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節木正門は異端である  作者: ひらひら


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2話 ──嘘は効かない

書いていて思いました。


日本語って難しいね⋯⋯と。


どうも、漢字一つ一つにルビ打ちしてやろうかと、舌打ち混じりに書いていた小心者です。


先に言っておきます。バトルシーンは次回からだと。

 《異端執行》の発動条件はシンプルである。


 一、見る。そして、『クリーチャー』だと認識する事。


 これらの条件を満たすと節木正門ふしぎまさかどの頭に時計の針が動く音が届き、発動を確認する。


 二、次の針を進めるには、直接、『自分から触れた』という結果が必要がある。


『クリーチャー』に対してのみ発動する《謎多き力》な訳だが、その二つ目には落とし穴がある。


 それは、『自身の皮膚で直接、触れなければならない』。という事である。


 脚であろうと、上半身であろうと、腕であろうと、顔であろうと一緒である。


 冬季も勢いを増す二月上旬に手袋を着けて、『クリーチャー』と戦闘を行った正門は十三歳の頃、初めてそれに気付き、重症を負いつつも新たな知識を得た過去がある。


 そんな、過去があったから、或いはいずれは知れる事を怪我の功名と言うかのように、印象深く記憶に残っていた知識は『銀髪のクリーチャー』の手をさし伸ばす為に活用された。


「でも、申し訳ないけどさ、俺、【治癒魔法】なんて高等な事出来んぞ?」


 正門は魔力が無い。


 そして、魔力が無ければ、魔術は使えない。


 お湯を作るのに水を熱する必要があるように、前提として水源が無い。


 それが、節木正門と言う男なのだ。


『その《力》がある限り、あらゆる異能は無と帰すよ⋯⋯。期待はしていない。それに、回復と言うのであれば食事を提供して欲しい。クリーチャーと言えど、食する者。腹が減っては何とやらだ』


 自転車のグリップを持ち、地面に足を付けて並行して歩いている正門と銀髪のクリーチャー。


 少し、怪訝そうな表情で左側にいる銀髪の少女を嫌味ったらしく見つめて言う。


「その言い方だと、回復したら人を襲うって聞こえるんだが?」


 それに対して、彼女は鼻を鳴らして胸に手を当て自慢げな表情をしていた。


『勘違いは困る。ワタシはこれでもグルメだよ。人肉を食して美味デリシャス♡、とは思わんよ。そうだな、ビフテキとかカニクリームコロッケとかマカロニグラタンとかあーでも、日本だと筑前煮ちくぜんにもいい!』

「それ、好みの話じゃあ⋯⋯」


 徐々にメニューを挙げる事に声が大きくなっていく腹ぺっ子。

 今の発言のままではただのグルマンへと一直線ではある。

 しかし、少女に言わせれば、

『空腹はさぁいっこぉおのスパイス』

 、と口を大にして言うので、それで良しとする事となった。


 正門の財布は現在、薄っぺらく、クレジットカードに入っている残高は全て食費やら学業で必要となった時の緊急用や妹である円香まどかの誕生日用にと敢えて置いている軍資金であり、引き下ろす必要がないのであるのなら、それに越した事はない。


 欲しがっていた鞄やら靴やらの値段をネットで見た正門は桁の違いではないかと目を疑ったが、画面は嘘をついていなかった為に、苦渋の判断で自身の費用を出来る限り削減する方向にシフトした。


「なんで、あんな所に倒れてたんだ⋯⋯」


 素朴な疑問。一枚のインナーだけで倒れているなんて不自然極まりない事であり、傷も所々に見受けられていた。


 人間と言うならば、親に捨てられたと言われれば、納得は出来なくても理解は多少出来る。


 しかし、少女はクリーチャーであり、どんな事情であればこんな状況になり、街路樹の端で倒れるという結果に繋がるのか。


 正門の頭の中は『?』で埋め尽くされていた。


『⋯⋯君の《力》ならワタシを視認し、救ってくれると思ったからだよ』


 《力》。《異端執行》以外は有り得ない。


「ん?俺達、初対面だよな?なんで俺の《力》のことを知っているんだ?」

『ふっ、いや、すまない。どう話したものか⋯⋯。端的にまとめてしまえば、君の《力》は現存している『クリーチャー達』からすれば、有名となっているよ』


(クリーチャーを取り逃した事は無いはずだけど⋯⋯。何処かで見られていたのか?)


「へぇー。死神とか?悪魔だーとか?」

『いやいや、むしろ悪魔は『クリーチャー側』の領域だよ。君の評判は⋯⋯『無限殺しの執行者』だったかな?君、確か三年前に『無限冠輪(メビウス・クラウン)』を倒したらしいじゃないか』

「⋯⋯」

無限冠輪(メビウス・クラウン)』。

 正門は記憶にある限りの『クリーチャー』を思い起こした。

 蜘蛛のようなクリーチャー、夢の世界へ誘ったクリーチャーや炎そのもののクリーチャー。

 そして人型のクリーチャー。

 覚えている限りで、三年前に遭遇した数でいえば三〇程度。

 どれもこれも『無限(メビウス)』と、言われてもピンとは来ず結局、考えるのをやめた。


 それを感じ取った少女は分からない数式問題に対して、そっと公式の解き方を提示するように述べた。


『君、覚えていないのか?『青いクリスタルの周りを白黒した色で。えぇと⋯⋯グルグルと八の字に廻っていた』おかしなヤツ』

「あっ⋯⋯」

 記憶に蘇る。


 秋の頃に飯妻凛音いいづまりんねと妹である節木円香ふしぎまどかの三人とでファミレスで昼食をとり、第六地区にあるショッピングモールで買い物をしている途中に、エレベーターで出会った青のクリスタルのような形状をしたクリーチャーの事を。


