた煙草を灰皿に押し付けるように捨てた伊丹いたみ緒守おもりは自身を罰するように思考した。


(あの時、化け物に一泡吹かせる為とは言え、あの魔法使っちまったのは痛手だったか⋯⋯。だから、外殻式魔力砲(メイガス・アウト)を寄越せと言ったんだ。上層部の愚図共め)


 苦し紛れの言い訳のように仮のあったかもしれない勝利をシュミレートしていく伊丹。


 誰もが思う。あって欲しい理想を並べていき、最後には必ず現実に帰還する。


「はぁ〜」


 虚しさと憤りが心に残り、モヤッとした気持ちを募らせる。


 顎に手を乗せて、不貞腐れるかのような仕草を見せると、剃り残した髭がある事に気付き、更に陰鬱となってしまう。


 執務室にも近いこの部屋で高級感があり、縁に装飾が施された木製テーブルを挟んで、革製の椅子に座り、三人の男性の内、既に伊丹以外に室内に居た男と先程来た男の二人が討論を交わす。


「やっぱり、最近の化け物(クリーチャー)共は妙に行動が散漫化しているように見える。以前ならばもっと組織だった動きが見受けられていた。⋯⋯だから言ったんだ!三年前のあの時に一斉に叩くべきだったのだと!!」


 大柄な男が拳で太腿を叩く。


 すぐ右隣にいる狩継に視線を移す伊丹。


 ケツアゴでスポーツ刈りで愛嬌があると評判が良い為、皆からはイジられる事の多い男。


 そんな彼も化け物(クリーチャー)相手にはそんな愛嬌のある表情はしない。


 そして、唯一の好敵手(ライバル)相手にも。


「その攻撃が仮に成功したとしよう。上位体となっている化け物(クリーチャー)には何も響かんよ。何せ、奴等は人間社会に溶け込んでいる悪魔そのものだ。日本でかつて起きた蝗害こうがいとは訳が違う。我々と同じ環境下で当たり前のように、目立つこと無く生きているんだ」


 伊丹達の前で手振りで分かりやすく説明しようとする癖が抜けないサングラスを掛けている男が狩継の()()()のお話を一蹴する。


 サングラス越しですら伊丹には分かった。


 その瞳には諦観以上の失望が捩じ込まれていた事を。


(杉成先輩は⋯⋯相も変わらずってところか⋯⋯)


 いつも知っている彼だと思いつつ、だからこそ自分がしっかりしなければならない。


 巻かれてもいないネクタイで首を絞められているような気分を耐えようと眉間に皺を寄せ、沈黙を選んだ。


(また、始まっちまう⋯⋯)


 狼煙は上がった。


「御託はいい!民衆に気付かれずに化け物(クリーチャー)をどうにかしようって考えからして無理があるんだよ!今からでもいい。上に報告ついでに進言するべきだ!」


 目の前に置かれた机が衝撃で揺れていく。


 狩継の(てのひら)は机に添えられていた。


「そうなれば、日本の皆々様は疑心と不安に溢れた生活を送りますよ?蜂と蟻を見比べる訳では無いんだよ。もう少し慎重に──」


 杉成の言っている内容は当然、狩継とて理解はしている。


 その判断における意図も。


 分かってはいてもその結果が今なのだ。


「その慎重さが三年前のアレに繋がったんだろ!お前も忘れたのか?!杉成すぎなり?!」


『思い出せ』と二人の視線は交差する。


「⋯⋯。忘れるわけが無いだろ⋯⋯。狩継かりつぐ


 根負けしたかのように俯いてしまい、苦い顔をしてしまう。


 伊丹も知っている事件。


 隠蔽ではなく、情報操作で隠匿するしか無かった一つの汚点。


「だったら!!──」

「まぁまぁ。今ぁ、討論すべき内容は、そこじゃないでしょ?俺達の目的は統率だっている化け物(クリーチャー)の一人。『ユース』が何用で、わざわざ、学生寮を襲ったか。でしょ?」


 伊丹がヒートアップし始めた狩継を制止する。


 お互いが睨み合い続けるならともかく、一方が折れた状態で殴りかかられても目覚めが悪い。


 そう判断した伊丹からの仲裁だった。


「⋯⋯。すまん、そうだったな」

「⋯⋯」


 謝罪は杉成からが先だった。


 言葉のみの謝罪。


 狩継は何も言わない。


 ただ、頭を下げるのみ。


(ホントに、この人達は⋯⋯)


「伊丹。お前⋯⋯」

「ん?何です?」


 頭を上げた狩継が何かに気付いたように瞼を細めて、伊丹を睨むような構図が出来上がる。


 伊丹はただ見つめられるだけ。


 すると、狩継の表情は睨むそれではなく、心配へと変化していく。


「寝てねぇな。あれから徹夜だったのか?」


(変なとこ鋭いな⋯⋯相変わらず)


 愛されキャラにもそれなりの才は必要なように、この人には人の機微に敏感である事が才のようなものだったのだろう。


 一見怖そうな見た目も話してみれば存外違うと言うが、今でこそ慣れた伊丹も最初はギャップの違いに驚きが隠せなかった。


「んん?まぁ、そんなとこですねぇ⋯⋯。ですが、今は置いといて頂けると」

「⋯⋯それで良いなら⋯⋯。んで、学生寮に飯妻いいづまも近くに居たんだろ?何故、接敵しなかった?」


 お互いのデバイスから表示させた報告書には一人の少女の証明写真と経歴が記された人物データが映し出されていた。


 今とは違い、少し顔立ちが幼いその少女は伊丹が一昨日の夜に強襲作戦と銘打っただけの、ただの博打を共に行った少女であり、最近よく組まされている事もあり、顔馴染みとなりつつある。


(⋯⋯十四歳で⋯⋯入隊か⋯⋯)


 胸を締め付けられていく感覚は今に始まった事では無い。


 結婚してから思うようになった事も、子供が産まれてからの苦労も、三十を過ぎてから身体に違和感を覚えるようになった事も。


 しかし、やはり何時になっても。


『俺達は子供を使う事を是としている集団』


 これだけは拭えなかった。


(⋯⋯)


 要らない思考が邪魔を始めた。


 そう、伊丹は自身を制するように目を閉じ、狩継からの質問に答えようと前を向く。


「飯妻は、友達に頼まれてその友達の妹さんと一緒に部屋に籠っていたと聞いてます」

「その友人本人は?」

「状況見たさに外へ出たと⋯⋯」

「つまり、寝込んでしまってる学生達の中に居るのか⋯⋯。おのれ!化け物(クリーチャー)!どんな魔法を使えば、そこまで卑劣な事をッ!!」


 事件現場となっている学生寮。


 第三地区の東側に建物があるそれは、学生であり、寮生活が希望の生徒がいれば入れる審査基準も比較的容易なこの都市では有り触れた月額の家賃が安い寮。


 そんな寮の一階は三分の一程が破壊されており、吹き抜けとなって、部屋が丸見えとなっている部屋も見受けられる。


 更に四階の部屋には魔法による物なのか、一部分だけ破壊されている。


 被害者の学生は入院中でおり、意識不明となっている。


 約五十人近い学生が被害に遭った事となるこの事件。


(そういえば、その友人の名前。節木正門ふしぎまさかどって言ってたな。今度、挨拶がてら、どうして化け物(クリーチャー)と鉢合わせしなかったのか聴いてみるか⋯⋯)


 唯一の証言人の可能性。


 何せ、部屋から出なかった学生達は現場を見ていない。


 今回、伊丹達に近い存在の飯妻も現場の判断で、子供を庇っていて、それどころではなかったと証言しており、手掛かりが掴めない。


 早速、その少年の元へ行こうと立ち上がろうとした時だった。


「「「⋯⋯うッ!」」」


 伊丹は立ち上がろうとした姿勢のまま停止したように、狩継、杉成は硬直したように下を向いてしまった。


 来てしまう。


 音が聞こえる。


 既に近付いていて、ここから停める術は無い。


 扉は開かれた。


 伊丹と狩継の右方向、杉成の左方向にある部屋唯一の出入口が。


「進展はしているかッ!!」


 嵐が来た。


 嫌な予感は伊丹達にはあった。


 東側から早歩きでパンプスがタイルをリズム良く踏む音が鳴っている時から嫌な感覚が過ぎっていたが、誰も口には出来なかった。


 したが最後、呼んだか?とひょっこり来てしまう感じが漂っていたのだから、仕方ない。


 ハリケーンのように鋭く周りを巻き込む旋風と台風のように大規模に被害をもたらす風。


 そんな、人物が執務室の扉を勢いよく開けてやってきた。


「ッ!⋯⋯。何しに来たんですか絡未からみさん」


 伊丹の心臓は鼓動を早めていた。


 狩継、杉成に至っては、


 やべぇ、来たよ⋯⋯。


 と、動揺以上に珍獣がやってきたような顔をしていた。


 そして、事実。


 珍獣のように空気を読まず、ズカズカと部屋に入っていく。


「いやぁ⋯⋯。書類仕事飽きちゃって、こっちに来ちゃったぁ〜」


 紅の髪をワシャワシャと掻きながら机の前まで歩く珍獣。


 ワイシャツのボタンを第三ボタンまで開けて豊満な胸を見せつけているのかと言わざるを得ない彼女は意気揚々としていた。


絡未からみさん。悪癖、出てますよ?知りませんよ?上に怒られても」

「馬鹿を言うな。この程度で怒鳴られる位ならばこの職場では生きていけない」


 腕を組み、なんて事ない表情で杉成の忠告を弾き飛ばす絡未。


「うーん。噛み合ってねぇなぁ⋯⋯」


絡未からみ来栖くるす。恐らく、この魔法が常識化している世の中に置いて、彼女程の化け物は居ない⋯⋯)


