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節木正門は異端である  作者: ひらひら


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3話──襲撃者

戦闘シーンて難しいですね⋯⋯。


擬音は抑えて、言葉の羅列を並べても何故か視点が複数あるから、どれが皆にわかりやすいのか彷徨っていました。どうも、小心者です。


一週間に一度のペースで投稿出来れば良いかと考えています。


趣味って言うには拙い感じですが、修正点ありましたら、言ってくださると助かります。


ではどうぞ。

『なぜ取り逃した?』


 眼鏡を掛けた男が一人。


 二メートル程の巨大な手首までしかなく、掌にい合わせられた金具が付けられている左手の形をしたモノを問い詰めてた。


 約八〇メートル越えのオフィスビルの屋上、長方形に広かった場所に柵と室外機が数十程とベンチが設けられている。


 二十三時を過ぎた時刻に佇む影が二つ、そこに確かに居た。


 柵にもたれ掛かるようにして男は目の前にいるモノにイラつき混じりで問う。


『ヌァァァ⋯⋯ガァァ』

『チッ。⋯⋯低級はこれだから困るんですよ』


 男は擬音にも等しい言葉の羅列を理解しているように舌打ちをして、見下していた。


『ヤタァァァァ!ファァァァ』

『なら、とっとと探せ!彼女は瀕死も同ぜ──』

「【大いなる惨劇よ!嘆きと涙を射抜き──】」


 八〇メートルに位置する一人と一体しかいない空間に割り込む二人分の影。


 右腕を眼鏡を掛けた男に標準を合わせるように人差し指と中指を突き立てて、詠唱をしている男とその後方に空中で浮いている者が一人。


『ッ!!『追跡者』かッ』


 振り返った男の眼鏡越しに入る光景は、深夜の時間帯とは思えない赤い光が集結しており、辺りを鮮明に照らしていた。


 さながら、花火が点火元に戻るように火花のような光は二つの指に集約されていく。


 黒い人影のようなものが見えるだけで全容は見えなかったが、殺意は伝わった。


「【王者を賜りし者へ、一閃の瞬きと共に散れ】」


 男は焦ることをせず、冷淡に状況を俯瞰して見た。


(厄介ですね⋯⋯、あれは)


 しかし、内心とは裏腹に余裕を崩す事をせず、ニヤついていた。


『やらせないんだよなぁ〜』


 そう呟く男は、巨大な手の形をした人差し指を乱雑に掴み、たった一言。


『オマエの出番だ』


 それだけ口にして、前方へと投げる。


 左手でズボンに入っていた単語帳を出すと、紙にも触れず、風すら吹いていないにも関わらず(めく)り流れ、ピタッと全(ページ)の三分の一のところで止まり、たった一枚の紙が上へと逆立つ。


 それに記されている文字を睨みつけた後、屋上の柵から身を任せるようにして落下して行った。


「待て!」


 上空に浮いている者は後を追おうと上半身を前屈みにして右脚の踏み込むと同時に屋上との接触を避けるべく、カーブを掛けながら急降下し、後を追った。


 赤い光を撒き散らす男はそれらの様子を見ることはなく、眼前にいる『クリーチャー』に注視して、詠唱は止まることを知らぬまま、唱え終える。


「【冠と(キング・)散華の矢(ディスパーザー)】!!」


 左手を後ろに構え、矢を穿つ弓の要領で放つ炎の魔法。


 一直線にクリーチャーへと放たれたその炎は辿たどった空間を焼いていく。


『ラァアナッァァァァァ!!』


 それに反応したクリーチャー言葉とはとても思えない甲高い音を発生させた手型は掌の部分に縫い付けられていた金具がブチブチと音を立てて外れていき、口のように大きく開かれた黒に穴を形成し上空から突如やって来た男の魔法を吸い込んでいく。


「なに?!」

『ガァァアウゥガァァァァ!!』


 甲高い音は野太く、荒々しく、そして姿が大きくなる。


「コイツ、魔法を喰うのか。厄介なクリーチャーめ!」


 苛立いらだちを隠すこともしない男は羽織っている丈がくるぶしほどある黒のジャケットの内側に備えた短剣を取り出し、左手指に嵌められた指輪の宝石へ接触させる。


「【紺碧こんぺきの焔は天をも息吹く炎華えんか!指し示すは不敵の狼藉者ろうぜきもの。焼き尽くせ!藍に塗られ、(アウイン・)碧に混じれ(ミキスター)】!!」


 短剣が宝石に触れた箇所から青の炎がほとばしる。


 短剣は剣先から伸びていく青炎せいえんにより、一振の青の剣へと変化して男の右手に握られた。


 白に歪む剣先が屋上のタイルに触れると、たちまちと接触箇所から泥のように溶けていく。


 暗がりの屋上に一点の灯りが灯されて、それを起点に男はクリーチャーの全体像を肉眼でようやく正しく判断した。


 同時に、クリーチャーも僅かに照らされている灯りが眼前の敵を正しく把握できていた。


 グレーのスーツに黒のジャケットを羽織っている襟足より少し下にまで伸びた黒髪の三十代程度の男。


 最大の特徴は、右頬にS字に黒の刺青を入れている事だった。


「魔力を吸い取るのならば、吸い取られないように殺すだけだ。死ねェ!化け物が!」


 殺害宣言と共に男は踏み込む。


 ドンッ!と彼が居た場所からタイルを砕く音が鈍く鳴ると同時に手型のクリーチャーの左側へと接近し、異形の怪物目掛けて空を掻っ切る勢いで振り切った。


『ウガァァァヤヤヤァァァ!』


 奇声を発したクリーチャーは男の速度が全くと言ってもいいほどに見えていなかった。


 青の塵が夜空に不気味なほどに立ち上り、そして、流星の如く瞬く間に消えた。


 クリーチャーが感じたのは二つ。


 一つ目は青が迫った事への恐怖心。


 二つ目は熱が身体が徐々に支配して、全くと言ってもいいほどに微動だにしなくなった事。


 風が火に吹かれ、独特な音を掻き立て、視界に映るその男の右半身はユラユラと灯されて不気味にも見えた。


 手型クリーチャーの後方にあった柵、佇んでいた場所の下方向にあるタイルはみるみる内に溶けていき、柵は異臭を放ち始めた。


 そして、青の蛍光ペンで斜線を引かれたように人差し指と中指の間から切り込まれ、叫ぶ事も無く、塵となった。


「デカイだけならばなぁ⋯⋯」


 グツグツと音を鳴らして溶けていく屋上の一部分。


「いかん。何をぼーとしてしまっているんだ」


 すると、空を切るような音が耳に届き、彼の右方向へ顔を向けた。


 眼鏡を掛けた男を追うべく降下した者が今度は上空を上がり、オフィスビルの屋上へと着地した。


「すみません。取り逃がしました」


 勢いよく着地した後、ゴーグルを外してフードを外し、男へと寄って来る女性。


 暗がりから徐々に映し出された姿を見た男はその者へと近付き、優しく声をかける。


 結んだ髪ヒモを解いて、撫子なでしこ色の肩甲骨辺りまで伸びた髪が風に靡かれ、花紫はなむらさきの瞳は申し訳なさそうに潤ませていたが、男はそれを知らない素振りを決め込み、白髪が混じった黒髪を掻きながら、慎重に言葉を紡いだ。


「⋯⋯。そう落ち込むな。捕まえられればラッキ程度だったさ」

「え?そんな気持ちでこの作戦受けたんですか?」

「作戦?こんな強襲一つが作戦なものか⋯⋯」


 視線を逸らして、苦虫を噛み潰したような表情で怪訝そうに言う。


 そんな様子に圧倒された為に話を変える内容を探していた者はチラチラと辺りを探していると、一番に目立つ物に着目する。


「は、はぁ⋯⋯。ところでその剣、収納しないんですか?」

「ん?あ、あぁ。したくてもできない」

「え?またどうして」

「剣に込めた魔力が尽きるまで残り続けるからだ。後、十分はこのままだ」


(調整ミス?いや、元々一定量の魔力は注がないと発動しないってタイプ?)