「確かに、アレはめんどくさかったな⋯⋯」

『それだけかい?』

「珍しいやつとも思った」


 ターコイズブルーが鈍く光る、正八面体のクリスタルのような形状をして、そのクリスタルの周りを白黒色の輪っかが八の字をなぞるようにして廻っていた『クリーチャー』。


 不規則な動きをするそのクリーチャーは、輪っかの白面が光れば瞬間移動を行い正門を翻弄し、黒が光れば圧倒的な数の魔力で構成されたビームを放つ。


 そして、白と黒の面が両方光れば、そのクリーチャーを中心に穴が発生し、重力場が形成され、クリスタルの中に呑まれる。


 それが『無限冠輪(メビウス・クラウン)』と呼ばれるクリーチャーだったのだが。


 正門はエレベーターを即降りて逃げる一方だったのだが、クリスタルへ吸い込また際に《異端執行》が発動して内部から『クリーチャー』を撃破してしまっていた。

 あまりにも呆気なく。


 それらの事の顛末を銀髪クリーチャーに正門は語ると、偶然にも銀の髪が風に揺れて靡いたと同時に笑った。


『そうか。ふふ、そんな雑な。⋯⋯全く、食い意地が張ったヤツはコレだからな』

「怒ったりしないのか?同胞をよくもぉ〜!とかそう言う──」

『無いよ。こう見えてもクリーチャーと言う存在はあまりに好いていない。それに、君がそこで終わっていたら、ワタシは君に今日。助けられていないよ』


 視線は寂しく、それでいて諦観を入り混じらせた瞳を微かに細める。


 そして、瞼を閉じて何かに浸っていた。


「そうか」


 返せる言葉のボキャブラリーが底に届いている正門は短く、同情心と言うものをできる限りは出さないように努め、吐いた。


『そうさ』


 会話が途切れた。


 夕焼けが肌を焼く感覚が妙に感じて、それを払拭するように質問を投げかけた。


「それで、どうして俺の登校先を知っていたんだ?」

『ワタシが凄いから⋯⋯。と、口酸っぱく言ってみたいものだが、正直に言えば路頭に迷っていた。見つけて貰えたのは本当に偶然だよ』

「じゃあ仮に俺が補習を受けて、学校に行かなかったら⋯⋯」

『死んでいるんじゃないかな?それか、誰かに拾われていたか』


 沈黙がまた訪れた。


 時刻は十七時半。


 夏という季節は陽が落ちるのが遅く、彼女の姿を街灯が照らさなくても正門の瞳にはよく映った。


 腰より少し上程度にまで伸びた銀の髪のロングヘアー。

 金の瞳は影に身体が隠れても光り輝く鉱石のように照らされていた。


 汚れた白のインナーから露出している腕には擦り傷と切り傷。

 それと、赤と黒が縦に並んだ布が巻かれており、胸部はしっかりとした女性的部分が出ている。


 そんな、髪色と服装に目を瞑れば何処にでもいる普通の女の子のようなクリーチャー。


「まぁ、誰かに拾われてもなんとなくだけど。⋯⋯お前なら、上手くやれるだろ」

『そうだね、君でなくても良かったのかもしれない。けれど、君でよかったと思わせて欲しいものさ』


 なんだそれ、と不敵に笑うクリーチャーとそれに合わせるようにぎこちない笑みを零す正門。


 そして、あることを忘れていたと、正門は押していた自転車を停止させた。

 それに気づいた銀髪のクリーチャーは振り返る。


 何故止まったかが分からず、不審がるクリーチャーの表情は二十分まで泣いていた頃とは大違い。


 そんな彼女へ向けて節木正門は問いた。


「名前、教えて」


 正門は見た。

 一瞬、驚いた表情をして、煌びやかに輝く瞳が見開かれた姿を。


 錯覚かと思えてしまうほどに、彼女の核心の一つに触れたようにも感じた少年はただ、少女だけを見ていた。


 少女は左右に視線をやった後、深呼吸をして、頭を下げてお辞儀をし、そして名乗った。


『ワタシの名は⋯⋯、しろがねみちび。少なくても人と会話する時はそう名乗っている。クリーチャー同士では銀の(シルバー・)厄導(アビス)と呼ばれているただのクリーチャーよ』

「俺は節木正門。ただの人間で、皆からは遅刻常習犯って言われてる学生だ」

「あぁ、よろしく頼むよ。正門」


 顔を上げた少女の表情は、少年の視点では嬉しそうな、満足そうに見えてならなかった。




 交差点辺りから、みちびの服装にかなりの視線が集まると予期して、裏路地や通行が比較的に少ない道を通り、正門まさかどの予想していた到着時刻よりも一時間以上もオーバーして正門の住んでいる学生寮前まで到着した。


「財布の中身がスッカラカンなだけでここまでの苦行と試練が待ってるなんて聞いてないんですけど」

 と、愚痴をこぼす少年。

 それに反応した彼女の反応は至ってシンプルであった。

「いやーん。正門のエッチー。家に連れ込んでワタシに何をするの」


 悪ノリである。


 ただし、|この世の全ての演技ベタ《スーパーウルトラダイコンやくしゃ》ではあった。


(うわぁ⋯⋯)


 しかし、こんなつまらない理由で会話のキャッチボールを途中で投げ出す少年ではなかった。


「やめろ!ただでさえ妹にどう説明したものか困ってる所にご近所さんから冷たい目で見られてみろ。俺は助走つけてお前と言う巨悪うそつきにドロップキックをかます」

「あら、ごめんなさい。⋯⋯ところで、妹さんがいるの?」


 人差し指を向けられた導は、正門の発言を意に返さない態度で疑問に思った事を口にしていく。


 とは言え、正門も学生寮に着くまでの道中にしていた事。


 トントンだな。と、我に返りながら自宅の玄関がある四階を目指す為、階段を上り彼女に服の袖を掴まれつつ思ってしまう。


「⋯⋯あぁ。他人にはシャイガールだけど、慣れてくると六法全書と同等の面の厚さに変わる奴だ」

「それは厚い⋯⋯」


 六法全書なんて一学生の正門は、当然所持はしていない。


 ただ、希月樹きづきいつき鬼灯花繡ほおずきかぬいの三人で雑談をしている際に、

「六法全書は八〇〇〇ページを超えたッチよ〜」

 と、十年も前の情報を今更ながら開示された事と、そのページ数に伴った分厚さを色々と考察しあった。


 まさか妹の円香の面の厚に例えで使う事になるとは、夢にも思っていなかった正門なのだった。


「けれど、本当に良いの?」

「⋯⋯ん?」


 背後から、袖を掴んでいた指を手放して、こちらを覗き込むように言う。


『良いの?』

 の意味が、正門にはわかる。


 つまり、

「あたぴ、クリーチャーだから妹さんに会わせたら、チョベリバな悪影響をウケるっしょ?!」

 と言う事なのだろう。


 しかし、それを言うならば、そんな『死にかけクリーチャー』を生かそうとしている正門はその負債をどう支払うのだろう。


 考えないようにしていた少年にとっては刺さる言葉となっている事を少女は知らない。


「ワタシ、貴方に信用を勝ち取る程の事をしていないのだけれど。そんなホイホイと家に連れ込んじゃって」


 泣きじゃくり、助けを求めて、ホイホイと男の住んでいる家に連れられるこの少女は一体どんな感情でそんな事を言ったのか。


 少年には分からない。


 三階と四階の踊り場にまで来た正門達は、沈黙が場を制して、少女は少年の返答を待っていた。


 数十秒もすれば玄関に着く。


 だからこそ、少年は決断を強いられた。


『質問の答え』を強いられた。


「信用してるんだよ」


 端的に、大雑把に簡潔的で誰もが持ちたいもの。


 少年はすぐ後ろにいる少女を見て放つ言葉。


 少女に対してどれほどの重みとなるかは知らない。


 無知で、アンポンタンな少年は後悔しない選択をしたつもりで、少女にとっては軽いものに聞こえたかもしれない言葉。


 沈黙は少女の言葉で終わる。


「⋯⋯ありがと」


 微笑むように放った言葉は少年の耳を通り、脳に伝達されて、残り続ける。


 その表情と共に。





「けど、どう説明したものか⋯⋯」


 玄関前に辿り着いて、一つの問題に衝突した。


 このしろがねみちびをどう、家族に紹介するかだ。


 妹の円香まどかは親しくなれば、馴れ馴れしい厚かましいだけの妹として収まる。


 が、それまでは超シャイな(少女)