 紅のボサボサの髪を鬱陶しがって後ろに結び、ポニーテールにしている彼女はオレンジ色の瞳を伊丹へと向けた。


 そして、犬歯が生えている歯を見せるかのようにニヤッとした彼女は嫌味ったらしく言う。


「そういえば、上位体の化け物(クリーチャー)を取り逃したんだって、伊丹君?ドジだねぇ⋯⋯アンタも」

「すみません」


 言い訳の余地など無い。


 結果として倒す事も捕らえる事も失敗しているのだから。


「アタシに謝ってどうする。謝るべきは⋯⋯君が取り逃した事で被害を被った学生達だろう⋯⋯違うかい?」


(⋯⋯)


 何も言えなかった。


 伊丹にとっては受け止めるべき事実であり、それを聴いている二人にとっては同じ轍を踏まないように戒める時だと割り切り、一切口は開かなかった。


「⋯⋯はい、その通りです」

「うん。分かっているなら良いッ!それじゃあ、今日の所はこれでおさらばさせて頂くよォ!」


 ニコッと、子供のように笑う彼女の周り空気は何処か華でも咲いたと思えるほど穏やかとなっていたが、三人の男連中の空気は既に最悪へと降下している。


 この差が妙に居た堪れなくなっていく伊丹。


 そんな彼をおざなりにして、部屋を去って行く絡未。


「お疲れ様です!」

「お疲れ様でした」

「ご苦労様でした」


 沈黙が流れた。


 もう大丈夫だよな?


 そう、三人の視線は示し合わせもないにも関わらず、交互に交錯していた。


「「ふぅー嵐が去った⋯⋯」」


 狩継と杉成の身体は椅子へとへばりつくように項垂れて、疲れた表情をしていた。


 大した会話も何もしていないが、あの存在感と空気を読まずに言いたい事だけをズケズケと言って去るあの流れは、細菌調査に勤しむ研究室で納豆を食した後のようなもの。


 やっては行けない愚行。


 否、やって来ては行けない災害に近い。


 実力が本物なのが質が悪く、三人共に頭が上がらないからこそ、尚の事やりずらさが浮き出てしまう。


「⋯⋯」


 伊丹は項垂れてしまった身体を元の姿勢に戻す為に、椅子の肘掛け部分に手を置いて立ち上がろうとする二人を他所にとんでもない事態が頭を支配していた。


「あのぉ⋯⋯」

「うん?何だ?」

「もしかして、絡未さん。このまま、自宅に帰るって事は無いですよね?足音、今、アッチに進んできましたし⋯⋯」


 東側から来た足音は西へと流れて行った。


 出口は非常口を除けば一つ。


 西側にあるフロントを通らなければならない出口兼入口へ彼女は向かっていた。


 時計を見る。


 腕時計やら、デバイスに表示されている時計と部屋に設置された時計。


 どれも時刻は十五時四十分を指していた。


 羨ましいや、何やっているんだとか、何か用事があるのか。


 そう言う理由が思い浮かぶより先に皆一つの結論で思考を終えた。


「⋯⋯あの人、自由人がすぎる⋯⋯」


 絡未来栖は無断退勤したと三人の耳に届いたのは言うまでもなかった。




 河里種かわりだね高校は十五時二十分の終礼のチャイムと共にホームルームを終え、担当となっているグルーブで各々、掃除に取り掛かる。


 当然、教室からトイレ掃除、廊下。


 時には移動教室まで。


 そんな、なんでもない当たり前の二学期が始まって最初の掃除が開始された──筈だった。


「はい!フッシーの負けェーー」

「嘘だァァァァァァ!八連敗、だとッ!⋯⋯この俺が?!」


 緑髪、糸目が特徴的な関西弁の学生、希月きづきいつきは両腕をこれでもかと高らかに上げて勝利のポーズを決めていた。


 一方の敗北者。


 黒髪、黒目のなんてことの無い普通の見た目。


 強いて言えば、少しつり目なだけの少年。


 節木ふしぎ正門まさかど鬼灯ほおずき花繡かぬいに自身の背を手で(さす)られながらうずくまっていた。


 現在、ジャンケン八連敗。


 平等な条件下での一瞬の駆け引き全てを敗北の二文字で塗りたくった少年は、情けない事に三回勝負を更に延長させた上で全て負け越している。


「ハッハッハ!ここまで行くと、ギネス狙えるっチね」


 とても、手で背中を摩って貰っている時に出る言葉では無い訳だが、正門は現在絶賛傷心中。


 つまり、二人のカモである。


「こんな不名誉な記録いるか!⋯⋯あぁ、あの時、グー出してたら!勝ってたのに!」


 これ見よがしに右腕を伸ばすも、希月には届かない。


「結果が全てやでぇ。フッシー」

「くっそォ⋯⋯。うぅ、あーもう!行けばいいんでしょ!行けば!」


 ジャンケンをする全ての切っ掛けは掃除当番にある。


 B組は三十人ジャストのクラスで、一つのグループに五人の六グループの構成。


 日毎にグループを順番に回して掃除担当をする流れとなっており、丁度、今日が正門達のグループであった。


 席が近い者同士でグループを割り当てられる為、いつもの三馬鹿が同じグループとなり、残り二人も席が近い者を入れて合計五人。


 その二人は男子生徒と女子生徒という事もあり、トイレ掃除にさっさと向かってしまい、残り三人で教室掃除。


 その予定だったのだが、担任教師の宇晄(うおう)沙桜(さくら)からの連絡事項──確定事項が飛び込んできてしまった。


「今日の掃除担当の誰かは、物理室に行ってお一人様で寂しく掃除に勤しんでくださいね!」


 正門達からすれば、拷問であった。


 サブ校舎にある物理室は、悲しい事にメイン校舎の一階まで降りてから、更にサブ校舎の階段を三階まで上った後、奥の教室となっている。


 とてもじゃないが、遠い。


 ましてや、部屋の大きさは教室と同じ位で、まともに掃除をしようという意欲が起きない。


 早く帰りたい勢の正門からすれば、死活問題であり、苦行であり、そして、難関な壁でもあった。


 そして、世紀の大勝負はジャンケンにより決まり、正門は惨めにも敗北した。


 正門はヤケクソ気味に立ち上がり、二人を見る。


「根性見せなあかんで!フッシー。じゃあ、頼んだでぇ!」

「今度は俺とジャンケンしてあげるっチ。その時にでも勝てばいいじゃんチよ?」


 サムズアップする鬼灯。


(それ、言い方変えたら、負けたら最弱じゃないですか!ヤダァ〜)


 卑屈な少年は自分の二年B組の教室を出て、サブ校舎と言われている場所にある物理室へと脚を運ばせた。


「うぅぅ⋯⋯」

「こんな所で何を唸っているの?」


 その途中、正門からすればあまりこの時間には見掛けない声が後ろから聞こえた。


 心底呆れている、という表現が似合うほどの溜め息が混じっていそうな声で正門に話し掛けられて背後を振り返る。


 綺麗な肌で夏休みと言う期間を経たと思えず、薄く青みがかった黒色の長髪が特徴の女生徒が正門の背後に通学用鞄を持ってそこに居た。


 河里種高校指定のベージュ色の袖が無いカーディガンを半袖のシャツの上に着用し、大人しめな印象を受ける女生徒。


 そんな彼女と目を合わせると縹色はなだいろをした瞳が不満や疑心感に詰まっていると正門は見抜いてしまった。


「⋯⋯冴州(さえず)。何だ?お前こそ。珍しいなこんな時間に残ってるなんて」

「私は美術部だよ。部活があるなら学校にはいるでしょ」


 薄い黒色のスカートに付いていた糸くずを払い除けながら至極真っ当な事を言う冴州。


(そうなんだけど、そうじゃなくて⋯⋯)


 部活が始まる時刻は既に過ぎているにも関わらず、何故、校舎の廊下に居るのか?


 正門と同じBクラスの生徒であり、優等生の彼女が何も無い所で、何も事情が無いにも関わらず校舎に残っている事が疑問を抱かずにはいられなかった。


「冴州。お前、もしかしてアレか。同じクラスになった迷惑料としてカツアゲでもする気か?」

「私自身に直接迷惑が掛かったら、そうしてもいいって事?」

「冗談だって。⋯⋯ごめんて」


 淡々と並べられた返しには、嫌悪感や畏怖感よりも困惑の方が勝っており、そんな彼女を置いて廊下を歩く少年。


 少年とて、何も用事が無いわけでは決してない。


 大事なお掃除(バツゲーム)が待っているのだから、のんびりとはしていられなかった。


 背後にいる冴州も今日、正門達のグループが掃除当番である事は知っている。


 少年に合わせるように後ろを歩き出していた。


 基本的に自主的に用もないのに話し掛けたり、話題に食いつくような素振りは見かけない。


 ましてや、校内での評価が低い正門からすれば、特にそれが顕著であり、模範生にも近い彼女からすれば、何バカなことやってるんだ?とお叱りを受ける場合もある。


 そんな彼女が、只々掃除に向かうだけの少年に果たして声を掛ける理由があるのだろうか。


 少年は二学期が始まってわずか二日での粗相を思い出す。


(⋯⋯。いや、俺何もしてないな⋯⋯うん)