 何をやっているんですか?と、言いたそうな顔を撫子色の髪をしている彼女は見つめ、それに反応したように、申し訳なさそうに手持ち無沙汰な手で謝罪をする男。


「⋯⋯では私。上がらせてもらいますね。明日、新学期ですし」

「ん?そうか、そういえばもう九月か。⋯⋯わかった」


(早いな⋯⋯もうそんな時期か)


 歳を取ると時間の流れが早く感じるようになると、そう言われた事がある男にとって、残酷な程に月日は流れていく。


 男は空を眺めた。


 そこには右手に持たざるを得ない青く、不気味に燃えている剣よりも余程、小さく、繊細に光っている旅客機のライトが暗い夜に存在をアピールする為に光り輝いているのが見えた。


 右手に持っている殺す為だけの光では無く、安全と信頼が寄せられたそれは照らされているという意味では同じというのに、何故眺めていられるのだろうか、と考えずにはいられなかった。


 ピピピピピ──。


 腕時計のタイマーがなった。


 男が作戦前に設定したタイマーであり、帰宅時間でもある。


「それでは、報告書はこちらが明日には書いておきますね?」

「すまないが頼む。飯妻いいづま

「はーい。では伊丹いたみさん、お疲れ様です」


 屋上に付けられたドアをそーと開けた彼女はそのまま、一礼をしてすぐに帰っていった。


「はぁ、学生しながら『化け物(クリーチャー)退治』か⋯⋯。どういう境遇を送ればそうなれるんだか」


 悲壮感か、憐れみか、同情か。


 いずれにしてもそれを誤魔化すように煙草を吸おとスーツの内ポケットにある四角の箱に手を伸ばし、一本取り、口に咥える。


 夜の屋上に火が二つ灯った。





 眼鏡を乱雑に外して、左右を睨みつけるようにして見渡す男。


 入り組んだ道路が多い第八地区の南にある裏路地に座り込んだ男はイラつきを壁へとぶつけて叫ぶ。


『あの飛行人間め!しつこすぎる!!魔法貯蔵(マギア・ストッカー)を一つ、最後まで使わされてしまったッ⋯⋯。はぁぁ、さてどうするかなぁ⋯⋯。あの阿呆はもう死んだろうし。このままじゃあ邪魔だけされて、終わりだ』


 あれでもない、これではダメだと考え込んでいると、横から足音が聞こえ、無意識にその方向へと目を向けた。


 すると、暗がりでも分かるほどの背丈と落ち着きのない動きで誰だか即座に分かり、視線を外してしまう。


『ユースくんにお知らせだよ〜』


 お転婆で天真爛漫にも感じる話し方でユースに近付く身長一三〇センチメートル程度の少女。


 色素を失った白の髪に光を失ったかのような紫の瞳がジトーッとした視線を向けてやって来た。


『シルティーか。何だ?』


 苛立ちを抑えて、近寄る少女をしゃがみこんで見上げる男。


 橙色の髪色と黒の瞳に眼鏡を掛けた一八五センチメートルの男、ユースは先日、掻っ払ったばかりの青白のボーダーTシャツの裾で額の汗を拭いながら少女の返答を待っていた。


『何だとはなんだよ〜?いい情報持ってきたんだよ?なんと!探していた『シルバー』が見つかったよ』


 その言葉を聞いたユースは瞬間、俯いたと思えば、肩を震わせ、勢いよく顔を上げたと思えば高笑いをしだした。


『何笑ってるの?』


 キョトンと首を傾けながら目をパチクリさせて、深夜帯にも関わらず、大声を発する彼をただ見ていた。


『ハッハッハッハッハッハッハァァァ。これが笑わずにいられる筈がない。えぇ、やはり、彼女は僕が殺したいじゃないか』


 鋭く、尖らせた眼光は既に標的(シルバー)一筋となり算段と手段を頭の中で結びつけていき死に顔すら想像していた。


 対照的に熱意もやる気も感じない瞳は足元に転がる石ころにご執心のようで、サッカーボールのように靴裏で遊ばせながら黒のワンピースをヒラヒラと揺らしていた。


『うーん。シルティーはよく面倒を見てもらってたから別に嫌いでもないんだけど⋯⋯。⋯⋯まぁいっか』


 開き直るでもなく、諦めるでもなく、ただ『どうでも良い』事のようにニコニコとしながら合掌する。


『それで?シルバーの奴は何処どこへ?』

『第三地区の学生寮ってさ。確か近くに時計柱かなめばしらがあって、六階建てで⋯⋯、えーと。あれ?あれあれ?』

『一応言っておきます。第三地区の時計柱近くに学生寮は腐るほどある。もっと分かりやすい目印はないのか?』

『たしかに!』


 目の前に書かれた問題の答えを自信満々に手を挙げて答えようとする子供のような素振りをしたシルティーは、さらに腕を組んで考え出し、唸るような声を出した。


(やはり、コイツがシルバーを直接見つけた訳では無いな⋯⋯)


 仮に直接シルバーを見つけていれば、確実にその潜伏場所へ突貫する。


 必然的行動であり、目に見えて分かる結果。


 シルティーという存在は言わば、その時に感じた事を猪突猛進するようなもの。


 それがわかってしまう故に、扱いにくい存在でもあり、制御出来なければ、面倒くさい存在でもある。


 だが、お目当ての存在は現状、シルティーの情報が鍵を握っているも同然である。


 誕生日プレゼントを待ち望む子供のようにソワソワとしながら、目の前にいる馬鹿チビが思い出すのを貧乏揺すりをしながら待っていた。


『えーとね。えーとね。⋯⋯あ!そうだ!『青いコンビニを東に道なりに進んですぐそこ』にある学生寮だったかな?うん、からすさんがそう言ってた!』


 そう言い、両手で鳥のポーズを作りだした。


 しかし、それはユースから見れば蟹にしか見えなかったが、本人はできている体で羽と思われる部分をバタバタとさせていた。


『そのトリコーに感謝しないといけないですね』

『じゃあ、行こっか!』

『え?あ〜、シルティー。君はお留守番ですよ?』

『えぇー!!なんでさ!なんでさ!シルティーもシルバーに会いたいよぉ!会いたい!会いたい!』


 地団駄じたんだを踏み我儘わがままをこれでもかと吐き散らかすシルティー。


 それに対してウザそうに立ち上がったユースは、左手に持っていた眼鏡を掛け直してシルティーの後方に広がる大通りを一度眺める。


 近くに夜行バスの停車地点が存在しており、それ故にそこそこの人数が深夜帯にも関わらず路地裏からでも通り過ぎていくのが見える。


(まぁ、なだめるぐらいならば使えるか⋯⋯)


 咳払いをし、シルティーの意識を向けさせた。


 そして、彼は真っ直ぐと指を大通りへと指し示す。


『そこら辺にいる人を食って構いませんから』

『ホント!!やったぁぁぁ』


 シルティーは急ぎ回れ右をして徒競走をする小学校低学年の子供のように走るポーズを取る。


『ただし、三人までですよ?良いですね?』


 下手な騒ぎとその拡大を防ごうとする意図はシルティーには届いてはいないだろう。


 首を()()()()、左方向から曲げてユースを見るシルティー。


 傍から見れば文字通りの怪物と認識されるその動きにユースは身動ぎせずにそれを見ていた。


 屈託のない満面の笑みは他人から見れば、これから人殺しに行く表情には思えず、大好きな人とこれから遊びに行く子供のように無邪気にも感じるだろう。


 そんな屈託のない笑顔に合わせるかのように邪魔が入らなくて済むとユースもまた、ただの優しいお兄さんのような笑みを零した。


 街灯すら届かない。


『捨てられた地区』の路地裏で。


『じゃあユースくん!シルバーにヨロシクね!』


 首を元の位置に戻して、ボールを追いかける犬のように駆けて行くシルティー。


 それを適当な距離までつまらなさそうに見つめて、首を鳴らし、ため息を零す。


『グランの奴が戻って来てくれれば、あんな子守りしなくても済むのに⋯⋯』


 一人の老害を思い浮かべるも、すぐに頭から振り払うように浮かばれていた全体像を消し、先程まで凭れていた建物へと目を移す。


『上から行くか』


 小さな独り言は路地裏の冷たい空気に消されて、ユースは勢いよく跳び、第三地区を目指した。





 現在時刻──二十三時十分。


 節木ふしぎ正門まさかどの住む自宅に一つの問題が発生したのだ。


 それは誰でも有り得る出来事であり、唐突かつ、いつも潜んでいる奴の存在によって起こった。


 明日から新学期という事もあり、早めに寝てしまおうと正門は自室に戻り、しろがねみちび円香まどかの部屋で就寝する事が決まった。


 最初は正門の部屋に導を寝かせるつもりだったが、円香がそれを聞いた途端、一歩、また一歩と後退していき、最後には、

「うるさくしないでよ?ロリィちゃん」

 と、要らぬ誤解を招いてしまい仕方なく円香の部屋に寝かせる事となった。


(ロリィってなんだ!ロリィって!原型ないじゃん!!)


 決まってしまった事にウジウジ言っても仕方ないと割り切り、前向き考えるようにした正門は重くなり始めた瞼をいい加減に休ませるために読んでいた漫画を机に置き、立ち上がる。


「これを機に二人が仲良くなってくれれば、モーマンタイだな」

 と、部屋の電気を消して枕に頭を乗せた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!お、お、おにぃ!!!」


 瞼を閉じて眠気が本格的にやって来た時に隣の部屋から突然の妹の悲鳴がとどろいた。


 布団から飛び起き、ドアノブを乱暴に開けて右隣にある円香の部屋へと急行した。


 ぎる考えが一つあった。


 導は『クリーチャー』であり、何かの拍子に襲ってしまったという可能性。


 正門の情けにも近い感情で手をさし伸ばし、家に招き入れていたが、『信用』という名の免罪符を盾に円香の安全は全くの考慮に入れていなかった。


 もし、導が円香を殺していた場合、償いようなんてものはどこにも存在しない。


「くそ、待ってろ!!円香無事か!!!」

「おにぃぃぃ。早く来てよぉ」

 短い距離を無駄に走り、円香の部屋のドアを開ける。


 ドンッ!!と、鈍い感覚が木製のドアからノブを掴む手へ伝わったが、目の前で起こっている可能性がある一方的な虐殺を鑑みれば、チャチな事であった。


「導!!!テメェ!! ──」

「⋯⋯。うぅぅぅ、正門⋯⋯助けてぇ」

「⋯⋯は?」

(は?)