 節木正門ふしぎまさかどは妹の対応含めて、三階と四階の踊り場に座り込むようにして考えていた。


「彼女とか?」

「義理の妹って事で」


 飛躍した提案は、ものの二秒で蹴り飛ばされた。


「なんで妹属性を家に増やすのよ」


 ジト目で反撃とばかりに噛み付いてくる導。


「属性って何?!妹ってのは炎、水、草みたいな御三家要素があったのか?!」


 ハッとなったように、少年は興味を示し、それを見た少女は不敵な笑みを浮かべた。


 いかにも悪幹部の内、必ず一人は存在する、お色気担当の女幹部の如く。


「何言ってるのよ正門。いもうと義妹ぎまい従妹じゅうまいの御三家の事よ?常識でしょうに。三人揃えばどんな願いも叶えてくれる龍っぽいヤツが現れるって言われてるの、知らない?」


 指を三つ立てた導は、立ち上がった後、両腕をめいいっぱい広げて、天に祈るようなポーズで言い放つ。


「何それ知らない!なんで今まで誰も教えてくれなかったんだ。⋯⋯ん?」


 正門は想像した。


 願いを叶えてくれる龍はみんなの知ってるアレだとしても、願いを叶えた後、最後には飛んでいく。


 それはそれは流星と見間違うほどに。


 そして、『妹』を『球』と仮定した際。

 泣く泣く追いかけて、すっ転ぶ自分自身を含めて、脳内再生されてしまった。


「⋯⋯ちょっと待て。その流れだと、俺の妹は願い叶えたらどっかに飛んでくじゃねぇーか!俺は跳躍力一つで飛んでく妹をキャッチとか出来ないんですけど?!」


「馬鹿を言ってはいけないよ。仮に飛べても下から妹背いもせになる予定のワタシが阻止するから」


 そこで両者の思考が停止した。


 会話が無駄に弾んだ少女は軽口の雑誌の付録感覚で言い出してしまった予定(未定)を口に出してしまった事。


 一方の少年は脳内ライブラリにある単語帳には少女の言葉とその意味が入っておらず意味が分からないまま、停止した。


「お前、義妹は反対じゃ無かったのか?」


 結果、間抜けな表情をしながら脈絡が微妙に合わない言葉を選択してしまう少年。


「⋯⋯。冗談よ。今のは忘れて」


 両手は少女の顔を隠すようにして添えられて、放った言葉は力無く、弱々しいものだった。


「ん?」


 結果として、少女の両親が共に出張中、偶然、複数人からの暴力を身を挺して守り、数日間は自宅で匿う。

 というシナリオで家に招く事にした。


 導の案だったのだが、正門は最初は否定気味だったのだが、根負けしてしまう羽目になる。


 幸い、普通の食事さえ済めば少女はある程度、回復するという事と、少女が長期間の滞在を拒否した事も合わさって『数日間』という制限を掛けた。


 後から円香に問い詰められても適当に濁していけば、いずれ話題にすらしなくなると言う事も加味してその設定に決まった。



「よし、じゃあ鍵開けるからな⋯⋯」


 現在、正門の家の玄関前。


 右手に持っている鍵を穴に差し込み、右に回して音を鳴らす。


 ドアノブを静かに気付かれないように開ける。


「⋯⋯遅いよ?マサくん?」

「ひぃえ⋯⋯?」


 たった一つの誤算。


 否、忘れてしまっていた出来事が正門の視界から来る情報で思い出した。


凛音(りんね)⋯⋯。あ、やべ⋯⋯今日お前、こっち来てるんだっけ?」

円香(まどか)ちゃんには伝えてたよ?何で、忘れてるかなぁ?」


 白のセーラー服が汚れないようにクマの刺繍が入っている薄緑色エプロンを身につけた飯妻(いいづま)凛音(りんね)は玄関前で帰りが遅くなった旦那を待つ奥さんが物凄いオーラを纏って、腕組みで待っていた。


 撫子色(なでしこいろ)の髪を後ろで団子結びにして膨れっ面をしている彼女の花紫色(はなむらさきいろ)の瞳は──怒っているソレだった。


 数秒間の空気の硬直を玄関の前で経た。


「はぁ〜。どうせまた面倒事を一つ、二つ抱えてきたんでしょ?円香ちゃん、お腹空かせて待ってるよ?早く手、洗ってきてご飯食べよ?」


 ため息をこれでもかと吐き、正門が普段見ている抜けていそうな、穏やかな表情へ戻った。


「あ、あぁ。ごめんなさい」

「もういいよ。謝るなら円香ちゃんに言ってあげてね?」


 そう言い、後ろに伸びる廊下を歩き、ダイニングに繋がるドアを開けて去っていく凛音。


「早く、早く」


 ちょいちょい、と手招きのようにして導を家に入るようにする正門。


『見られていなかった事に多少の安堵』と『ここでバレていた方が後々、楽だったのでは?』と言う二つの思考がグルグルと巡り始めた導は開かれた玄関のドアが邪魔して凛音に見えることなく背をピンッと伸びたまま、硬直していた。


「あのまま、紹介した方が早かったのではない?今のが妹さんでしょ?」


 正門は妹がいるとは言っていても、一度も円香という名が妹とは言っていない。


 その為の勘違いと理解した正門は本人が居ない中で勝手に紹介する。


「あれは、妹じゃなくて友達だ。飯妻凛音っていう。まぁ世話焼きな同い歳のヤツ」


「貴方、女ったらしなの?」


 ジト目が正門に刺さる。


 言い方に毒のある棘をこれでもかと刺していく。


「ちょっとぉ?その言い方は聞き捨てならないぞ?」


 正門もジト目で対抗するも、浅いため息を零した少女はドアに手を掛けて、入る用意をした。


 諦めたか、と正門は頬が緩む。


「それでワタシをどう紹介してくれるんだい?節木タラシ君」


 ニコッとした笑みは毒などではなく、からかいがいのある玩具おもちゃを見つけた時の笑みであった。


 金輪際使われそうな偽装名義ニックネームを顔に貼り付けられた気分になり、態度は諦観へと変わってしまう。


「⋯⋯。この子酷いんだぁ⋯⋯」


 それを見た少女は、

「はぁ⋯⋯」 

 と、息を零して手を少年の頭へと──。


「おにぃ!帰ってきたんなら早くこっち来てよぉ!皆で食べようとか言い出したのそっちじゃん!」


 ビクッとした導は、腕が正門に伸びたまま。


 触れることも無ければ、離れる事もなく硬直した。


 正門からは触れられない。


 触れれば今の少女ならば一撃で四散する。


 だから、少年は待っている。


 伸びた手を引くのを。


「さっきの(うるさ)いのが妹だ。紹介しないと⋯⋯」

「⋯⋯あ、あぁ。そうだね」


 一度、ダイニングまで行こうとしたが、少女は玄関で立ち止まったままだった。


 少女は自身の脚を指差し、全てを察した。


 導は素足でここまで着いてきた。


 土や汚れを払って貰うため、先に洗面台へ向かい、手頃なフェイスタオルを玄関で立ち往生している彼女へと直接触れないようにして手渡した。


(律義なんだな⋯⋯)