 たった二日で何かをやらかすなんてもはや才能以上の何かがなければやらないだろう。


 目立ちたがり屋では無い正門からすれば、学力が低く、色々な問題にぶつかった結果。


 自然の流れのように学業を疎かにしているとみなされている。


 兎にも角にも、そんな優等生がわざわざ凡以下の少年に対して、唸っているから程度の事で興味を示して、話し掛けるなんて無駄な時間を送るような真似はしない。


 話さなければならない事があるから声を掛けた。


 少年には、その理由や事情は分からないまま。


「それで?どうしたんだよ、冴州?」

「⋯⋯昨日とかに凛音(りんね)と喧嘩でもした?」

「え?⋯⋯いや別に」


 冴州梨子と正門の友人でもある飯妻(いいづま)凛音(りんね)は小学校が同じであった。


 しかし、飯妻側が引っ越す形で中学からは別となり、高校も進学先へ行っている。


 それでも仲は良く、今でも関係が続いている為、飯妻経由で話は僅かには聞いていた。


「凛音。明らかに元気無かったよ。節木君くらいじゃない?あの子を落ち込ませられるの」

「いやいや、それどんな特殊能力?あまりにも限定的すぎるだろ⋯⋯。学校でなんかあったんじゃないの?」

「でも、凛音。私と節木君以外、友達居ないから」

「それはないだろ。イメージしづらいぞ?ボッチなんて」

「違うよ。ボッチなんじゃなくて、『友達ごっこ』してるだけ。女子同士で本当に仲良くなれるのなんて珍しいよ?」

「それもなにかの冗談だろ?!⋯⋯、ちょっとぉ?何か言いなさいよ?」


 しかし、冴洲は黙る。


 数秒の間の後、耐えかねたのか答えを提示する。


「沈黙が解答よ」

「はい、今喋った!これで答えは分からなくなったな」


 裏をかいたと本気で思っている少年、正門。


「⋯⋯。これ楽しい?」


 本気で聞いている冴洲。


 普段から会話をしない為、どちらかのペースに乗っかる形で会話をしなければ、成り立たないと理解している二人。


 その中でも冴洲は少し⋯⋯、いや、かなり後悔していた。


「俺は嫌いじゃなかったけど、冴州は苦手か?」

「得意じゃないだけ」

「⋯⋯そっか」


(やっちまった⋯⋯)


 掴みも離しも、いい加減な限りで会話が途切れてしまい、それどころか、元々の話から脱線しており、もはや事故となっている。


 居た堪れなさが身体を動かしていき、首を左右に傾けたり、チラチラ訳もなく窓を覗いて見たり。


 下を向いて見たり。


 そんな事をやっていると、それは意味ある物へと注視する事になる。


「⋯⋯ん?お前その包帯どうしたんだ?!大丈夫なのか?」


 正門は見た。


 冴洲の右手首に巻かれた包帯を。


 肌色をしているそれは、冴洲の肌色と比べて僅かに色が濃い。


 近くで見なければ正門は、それが包帯だと理解出来なかった程に。


 急いで隠す素振りをする冴洲。


 しかし、もう遅い。


 既に正門は先程の話題線脱線事故の事をすっかり頭の隅に追いやり、その傷が付いているであろう箇所を見つめていた。


「!!えと、夏休みの部活中に怪我して⋯⋯」

「⋯⋯文化部って、激しい運動するのか?」


 彼女は美術部員。


 一年の頃には高校生を対象としたコンテストに出展し、冴洲の作品が入選されたと鬼灯に聞いた正門。


 元々、顔も美人寄り。


 寡黙はクールへと賛美され、お叱りの姿は聖母のようだと美談にされる。


 顔が良いってこんなに得するんだな、と内心羨ましい気持ちが止まなかった時もあった正門。


 しかし、つり目が特徴的なだけのクソガキの正門には、その程度の感情だけしか湧いて来ず自然とそれらの情は薄れていった。


 ましてや冴洲は女性で正門は男性。


 顔が良いだけで嫉妬するには無理があったのは言うまでもなかった。


 そんな、正門すら多少羨ましがられた冴洲に対して、皆が皆こっそりと言うのだ。


『冴洲さんは近寄り難い』と。


 高嶺の花とは訳が違う。


 触れれば刺されると言う、ある意味では恐れられている。


 それもこれも、冴洲が人と話したがらない事にある。


 かと言って、話し掛けてもスルーを決め込むかと言われればそれは間違いであり、話し掛けられれば、しっかり受け答えはする。


 間違った事を基本的に言わないのが冴洲クオリティなのだと正門は信頼すらしており、仮に問題文の解き方を明らかに分かる間違えを教えても正門は信じるだろう。


 だから、彼女は間違わない。


 間違わないのだから、彼女の『大丈夫』は『大丈夫』なのだ。


「⋯⋯はぁ〜。私の事は良いの。兎に角、凛音にもうちょっと気を使ってあげてね。じゃあ、もう行かないと」

「⋯⋯」


 結局、飯妻凛音の事は頭からすっぽりと抜けていた。


 喧嘩をしたつもりはない。


 夏休み最終日の夜の襲撃の際、正門は彼女に自身の妹を預けて、戦いに赴いた。


 間違った選択はしていないと自負できてしまう。


 巻き込まない為、巻き込ませない為に自身のやれる事は精一杯やったつもりだった。


 しかし、その日から飯妻凛音は節木正門に対して、何かしらの連絡を寄越すことをしていない。


 正門個人で言うならば、別に構わないと割り切っている。


 体調不良で動けない可能性や気分が優れないなんて事ないもあるだろう。


 大きな用事が立て込むように入ってしまい、中々に正門達に会えないだけだとも推測が出来る。


 だから、節木正門は飯妻凛音を心配はしない。


 心配するのは、本人が言ってくれた時に全力で心配し、全力で助ける。


 元々は家事手伝いは彼女のお節介であり、勝手にしてくれている事。


 飯妻に何かあっても本人が声にするなり、連絡するなりで助けを求めるものだと、本人なりに理解している。


 だから、正門は割り切った。


 問題が浮き彫りになったのは、その飯妻凛音の友人でもある冴州梨子の方だった。


 左手の手首に巻かれた包帯。


 どうすればその箇所を怪我出来るのだろうか⋯⋯。


(捻挫?いや、動いてたな)


 声を掛けてきた時、スカートの糸くずを払う時、右手にカバンを持っていた為に左手で摘むようにして捨てていた。


 ごく自然と当たり前のように。


 物理室の掃除中に感じた事は疑心感のみだった。


 結局、彼女の怪我の事は何一つとして、理解出来なかったのであった。





 人一人分程の大きさの窓から差し込めている陽射しが美術室の一部を明るく照らしていた。


 皆が、絵画に取り組ん通り、描かれる内容もまちまちで、自由な判断を求められる河里種高校の美術部。


 担当教師である佐久山(さくざん)蛍人(けいと)の方針であり、のんびりと文化祭に提出する予定となる出し物にさえ間に合えばなんでも良いと言い、比較的に適当な部活でもある。


 そんな美術部部員の部員数は十五人。


 男子が二人、残り人数は女子の部活である。


 皆が作業に没頭しているかと言われればそうではない。


 男子同士で駄弁る時が多くあれば、女子トークに花を咲かせるグループが当然いて、美術部だけのコミュニティを既に形成していた。


 たった一人を除いて。


 木製のパレットに白、青、黒、黄土色の四色の絵の具を十円玉程度の大きさで出してから伸ばしていく。


 創作中の絵画には全身が白へ塗られた女性に背中には天使のような翼。


 頭部の丁度上には浮くように黄色の輪っかが描かれている。


 白と青を混ぜて、女性の足下に波紋が浮かび上がって行くように曲線をなぞるように筆を走らせて、白と黒で影と波を区切るようにして描いていく。


 更に単色の黄土色で紋様や影の周りを塗りたくり、黒を含ませて更に立体感の出るように彩っていく。


 背景には満月。


 夜をバックに人を描き、天使としたそれを描いた女生徒はそこで筆を止めた。


「何を⋯⋯描いてるんだろ⋯⋯」


 構成や彩りのイメージは確かに出来上がっていた。


 しかし、それが具体化する度に徐々に理想と現実の乖離を引き起こしていくように、ズレた物を描いていると頭で認識し始めていた。


(でも⋯⋯完成させたい。やりきらなきゃ⋯⋯)


 焦り始めていた。


 自身でも数ヶ月前には思いもしなかった焦燥感と劣等感。


 様々な欲求が混じり始めたのを彼女には知る術が無かった。


「何描いてるんですか?冴州先輩?」

「え?!⋯⋯あ、空飛(あとび)さん」

「うわぁ〜、凄い!これ秋のコンクールに出展する用の作品ですか?」


 興味を惹き付けられるように一年生であり、後輩の空飛(あとび)里恵(りえ)が彼女の筆で描かれた絵に注目する。


 ブロンズカラーの癖毛が目立つボブカットをし、今時は流行っていない赤のカチューシャをしている少女。


 誰に対しても分け隔て無く接するその態度は何処か愛嬌よりも図々しいとも捉えられるが、本人がどう思っているのかは彼女、冴州には分からない。


「⋯⋯その予定、だけど。空飛さんはどうなの?進んでるの?」

「私は先輩の作品を鑑賞する係なので」


 冴州は首を傾げる。


 作品の進捗を聞いたのだが、何を飛躍して、そう言った結論に至ったか。


 そして、その疑問から生じた腑に落ちないと言いたげな物言いは表情に出ていた。


 それを見た空飛はクスッと笑みを零してしまう。


「あ、すみません。別に馬鹿にしているわけでは無いんですよ?ただ、先輩ってあんまりそう言った喜怒哀楽、疎そうに感じてたので」


 ズケズケとしたその物言い。


 しかし、冴州自身が一番分かっていることでもあった。


 決して表に出さない訳ではない。


 けれど、見た目と合わさって元々表情が堅いと言われていた経緯もあり、今更とやかくと言うつもりも起きなかった。


「⋯⋯謝らなくていいよ。私なんかで笑ってくれるならそれはそれで良い事だし」


 だから、ポジティブに。


 そう冴州は思って無礼千万な後輩へと返答をした。


「⋯⋯。先輩、それやめた方がいいですよ?」

「え?」


 冴州の思考がフリーズした。


 どう意図と意志でその言葉を口にしたのか。


 空飛の方へと視線をやり、その意図を聞こうと、筆を絵の具で汚れてしまっている黄色の筆洗い用のバケツへ入れて聞く体勢へ準備を行う。


 それらを律儀に待っている空飛。


 数秒し、冴州は空飛の方に向き直る。


「あ、良いですか?」

「うん」


(絵の事?それとも描き方が間違ってた?なんだろ⋯⋯)