 部屋に入ると、導は涙目で四つん這いになっていた。


 悲鳴の正体は導だったのだろうか?と考えもしたが、ならば、視界に居る予定の円香が居ない事にも納得がいかず、正門は目の前にいるヨガ子ちゃんに聞くことにした。


「円香の悲鳴を確かに聞こえた。何をした!?」

「何もしてないよぉぉ。うぅ、うわぁぁぁぁん。それ⋯⋯ずずっ。それよりも背中に居るやつ、どうにかしてくれぇぇ」


 涙をボロボロと零し、鼻水を垂らしている銀髪のクリーチャー。


 恐らく、危機的状況なのだろうとこの状況を見た少年は察してしまった。


 四つん這いで鼻水を垂らして、眉を八の字にしながらの必死さと訴えがまさかの自身の命を救って欲しいと懇願していた時よりも重く感じてしまったのだった。


 呆気に取られた正門は泣き虫、鼻たれ、四つん這いな少女の言う通りにその背中に注目する。


(⋯⋯うん?⋯⋯あっ!こ、こいつはっ!!!)


 確かに背中には奴がいた。


 人類の大半が見た瞬間──否、その音を聞いた瞬間に存在を感じ取り、何処にいるか確かめるべく、物を恐る恐ると退かしてまで確認しようとする超人気触角生命体、ゴッキー


 正直に言ってしまえば、正門は──少し引いた。


「⋯⋯。お前、仮にもクリーチャーだろ?何とかできるだろ」


 お近付きになりたくないと、安易な言葉回しで導一人での対処を求める正門だった。、


「苦手なものと向き合うって言うのは困難な、事なんだ!ましてや、肉眼で視認すらできない背後なんだよ!!こんなの対処の仕様がないに決まっているだろ!」


 どうやら、切羽詰まっているようだった。


 正門の瞳には少女の瞳がぐるぐると困惑と混乱が少女の思考をぐちゃぐちゃにしているようにも見えた。


「燃やせよ」


 少年の出した案は至極簡単な事。


 焼けば終わる、という一番対処が容易い方法。


 後処理が面倒臭い、火災報知器が鳴ってしまうという点を考慮しなかったのは、Gが人の背中に乗っている経験が無かった故に起きた混乱であると、気付く余地は本人には無い。


「嫌だぁぁ!せっかく円香から借りた服を燃やすなんてワタシには出来ない!そんな事をするなら、心臓を引っこ抜いてやる!!!!」

「その確固たる意思はなに!?つか、なんでそいつ背中にいるのさ?」

「⋯⋯この触角クソ野郎はあまつさえ天井に居やがったんだ」

「メスかもよ?」

うるさいッ!!!」


 導は語る。


 ドア付近にある電気のスイッチを押して、いざ就寝──とそこまでは良かったのだが、円香が天井に何かいる事に気付き、部屋の電気を点灯させた瞬間、それは落ちてきた。


 そして、導がうつ伏せ状態から起き上がろうとした時に丁度、背中に落ちて来てしまった。


 そして、悲鳴を上げた円香の声を聴いた正門は駆けつけて現在。


(笑えばいいのか、嘆けばいいのか⋯⋯)


「正門!早くどうにかしてくれよ。ワ、ワタシは一生このまま生活しなければ、ヒィィィィィ!!動いた!今動いたよ!!」


 この世の終わりを嘆くように、焦りと悲しみが入り混じった声色。


 恐らく、今日一の声のデカさであろうそれを聞き、耳を塞ぐ事をしなかった正門は、じぃーと背中に寝付いた子供のようにしがみつくGを見ていた。


(やべぇ⋯⋯。普通に俺も得意じゃないんだよな⋯⋯。だってコイツ、飛ぶじゃん)


「小学生の時なら観察日記にしてたな⋯⋯」


 つい、現実逃避にも近い感情で遠い日の無邪気な頃を思い返す。

 あの頃に戻れたらいけたなぁ、と思わざるを得なかった。


 そんな、過去に戻りたい少年に対して、現在進行形で虫一匹に足止めを食らっている少女は喚くように叫んだ。


「君!ワタシの気持ちを汲み取ってくれよ!!薄着っていうのもあって動いた時の感覚がほぼダイレクトに来るだぞ!!!それに何故かワタシが円香を襲ったみたいな感じで君も来るしさ!」

「あ!そうだ!円香はどこに!」

「円香なら、君がドアを開けた時に君がはっ倒したじゃないか」

「え?」


 そう言われて廊下に繋がる部屋のドアを振り返ると、壁と扉に板挟みになるようにしてうつ伏せになって習慣として使用しているノートを所持して倒れている円香がそこに居た。


「げぇ!!マジかよ!ご、ゴメンな円香。おい、円香。円香!」

「気絶しているだけだよ⋯⋯。頭を打ったせいでね。痛かったろうに⋯⋯」


 こんな酷い兄がいるなんてね、と最後の最後に痛いところを突つかれて、萎縮してしまう正門。


 そんな様子なんて何処吹く風の導は円香を哀れむように見つめていた。


「それより早く助けてくれよ。髪にも多少、奴に踏まれてしまって、洗いたい」


「そう言ってもな⋯⋯」


 ティッシュで掴むことを想定しても、恐らく、Gの屍の残骸が髪に付着は流石の導も怒るだろう。


 円香が持っているノートを使って叩く?という考えもあったが、普及率が減った紙は手早く入手がしにくいのが現状。


 下手に汚すと正門がしばかれると判断し、ノートを使った撃退は諦めた。


 スプレーは自宅には無く、下手に刺激しても動き回りより事態が悪化する。


(Gって飛ぶよな⋯⋯)