 フェイスタオルで脚についた汚れを程度落とそうと指を甲や足裏を踵を丁寧に拭いていく。


「意外と汚れないな⋯⋯。あんだけ動き回ったのに」


 拭き取っていくタオルには、思った以上に汚れが着くことがなかった。


 空でも飛んでいたのかと言われてもあまり疑えない具合には脚には付着してもいいと思われる土の色や(すす)にも似た黒色は目立たず。


 むしろ、赤い血の方が目立っていたぐらいだ。


「綺麗なワタシは汚れにくい体質なのさ」

「アイドルはトイレ行かないみたいなこと言うな」


 しかし、綺麗を自称するとしても、身だしなみの印象はよくないと目を細めて思う少年。


「服はヤバいけどな。血塗れに泥まみれ。オマケにズボンもスカートも履いてないから下着見えるし」

「⋯⋯。やめなよ。事実は時として残酷なんだよ?それとも、薄着でワタシが着用している下着がそんなに目に止まったのかい?」


 ニヤニヤと揶揄うようにして見上げる少女。


 玄関前で腰掛けながらインナーの裾をヒラヒラと仰ぐようにして正門を煽る姿は無邪気と言うよりも悪魔の姿にも見える。


「見てくださいって言うなら見てやるよ。わざわざ後ろに引っ付かせてたのもお前の水色の下着を見ない為だしな」

「見ない為、と言いつつ見ているじゃないか。余程、絶景だったと判断したよ」


(まぁ、倒れてる時にいやでも目に入ったしな。仕方ない。不可抗力万歳って奴だ)


 満更でもなかった少年。


 女性用の下着なんてものを見る機会が妹の物しかなった人生だが、必然ながら興奮はおろか、それを見てどうこうする気が一切起きない健全な少年なのだ。


 だからこそ、正直、命の危機に瀕している少女を初めて見て下着が丸見えだった時、視線をどう移したものか困っていた。


「あぁ、絶景だったぞ?鼻水垂らながら擦り寄って来て、啜り泣いてる姿の下着はな」


 だが、少年は思春期真っ盛り。


 反抗したいお年頃なのだ──高校二年生なのに。


 見上げた少女の金の瞳には、悪魔以上の魔王のような悪い顔をしている男が、そこには居た。


「⋯⋯」

「どうしたぁ〜。お前の言い方的に客観的に自分が美人な部類ってわかってるんだろ?だったらそれは武器なんだから晒してけぇー。ホレホレ、見てくださいっていえば、その汚れた下着、褒めてやるよ」

「よ、よ、汚れてないよ!!失礼な!」


 顔を赤くしながら、裾をグッと両手で握り、腿部分へと伸びる事も惜しまずに引っ張る。


 そして、要らないスイッチが正門に入った。


 恥と外聞を捨てた少年はある種の無敵だった。


「あれぇ〜、そうだっけ?初対面の時にしか見てないからなぁ」

「煽っているのかい?だったら『見させてください』と一言、そのたった一言を言えばやぶさかながらも見せよう」

「はぁぁ⋯⋯。甘い甘い。甘ちゃんやでぇ導さん。これだから思春期男子の接し方がなって居ない奴は困る」


 指を振り、チッチと舌を鳴らした正門。


 その余裕な態度と純粋な困惑は導を動揺させるには充分であった。


「ど、どういうことだい?」

「普通のお年頃の男子高校生なら今ので言ってしまうだろう。だがな!(わたくし)、節木正門は違う!」


 右を腕を横に勢いよく振るう。


 少女はそれに乗るように驚きの表情を隠す事もしない。


 それはそれは、オーバーなほどに。


 アメリカンな程のリアクション。


「馬鹿な⋯⋯。ワタシの私見では正門。君は『下着を見るにも全力を尽くす』。そういう奴だと認識していた⋯⋯。違うっていうのかい?」


「ふっ。俺がそこら辺にいる男子高校生と一緒にしないでいただきたいものだな。下着なんぞ所詮は布切れ。どこまで言ってもそれは抗いようのない事実だ。」


「だが、女性の下着を覗きみたい、あわよくば触りたい。そういった劣情だって人間にとって大事な要素だよ?行き過ぎは兎も角、欲がないのは物寂しいよ」


 身振り手振りでのレクチャーをしていく導。


 そして、依然仁王立ちの普通とは違う思春期(ボーイ)の正門。


「ふっ。だから導、お前は分かっていない。好きな子のは当然!断然!必然!見たいだろうよ!だって好きなんだもん!そういうものなんだ。興味を示すっていうのは身体つきや顔や仕草だけでなく、その人の持ってるもんや身につけている物にも興味を示すって事だ」

「なるほど、一理あるな⋯⋯。彼氏の好きな物に彼女が興味を示して、一緒に楽しんじゃうあの現象と似たようなものなのか」

「そうだ!従って。俺はお前の下着を見る為に頭は決して!下げたりは⋯⋯しないッ!!」


(決まった!!)