 言及の準備と傾聴の準備は整った。


 ポツポツと教室内で不審な空気を醸し出し始めた冴州と空飛を見る生徒も出てきている中、二人は何処吹く風のように二人だけの世界を作り出した。


「えっと、ですね。⋯⋯『なんか』って、言うのって何だか、聴いてる側は気持ちがいいものじゃないです」

「⋯⋯それで?」

「え?あの、その。あまり自分を卑下にして欲しくないって言うか⋯⋯その。つまり、自信を持って欲しいと言うか」

「⋯⋯」


『そんなことか』と、そう思ってしまっても良いのかを考えた。


 自信を付けろと言われて付くのなら苦労はしない。


 服やアクセサリーではないのだ。


 当然、金を出して自信が付くならとっくにそうしている。


 冴州自身が一番自分という者に対して、価値を見い出せていない。


 それが言葉として露見しただけの話で、それを戒めてくれる後輩が居ただけの事。


「うん。気をつけるね」


 結局、冴州は向き合う事よりも逃走を選択した。


 過去の経験と教訓。


 現在から始める(ゼロ)から始める苦行と遣る瀬無さ。


 どちらが楽かを取ったまでの事。


 放課後の独りきりの下校。


 逃げたはずの解答を自問自答して堂々巡りしている冴州は帰路に着いた。


「ただいま⋯⋯」


 誰も居ない一軒家。


 兄弟は居らず、一人っ子で、悠々自適と言われても何ら遜色がないほどには父親の稼ぎが良く、仕事の帰り時刻も不定期。


「誰もいるわけないか⋯⋯、何やってんだろ。私」


 分かりきっていた事。


 家に照明がついていない事は常で、カーテンが開かれたままとなっている。


 部屋は暗闇に包まれていた。


 これも分かりきっている事で、平常の証。


 時刻が十九時を過ぎている為、いい加減お腹がすいてきていた。


 冷蔵庫の中を確認すると──何も無かった。


(冷蔵庫の中身なんて気にするはず、無いよね)


 会話も無く、挨拶も無い。


 それが冴洲家の日常。


 忙しい父親と亡くなった母親代わりに家事をして、当たり前のように全ての家事を娘一人に任せっきりとなっている。


(はぁ〜。昨日の私、なんで買わなかったんだろぉ〜)


 冷蔵庫を静かに閉めて、部屋へと駆け込む。


(スーパーは⋯⋯いいかな。どうせ私しか食べないんだし)


 コンビニに行く準備をするべく急いでシャツとスカートを脱ぎ捨ててから鼠色のパーカーを羽織り、ジーンズを履く。


 白色に蝶の刺繍が施された長財布は机の上に置いている。


 それを取り、畳まれたエコバックをポケットにしまい込む。


 二千円程で購入した安物のシューズを履いて、鍵を閉めて、外出した。


 近くにある時計柱を通り、坂を降りって行き十分。


 青のコンビニのマークとその明かりが見え始めた。


(この付近、最近事件になったところだよね⋯⋯。嫌だな。巻き込まれたら⋯⋯)


 昨日のニュースにもなっており、今日頃にはそれらを報道するメディアの数は減っていた。


 深夜帯で起きた事件という事もあり、冴州は知らない。


 近くで騒動があったとは聞いていても、具体的にどの辺かは知らず、学生が巻き込まれた事件とだけ情報が伝わっている。


 事件の原因はガス漏れによる爆発となっているが、冴州自身は不信感が大きかった。


 この魔法もそれを応用した科学が発展した世の中でガス漏れなんて言う古典的なミスをするのかと。


 管理体制の甘さと定期検査という名の慢心で事件が起きただけの実質的な殺人未遂。


 冴州はそう認識している。


 青のコンビニ付近で騒ぐ声が聞こえる。


 八月三十日に遭った被害を思い出す冴州。


「⋯⋯」


 気分が悪くなるも、ポーカーフェイスはお手の物。


 傍から見ても普通のパーカーを深く被っている人物にしか見られないその人相は、引っ込み思案なんだろうと思われる程度の普通の女の子だ。






「な、なんで⋯⋯冷蔵庫の中身が無い⋯⋯」


 正門の家。


 厳密には学生寮の四〇五号室の部屋であり、つい最近までは二つの自部屋が穴だらけであった部屋でもある。


 冷蔵庫は薄切り十二枚入りのハムと円香が後で食べるようにと、買ってある赤、緑、白の三色団子と前もって作って置いたきゅうりの浅漬け。


 これだけだった。


「朝飯かな?⋯⋯いやでも、あぁー!⋯⋯妹よ!スーパーに行く準備だァ!」


 後ろを振り返り、ソファで寝転びながらデバイスを使い、犬猫の動画をこれでもかと音量を上げて、居候一号の(しろがね)(みちび)共に釘付けになって見ていた円香(まどか)


 不服そうに正門を見る。


 余程いいシーンなのだろうか。


 導は映し出された画面に目が離せず、声すら届いてい無さそうな程に夢中であり、兄の提案を足蹴にする妹の円香も仕方なくといった感情が露骨に出ていた。


「コンビニでいいじゃん。スーパーまでチャリで十五分だよ?苦行だよ?苦痛だよ?怠惰になろうよ?」

「いや、お前!コンビニばっかじゃねーか!あぁー!こんな事なら今日の特売を言い訳に掃除サボればよかった!!」


 この日は絶賛の木曜日。


 卵のセールと他にも醤油や味醂。


 豚肉や野菜類もお安くなっている。


 最大の弱点は開店時間が十九時四十分には閉店し、お惣菜含めて欲しい物は大概が制圧されている事にある。


 学生寮だけでなく、会社勤めから主婦層まで通うスーパーには下校時間からしかスーパーへ買い物が出来ない事も相まって、偶に起きてしまう『節木家食料枯渇問題』が今日起きてしまった。


「て言うか。おにぃが昨日の内に買い足さなかったじゃん。(みちび)さんも同居してるんだから当然、食料の消費も激しいに決まってるよ!」


 赤い瞳がやけに刺さるように正門を見る。


「そういう時は、妹であるお前が兄の代わりに頑張るもんだろ」

「だから、昨日の朝に言ったじゃん!おにぃ、スーパー行きなって。言ったんだよ!言ってこれならおにぃのせいじゃん」

「⋯⋯」


 昨日の朝に言われた事は確かに覚えている。


 しかし、その昨日の朝はぐったりしていたのも体感として残っていた。


 正門達は襲撃者のユースを撃退した後、救急車を呼び、警察を呼んだ後、一度部屋に戻ると飯妻が一言。


「ごめんね。ごめんなさい」


 とだけ言い残して、さっさと帰ってしまった。


 正門的には飯妻に言いたい事、聞きたい事があったのだが、一等賞の宝くじが当たっている紙を引き換え当日に無くしてしまい、後日も引きずっているようにも見えるその様相からは、とても聞ける状況では無かった。