 本来はあまり視界に収めたくないが、仕方ないと割り切って、部屋に手頃な物を探し始めた正門。


「正門?」


 少女には少年が何かを探している事は理解できた。


 しかし、何を探しているかが、分からなかった。


「あったあった」


 そういい、クローゼットから引っ張り出したのは、円香が使っていた長方形に長いタオルだった。


「正門?な、何を──」

「導」

「⋯⋯なんだい?」

「SMプレイって知ってるか?」

「うん?⋯⋯磁石を使った実験か何かの事かい?」


 タオルを引っ張り、右手で端を持ちだした少年を黙って見つめる事しか出来ない少女は質問の意図がさっぱり分からずに答えを変更しようと思考を巡らせていた。


 しかし、答えは少年の腕で全て解決する。


「SMプレイってのはな、こういう事をするらしい!!ッぞぉぉぉーーーらぁぁッッ!!!!」

「へぇ?!」


 黄色のキャラクターが彫られた長方形のタオル。


 それを導の臀部でんぶ目掛けてフルスイングした正門。


 気持ちの良い音が部屋を響かせて、実行犯の少年は満足そうに振り切っていた。


「いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


  膝は少年が嬉々として黄色の布で叩きつける瞬間を捉えた事で逃げるように浮き上がる。


 それと同時にある程度、直立に身体を支えていた華奢な両腕は前身気味になっていた。


 しかし、捉えた臀部に確かに直撃した痛みはすぐに脳へと伝達されて悲鳴と防衛本能が両手を臀部へと寄越した。


 Gは地面と思い込んでいる少女の身体が理不尽な程の揺れに耐えれず飛び上がる。


「逃がさねぇーぞ!!」


 それを見逃すまいと、少女を叩いたタオルを構え直し、そして──。


 円香の壁には黒澄んだ染みが付着した。






『この辺ですか⋯⋯』


 青のコンビニ前までやってきたユースは近くを見渡していた。


 道なりに東、と言う言葉の通りに、車道を我が道と言わんばかりに真っ直ぐ、子供の遊びのように白線が引かれている通りに歩み出す。


 淡々と、何食わぬ顔で。


 しかし、握られた拳は震えていた。


 眼球はただ一点、真っ直ぐにこれから向かう目的地にいると思われる存在を思うだけで、彼の心は騒めきと高揚が支配した。


 口元がほころぶ。


 狂人にも近いその表情を見た人間は果たして、彼に声をかけるだろうか。


 誰もいなかった。


 不良生徒や深夜になりようやく帰路に着く頃の会社員すら彼に対して一言も声を掛ける事はなかった。


『待っていてください。シルバー⋯⋯。貴方を殺すのは、僕だけだ⋯⋯。ヒャヒャヒャ──、ッと、いけない。つい、我が出てしまった』


 中間地点として通ったコンビニから更に歩いて十分程経った頃に目的地が見え始めた。


 道中にやたらとユースを見つめてくる人間は数人程は存在した。


 普段なら、苛ついたの一言で虐殺の限りを尽くすのだが、今回は違う。


 メインディッシュのような宝石が鎮座しているにも関わらず、そこら辺に落ちている石ころに目を掛けたりはしない。


 ただ、ひたすらに憧憬のように慕い、敬って、そして憧れたただ一つの孤高の存在。


 そんな存在が、すぐ側まで自分から近付いている事が何よりも、堪らなく嬉しかった。


 長期休暇に旅行が出来ると待ち遠しにしている企業勤めの社会人のようなヘラついた顔を浮かべ、ある位置で停止した。


 学生寮だった。


 特別、不思議な所もない、変哲性も希少性も実は地下に秘密兵器や基地が眠っている。


 なんて事もない、普通の白塗りされている有り触れた六階建ての学生寮。


 階段でのみ、階を行き来が出来る古い建築物であり、集合住宅でズラっと横に長っ広く、総数百は超えるであろう部屋数が見受けられた。


 しかし、こんな建築物は真都にはザラにある。


 だからこそ、ユースは鼻についた。


『こんな見窄らしい場所に『我が銀の方舟』が⋯⋯。何かの間違いか?⋯⋯』


 ユースは困惑の一途を辿っていた。


 場所に頓着する性格ではないと知ってはいた。


 眠るならベンチでも良い、と言うこともあった。


 食事は毎度万円単位の物をご所望、と言うこともない。


 しかし、それを聞く度に嘆き、哀れむのが彼なのである。


 そんな彼はある種の恐怖に駆り立てられていた。


 憧憬で偉大で敬愛せしめる彼女が陳腐な掃き溜めに近い場所で一夜を過ごす事を。


 そして、捜索には時間が掛かる事も考慮に入れると悠長にはしていられなかった。


 急ぎ、駆け足気味で学生寮の正門へと足を踏み出し一階から総当りで探し、見つからなければ『即殺害』が頭に過ぎる。


 そんなユースに違和感と言うには僥倖な知らせが鼻を刺激した。


 まだ、学生寮の敷地に脚を踏み入れてすぐの事だ。


 それでも理解し、憧憬の事だけで頭を沸かせた。


 身体は凍えてしまったのではないかと錯覚するほどに震えて、視線は左右にチラつき始めて、周辺の『匂い』を嗅ぐ。


『あぁぁぁ〜。この匂い、見つけた。ついに見つけたぞォォォォォ!!!貴方から漏れ出た血液。魔力、体臭。全て、僕をここまで連れてくる為の布石だったのですね。感ッ激だ!!!⋯⋯。会わなくては。彼女に会い、殺さなければ!!』


 両脚に力を入れたユースはその匂いが止まっている位置まで一目散に跳んで行く。





 正門の自室にて、正座をさせられている正門は仁王立ちで怒り心頭の少女を見上げる事もせずに、視線は下を向いていた。


 円香をベッドに寝かせた後、それはそれは鋭く、キレた瞳で正門の腕を掴んで投げ込むようにしてお説教は始まった。


「全く!最低だよ君!妹をノックダウンさせた挙句にこんなに可愛いワタシのお尻に一発重いのを入れてくれたんだからね」

「お前のお叱りも最もだけどさ。正直⋯⋯円香に後から怒やされる方が怖いんだよなぁ。手が出るしアイツ」

「正門。君、反省してないね?」


 導の視線に気圧けおされてしまい、合掌をし、頭を下げる正門。


「本当にすみませんでした!」


 数秒の間が空気を重くしていく。


 静寂にも似たその空間は汗を流させるほど。


「⋯⋯はぁ。まぁ、よろしい。せめて、一言掛けてからするものじゃないかい?痛かったんだよ?《異端執行》も発動していたし」


 嬢王のお許しを頂き、一息つく少年。


 導はタオルを盛大に叩かれた部分を撫でるようにして説得性を持たせようとしていた。


「物使ってるから関係ないと思います」


 《異端執行》は物には付与されない。


 ましてや、直接触れていないのだから、じる効果も発動していない。


「でも、痛かったんだぞ!!」


 ムスッとしたその表情は本当に何処にでも普通の女の子にも見え、とてもクリーチャーと話しているという事を忘れている正門。


「本当に悪かった。この通り!誠に申し訳ごさいませんでした」


 そう言い、土下座をする。


「⋯⋯。次からは一声掛ける。いいね?」


 そう、人差し指を突き出して確認を取らせようとする導に対して、抵抗すらする気が起きない正門は三回、縦に首を振り、肯定を示す。


「明日から、君も学業に勤しむんだろ?すまないね、こんな夜に起こして。もう寝ると良い。」


 そう言い、少女は少年に背を向けて、ドアノブに触れる。


「いや、そこは気にしていないけど。⋯⋯明日には話してくれよ?」

「ん?何をだい?」

「お前が、どうしてあんなにボロボロだったのかを」


 顔を上に向けて、退室の為に触れていたノブから手が離れ、正門に向き直る。


「あーそれか。わかったよ。明日、君が学校から帰ったら全て話すよ」


 真っ直ぐと見つめながら、右耳辺りに触れていた綺麗な銀の髪を払うような仕草をする。


 その動作は少女と言うよりもお姉さんにも感じた正門は一瞬、言葉を失った。


 その様子を見ていた導は不審そうにしていた。


 やがて、導が右手を前にやり、正門の顔付近で左右に振る動作をしてから、ハッとした正門は心配そうに見ていた導に向かって約束を取り付けた後の最終確認の意味も込めて言葉を発した。


「⋯⋯あぁ、たの──」


 刹那──二人の部屋に外部からやってきた何かによって壁が吹き飛んだ。


『見つけましたよ?⋯⋯シルバァァァァァァァァ』


 数秒前まで壁だった破片はベッドやフローリングに巻き散らかされて円香の部屋と繋がっているベランダから人影が佇むようにしてそこに居た。


『貴方の匂い、魔力は分かりやすいですかねぇ。⋯⋯⋯はぁぁ。ダメですよ?逃げたりなんかしたら?僕は貴方が命からがら逃げお失せたと聞き、吐き気が止まりませんでしたよ』

「⋯⋯ユース。貴様⋯⋯」


 早口でしかし噛む事も無い。


 まるで用意された台本のようにスラスラと語り出す男。


 突き破った壁から漏れ出る風は、橙色の髪を優雅に流して、漆黒にも似た光が無い瞳は少女を凝視する。


 眼鏡を指で上げて、戦争からようやく帰って来れた恋仲との再開の如く、嬉しそうな笑みを浮かべるユースと軽蔑の眼差しで一見では大人しそうな青年を見る導。


「おい、導。コイツ⋯⋯誰だ?」

「ユース・レスタン。ワタシと同じ『クリーチャー』で、ワタシをころそうとした連中の一人だ」


 余裕の無い表情で少年に視線を寄越す導。


 本来は驚くなり、よくも家の壁を!!と言えば格好や体裁は保たれたのだろう。


 だが、少年にはそれが出来なかった。


(なんだコイツ。今まで出会ったクリーチャーの中でも断トツでヤバいじゃねぇか⋯⋯)


 正門は今まで、数多くのクリーチャーを屠っている実績がある。


 しかし、それは弱いものに限っていた。


 逃げた事はない。


 偶々(たまたま)、自身よりも弱い者としか戦ってこなかったから。


 この一つに限る。


 だからこそ、少年は震えていた。


 眼前で壁を突き破って突然の訪問をしてきた男の格上と思わされる圧力が純粋に怖かった。


 吐き気も、目眩も、頭痛もしてきている少年。


 ここで、寝てしまえば、楽になれる。


 次に目が覚めれば、全てが解決してくれている。


 そんな思考が頭を支配していく。


『⋯⋯。僕という存在が居ながら、無視とは酷いですねぇ。余程にそこの劣等種なまごみと仲が良いようで⋯⋯。くぅぅックソォガキィィィィ⋯⋯。彼女の情も、熱意も、冷めた視線も、何も何も何も何も、何もかも!!!僕のだぞぉォォォォォオオオオ!!』



 正門は目が冴えてしまった。


 言葉を吐くことも許されない空間だと、本能にも近い何かが察してしまった。


 捲し立てられた言葉の列に、と言うのもある。


 が、それ以上に向けられた視線は何処までも深い──否、不快の限りを顕にしており、萎縮(いしゅく)していた。


「⋯⋯」

「ユース。ワタシは君に殺されたくてここまで来たのでは無いよ」

『何故そんな、悲しい事を申すのですかシルバー?僕ほどに貴女を信奉もしていない。世界の誰もが貴女に刃を突き付けても、僕だけは味方ですよ』

「ワタシは、信仰心を植え付ける為に君達と行動を共にした訳ではない。それに、この街で刃を突き付けられているのは、君達だろう?だから言ったんだ。大人しく、慎ましく生きて行こうと。それを──」


 ユースは遮るように導へ右手を前に出して、静止を促す。


『それでも、我々、クリーチャーと呼ばれる存在はこの世界ではアウェイが過ぎる。【人が産んだ怪物】。【未知の体現者】。【非常識の存在】。【非情の肉塊】。そう言われ続けて、もうすぐ二〇〇年ですよ?誰かが、変えなくてはならない。いつまで人間社会一辺倒では我々はそこらにいる虫共と何も変わらない』

「やり方が極端すぎると言っているんだよ!譲歩出来たはずの交渉も、痛み分けという形で寄り添えば、ある程度は──」

『その譲歩は貴女の犠牲でしょうにッ!!!誰がそんな事を頼みましたか?!⋯⋯僕が!最後にッ!!殺すはずの存在。それが貴女だッ!我が愛しき銀の方舟。そんな貴女が、どこぞの馬の骨に肉を裂かれるぐらいならば、僕が殺す!!そう決めた!!』


 ズボンのポケットから取り出した単語帳は捲る素振りも見せていないというのに、勝手に開かれてパラパラ、と次へ次へ(ページ)が流れていき、薄い紙を両手で思い切り挟んだような音を響かせた。


 ある一頁が開かれた単語帳に吊られたかのようにして逆立っていた。


 正門は理解出来ずにいた。


 まるで、『()()』を放とうとしているように見えたからだ。


(クリーチャーは⋯⋯魔法も、使えるのか?聞いてないぞ!)