 少年の頬がニヤけた。


 しかし、それは少女には窺えなかった。


「⋯⋯⋯⋯、正門。では何故、土下座をしてるんだい?」


 視線は真っ直ぐと見上げていた筈の視線は見下ろしていた。


 迅速という速さでそれはそれは綺麗で最も情けない土下座が出会って数時間の少女の前で繰り広げられた。


「⋯⋯ハッ!お、俺は一体、何を⋯⋯どうゆーことだ⋯⋯。お前、何かやったのか?!」

「いやいや、何もしてないよ。それに、下着見せる為に洗脳とか頭おかしいだろ」

「なら何で俺は⋯⋯。まさか、屈した!!俺が!鼻水が垂れて髪がボサボサで赤ん坊みたいに泣いてる奴に!俺が!」

「垂れてないし、ボサボサでもない。泣いてもいない!いつまで初対面を引きづってるんだい。ホレホレ、思春期の坊や?良いんだよ?素直に言いなよ?『可愛くて、綺麗なワタシの下着を見たかった。 あわよくば触りたかった』てさ」

「そ、そんなはずはない⋯⋯俺は、俺は⋯⋯」


 立ち上がる正門と下から覗き見るようにニヤけた表情を浮かべる導。


「そういえば、君の《力》は自分から触れなければ効果が起動しなかったねぇ?つまり、私から触れる分には無害という事だよね?」


 そう言った導はタオルで汚れを拭き取られたその脚で廊下へ脚を踏み出し一歩、正門へと近付く。


「いいんだよ?助けてくれた恩だ。どの道、何かしら返さなければとも思っていたし⋯⋯見るだけならタダさ。さぁどうする?」

「くぅぅ⋯⋯。それでも、俺は、屈し⋯⋯ない!」


 更に一歩、正門は後ろに下がるもその距離は縮まることはなく、導が合わせてくるように前へと迫り来る。


 イタズラ心の芽生えた子供のように瞳をギラギラとさせながら。


「強情だね?もう一生こんな機会は無いかもしれないよ?ワタシも一度見られてしまっているから諦めているだけで、新しく新調した下着は見せないよ?つまり、ワタシの下着を見れる機会はこれで最後さ」

「て、てめぇ⋯⋯。そんなエセ商談トークを何処で!」


 一歩、後ろに下がろうとするも、既に壁際。


 それをイタズラ心が充満したのを表すような瞳で見てしまい、畳み掛けるように密着しようとする。


「ふふふ。秘密さ。さぁーどう──」

「マサくん。誰と話して⋯⋯、貴女⋯⋯マサくんに何してるの?」


 事態は進展した。


 ようやく、正門は導の紹介をするチャンスが訪れた。


 導が正門の迫らず、壁と少女を板挟みにして、あまつさえ顔がかなりの至近距離でなければ、の話だが。


「あ、凛音!コレには訳が?!」

「──、──」

「凛音?」

「お、おい、あの子、【魔法】を撃とうとしてるよ?!」


 右手を掲げて白みがかった黄色の粒が凛音の身体かは上へ、上へ、上へと。


「え?!ちょっ、ちょっと待て!」

「【傾斜に転がる愚かな侮蔑者よ。鈴魂(りんこん)と共に断ち斬れ。愛しき者を!救う為に!!!】」


 掲げた右手をグッと握りしめ、鈴の音が鳴った。


 犬や猫につけていそう小さく透き通る音色。


 それが徐々に数を増やしていき、何時しかその音が鳴り止まなくなっていく。


 正門の家にはそんな物を置いていない為、当然鳴らしたのは凛音の魔法である。


【詠唱】。


【魔力】から【魔法】へと『変換』、『構築』、『発動』の三つを成す為の言葉の綴り。


 誰もが魔法を扱えるこの世界。


【魔法】は皆個性ある魔法を最低一つは必ず習得する。


 生きている限り、必ず。


 生活の途中で頭に言葉が過ぎる感覚。


 それを唱えた時、魔法を習得したと言うことになる。


 授業では座学から実技まで基礎的な事を教えるものだが、正門から見ても凛音のそれは異常なほどだった。


 二度である。


 一度目は中学の先輩に理不尽に殴られた時。


 二度目は高校入りたての頃に不良に絡まれた際に買い物を終わらせた凛音が駆けつけてくれた。


 そのどちらも、この魔法を正門が目にした機会。


 そして、三度目。


 自身と至近距離にいる少女に向けて。


「待て!凛音!それ俺も喰らうヤツ!待て待て待てま──」


 正面で導が掴んだまま正門から離れず、左方向で魔法を放とうとする凛音。


 真正面からは向き合えず、あまつさえ導を引き剥がそうとして数秒間触れると導は四散する。


 そして、凛音の魔法は整った。


 少年の言葉は凛音の耳には届かなかった。


 形成された白いもやにも似た人型は白と黄色に光る大剣を天井に音を掻き鳴らしながら顕現し、そのまま、直線上に位置する導へと轟音を響かせながら──。


「【斬白の剣よ、(ラヴァーズ・)裏切りの(オブ・)罪へ執行を示せ(アイビーム)!!!】」

「やめろ!凛音!!」


 大剣を振るった。


 叫んだ正門は左手を導へと瞬間だけ触れて、迫る白の剣の光線を受けて止め、白の光線にも似た剣撃は黒の粒へとたちまち変わり、四散した。


 激しい爆音が衝撃と変わり、耳をツーンと鳴らし、玄関に並べられた靴は剣撃の勢いに負けて玄関の扉に乱雑に置かれてしまい、廊下の床は玄関へ向けて粗い縦穴を作っていた。


「え、なんで?なんで私の魔法が⋯⋯消えて。そこの人が何か⋯⋯」

「い、いや違う!コレは俺が──」

「マサくん、なんで庇うの?!この人に襲われてるんじゃないの?!──そっか。脅されてるんだ⋯⋯。大丈夫だからね?すぐに助けてあげるから!」


 悪癖が出たなと、二メートル以上は離れている正門は苦い顔をして思う。


 凛音の目線では、弱者と認識されている正門。


 彼の事情も『クリーチャー』の存在も知らない故に、放った魔法に対して起きた不可思議な現象は、導と言う突然現れたよく分からない存在が引き起こした事変として解釈した。


 一度決めれば、『間違っている』と正しく、面と向かって言わなければ伝わらない少女。


 それが、飯妻凛音と言う節木正門の友人であり、正門が苦手な彼女の特徴である。


「聞いてくれ!凛音!これには事情が──」

「脅されているって言う事情はちゃんとわかってるから」

(わかってないな⋯⋯)


 しかし、かれこれ彼女との付き合いも三年は経過している。


 いい加減に慣れっこな少年は畳み掛けるようにして説得を始める。


「凛音!いいから聞いてく⋯⋯そもそも、その前提が違うんだ!」

「⋯⋯違うの?」


 しかめっ面は変わらない少女に対して、毅然とした表情を崩さずに淡々と、冷静に対処をしようとする。


 爆弾処理のように。


 起爆してもう一度魔法を撃たれても受け止める事は出来ても倒す事は出来ない。


 そして、少年自身も彼女をグーで殴るという行動にシフトはしたくなかった。


「お前の早とちりぞ?脅されてるとか⋯⋯そんな訳ないだろ?」

「でも、一ヶ月前にはそんなこと言って、絡未からみさんって人に脅されてたじゃん!」


 正門の顔が僅かに引きつってしまう。


「うっ。いや、あれはちゃんと事情があって。ウィンウィンの関係というか⋯⋯。どっこいどっこいと言いますか」


(よく見てるな⋯⋯。てか、なんで知ってるんだよ)


 壁に寄りかかっているにも関わらず、一歩下がろうとして壁の縁に踵をぶつけてしまう正門。


 凛音はそんな動作も音も気にもとめずに目の前にいる余所者(みちび)を観察した。


「⋯⋯。本当に大丈夫なの?この人如何(いか)にも危なそうだし」

「え?ワタシは如何にも危ないのかい?」


 耳元で呟く言葉に対して、正門は呆れてしまう。


(客観視できないんですかね?)