 満身創痍に近い導と眠りについている円香を連れて、状況確認をする為にも自室に戻るのだが、部屋がまさかの瓦礫の山。


 更には、その自室と妹の部屋が物の見事に開通してしまっており、所々に小さな穴が幾つも出来てしまっており、人の住む部屋と言うには無理がある状態となっていた。


「どうすんの?!これ?」

「どうしようか⋯⋯」


 魔力があれば壁の修復も簡単と言い張る導もこの時は魔力が枯渇しており、それどころでは無く、万事休すと正門は諦めて膝を抱えてしまい、それを宥める導。


 そんな時に現れた嵐。


 唐突で、蝶の羽ばたきも無く、一種の災害の如く現れた。


「やぁ!正門君。報告があって君の住んでる学生寮が現場って言うものだから来てみたら。何か面倒臭いことに巻き込まれたんだねー」

「げぇ!絡未のオタンコナス」


 紅にも似た赤い髪をした女性が何食わぬ顔で玄関を勝手に開けて、勝手に入って来ていた。


「げぇ!って酷いよぉ?私だって傷は付くんだよ」

「⋯⋯その、化粧で隠してる皺とかの事か?」

「フッ。違うね。女性の皺は頑張りの証さ。決して醜く、不出来なものでは無いよ。それにこれでも化粧は軽めさ」


 大人の余裕と言うものなのか。


 絡未の態度は子供のおいたを窘めるそれに近く、飄々としていた。


「⋯⋯」


 口喧嘩で勝てる訳もなく、論争でも歯が立たない少年はその無遠慮な口を閉じるしか無かった。


「誰だい?彼女は?」


 正門のすぐ横に居た導が聞いてくる。


 少女の膝元には円香がぐっすりと寝ていた。


 少年が扉で頭を叩いたせいで気絶しただけなのだが、この時の少年達にはそんな事は忘れ去っていた。


絡未(からみ)来栖(くるす)。年齢不詳の化け物(クリーチャー)のみを殺す為に設立された、国直轄組織の懐刀みたいな人⋯⋯らしい。本当かは知らない」

「⋯⋯ッ?!」


 導は警戒した。


 化け物(クリーチャー)のみを殺す組織と言われれば必然ではあった。


 しかし、ここで正直に答えないのも絡未に警戒されてしまうと恐れて正門は敢えて正直に言った。


「警戒しなくていいよぉ〜。化け物(クリーチャー)じゃなければ、取って食いはしないよ」

「⋯⋯そうかい」


 目を細め、警戒を止めない導。


 それとは真逆にのうのうと入室しに来ては、チラチラと辺りを見渡す絡未。


「それにしても、正門君。随分と部屋をアレンジしたんだね?まるで壁を壊して改築するみたいだ」

「アレンジに見えるなら眼科に言ってくれ。部屋はそのままで良かったのに変な奴が壁をぶち壊したんだ!」


 脳裏に過ぎる眼鏡をかけた男の存在。


 最後には魔法陣共に消えて行方知れずとなった男はなんの謝りも無く、正門達の前から姿を消した。


 文句の一つも言いたかった正門はその機会すら失っている。


「珍しいね。君が化け物(クリーチャー)相手に後手に回るなんて。何か弱みでも握られたかい?」

「俺の弱みなんて、妹ぐらいのもんだ」


 膝枕して貰っている円香を見る。


 何も無いようにぐっすりと寝ているその姿は日常の象徴であり、非日常とかけ離さなければ存在そのもの。


 正門が円香を守るというのもそこにある。


 本来はあってはならない存在の化け物(クリーチャー)から守ること、知られず余生を過ごす事は一つの日常そのもの。


 その枠に導という、化け物(クリーチャー)を入れた事はそれなりの覚悟が正門にはある。


 弱みと言われれば、何も知らない円香しかいないのだ。


「へぇ⋯⋯ちゃんとわかってるんだ⋯⋯殊勝(しゅしょう)な心掛けだよ。惚れちゃうね」

「歳考えろオバサン」

「ハッハッハ。違いないよ!⋯⋯でもね、私にはその子も弱みに見えるんだけど?」


 視線は正門から導へと移る。


「⋯⋯どういう事だ?」


 言ってはならなかった台詞。


 正門がそう思ったのは、後になってからだった。


「言って欲しいなら言うよ?⋯⋯その弱りきってか弱いだけの貧弱な化け物だとね。そう言って欲しいなら、()が決定付けてあげようか?」


 人の見た目をしている化け物(クリーチャー)


 それだけならまだ居る。


 正門も何度も遭遇している。


 首が折れていたり、明らかに眼球が喪失している者や背骨が曲がっては行けない方向に捩れていたり、その挙動も不自然で近寄り難い雰囲気や動きを醸し出している。


 だからこそ、言語がわかり、知性があり、目的意識がはっきりしている化け物(クリーチャー)は導が初めてだった正門。


 見た目だけで判断できるほど、普通の人間と導の違いはそれほどない。


 黙っていればただの女性で、魔力を使わなければ華奢なだけの少女。


 そう確信めいた物が正門にはあった。


 バレるわけが無い。


 そう、高を括っていた矢先にコレだ。


「⋯⋯」

「沈黙は肯定になるよ?君は本当にお父さんそっくりで嘘が苦手だね?」


 自身の父親が嘘が下手な事なんて事は知らない。


 けれど、その父親の知人だと言う人が言うのだからそうなのだろう。


 絡未と正門の父親は学生時代からの古い付き合いと正門は聞いている。


 友人目線でしか分からないこともあって、その一つが『嘘が下手』だったのだろう。


 ましてや()()()()()()が悪かった。


 嫌なぐらいに勘が働き、それが正しいか間違っているかを最後まで追及する、ある意味では場荒らしの天災。


 情報や知識といった決め手にもなる確証や事実の根底を確かに導く事柄を正門では測れない程の数を用いてくる。


 子供にも厳しく、大人にはその倍厳しい。


 気に入られれば、何処までも構い倒し、飽きれば澄まし顔で放置していく存在。


 この絡未来栖と言う女性は人間でありながら、人間に嫌われる天才である。


「悪かったな⋯⋯」

「悪くは無いよ。ただ、君のそばに化け物(クリーチャー)がいると言うのは少し困るよ。何せ、正門君。君が彼女に殺されてしまったら私の存在意義は既に無いも等しいからね。うっかりと国単位で皆道連れにするなりして死ぬしかなくなる」


 その言葉を発する時の絡未の表情は本気だった。


 後腐れなぞ置いていかない。


 やると言ったらやる。


 徹底的なまでに。


 それが絡未来栖である。


 正門は、息を飲んだ。


 導は俯いていた。


 正体がバレた事もそうだが、正門が死ねば一応に全て滅ぼすと言われ、冗談だと勘違いして、覗ったその顔は真剣で冗談等ではない人のそれだった。


 冗談で済んで欲しいと、心から願っていた導。


 膝枕をしている円香が揺れている。


 導が無意識の内に震えてしまっている故に起きている現象である。


 少し鬱屈そうにするその円香の寝顔以上に導の表情からは生気を失いかけていた。


「⋯⋯心中に、他人を巻き込むなよな。それに俺がコイツに殺られる事は無いし、生かしたのは俺だ。そこら辺は弁えてる」

「生かした⋯⋯。泣き落としでもされたのかい?それは、なんともまぁ〜。男だね、正門君も」


 事実、泣き落としに引っ掛かった男だ。


 言い逃れる気は少年には無い。


「悪いか?」

「いやぁ。青春してるなと思ってね」


 何気なく言うその顔色は揶揄うような人そのものだった。


 話の話題を逸らしたくて正門は聞く。


「アンタ的には導をどうしたいんだ?」


 彼女の意思を聞く発言。


「『ぶっ殺すよ』?」

「⋯⋯」


(そう、だろうな⋯⋯)


 予想は出来ていた。


 化け物(クリーチャー)退治が専門の人間がそれを見逃すはずも無い。


 見逃して貰えるほど、陽気では居られなかったのは知っていた。


 しかし、あまりにも真っ直ぐ、憂いも無く、突き刺すような言葉の羅列は正門にも、導にも届いた。


「当然だろ?化け物(クリーチャー)なんて本来は存在しちゃいけない異物で屑で吐き溜めの塊でそれらを煮凝りにしてもカスが余るような存在だよ?そんな連中に、この日本を好き勝手に生きてもらわれたらさ、国民や私が困るんだよ⋯⋯。お嬢ちゃん、言ってる事わかってくれるよね?」


 安易な話。


『手間取る前に死ね』


 そう、正門は聞こえた。


(国民⋯⋯ねぇ)


 紅の髪を優雅に掻き分ける彼女の言葉から国民と言う言葉が出たことの方に驚きすらあった。


 何せ、他所様の事なんて、ミリ単位にも考えていない人物。


 それが絡未来栖と正門は知っている。


 いい加減、六年程の付き合いなのだ。


 それに気付かないほど正門は馬鹿では無い。


「⋯⋯ワタシからすれば、君も中々に似たような者に感じてならないがね」


 苦し紛れにも似た苦言。


 否、忠言にも聞こえたそれは、正門には文句にしか聞こえなかった。


「おい!煽ってどうする!」

「⋯⋯煽っていないよ。事実だけを述べたんだよ」


 何かしらのシンパシーでもあったと言いたげな二人だけの視線の邂逅は正門には理解し難いものに思えてならなかった。


 数秒間の沈黙の後、正門を改めて見る絡未。


「正門君。お嬢ちゃんをどうしたいんだい?」

「え?」

「『生かした』って言った君は、『弁えてる』とも言った。つまり、この化け物(クリーチャー)の処遇は君の手に委ねたいって事でもあるんだろ?仮にそれが叶ったとして、どうするつもりだい?」

「⋯⋯」


 『当たり前のように日常を過ごしたい』


 そう言えれば満足だった。


 それが出来る雰囲気と空気にさせてくれない。


 もっと具体性があり、何かしらの根拠が絡未には欲しかった。


 そう言った意図を察してしまい、結果としては沈黙で返してしまう少年。


「黙ってはいけないよ、正門君。ノープランなんて彼女も可哀想だろ」


 この言葉も勿論、嘘である。


 正門にも話題の対象となっている導にも分かってしまう程に単純明快であり、絡未は一ミリも心配も憐憫も同情もしていない。


 むしろ、とっとと消えろ、の一途を振り返る事も、見直す事もせずに辿るであろう彼女の言葉は正門の全身へと重く乗し掛る。


(なにか⋯⋯ないか⋯⋯。ちゃんと、分かって貰える方法と案。何か⋯⋯)