 そんな、卑屈になり始めた少年の手を握る者が居た。


 右側で身構えていた導だ。


 正門は握られた手の指を自ら接触させて、一緒に戦うべきか、悩んだ。


 少女は問いてくれる訳でも無い。


 眼前にいる青年が何かを促すように声を発する訳でも無い。


 決めるべきは少年の意志一つ。


 だから、指を触れること無く、導に委ねた。


「っ!!み、導。あ、あれどうするんだ?」


 質問には答えなかった。


 ただ、横で手を握って正門を見つめていた。


 ふと、少しだけ、笑った。


「正門⋯⋯。お別れだ。君は円香を連れて逃げるんだよ?」

「は?いや⋯⋯だって⋯⋯」

「元よりワタシと彼等の問題だよ?それとも、君は妹を常に守りながら、ワタシの事も守ってくれるのかい?」

「えっ?⋯⋯」


 少年は理解していなかったし、出来なかった。


 彼等の話は理解や憶測も出来ず、少年の頭を痛める種になるだけだった。


(二人を守りながら⋯⋯。コイツ等から?⋯⋯)


 確証が欲しい。


 魔力が馬鹿みたいにあって武勇伝を築き上げた者ならば、幾分かはハッキリとものが言えたのだろう。


 少年の読む漫画に出てくる主人公のように即座に対応と応用が出来る優秀な奴ならばもっと良い切り返しの一つは言ってのけれる。


 だが、そんなものは自信と確証と共にありもしなかった。


 あるのは、少年がただ、弱い存在であったと言う現実だけだった。


 実際、少年は『逃げろ』の単語一つで、安心感が跳ね上がっていた。


 逃げれば、関わらなくても良いとそう思っていた。


 確証が欲しい。


 逃げても許される確証が少年には欲しかった。


 しかし、そんなものはすぐ近くのコンビニにも遠出して行く遊園地にも、学校にも無い。


 鞄でも漁れば出てくる訳もない。


 口篭り、黙って少女の言う事を聞く。


 それが、少年の出来る行動とその結果だった。


「そんな顔をワタシ達(クリーチャー)にするものではないよ。君は人間なんだよ?⋯⋯それに元より、数日したらここから出ていく予定だったのが、早まっただけの事。それ以上でも以下でも無いよ」

「で、でもお前、勝てるのか?」

「⋯⋯。あぁ、勝てるよ。ワタシはこれでも強いからね。⋯⋯さぁ、行くんだッ!!」


 発破をかけるように叫ぶ少女とそれに促された少年。


 急ぎ、背中越しにある扉のノブに手をかけて右隣にある部屋に寝かせている円香を連れて行く為、駆け出す。


 そして、ベッドに本棚、円形のローテーブルにクローゼットが置かれた五畳程の狭い部屋で魔法を放とうとするユースを突き飛ばそうとするように突撃を始めた。






 正門は妹である円香の部屋に入り、抱き抱えた妹を連れて、襲撃者と少女を置いた部屋を通り過ぎてダイニング、玄関へと走った。


(ごめん。ごめん。ごめん!)


 届かない謝罪を続ける少年。


 少女の甘い誘惑にも近い提案を無言のまま了承し、あまつさえ、生きている事への安堵が今まさに勝っている。


 心臓の音は高鳴っていた。


 円香を抱き抱えて走ったからだけでは無い。


 恐怖心と罪悪感がいつまでも離れず、無理やり臓器を動かそうとしているようにも感じ、息は荒くなっていく。


 そんな時、足音が一つ。


 明確に正門達のいる玄関へと近付いてくる。


 ピンポン、ピンポン、ピンポン。


 インターホンが鳴らされて、肩が震えた。


 正門は警戒していた。


 敵が一人じゃない可能性。


 圧倒的なまでの重圧感が胸を、身体を、空気を重く、ざわめかせて、黒くする感覚。


 アレが複数人居ると仮定した時の圧迫感を少年は身体の震えで感じざるを得なかった。


「マサくん!すごい音したよ!大丈夫?」


「え?!」


 二十時過ぎに、正門達が借りている寮の一つ隣のマンションへと、帰った飯妻いいづま凛音りんねの声が玄関の扉越しに心配そうな声を響かせて聞こえてきた。


(どうする?頼るか⋯⋯。でも⋯⋯)


「大丈夫?!マサくん!返事して!」


 すぐ側で寝かせている円香を見る。


 ぐっすりと正門が開けた扉との衝突により、気を失う形で眠りこけている少女。


 何も知らずに、兄の自室が崩壊している事なんて気付きもしないだろう。


 ドォォォン、と爆発音と同時に女性の悲鳴が聞こえた。


(!?今の悲鳴。導か?)


 導の傷は包帯や絆創膏(ばんそうこう)、湿布等でグルグルにベタベタに貼っていたが、食事をした事で僅かに治っていた事は夜食後に聞いていた正門。


 しかし、全快ではない。


 人間で言うところの全身複雑骨折、と言っていた導は苦笑いをしていたのを正門は思い出す。


(つまり、ある意味、骨折したまま戦ってるってことだよな⋯⋯)


『勝てる』と言っていた少女は果たして本当に勝てるのだろうか。


 嫌な疑問が過ぎった。


 逃げる前に少女が笑っていたのを思い出す。


 右手には既に少女が握ってくれていた感触は消えていた。


 死ねば、消えてしまう。


(クリーチャーは死んだら、塵に⋯⋯なって)


 死ぬ。


 人は肉や骨が残るが、クリーチャーはその限りでは無い。


 少女がもし死ねば、文字通り塵も残らず消える。


(⋯⋯。あぁ、そうか⋯⋯)


 心の中に一つ。


 答えを得た。


 確証も『得た』。


「凛音。⋯⋯、今開ける」

「マサくん。どうしたの?円香ちゃんも!なにかかすごい魔法同士がぶつかる音もしたし⋯⋯。ねぇマサくん、逃げよ?」


(魔法同士のぶつかり?第八地区がそれでぶっ潰れたって。じゃあ、下手したらここも⋯⋯)


 首筋に汗が垂れていく。


 ニュースで流れていた映像と光景がさも、今視界に広がっているように思い出される。


 高層ビル群の七割は倒壊し、至る所に積まれた瓦礫の山。


 放送事故のように人の叫び声と魔法によって吹き飛んだカメラ。


 ネットでも取り沙汰され、未だ原因が不鮮明な事件なのか、事故なのかも曖昧な『捨てられた地区』と呼ばれたそれは誰が名称したのかすらわかっていない。


 ただ一つの事実として、夕方頃だった頃もあって死者数が千を超えていた事。


 そして、今度はそれがこの第三地区でも起きようとしている可能性があるという事実。


 正門は、急ぎ円香を凛音へと押し付けるように寄越す。


 だが、凛音は分かっていない。


 少年が何をしたいのかを。


「時間が無い。円香を任せていいか?というか、任せる」

「え?任せるって、マサくんは?!」


 右手で円香を支え、左手で正門の右腕を掴む。


 その掴まれた手には震えが見受けられた。


「導が俺達が逃げるまでの時間を稼いでくれてるんだ。俺も行かないと」


 そんな手を離そうと振り払うようにして弾いた。


 正門は凛音と知り合ってからこんな事をした経験は一度もなかった。


 罪悪感が無いわけではない。


 しかし、それよりも焦燥感が増してしまっており、少年はいずれは後悔するかもしれない選択をしている自覚は無い。


 正門は凛音が苦手である。


 しかし、それと彼女が節木家の為にわざわざこの寮に通い、料理を作ろうとしたり、洗濯をしようとしたりと所帯染みた行動をしてくれている事への恩がないと言う訳では無い。


 けれど、少年は優先したいものが出来てしまった。


「何言ってるの?!マサくん魔法使えないんだよ?私が行くよ。危ない事しないで!」

「⋯⋯。ごめん、俺が魔法を使えたらこんな事、お前に言わせないで済んだんだよな」

「え?⋯⋯そんな事気にしてない!円香ちゃんもマサくんも私が守るから!私にマサくんを助けるチャンスを頂戴。私がマサくんに助けられたんだから、これぐらいの事はさせて!だから──」

「ごめん」

「マサく⋯⋯?⋯⋯え?どうして、謝るの?」

「俺はアイツを助けたいんだ。魔力も無い。他の奴から見れば非力で何にもできない。異端な存在で。お前の言う通り、何もしない方が良いのかもしれない。⋯⋯それでも、うん。そうだ⋯⋯。そうなんだよ。⋯⋯俺はアイツの助けになりたいんだ⋯⋯。生かした責任も握ってくれた手の温もりも無駄にしたくないんだ⋯⋯」