「鏡見て言え。どう考えてもそのカッコで危なくない事の方がないだろ」


 直接触れることは出来ない。


 それでも小さく至近距離でボヤくように、文句を言うように囁くことは出来る。


 少女の後ろに回り込んで囁いたその言葉は少女にはしっかりと聞こえるように言った。


「ふぇぇぇ⋯⋯」


 項垂れるようにして廊下で倒れ込んでしまう導。


 そして、それらの一連の流れを不可解に見る凛音。


「本当の、本当に、大丈夫なんだよね?」

「大丈夫」

「うーん⋯⋯じゃあ、なんでこの子、痴女みたいなカッコしている?」

「ぐふっ!」


 倒れた少女へ痛恨の死体撃ちをする凛音。


 FPSで煽りの効きすぎた行動のように、見事なまでの死体に向けてのヘッドショット。


 華麗すぎて見た人からは引かれるか、惹かれるかのどちらかだろう。


 そんな死体撃ちをされた少女は、微弱に死にかけの魚のように震えて悶え始めているものの、それらの挙動を全て無視した正門は凛音を見ていた。


「あー、コイツ、両親が出張中らしくてさ⋯⋯、その。あーと、外で遊んでたら別の奴から暴力うけてて、それで、その」

「⋯⋯。えーと、匿いたいって感じ?」


 凛音が項垂れている少女を見る。

 血と土が付着した服に、擦り傷や切り傷を負った腕や脚を見た上での判断。


 それと魔法というある種、なんでもありの概念。


 聡い彼女は深読みをしてくれると信じていた正門。


 お世辞にも言い訳が思い付く質では無い故に、面接官も溜息を吐く程に下手な返ししか出来なかった。


 しかし、深読みに乗っかる形で正門は言葉を紡ぐ。


「え、あーまぁ、そんなところ」

「じゃあ私の家に泊めれば良いじゃない?」


 正門は頭をかきつつ考える。


 同じ手札で口論を始めても十中八九負けるのは正門だ。


 だからこその嘘だ。


 嘘は時として、真実の誤認を起こす。


 それに呑まれれば、その嘘という毒を含んだ真実が、事実と解釈をしてくれる。


 考え抜いた結果。


「ついさっき、魔法を撃ったからコイツ、ビビってるぞ?可哀想に。まだ十四、五歳位だろ?そんな子に床に穴が空く程の魔法を撃っちゃって。こりゃ、目も合わせてくれないかもなぁ〜。あ!怪我もしてる!」

「え?!あ、あの。ご、ごめんね。お姉さんカッとなっちゃって⋯⋯。あ〜、ど、どうしよう〜」


(まぁ、嘘なんですけどね)

 とは、口が裂けても言えない。


 腕や脚の傷はかなりなもの。


 大きな怪我は無いが、小さな怪我は多くあると言った具合で、一つ、二つの傷を凛音の使った魔法の影響で床に穴を空けて一部壊れた際に、破片が腕や脚に傷を負わせたと言っても割と信じてしまう。


 心苦しさはあったが、致し方ないと割り切った正門は、今度会う時には何か美味しいものを作ってやろうと心に誓った。


「それにお前の家に泊めちまうと、俺がコイツに構えないし」


 表情は冷静に。されど、内心は上空から爆撃される一歩手前な程にバクバクしており、心臓は穏やかではなかった。


 彼女の表情を伺いながら、『ない事』しか言わない少年。


 やがて、凛音の視線は諦めたように瞼を落とした。


「うーん⋯⋯。正直に言うと⋯⋯嘘くさいけど⋯⋯まぁそこまで言うなら」

「ありがとな」

「な、ななななんで、お礼を!私何もしてないよ」


 両手を左右に振り、アワアワとしつつ後ろへバックしていく。


(ガッツリ、床に縦穴空けましたよ?)


 正門に迫るように出来上がった亀裂が煙を僅かに吹き出して、ちょっとしたアートのようになった縦穴を見ながら思う。


「おにぃ。何やってるの?」


 凛音の後ろのダイニングに繋がる扉をゆっくりと開けた円香はいい加減に遅すぎる事へとの文句の為、馳せ参じた。


「あ、円香ちゃん」

「凛ちゃん、おにぃ。何やってるの?凄い音したし⋯⋯、うわぁぁぁ!!床がーー!!おにぃ!なにやってん⋯⋯、あぁぁあ、人が倒れてる!殺人だぁぁあー!おにぃが遂に、人を⋯⋯。警察呼ばなきゃ!!」


 視点がコロコロと変わる円香は殺人現場(違う)に出くわしてしまい、アタフタと凛音、遺体、凛音と視線をグルグルさせて最後に正門を見た。


「いや待て!なんで俺だけのせいなんだ!!つか、お前、いつまで項垂うなだれてるんだよ!」


 右手で頭を叩いてやろうとした時に手が止まった。


 ぐぬぬ、と目に見えて悔しがる少年はその手を引っ込めた。


(直接触れられない事がこれほどに不便とは思わなかった!)


「ち、違うの。こ、この床は私がやっちゃって!ごめんなさい!」


 合掌して瞼をかたく閉じた凛音。


 友達との約束をすっぽかしてしまい、後日謝る人のそれのようにも映る。


「いや、どうせおにぃが、面倒事持ってきたからでしょ。わかってるんだから」


 そして、優しく肩に手を乗せた後、呆れるような視線を正門に向けた。


「違⋯⋯わない、けど⋯⋯言い方ぁー!」

「ふぅ〜。もう起きていいのかい?」


 空気を読まない少女は、背をピンと張りながら、欠伸あくびをする。


 この動作がどうにも鼻につく正門であったが、それ以上のオーバーリアクションが待っていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!血が!血がついてる!!!幽霊だァァァァァァァッ!!」


 白のインナーによる血の付着と傷跡から円香は身勝手な妄想力を働かせて導を幽霊に仕立てあげてしまう。


「誰が幽霊だい?。ワタシはたーんと生きてるよ」


 正門には不服そうな表情が見えなくても分かる。


 妹と導を交互に見てつつ、この不毛なやり取りを、観察することに決め、廊下に座り込んだ。


「喋ったぁぁぁぁぁッ!!おにぃ!!塩まいて!御札貼って!悪魔祓い(エクソシスター)呼んで!!」

「食卓で使う塩じゃ意味ないぞ?御札も無い。悪魔祓い(エクソシスター)は大半は嘘だから呼びたくない。つか、普通って霊媒師じゃないか、呼ぶのって?」


 真面目な回答が兄の口から飛んできた。


 しかし、妹はそんなことよりも眼前に見せられるショッキングな存在に目が離せずにいた。


「どっちでも良いよ!こんなに血が着いてるのに、なんで平然としてるの?!」

(たしかに、言われてみればそうだな)


 如何にも、現場から死体だけ抜け出しました。

 と、言う服装。

 しかも、かなり凄惨な。


 なのに、少女はヘラヘラしながら、喜怒哀楽をしているものだから、少年も多少感覚がバグっていたが、円香の反応が普通なのだ。


「失敬だね、君。ワタシはしろがねみちび。まぁ、この服は、買った時にケチャップが何処からか飛んできて、ぶつかった時に敢え無く転んだのさ。その時にこうなっただけだ!」


 薄すぎるインナーに手を当ててご自慢のファッションと言わんばかりに見せつける導は、正面から嘘で攻撃!