 正門は嘘が下手である。


 そして、論争には弱く、魔力も無い。


 化け物(クリーチャー)以外には基本的に無力である。


 そんな、少年が導き出した答えは。


「生かし続ける⋯⋯」


 急かされている用な空気感が思考を囃し立てて、結局は単純であり、難しい答えを持ってきてしまった。


 我ながら情けないと、後にも先にも後悔するであろうと正門自身が理解しているつもりで、同時にそれ以外の答えが見当たらなかった。


「⋯⋯いつまで?」


 それを否定はせず、一度は聞き入れるように耳を傾けて、少年の無理筋にも等しい答えを聞いてくる絡未。


「寿命まで」

化け物(クリーチャー)に寿命なんて無いよ。塵になって消えるまでが寿命だ。それ以外の例外は君の《力》くらいのものさ」


 化け物(クリーチャー)の寿命は無限である。


 身体に傷を負い、肉体が崩壊し、意識を維持できなくなれば塵になり消える。


 それを容易に出来る、狭い範囲で万能な力。


 それが《異端執行》。


 正門も当然そう考えていて、理解していた。


「⋯⋯。俺が死ぬまでは俺が面倒を見る。これしか思い浮かばなかった⋯⋯」


「嫌だと言ったら?」


 我儘はどちらだろう。


 当然、少年の方だ。


 雨の日にずぶ濡れの猫を飼いたいと言って子供が拾ってきたとして、親にダメだと叱られている構図。


 まさにそれが近い。


 それぞれの理想や考え方があってもぶつかってしまえば最後、正しさの押し付け合いとなる。


 子供の主張と親の主張。


 猫が濡れて可哀想だったという道徳的には良い事をしたと褒められるだろう。


 どんなものも命があり、産まれてきたからこそ巡り会っている。


 善意で命を救う事に躊躇いは元来要らない。


 しかし、その子供は猫を育てると言う厳しさや環境の整え方を知らない。


 親は猫に掛かる費用、親や子供がアレルギーの可能性。


 そう言った面での考慮と決断。


 家族が一匹とは言え、増えるのだ。


 負担は勿論ある訳で、世話を子供がすると言ってもどの道、親がする可能性すらある。


 しかし、猫を拾った子供がどう言った思いで拾ったかを聞く事をあまりしないのも事実だろう。


 何か濡れて連れてきた!


 と、思考が先行するのだから、焦りもする。


 導と言う猫を子供の正門は拾った。


 親の絡未は至極真っ当で常識的に当たり前を言っている。


 そんな事は正門にも分かっている。


 理解しているし、数日前の自身もそうだった。


 けれど、知ってしまったのだ。


 理性や知性を持ち合わせて、言語を使い、意思疎通が出来る化け物(クリーチャー)の存在を。


 正門は今まで、化け物(クリーチャー)とは、凶暴で残酷に人を襲い、知性に関しては、ほぼ皆無であり、倒すべき存在と言う認識でしか無かった。


 それが今は違う。


 少なくとも、傍にはそう言った先入観と経験を覆した存在が居る。


「⋯⋯それでも頼むッ!勝手なのは知ってるし、図々しいことを言ってるのも承知で言う。コイツに俺達と同じように生きるチャンスをくれ」


 だから、子供の正門の取れる択は頭を下げることだけだった。


 安い頭と言われても仕方ないほどに甘く、泣き落とし程度で家まで連れてきた簡単に攻略可能な少年。


 そんな少年の姿を傍から見ていた導。


 目を細めて、懐かしそうに見ているだけの絡未。


「正門⋯⋯」


 導も頭を下げた。


 元々は自分の事。


 ここで少年に全て任せ、という訳には当然いかない。


 暗く、部屋の電気も消えた月明かりも雲で隠れた夜。


 壁に大きな穴が二つ程出来上がった部屋で二人。


 頭を下げている。


 何十秒も。


 一分過ぎても。


 絡未はやがて、諦めたように息を吐く。


「はぁ〜。弱ったね。完全に弱みに付け込まれたよ。良いよ。⋯⋯何せ、正門君の頼みだ。今回は見送らせて貰うよ」


 頭をあげた正門。


 その表情は苦しさに耐え抜いてようやく我が家へと帰還を果たした社畜まっしぐらな新人社員のように。


「ありがと──」

「けどね!私も甘くは無い」


 その言葉で、空気は凍った。


「え?」


 思わず口から弱々しい言葉が漏れてしまうほどには意表を突いた返し。


 ちゃぶ台返しもチンケなほど。


「当然だろ?化け物(クリーチャー)を大事な君の傍に置くなんて本来は気が気では無いんだよ?当然、それなりの処置は取る」


 心配をしてくれている。


 その言葉通りならば。


 正門から聞こえた絡未からの言葉は違った。


『君と私が大事に思っているその力があれば、楽に殺せるのに。私に面倒事を増やしたね』


 と、辛口風に聞こえてならなかった。


「⋯⋯どんな?」

「う〜ん。そうだねぇ。⋯⋯コレを着けてもらおうかな」


 そういい、用意周到な絡未は床に置いた鞄からあるものを取り出した。


「髪留め?」


 二つセットとなっている赤色で小さな星のマークが施されている髪留め。


 それを正門の手元へと持っていく絡未。


「デバイスだよ。GPS付きだけどね。そして、君に関わった化け物(クリーチャー)達全ての情報と引き換えだよ?よくあるだろ?司法取引って奴。あれの個人版だよ」


 正門の知っているデバイスは円形で輪っかのようになっているのが主流であり、それ以外は基本的に役職によって変わる。


 警察官ならば警察手帳がデバイスとなり、無線機代わりともなる。


 スーパーの定員も支給された小さなUSBべっどメモリーのような物でレジ打ちをするスキャナーに刺して会計をしている。


 それと同じように、特別製な物だと正門は思っていた。


「⋯⋯どうする?導」

「良いよ。別に()仲間な訳で、今もそうでは無い。それに、君や円香が居ればそれで良い」


(⋯⋯)


 不意に笑みを浮かべる少女とそれを直視して視線をズラす少年。


「決まりだね。ついでに言っておくとね。誤情報を送ったとコチラが判断した場合、このデバイスは君の魔力を吸い上げていく。無尽蔵にね。そして⋯⋯私も君を殺しに動く。言っとくけれど、私はそこそこヤレるよ?銀髪ちゃん」


 戦々恐々とした雰囲気を醸し出す絡未。


 どちらが強いか。


 正門には分からない。


 戦ってるところを見た事がない絡未と知らぬ間間にボロ雑巾となっていた導しか知らない。


 そう聞くと絡未に軍配が上がるように思われるが、ユースと言う男の使用した魔法の数々。


 あれは《異端執行》だからこそ容易に突破出来た可能性があり、それを考慮すると、案外どちらもいい勝負が出来てしまうのではないか?


 そう考える正門には結果としては、分からない。


 その評価で落ち着いてしまうのだ。


 しかし、絡未という女性が虚勢というものを使うとは正門にはどうしても思えずにもいた。


「他の奴にも伝えるのか?アンタがいつも愚痴ってる人達とかに」

「伝えるメリットがないよぉ。後先考えずに極端に走る今の上層部は頼れないし、頼りたくない。あぁ、勿論これは私情だよ?」


 私情。


 絡未の言う私情は正門本人の事である。


 伝えたが最後どうなるか。


 正門はその意図を理解は出来なかった。


 何も知らない少年。


 社会を知らず、世論に疎く、気持ちに鈍い。


 だから、私情の一言に込められた意図は導が代わりと言わんばかりに理解してしまった。


「⋯⋯分かった。じゃあそれで頼む」

「はぁい。じゃあ早速着けてしまおうか。先に言っとくけど盗聴、盗撮の機能は無いから安心してくれ」

 そう言い、一度正門に渡したはずのデバイスを再度、絡未が取り、導に近付く。


「⋯⋯うぐっ!」


 すると、首元を引っ張り、導の耳元に絡未の口元が来るようにし、呟いた。


「──言っとくけど、この子をたぶらかして、人生狂わせでもしたら⋯⋯即、殺すからな?肝に銘じておけ?私はこの子ほど甘くないし、苦くもない」

「⋯⋯では、なんなんだい?」

「辛い、かな?ご所望なら辛い死に様をお前にプレゼントしてあげるから何時でも言いな?どんな用事でもすっとばして殺してあげるから」


 その言葉の語気は静かで冷淡。


 それでいて、棘があり、触れた瞬間、一気に刺しに来るような凶悪で危険な予感。


 目線を合わせる事は体勢と位置で出来ない。


 それでも導は分かってしまう。


『憎さと怨みと辛み』が込められている表情だと。


 分かっていても導にはどうしようもない。


 そうなるべくしてなっただけで、彼女に対して、導は何もした覚えが無い。


 だから、そっと受け流すようにして言う。


「ご忠告どうも。頼ることが無いように生き長らえるよ」

「⋯⋯そうかい。それなら頑張りな」


 そう言った絡未は二つセットとなっている赤色の髪留めを導に手渡す。


 それを二つとも左前髪を側頭部へ流すようにして、それを髪留め二つを使い留めた。


「フフッ」

「なんだい?」

「いや、なんでも」


 その留め方が拙い感じに見えたのは、正門だけではなかっただろう。


 結局、情報の提供は後日として、絡未の魔力を導へと譲渡。


 そして、導が魔法を使い、正門の部屋の壁を修復。


 更に、針穴だらけとなっている円香の部屋も時間を掛けつつも元に戻し、魔力を使い切った導は円香を定位置のベッドへと戻した。


 何事も無かったようにする為に、絡未が一度外へ出た後、再度正門の家に上がり導にオレンジに犬が噛みつきそうな骨のイラストが入ったパジャマ一式や『ごめんなさい!』と後ろにでっかくプリントされた黒のTシャツと言った誰が買うのか不明瞭に欠けるデザインをした上着に夏用にと短パン複数着分と下着数着を渡した。


「これ?嫌がらせかい?」


 そう言い、『ごめんなさいTシャツ』。


 通称、謝シャツを持った導が苦い顔をして絡未に見せながら問う。


「そうだって言ったらどうする?まさかとは思うけど、血塗れのパジャマで寝るなんて言わないだろう?」

「ッ!性格は最悪そのものじゃないか⋯⋯」


 そんな会話も風呂上がりの正門の耳に届いていた。


 そんな恨めしそうにしながらも、風呂へと直行してすぐ、その方向から鼻歌が聞こえてきたのだった。


 同タイミングで絡未がいよいよ本当に帰ると言う時だった。


 正門は絡未に対して聞きたい事が二つ出来ていた。


 しかし、それは後日改めて、そう思っていた時。


「何か、言いたいことがあるんじゃないのかい?正門君」


 エスパーよりも早く、的の中心を的確に射抜くように正門に対して、言葉を発する絡未。


「俺はあんたが怖いよ」

「フフッ。そうかい。⋯⋯で?何か言いたいことあるんだろう?聞こうじゃない」


 そういうのならば、と息を吸う。


 そして、吐く。


「あんた、なんで聞かないんだ?部屋をめちゃくちゃにして学生寮の奴らを襲った奴の事を」


 今尚、学生寮の入口には救急車が停り、生徒を運んでいる最中であろう。


 正門達の居る部屋からもサイレンの音は聞こえて来る。


 既に取材陣も来ていてごった返すような勢いを見せていた、と正門は絡未から伝わっている。


 そんな事件を起こした存在について問い質さないのは何故なのか?