 結果的には偶然だったのかもしれない。


 節木正門にとっては偶然で、しろがねみちびにとっては必然な事と言っても良い。


 結局、感傷的な気持ちで生かして、中途半端なままで関係が終わるのが一番、納得がいかなかった。


 綺麗な終わり方と言うものがあるのならば、魔力の無い少年は手を伸ばしてしまう。


 確証は既に得ている。


 しろがねみちびという少女を死なせたくないという感情とそれを想像した少年の手の震え。


 冷めてしまった温もりをもう一度感じたいという打算的で愚の骨頂にも等しいその感情論。


 元来の確証と言うものには程遠いと少年は理解している。


 しかし、少年は確信していた。


 女の子を助ける事に確証や理由なんてものは要らないという確信。


 少年は思春期で、カッコつけで、恥ずかしいほどに自分勝手な奴だった。


「あ、待って!マサくん!マサくん!!!」


 大事な妹を預けて、一人玄関から下の階へと降りていく少年を手を伸ばす訳でも、追いかける訳でも無く。


 呼ばれた名前に応えるように振り返ることもせず、走り行く少年を見送った。







 正門が自室から円香を連れて行く為に部屋を出てすぐの事。


「はぁぁぁぁぁ!!」

 全身に入る力が想像しているよりも柔く、脆いと理解していたしろがねみちびと名乗る銀髪、金色の瞳のクリーチャーは居候先の少年の五畳程度の部屋を全力で走る。


 魔力を両腕に込めて、襲撃してきた元仲間であり、現在は敵となっているユース・レスタンに突貫していた。


『ん?』


 ユースは不審がる。


 バカ真面目に突っ込む少女に。


(何故、魔法を使わない⋯⋯)


 普段の知っている少女ならば、こんな愚策はしないと誰よりも後方で見ていた彼だからこそ分かってしまった。


『シルバー。貴方、弱体化してますねぇ?』


「さぁ?どうかなぁぁぁッ!!!」

『【展開しろ。雷怪鳥の(サンダーバード)翼針(・ウィンドル)】!!』


 単語帳から浮き出ていた怪鳥。


 稲妻が光と熱を散らして、部屋全体を包む。


「くっ!!!」


 両眼を瞬間、閉じていまい、視界がシャットアウトしてしまう。


 しかし、その瞬間を逃しはしなかった。


 身体全体から針に刺されたような痛みが発生し、りきむ事を許さなかった。


 導は背後を取られたのだと判断したのは、痛みが生じてすぐの事。


 ただし、ユースにではなく、雷怪鳥(サンダーバード)に。


 ユースは眼前で数十センチ先で悠々と単語帳を右手に持っている。


 眼鏡がずり落ちるのを庇うために左手で支えながら、棒立ち状態。


 そして、稲光と共に雷怪鳥(サンダーバード)は出現してすぐ導に生じた僅かな隙を逃さないと言わんばかりに発光したその身体は少女の後ろへと回り込み、五メートルはあるその翼と見間違われる程の鋭い針を導に向けて振るった。


「うわっぁぁぁあああががぁぁぁあッ!!!」


 身体の内側から焼かれるような激しい痛みとそれが抵抗出来ないものと理解した導は針を抜こうと左手を使い引き抜こうとする。


「くッ!うぅぅっぅぅ!!!──ぐはぁぁッ!」


 そして、それを許すほどユースは甘くなかった。


 引き抜こうとした針と導の左手に目掛けて、正門の部屋が円香の部屋に開通する程の蹴りを喰らわせて、確実に華奢な身体に針を埋め込んだ。


 蹴り飛ばした余波で傍にあったベランダに通じるガラス窓は粉々となり、部屋には計三つの穴を開けた。


『弱すぎる⋯⋯。シルバー。まるで赤子ですね』


 眼鏡をクイッと上げ、雷怪鳥に顔を導を蹴り飛ばした方向へとやり合図を贈る。


『痛めつけて来い』と。


 鳥は鳴くことをしない。


 鳥は命令に忠実で魔法で生まれた存在。


 翼を畳むこともせず、辺りに稲妻を発生させながら、真っ直ぐ一直線に少女の元へと向かった。


「くっ⋯⋯。うぐっ⋯⋯。全く、アレはズルじゃないか⋯⋯」


 雷が纏われた針を身体に深く食い込まれて、上半身を動かす度に痛みと臓器と針が接触して違和感を残している導は歯を食いしばり、堪えるように立ち上がった。


 左側には円香が使用していたベッド。


 そして、ベランダに繋がる窓。


「せめて、広い所でじゃないと、ダメ⋯⋯か」


 脚に力が入りにくくなっていくのを感じる。


 痛みよりも焦燥感と脱力感が勝り始めた。


 目の前には雷怪鳥が迫り始める。


(アイツを退治しないとね!)


 雷怪鳥を他所にフローリングと机を彼方此方(あちらこちら)と見渡し始める導。


 バチバチと音を掻き立ててやってくる雷怪鳥はお構いなしに壁を平然とぶち抜き、導の眼前まで迫ると翼を大きく広げて雷針を飛ばす行動に移った。


 僅か数センチ間隔。


 導は思考をフルに働かせて目の前にいる鳥の対処方法を思い浮かばせていた。


(アイツに直接触れても、ワタシが痺れるだけ。けれど、奴は所詮、魔力を媒介として作られた魔法。付け入る隙はその一点だけ⋯⋯。ッあった!)


 導が目に入ったのは円香が使用しているノートだった。


 導が蹴り飛ばされた際、その衝撃で部屋に散乱した物の一つ。


 身体を滑り込むようにして目的のノートを掴み、一番後ろのページを破り出す。


(すまない円香。借りるよ!)


 しかし、怪鳥も間抜けでは決して無い。


 迫った標的エサが逃げると判断し、雷針を部屋を針山地獄にする勢いで放ち始め、一歩、遅れるようにベランダへ導は退避した。


 映画さながらのダイナミックな飛び込みによる退避。


 身体に魔力を包み込ませるようにして硝子の破片が刺さらないようにした後、右方向にある室外機へ隠れるようにしゃがみ込んだ。


 部屋は無数の針が部屋に置かれた家具や壁に刺さる音が響き渡り、導の頭の上を掠めるように針が突き出てきた。


(早く、しないと!!)


 ノートを縦に破った紙切れを食い込むように刺さった針を包むように巻く。


 触れるだけで指から痺れを発生させる針はどこまでも電力。


 絶縁抵抗のあるものなら最悪、多少痺れは感じても問題なく引き抜けると踏んだ導は円香の部屋で所持している事を知っていた為、蹴り飛ばされた段階から探していた。


「絶対、痛いぞぉ。ワタシ!!⋯⋯んッ!」


 言い聞かせるようにして、巻いた紙に手を当てる。


 思った以上に痺れは来ず、思い切り引き抜こうと深呼吸の後、脇腹に深く突き刺さった針を掴む。


 痺れが、身体中に広がっていく。


 絶縁抵抗のあるものを巻いて抜いているにも関わらず、左手は震えてきているのがわかる。


 それでも、歯を食いしばり、奥歯を噛み締めてジリジリと音を鳴らしながら、引き抜いていく。


 内蔵に刺さった針は抜いていく度に血が噴出していくのを感じる。


(回復も込みで戦わないといけないなぁ⋯⋯これは)


 徐々に赤黒い血が付着した針の先端部分が見え始め、最後の力を振り絞るように声にならない声を発して引き抜く。


「ぅぅぅッううううぅッ!⋯⋯くッ!⋯⋯はぁ、はぁ、はぁ。残りの針は後で抜くしかないかな⋯⋯」


 右脚に二本、背中に四本、右肩に一本。


 現状刺さっている針の箇所と本数であり、浅く食い込んでいるだけのものの、痺れは身体に浸透していき、瞼も閉じたくなるほどの激痛に晒されている。


 未だに怪鳥は部屋で馬鹿にも針を放出しているのが、壁越しの音で伝わる。


(長いな⋯⋯。禿げてしまわないのか?)