「⋯⋯本当、ですか?」


 超シャイな女の子はそれを不審がるで防御!


「勿論!ワタシ、嘘を付かないことで好評だからね」


 更に嘘を重ねた!!果たしてこの攻撃は通るのか?!


「やっぱり嘘吐きだ!」

「あれぇ?!なんでよ?!」


 導の攻撃は円香には効かなかった。





 凛音(りんね)が晩御飯を円香(まどか)と共によそっている途中、正門は授業以降、鞄にしまいっぱなしとなっていたデバイスを起動させた。


 縦幅に一〇センチ、横幅が六センチ程の棒状のソレは機械音を鳴らして縦に割れるようにして離れた。


 割れたデバイスの間からホーム画面が映し出され、その欄の一番下に表示されている受話器のマークをタッチした。


 凛音からの忠言により、ある人物に電話を掛けることとなり、渋々ながらもマリオネットのように言う通りにする事となった。


 デバイスの左側を離して、右手でいつものようにデバイスを耳に当てる。


 プルプルプルと通話音がなり数秒して、その音は人の声に変わった。


「あーおじさん?オレオレ」

「なんで、オレオレ詐欺みたいな通話の仕方してるの?」


 横から晩御飯をよそい終わった凛音が正門の横に位置取り、待ってましたと言わんばかりにツッコんだ。


「何となく?」

「はぁ⋯⋯代わって?マサくん」


 呆れた感覚で息を吐き、右手を正門の前にやる。


 通話が始まり僅か数秒でチェンジの要求をする凛音。


「え?でもまだ⋯⋯」


 左手を画面に添えるようにして抵抗する正門だが、目の前にいる彼女の圧がジンジンと伝わり始めた。


「ん。か・わ・る!」


 二、三回、右手首にスナップを効かせて更に急かした凛音の視線は笑っているようで笑っていなかったのを正門は気付いてしまい、抵抗を諦めた。


 仕事終わりにダメ出しされた夫のように。


 先程のオレオレ詐欺(もど)きをやる元気は消え失せてしまうほど、弱々しく、デバイスを手渡した。


「はい⋯⋯」

「もしもし。お電話変わりました。はい、飯妻です。息子さんにはいつもお世話になっております」


 丁寧な話し方でダイニングからキッチンへと歩きながら話し始めた事により、完全に部外者のような立場へと押し込められた正門はショボンとダイニングテーブルに並べられた皿に盛られた料理に視線を移すこともしないまま、じぃーと彼女が持っていったデバイスの返却を待っていた。


「正門?君、おじさんと言っていたが⋯⋯」

「今度、話すよ」

「⋯⋯そうか」


 横に来て話し掛けたのは傷口が痛まない程度に身体を洗ってきた導であった。


 円香が学校で使用している白いラインが入っている藍色(あいいろ)のジャージ。


 やはりと言うべきか。


 肩幅や体格は殆ど、似たり寄っかりの為、そこはそれほど問題がないのだが、胸囲の違いだけは如実に出ており、円香のジャージは残念ながら導の胸を優しく包み込む事はなかった。


 別段、導も大きい方ではない。


 円香が小さすぎる。


 もはや壁。


 断崖絶壁と呼ぶのも烏滸がましいほどに、舗装され綺麗で丁寧な作業員による一大作業を終えた後のほどの壁、壁!壁!!


 それが節木円香(ふしぎまどか)の最大の悩みであり、そして諦めの境地へと脚を進め始めている事柄だ。


 そんな壁用に購入されたジャージは当然入る訳もなく、貸し出した円香の黒のTシャツは張ってしまい、ファスナーを上げてしまえば苦しくなると判断してか、ジャージは開けっ放しで黒のTシャツに印刷された猫の写真は歪な形で露出されてしまい、見ている正門が印刷されている猫を虐待しているのでは無いか?と勘違いしてしまうほどに可哀想な事となっていた。


 火照ったのか顔は赤いが、髪色と元々色白な顔色なこともあってより顕著にその様相が浮かび上がっている少女の腕や脚には湿布と絆創膏、包帯が巻かれており、事件に巻き込まれた被害者にしか見えなくなっていた。


(こんなんでもクリーチャー何だよな⋯⋯。惜しいな⋯⋯)


「おにぃ。今、円香のジャージじゃあ、(しろがね)さんのスタイルを悪くするとか思ったでしょ?」


 背後から円香が恐る恐ると聞くようにするも、何もかもを分かりきっている兄である正門はと鼻を鳴らして自慢げに言った。


「お!よく気付いたな。スタイルってかここだな」


 そう言い、胸に手を当てる正門。


 悔しそうに導と自分を見比べて最後は導のそこそこは有る程度の胸囲を凝視していた。


「んん!そういうとこだぜぇ?おにぃがいつまでもゴミなの」

「ゴミってなんだ?!じゃあお前はそんなゴミの妹になるぞ!ゴミな妹となるんだぞ?!」

「誰がゴミだ!円香はゴミ出し要員!」

「その役ズルくね?さっきまで言ってなかったじゃん?」

「え?円香とおにぃの脳内共通のルールブックに記載されてるはずじゃあ」


 そんな阿呆な、と正門の友人でもある希月(きづき)(いつき)と似たような事を最後に零してしまう円香。


 脳内で本人が出てきて達者な関西弁が響いてきそうなのをグッとこらえる事で何とか抑えて、現実でおかしな設定を兄妹間で引っ張ってきた妹へと向き直る。


「痛い設定やめろ。俺も乗っかったら取集つかなくなる」

「仲が良いんだな」


 羨ましそうに二人を視界に収めて言う導と、手を振って拒絶を表すように円香と腰に手を当てる正門。


「普通だろ?いや、違うか、うん。仲良いぞ!」

「ち、ちがい、ますよ。そ、その、おにぃがその、ベッタリで⋯⋯。ははは」


 スーパーシャイガールは兄がいることで緩和された人見知りを何とか中和して会話を成立させるも、ぎこちなさすぎて壊れかけたロボットのように途切れながら言葉を発していた。


 それを気にする様子もなく、既に仲が良いように話を続ける導。


「それを含めて、仲が良いと言うんだよ円香」

「あれ?な、名乗り、ましたっけ?」

「自分の一人称が名前だから分かるだけだよ」

「あ、あの名前言ってませんでしゅッ⋯⋯うぅ」

「焦らずにゆっくり言えばいいだろ?」

「うぅ⋯⋯、うん。」

「まぁこんなヤツだが、気長に接してやれば狂犬チワワみたいになるから」

「ふふっ。慣れたもんだよ。任せてくれ」


(あ、あ、姐さん!)