 ちょっとした疑問が残っていた正門。


「簡単な話さ」

「?」

「正門君。君がもう倒したんだろ?」

「⋯⋯あぁ」

「なら、それまでさ。勿論、君の事は郊外しないように本部にも部署連中にも言わないよ」


 人差し指で唇を当ててジェスチャーを一つ。


 絡未からすれば、正門と円香に平穏な生活を送らせてあげたいと言う一つの願いなのだと、そう解釈した。


 解釈するしか無かった。


 父親の友人とは言え、それだけで正門と言う息子にはなんの関係も無い。


 それがここまで親身になる理由は未だ不明。


 だからそこ、怖いのだ。


 正門は絡未という女性に対してちょっとした疑念と畏怖を抱え込んで接している。


「次に。⋯⋯あのデバイス。都合良すぎないか?」

「まぁそうだね。それは突っ込まれると思っていたよ」

「で?真相は?」


 勿体ぶるなと言いたげな口調で前倒ししていく正門。


 仕方ない、と言いたげな表情で鞄を玄関前に下ろして会話の準備をする。


「真相も何もないよ。持たされたから持っていただけさ」

「?⋯⋯誰から?」

「黒仮面の男?かな」

「は?コスプレイヤーにでも渡されたのか?」


 夜中にサングラス着けて散歩と言うレベルの愚行。


 正門の判断基準がそう囁いた。


(黒の仮面って。ファッションで、黒のマスクはあっても仮面は無いだろ⋯⋯)


「と言われてもね。顔に着けてたしねぇー。⋯⋯偉く強かったよ。詳細は省くし言えないけど。私は交戦したけどフルボッコだったね」

「⋯⋯俺、アンタが戦ってるとこ知らない⋯⋯」


 知らないったら知らないのだ。


 正門は一人で化け物(クリーチャー)を相手にしてきた。


 降りかかる火の粉を払う程度の事しかしておらず、絡未のような専門職で化け物(クリーチャー)退治に同行する機会がある訳も無く、彼女の実力は正門は何一つとして知らない。


「だろうね。でも、この都市なら四番目位に強いのが私だと仮定すれば、アレは⋯⋯」


「四番目って⋯⋯ん?どうしたんだよ?」

「いや、どう言ったらいいかね。比較対象が一番と並べるしか無いぐらいには強い、けど⋯⋯。いや違うね。アレはその域じゃないか」


 急に考え込むようになった絡未。


 一人で話を進めていくようになり、置いていかれる正門。


「さっきから何言ってるんだ?」


 着いて行こうとしがみつくも、絡未は依然にして独走状態。


「おいってば!」

「⋯⋯」


 どうしても反応しなかった絡未。


 悔しくて、遂に奥の手を使おうと決心した正門。


 苦痛と言うよりも羞恥心にダイレクトに来る一言。


 恐らく、相手が違えばノーダメなのだろう、その言葉を絡未に放つ。


「絡未さん、今日も超綺麗だよ」

「知ってる⋯⋯」

「そこは反応出来るのかよ⋯⋯都合の良い耳しやがって!」


 即答だった。


 コンマの差の開きすらも許さぬ速さ。


 顎に手を乗せて考え込む仕草をする絡未。


 やがて、一つの答えに辿り着いたのか振り返り正門に告げた。


「すまないがそろそろ戻るよ」

「え?でも、デバイスの──」

「その仮面の人物に渡された。それだけさ」

「え!?危ないヤツじゃ!」

「どの道、危ないヤツに着けてるんだ。問題ないよ」


 そう言い、玄関を出て、帰ってしまった絡未。


「おいおい⋯⋯」


 不吉な嵐を残して帰ってしまい、正門は不吉な予感を感じざるを得なくなった。






 アレから導を円香の部屋で休ませてからたった一人、熟睡は愚か、ベットに入る事もせずに二人が起きるのをダイニングで待っていた。


 そして、朝食時に妹の忠告は正門の耳には届かずじまいとなり、結果。


 次の日の晩飯まで、冷蔵庫の中身はスッカラカンとなっていた。


 また、いざとなれば冷凍庫にある物で補える、と高を括っていた正門はお昼時に導がそのいざとなった時の冷凍食品を食べる事を想定していなかったのも、事態悪化に貢献した事となる。


「はぁ〜。コンビニ行くか⋯⋯」

「おにぃ。円香はパリッツのストロベリーチョコ」

「誰がお前の風呂上がりの至福を、買いに行くっつったんだ。晩飯買いに行くんだよ」


 ソファで動画を見ながら悠々自適にそして気怠げに要求をする円香。


「ちぇ〜。じゃあカロリー低めのなら何でも。あ!ほうれん草とか入ってないやつね!」


(何でも、はどこ行った⋯⋯。ブラジルまで旅行にでも行ったのか?)


 コンビニの弁当にほうれん草が入っているのか?と、考え込む正門だったが、そこまで詳しく見た試しも無い。


(あったら、絶対買ってやるッ!)


 コンビニに向かう理由を更に入手し、邁進まいしんする手筈が整う。


 流れるように財布を取ってから意趣返しのように妹へと投げ掛ける。


「わかった。ほーれんそーマシマシ弁当ね」

「んなもんあるか!」


 怒るというより突っ込むようにして抵抗する円香。


(ほうれん草はコイツに何した⋯⋯。お前らは食われるか捨てられるかの二択だが、こっちは兄だから妹に殴られる、蹴られる、いびられる、そして、仕留められるの四段階あるんだぞ!⋯⋯やっべ、最後の俺終わりじゃん)


 そんなひとりコントを脳内でしつつ、標的としたほうれん草に恨み節をぶつけて次の人物へと視線を移す。


「導は?」


 針が動いた。


 化け物(クリーチャー)である少女は正門が視認してその通りならば針が動く音が頭に鳴る。


 当然、少女は見える範囲に居る。


 しかし、一向に反応しない。


「⋯⋯」

「導さん?おーい」


 不審がる正門はもう一度コールを試す。


「え?な、なんだい?」


 どうやら、ようやく繋がったらしい。


 国際電話でも、そう発生しない長さであったが、少女の意識は動画から正門へと向いた。


「晩飯の弁当何か買ってくるから、欲しいのあるなら言ってくれ」

「⋯⋯ワタシはコンビニに何があるかなんて知らないよ?」

「それもそうか」


 悲しい事に同属や人間を食せば栄養確保できるクリーチャーにとってコンビニは必要性を感じない物である。


 それは事実なのだが、正門はふと思い返していた。


(でもこいつ、ステーキとかは知ってるんだよなぁ⋯⋯どういう偏りだ?これ?)


 自称グルメな化け物である銀導に関する希薄さ加減は正門にとっては致命的にも感じ始めていた。


「じゃあ一緒に行くか?」


 しかし、妹の前で話す話題でもないと判断し、少女をコンビニへ連れ出す。


 そして、道中にその話をすれば良いだけの事なのだ。


「え!良いのかい!」


 まるで一生外に出るなと言われた後の外出許可が下りた後の少女そのもの。


 ソファから急ぎ立ち上がり、正門の方へと早足で駆けていく。


「ホントに行って良いのかい?」

「あ、あぁ、選んだらいいさ。好きなのを」


 何がそこまで良いのだろうか、と正門は思う。


 何せ、高級レストランという訳でも、アトラクションパークへご招待と言う訳でもなく、ただのコンビニへ買い物をするだけなのだ。


 この天にも昇る気持ちを抑えきれないと言わんばかりの表情。


 尾骶骨てびいこつ辺りに尻尾があれば犬のように振っているだろう。


「じゃあ、いってら〜。おにぃ。ちゃんと導さんエスコートしてあげなよ?」


 導が居なくなった事で、ソファで寝転んでいる円香。


 気怠げな感じに戻り、片手を適当に振ってジェスチャーしている。


「エスコートって言うほどのものか?」

「頼んだよ?ジェントルマン」


 そう言い、導は腕に巻いてある赤と黒の布を使って後ろ髪を束ね始めた。


(コレは⋯⋯団子!)


 分かりやすくシンプル。


 ファッションやデザインセンスは中三止まりで、最近になり、ようやくまともに服の上下の色合いを気にし始めたチェリーボーイこと正門でもわかってしまう。


「けど⋯⋯ダサい」

「なっ!」


 たじろぐ導。


 それを見て、誤解されぬようにと追加で言葉を投げ掛ける正門。


「あ、いや。髪型は合ってるんだけど⋯⋯布のデザインが⋯⋯」

「うぅ。円香ぁ、今のどう思う!」


 救いの手兼援護射撃として、導は円香に救いを求める。


 救いを求められているご本人は導の後方に鎮座しているソファから顔を出していた。


 口撃が来る!