 ぐったりとした様相でベランダに座り込む導は頭を掠めた針の方を見る。


「!!ない!⋯⋯あの鳥、針を回収できるのか!やっぱりインチキだな」


 事実上、ユースの魔力で動いている雷怪鳥。


 魔力が尽きない限りは針は何処までも導を刺して来ることを意味している。


「⋯⋯、仕方ない。愚策にも等しいけれど、この針一本であの鳥頭をお寝んねさせてあげるよ。⋯⋯ユース」


 ノートが巻かれた針、先端から半分程は血でべっとりとしており、ポタポタとベランダに滴り落ちている。


「丁度いい。血を媒介して魔力を通しやすくできる」


 針が壁を貫通して飛んでくる事は承知で立ち上がる導。


 針をベランダの壁に刺し、ノートを先端へと向かわせて、付着した自身の血を伸ばしていく。


「【()の紋章。愚鈍な選刑者(プリズナー)。判決の踊りに猛き悲鳴を轟かせろ。眠りの時間は過ぎた。開眼しろ──】」


 左眼の端で捉えた一つの鳥の影。


 鳥なのだから普通は飛べる。


 これでダチョウがモデルなら導も笑いも出ていただろうが残念ながら違う。


 窓を大きく猛々しい稲妻がほとばしる針で構成された翼をこれでもかと広げて突き破り、ベランダを抜け、上空に舞ってやって来た。


 少年の部屋からゆったりと歩いてくるユース。


 ベランダに導が避難して居ることを今更知った青年は親指を首に当て、切る仕草をする。


 死ね、と言う直球的仕草。


 余裕そうに首を右に少し傾けてすらいた。


 しかし、導は既に詠唱を終わらせていた。

 笑みが少し漏れた事にユースは気付いていない。


「【叛逆と紅の紋印、(リベリオン・)覆す緋剣(スカーレット)】!」


 針に大量に付着していた血液は徐々に赫に染まり、色が薄くなって緋色へと変色し始めていく。


 銀の魔力がノートの切れ端を通して針へ浸透していき、血液と混じりあり、握られた針を侵食する。


 銀の魔力はやがて針を緋色の騎士を象ったエンブレムが鍔の中心に彫られた二メートル程の緋色の剣へと形を変えていく。


 蜃気楼のように剣の周りは揺らめいていく。


 それを左手で優しく持ち直し、ユースへと向ける。


『まだ、抵抗するのですか?シルバー。刻まれた名に恥じる魔法ですね。やれ!雷怪鳥サンダーバード!!』

「無駄だよ。既に叛逆はんぎゃくは始まった」


 静かにユースを見る導。


 その視線には、もはや雷怪鳥(サンダーバード)は映っていない。


『!?⋯⋯。どうした雷怪鳥サンダーバード!何故、彼女を襲わない!』


 単語帳に記されている黄色に発光している文字を見る。


 間違いなく、正しく、起動している。


 ユース自身の魔力も潤沢に有り余っている。


 命令に忠実な下僕な鳥(サンダーバード)は条件が揃っているにも関わらず、それでも動かない。


 それどころか、主であるはずのユースへと方向転換しようと顔を向き直り始めた。


『クソ!役たたずめ!⋯⋯!!んッ!あれ?!なぜ閉じない!クソ!⋯⋯シルバァァー。なにか細工を!!』


「細工を施したのはこの鳥にだよ。今、この鳥は私の制御化にある」

『はぁ?何故、そうなる?!──うわぁッ!』


 雷怪鳥と単語帳を交互に見ていたユース。


 理解不能、種も仕掛けも分からない魔法により導の動きに注意散漫になったところを逃す事は無かった。


 緋色の剣は銀の粒子を纏い、ユースへと振り切り、ベランダの手すり壁を斜めに裂きながら外へと放り出した。


 左肩から右腹部に掛けて赤の線が刻まれたユースは外へと落下しそうになるのを単語帳に魔力を通して、雷怪鳥の魔法が黄色に光り記されたページを押し潰すようにパラパラと頁が開かれていき、発動したい魔法が記された文字が刻まれた紙は直立した。


『クソッ!【展開しろ!魔女が愛した(ウイッチ・)血濡れの靴(エヴァ・ブラッド)】』


 ユースの展開した魔法はローブと魔女の帽子を深く被った人型の黒色のもやにも近いそれはユースの身体へと入り込む。


 一方の導も魔法をかけていた。


「【辿られる神秘よ。刻まれた轍を塗り替え、染まりゆく罅を防ぐ糧を我に。舗道を仰せつかった、(ヒールズ・オブ・)癒しの粒子(ペイブメイト)】」


 回復魔法である。


 詠唱を終えると上空へ手を掲げた同時に薄緑色の粉が導の周りを包み込む。


(傷を負うと、一定の回復効果⋯⋯作った奴は天才だね。嫌がらせの⋯⋯)


 長期戦用の回復効果がある魔法。


 現状、長く戦えば、不利になるのは導。


 しかし、少年やその妹の逃走時間の延長とこの事態を聞きつけた者が警察辺りを呼ぶ事を願い、選んだ魔法。


 自ら不利な道へと進む少女は、ベランダの下を覗く。


 降下したユースは赫くドロドロな液体が脚に纏わり付いており、アスファルトの地面は(ひび)を入れて着地していた。


「⋯⋯!!雷怪鳥サンダーバード!行け!」


 導もベランダから飛び降り、ユース目掛けて斬り込もうと四階から飛び降り、縦に裂こうと構えた。


 そして、忠実な鳥はユースに翼の雷針を飛ばしながら滑空しながら突撃していた。


『⋯⋯甘いんですよ!この鳥頭(うらぎりもの)!!』


 上空前方から迫る雷怪鳥と同じ方向、前へと駆け出してユースは赫い足跡を残しながら、恨み節を吐く。


 そして、しゃがみ込んだと同時に、さも、周りに人が居て、その人の脚を引っ掛けるように右脚を軸に一周し始めた。


「⋯⋯何をやっているんだ?ユース!」


 上空で剣を構えた導には理解不能な動きだった。


 何せ、誰もいないところで、黄色に発行している針が迫る中で、しゃがみ込み、誰もいない所で蹴る素振りを見せていたのだから混乱するのはある意味必然でもあった。


 しかし、ユースは違う。


 意味がある事をしていると自負しているし、勝てると確信して行った行動でもある。


『フフッ。展開しろ!赫靴の踊り(ブラッド・ダンス)


「なに!?」


 ユースが地面に着地してから僅か十秒程。


 赫の足跡は十二、ユースを囲むように円を描かれた赫は魔力が流れ始め、光線が発射された。


「っ!!雷怪鳥(サンダーバード)!避けろ!」


 発射された赫の光線は導と裏切り鳥(サンダーバード)へと容赦なく、磁石によって寄せられたように向かってくる。


 叛逆と紅の紋印、(リベリオン・)覆す緋剣(スカーレット)で縦に斬り裂く予定を変更した導は光線を()なす為に縦に、横へと、斬り裂き、身体を大きく翻しながら、最後に眼前に迫る円の光線を躱した。


 しかし、一度、後方へと飛んで行ったはずの赫の円

 は急停止し、導の背中目掛けて急降下してきていた。


「!ッめんどくさい!」


 地面へ膝を付けて、右手でザラザラと石ころが所々とあるアスファルトへ添えるように、音を鳴らして着地した。


 そんな着地したばかりの少女の後方ではらブンブンと超大型の蚊の羽音のようなものが掻き立てながら、赫の円状の光線は少女の背中へ迫っていた。


「⋯⋯。雷怪鳥(サンダーバード)!!!」


 雷怪鳥(サンダーバード)は導の思考を魔力を通して読み取った。


 自身にも迫り続ける光線は斜めに軌道を変えて、カーブを描きつつ、尾へと接近していく。


 それを振り返る事なく、目的の場所まで身体と翼を翻しながら後方から来る光線を躱していく。


 そして、導と赫い円の光線との距離が一メートルを脱しようという時、雷怪鳥(サンダーバード)は間に割り込み、導の盾となった。


 そして、雷怪鳥に元々、狙いをつけていた光線もかぶりつくようにして身体、尾、頭部、翼を侵略していく。


 光線は身体に侵入して、ギューンと鈍く、野太い不気味で不吉な音を発生させながら雷怪鳥(サンダーバード)の体内に入り込む。


「!?」


 この先に起こることを察した導は大きく跳ぶようにして後退した。


 黄色に染まっていた雷怪鳥(サンダーバード)は血管が浮き出るようになり、そして内部からガラスが割れるような音と共に破裂した。


 稲妻は周囲に散らばり学生寮の駐輪場に設置された街灯や自販機は撒き散らされた雷で壊れて、周囲にゴミとなって散らばった。


「⋯⋯。魔女の一撃と言うやつか。ぎっくり腰にしては派手が過ぎるよ⋯⋯。全く」


 効果が切れて、地面には既に赫く付着したものは消えていた。


(見えない魔女が矢を撃つとか言われていたけど、もはや矢ではなく科学兵器の域だよ。お陰で使えそうな鳥が消えてしまった⋯⋯)


『諦めて殺されてください。僕は貴方を殺すためにここまで来たんですから⋯⋯。今なら、首を絞めて、その(うるわ)しい肌を優しく抱きしめながら殺してあげますよ』


 冷や汗を首筋、額から垂れ流して睨みつける。


(叛逆と紅の紋印、《リベリオン・》覆す緋剣(スカーレット)は魔力を浸透させて魔法を一つ略奪し、使役する魔法。剣はあるけど、これはおまけのようなもの⋯⋯。本当にどうしよう。もう魔力ほぼ空だし⋯⋯)


 全盛期の八分の一。


 これが現状の少女の全力で出せる魔力の総量。


 劣勢も劣勢。


「悪いけれど、君に殺される気は⋯⋯無いッ!!」


 勝算があるとするならば、雷怪鳥(サンダーバード)と挟み撃ちで迎撃し、撃破する。


 これが、最も勝算がある方法であったが、ユースが発動した魔法により、雷怪鳥(サンダーバード)は消えた。


 雷怪鳥を生み出す魔法が記されている頁は既に黄色に照らせてはいない。


 効果が切れて光を失っているのだ。


 そして、赤の光は未だ、鈍く光っていた。


 余裕そうにしている青年と引き攣ったような表情をする少女。


 傍から見ても勝利は誰が握られるか分かってしまう。


『はぁ⋯⋯』


 溜息を一つ零し、ユースは眼前で剣を構えている少女を冷ややかな眼で見る。


 右脚を前に、左脚を後ろにして、踏み込むユース。


 一〇メートルはあった距離が瞬間〇となる。


「⋯⋯え?」


 未だ、剣を振り斬るはおろか、構えた体勢のまま、意識が硬直した。


(な、なぜこれほどッ、速く⋯⋯。はッ!!)


 ユースの脚は赫く発光していた。


 まだ、魔法の効果は続いている。


 地面には一気に踏み込んだ事で出来た小さな穴。

 その穴には赫い足跡が赤のペンキをばら撒くように付着している。


 導の眼前で急停止した際にブレーキとして踏みとどまった脚にもブレーキ痕のように赫く付着して、これから華奢な身体付きをしている少女へと蹴りをいれる右脚にも当然、赫は発光している。


『さぁ!!その銀を血に染めてくださいッ!!!ヒャァアァァァ!!』


「ーーーッッッ!!!!」


 重いのが左横腹に直撃した。


 臓物は押し潰されるような感覚と、身体が一切言うことの聞かなくなる脱力感。


 目を見開くことも許さない強烈な一撃。


 壁を鉄球で重きり叩きつけるような音が耳にこびり付く。


 カナキリ音は止まず、更にダメ押しと言わざるを得ない程の蹴りを顎に叩き込まれ、学生寮の外壁へと埋められるように叩き付けられる。


 馬鹿デカイ破壊音は導には聞こえなかった。


 悲鳴にも似た叫び声は導の耳には響かなかった。


 そして、これでも死なないと確信したユースは導の顔面に押し込むように赤く発光した左脚を突き出した。


 仰向けの体勢で壁に出来た穴で意識を途切れる寸前まで追い込まれた導。


 頭、腹部は血がダラダラと流れ、無意識の内に抵抗した腕は曲がり、もはや腕として機能を失っていた。


「⋯う⋯⋯あぁ⋯⋯ぐばぁッ⋯⋯」


 口から吐かれるように出る血は頬を濡らしていく。


 視界は赤黒に染まり始め、腕で拭う事も許さなかった。


 痙攣し、脚に力が入らなくなっていると理解したのはそんな時だ。


(⋯⋯死ぬのか⋯⋯。もうダメなのか⋯⋯。ワタシは、慕ってくれていた者に殺されるのか)


 涙が出ることはなく、悲壮感も達成感すら湧いてはこない。


 血が銀の髪を濡らしていき、首筋に滴り流れる血が気持ち悪さを加速させる。


『⋯⋯。フフッ。死にかけの貴女も美しいですねぇ。その顔がぐちゃぐちゃになるまで、痛ぶってあげますから、まだ死なないでくださいね?僕は貴女を殺す為だけにここまで来たんですから。⋯⋯もう少し、楽しませて頂かないと』


 虐殺が始まった。


 右ストレートで腹部を叩き付け、脚を重きり踏んで、悲鳴を聴く素振りをマジマジと見せつける。


 痛みにより見開かれた瞳は子供のように楽しむ青年が映るだけ。


 鼻を目掛けて左ストレートが飛んでくるのを抵抗もできず、上半身が叩き付けられた拳により僅かに浮く。


『さては、治癒魔法を掛けてます?⋯⋯フフッ、殊勝な心掛けですよ。もう死んでもいいのを耐えれている辺りを察するに、これ以上殴っても死にませんね』


 掛けていた魔法は殴る痛みよりも治癒力が増していた。


 しかし、既に瀕死に両脚を突っ込んでいると言う現状は何も変わっていない。


 少女の脚を掴み、アスファルトへと放り投げる。


 落下していく少女を恍惚した表情で見下ろす青年は楽しそうだった。


 アスファルトへ叩き付けられた導は見る影も無いぐらいに血に染まり、瞳が微かに動く程度にしか意識を保て無くなっていた。


 地面に広がる血液は身体の体温を奪っていく。


 導は悟った。


 死ぬと。


(⋯⋯彼は逃げれたのだろうか⋯⋯。どうか、生きて欲しいものだよ⋯⋯。⋯⋯ワタシも彼等とも少しだけ⋯⋯)


 口にはもう出来ない。


 自分で蒔いた種を自らの意思で引き受けて、やられただけである。


 少年とその妹を思い浮かべる。


 惨めにも足止め一つで血濡れたボロ雑巾と化した導は深夜に赤黒く染まったアスファルトで倒れ伏せた。


『⋯⋯もう死に体ですね。さてと、治癒が残っても無駄なように、一気に終わらせますか』


 左手に握られた単語帳が(めく)られていく。


 右から左へと流れていくページは右に残り三頁分となったところで止まり、一枚のページが立てられた。


『【展開しろ。死神の首刈り鎌(ラスト・リーパー)】』


 静かに冷たく唱えた魔法名。


 黒のグリップに鈍く照らされる魔力で構成された鼠色の鎌状の魔法。


 禍々(まがまが)しい揺らめきが鎌から発せらており、三メートル程のデカさをした鎌を右手へ装備する。


 脚で蹴るようにして死にかけの少女を仰向けにし、笑みを零す。


 銀の滑らかな肌触りをした髪は赤黒い血一色に染まり、身体からは服を濡らす程に血が付着しており、無表情で諦めたような顔つきにも見える少女の顔色は悟ったようにも見えた。


(その表情が見たかったんですよ!こうでなくては。貴女を殺し、着飾り、そしてッ!)


 死体間近の少女を見る男は野望や羨望を頭の中で(うごめ)かしていく。


 狂人にも似た表情を無表情な少女に向けて、鎌を首に当てる為に角度、位置を調整していく。


(⋯⋯。あぁ、そうだよ。ワタシはもう少しだけ、彼等と生きていたかったんだ。あまりにも短い出会いと別れだったけれど、本当に⋯⋯楽しかったんだ。こういう日々が続けば、良いって⋯⋯。死にたくないなぁ。死にたく⋯⋯ないなぁ)


 その独白は届かない。


 口にしていないのだから届くはずがない。


 届かないのだから、眼前でケタケタと笑いながら、鎌を振ろうとする青年は縦に首を刈っ斬る為に振り下ろそうとする。


 何も言わず、語りかけることもしないで。


『僕の物になれ!!ヒャァァァァァァァァァァァッッ!!』


 瞳を力無く閉じる少女。


 終わったと理解した。


 何も果たせなかったと悔やむ事もしないで。


 諦めた。諦めた。諦めた。諦めたはずなのに、意識はまだ続いていた。


 あの状況で首を狙い外すという馬鹿な結果になったのかと、瞼を開ける。


 灯りが雷怪鳥(サンダーバード)により壊された事で

 周りは未だ、暗く夜の闇に染まっている。


 けれど、それでも。


 見知った顔は近くにある事は分かった。


 分かってしまった。


『はぁぁ?!お前、一体、はぁ?これはどういう──』

「くッ!⋯⋯うおぉぉぉッ!」


 右手から繰り出された拳はユースの顔に直撃し大きく吹き飛ばされた。


(え?⋯⋯なんでここに?⋯⋯どうして?)


 疑問は依然と酸素の供給がままならない頭を加速させる。


 少年の左手は血で染まっていた。


 少年の《力》はクリーチャーに直接触れなければ効果が発揮されない。


 見る、視認は容易である。


 だから、次の針を進める為に、導に触れて《異端執行》を発動させた。


「助けに来た。導。ちょっと遅かったかもだけど⋯⋯」

「あ、⋯⋯ど、⋯⋯て?」


 ここに来たのか。


 そう問うつもりの言葉は端々に血を吹かせながら途切れ途切れとなりつつも発した。


「⋯⋯。決まってる」

「⋯⋯?」

「俺はお前を死なせなく無かっただけだ。理由なんてそんなものだろ?俺の無責任で助けたお前を無責任に死なせなくないと思ったからだ」

 導の言葉の意図は伝わらなかった。


 しかし、導は目頭が熱くなる感覚が襲ってきた。


「あとは任せてくれ。クリーチャー相手には俺が専売特許だから。多分やれる」


 そう言い、導から青年へと視線を変えて向き直る。


『いってぇ⋯⋯。あぁ?なんだその目は?キレてますってその面。気に食いませんねぇ。そんなに一生を棒に振りたいんですかぁ?アァァッ!!』


 握られていた筈の鎌はユースの手元を離れ、遠くへと地面に転がされている。


 左頬を添えて痛みの発生源を眼鏡のレンズ越しに確認する。


 ただ、淡々と青年に近づく少年。


 節木(ふしぎ)正門(まさかど)はユース・レスタンと対峙した。

いよいよ、主人公が本格的に戦闘します。


ただ、自分としては、主人公が一度逃げるシーンはもっと何かしらの論理的な理由があっても良かったのでは?とは思いましたが、Gのことを思えば、論理的理由なんてものは存外、恐怖対象には必要ないのでは無いか?という結論に達してそうなりました。


長くなりましたが、次回を楽しみにして頂ければ幸いです。


身体に気を付けて、今日or明日も皆様、元気にいきましょう。

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