 正門は円香を見て心のシェルターを強固にして、身構えていた。


 のだが、その円香の表情はあまり乗り気ではなかった。


 視線は逸らされて、右方向。


 おまけに、たじろぎ出し、口をモゴモゴとしだす始末。


「⋯⋯円香?」

「⋯⋯ごめん、円香も正直、その布でやるの?って思っちゃった」

「えぇ!コレ、立派な魔具で使い所多くて便利なのに⋯⋯。その言われようは⋯⋯」


 兄妹揃ってのダメ出しに応えるように布を解き、腕に戻す導。


 その姿は何処か寂しそうでもあったと、円香は後に語る。


(だってそれ、どう考えても髪束ねる用じゃねぇもんな⋯⋯。デザインそれでその用途なら作った奴はデザイナー降りた方がいいまである)


 そっと本音を心の中にぶちまける正門。


 そうして、円香から借りた赤色の髪ヒモを使ってポニーテールにしてから正門と共にコンビニへ向かった。


(髪ぐらい切れよな⋯⋯)


 ポニーテールにしても肩甲骨辺りまで垂れ下がっている髪を見て正門はつい愚痴りそうになったのを、一緒にコンビニへ行く少女の満面の笑みを視界に捉えてしまい、我慢した。


(まぁ、いっか)


 そうして、正門が使っていた灰色に紺色の線が入ったジャージを着て、出発するのだった。


 一階まで降りた正門と導は襲撃者によって半壊状態となった学生寮を一度見渡した。


 ブルーシートも無く、建築などに必要な機材や物資が全くと言ってもいいほど置かれていない。


 それでも既に壁自体は既に修繕されており、部屋の内装までくっきりだった筈の学生寮一階の一部分は綺麗に直っていた。


「魔法ってこういう時は凄いって思えるなぁ⋯⋯」


 魔法の事をあまり良くは思っていない正門でもこう言った人の為になる事ならば、満更嫌いにもなれない、そう感じて我ながら単純な奴だと自虐混じりに鼻で笑う。


「壁を造るのもそうだけど、色や不自然な修繕跡のようなものも無くここまで直せるのは⋯⋯優秀な者達の賜物だね」


 白に塗られた壁に擦るようにして触れる。


 何事も無かったかのように修復された壁。


 機械を用いての工事とは違い、ダイレクトに人の労力が増えるが、その分早期に終わり、昨日の今日で工事は事実上終了している。


「まぁ、夢と浪漫の魔法なんだから。こうでなくっちゃあな〜」


 見ているだけでは現実味はあっても何処か弾かれているような感覚。


 それが常に付き纏っている正門にとって魔法とは結局、夢と浪漫の産物でしかない。


 根底として、魔力がどうして人間に宿ったのか。


 正門は当然知らない。


 歴史の教科書を読み漁っても、研究者の英語で綴られた研究資料を幾ら読んでみても分からなかった。


 何せ、教科書を読んでも眠たくなるのと、英語を翻訳出来ないからである。


 ただ、ネットで調べても結局は不明であり、様々な憶測だけが飛び交って自然と受け入れられて、気付けば自分ははみ出し者だと認識する。


 それが嫌で何時しか正門はその手の話題には触れなくなっていった。


 そんな事情を知っているはずも無い導は構わずに語る。


「魔法は今や夢でも浪漫でもないよ?現実として使っている人間の数=人口まであるんだよ」

「おいおい、俺と赤ん坊は人外かよ、ひでぇ奴だな」


 嘲笑か、それとも自罰的か。


 いずれにしても、その人口に自身が含まれていない事に対して指摘を入れる正門。


 その様子を見て導は不快そうに応えた。


「⋯⋯そうだね。赤ん坊に失礼だったね」

「ちょっとぉ〜、俺はぁ〜?」

「⋯⋯君は、もう少し自分というものを大事にするべきだよ?」


 依然、不快が含まれた表情は継続したまま、正門を見る。


 何が不快なのか。


 どうして怒っているのか。


 正門には理解が出来ず、目を細めるしか出来なかった。


 理由を訊ねる事も可能だった。


 それでも、そうすると本当に呆れられてしまう。


 そう感じ取った正門は黙って次に放たれる言葉を待つ事にし、それを読み取ったであろう導は仕方無さそうに言う。


「慰めなんて一時的に効能が出る薬と一緒だよ。君が欲しいのはそれでは無いんだろ?」

「⋯⋯。はぁ〜、仕方ないだろ。実際、俺は魔法を使えないんだから」

「魔法が使えないだけだよ」


 頓知とんちでも聞かされている気分になる正門は頭を抱えた。


 お構い無しに正門の後方へと脚を運び、学生寮の敷地を抜けて行く導。


 そんな導の背中を追い掛ける正門。


 九月になるも依然として暑く、風が欲しくなるのを耐えて問答を続ける。


「それが一番の問題だろ?」


 背中越しの少女へと、逃げるな、と追跡するかのようにして語り掛ける。


「何も問題無いさ。要は魔法を使うまでは誰もが君と同じって事なんだから」

「ん?⋯⋯何言ってんだ?」


 魔法が使える事と使えない事。


 この違いの指摘はどこへやら。


 解釈違いを起こしている。


 そう正門は認識し、言葉を紡ごうとするのを導がダメ押しのように話し出す。


「ワタシから見れば、君もその他も、全て魔法を使うまで同じに見えるって事さ。魔法が使える、使えないなんてチャチだよ」

「チャチなものか!それだけで雲泥の差が開く世の中なんだぞ?!」


 使える者とそうでない者の差。


 それは特に学生時代から既に如実に顔を表し始める。


 魔法が使える者は実力が拮抗し、話題に出す内容もそれに応じて変化していく。


 正門は八度、魔法が使えない故に話題には入れずに挫折している過去を持っている。


 唐突に縁を切られるような感覚を何度も。


 更に言えば、将来の就職先も制限される。


 元々、素質によって魔法の習得に差があるものの、正門に至って言えばスタートラインよりも遥か後方は愚か文字通り、地に足が着いていないのだ。


 何時までもフライングの笛が鳴り、何処までも走らせて貰えない。


 最後には退場からのさようなら。


 履歴書の記入欄にすら、【習得済みの魔法】と項目が増えた事で、より魔法という概念が将来の正門の首を絞めて苦しめている。


「チャチなんだよ。本当に⋯⋯」


 少女は振り返り、身体を少年に向ける。


 導は真っ直ぐと正門を見る。


 銀の瞳は街灯に照らされて妙な程に煌々としていた。


「だって、魔法を使える人よりも君のように魔法が使えない人の方が、一生懸命頑張って生きようとする。人間の原動力は何時だって()()()()()()()()だよ。魔法の有無は関係ない」

「生きようとする⋯⋯、原動力」

「そうさ。結局の所、それが人間に欠かせない要素であり資本であり、意思表示の表れそのものさ。魔法が使える使えないは、行動の順序や手口が変わるだけでそれ以上も以下も無い」


 だが、それには多くの正解と間違いが存在する。


 正門はそう思ってしまう。


 環境やその時の状況や行動で、その後の人生の変化というものは起きるものではないか、と。


 歩道を歩いている際に交通事故を経験している人間とそうでない人間とでは、その後の注意に対する警戒力が変わるように。


 イジメを受けて不登校になった者とそうではない者とで、現実でのコミュニティへの参入への抵抗感の違い。


 挙げればキリが無い事柄。


 経緯とそれに対する結果。


「じゃあ、俺が魔法を使えたら多分、お前を助けなかったと思うぞ。そもそも化け物(クリーチャー)を知れたかどうかすら怪しいし」


 正門はひとつの仮説を口にした。


 分かりやすい例えだと自身で思い、それを導に解答も含めて投げた。


「⋯⋯。無いね。絶対に無い。確実に君はワタシを助けたよ」


 目が見開かれた。


「なんで、言い切れるんだ?」

「だって、魔法の有無で、君の心根までは変わらないだろ?誰かを助けるって言うのは存外、精神的以上にその人物そのものの根幹の問題だと思うしね。君は変に優しいからきっと助けてたよ」


 自信が無かった。


 そう言い切る導とは相反するようにその確信は正門には存在せず、曖昧な感覚だけが心の陰りとなっていく。


 そうでありたい、とは思っている。


 だが、心根や根幹と言った言葉で言われても納得は出来なかった。


「つまりだよ!君は君らしくあって欲しいって事さ。何があってそういった考え方になったかは分からないけれど、ワタシは君に会えて良かったと本気でそう思っているよ」


 少年に微笑んだ少女は回れ右をして、目的地のコンビニを目指す。


(⋯⋯。俺もお前に会えて⋯⋯良かった)


 欲しかった言葉は存外、簡単なものであった。


 単純なまでの承認欲求と笑われても仕方がない。


 理解している。


 少年は正しく理解している。


 それでも、言われて嬉しい言葉を掛けられれば、人は微笑むものなのだ。


 少年は目的地とは違う方向へと歩みを進めている少女の後を追い掛ける。

最近になって後悔している事が一つあります。


それは⋯⋯、歯はちゃんと磨こうね、と言うことです。

ちゃんと磨いていたつもりでも奥歯が虫歯になり、結果的にクリニックへGO!!したのが私でありまして、若い内から大丈夫と思っていた事が大人になって積み重なった結果、皺寄せのようになるのが人生なのだと改めて思いました。


皆様も気を付けて一日をお過ごしください。それでは

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