 この自信に満ちた態度にそう思わざるを得ない正門なのだった。


 そんな時、凛音が三人団欒の中へと戻って早々、デバイスを正門へと左手で差し出してきた。


「はい。マサ君。おじさんが変わってって」

「ん?あー分かった。──もしもし」

「正門」


 電話越しに聞こえる四十代から五十代の男の声。


 厳しそうな声色で、正門の名前を呼んだ。


飯妻( いいづま)さんから事情は聞いた。女の子を匿いたいんだって?」

「まぁ、大雑把に言えば」


 正門の叔父にあたるこの人物は正門達の住む学生寮や学費、生活費を負担してくれて、相談事も比較的に乗ってくれる善人である。


「その子の両親とは話をしたのか?」

「⋯⋯その子が自分のデバイスで言ってるってさ」


 勿論、嘘だ。


 そう言う体で話しているだけの捏造。


 しかし、電話越しの為かそれは叔父さんには伝わっていない。


 仮に真正面からそれを言えば、正門は嘘だとバレているだろう。


「⋯⋯、なら良い。お前が決めたことだから、俺は関与はそこまでしない。今度、(そっち)に行く時にまだ居るようであれば挨拶する」


「あ、うん。分かった⋯⋯」


 年に二回。これが叔父と会う回数である。


 盆休みと正月。


 この二つの行事に関してのみ正門、円香と叔父と叔母との四人で鍋をつついたり、遠出をしたりする。


 真都とは離れた県に住んでいる事と、遠出による疲労も合わさって中々に顔を合わせる機会は恵まれないが、何かあれば駆けつけてくれる良き叔父。


 それが、正門から叔父への評価であり、円香からの評価でもある。


(次は⋯⋯正月前か)


 壁に掛けられたカレンダーを見ながら雑な返事を返す正門。


「それと⋯⋯」

「ん?」

 急に、何か口篭る叔父に不審がる正門。


「何?どうしたの?」


「いや、あのな。可愛い子だったって飯妻さん言ってたぞ?⋯⋯正門、ちゃんとお年頃だからって羽目は外しすぎるな?」

「はい?どういうことよ?」

「つまりだな⋯⋯避妊はしろよ?」

「するか!そんな事ッ!!!」


 突然の発言に対する脊髄反射せきずいはんしゃのような返しをした正門。


 上から鈍器で頭を叩かれるような衝撃の言葉と圧倒的なまでの飛躍と勘違いがそうさせたのは言うまでもない。


 凛音が少女の歳を大雑把に言っていると思っていたが、言っていなかったのか。


 はたまた、正門をロリコン認定したのか。


 定かではない。


 後ろで聞いていた円香や凛音、導もビクッと肩が震えていたが、そんなことは正門の視界の外での事。


 同じく視界の外で音だけの叔父の声に驚嘆にも似た叫びを出してしまった。


「な、正門!なんて事を!バカ言っちゃいけない!避妊がどれほど大事か⋯⋯。俺もそれでお義父さんからグーで顔をいかれた。死ぬかと思ったんだぞ!?」


(そんな過去知るか!)


 正門の発言により更に、勘違いが絡まり、叔父の声は心配よりも怒り、そして恐怖とコロコロと七変化していく。


「そういう意味じゃねぇよ!避妊とかそういう事をする間柄でもないって言ってんだ!」


 しかし、奥様方──しかり、年頃(一人は未知)の女性陣には刺激的なようであり、ご近所さんの噂話のように後ろでヒソヒソと声が聞こえ始めた。


 円香が焚き付けたのだろうと、雑な結論を早々に出して受話器の方に意識を向ける。


「そうなのか?かなり親しい感じに見えると聞いたが⋯⋯」


(凛音、そんな風に叔父さんに言ったのか⋯⋯)


「思い込みだ。出会って二時間だぜ?」

「ナニ!?!二時間で家に連れ出しだのか!?おいおい!正門!それはいっ──」


 電話を切ってしまった。


 これ以上は何か面倒な事にあると変な直感が働いてしまい、耳を塞ぐ事も、誰かに電話を代わって貰う事もせず、画面に表示された赤のボタンを押して強制的に電話を切ってしまった。


(まぁ、いっか⋯⋯)


「叔父様と何話していたの?なんだか、卑猥な言葉が聞こえたような」


 からかい半分、軽蔑半分のスペシャルセットな感情で凛音は正門に聞く。


 とはいえ、既にその猥談な部分は正門自身が口を滑らせたので、それ以上でもそれ以下でもない。


 軽く受け流すようにして、正門は答える。


「男同士なんだから、そういった言葉の一つや二つあったってバチは当たらないだろう⋯⋯」

「まぁ、良いんだけど⋯⋯。さぁ、ご飯にしましょ。円香ちゃんは限界っぽいし」

「え!凛ちゃん。やめてよ⋯⋯恥ずかしいし」


 円香は凛音によって、急遽、腹ぺこキャラにジョブチェンジを果たした。


 そして、その最初のミッションはモジモジとし出す事だった。


 ここでお腹の音を盛大に鳴らせれば完璧だったが、そう簡単には鳴る筈もなく、只々(ただただ)、円香が恥ずかしい目に遭っただけだった。


「育ち盛り⋯⋯じゃねぇな。もう止まってるか」


 正門のキラーパスにも似た言葉を、ボソッと隣に居た円香にだけ聞こえるように呟く。


 そして、敏感な程に聞き取ったワードには円香の恥ずかしがっていた表情を掻き消す魔法のような言葉が並んでいた為、噛み付くように正門へと矛先は向う。


「オイ!聴こえたぞッ!!言ってイイ事とダメな事の区別も付かなくなっている、そこのおにぃ!育ち盛りってのは成長が著しいから盛っているだぜぇ?まだまだ、これから延びるんだよ!」

「ホントかよ⋯⋯。俺は何時いつになったらボンキュッボンな妹に会えるんだ?約束してくれたじゃんか。『二年後には超スリムなマイシスターになってるから見てろー』ってさ。もうー、二年経つぞぉー」

「くぅぅぅぅ!言わせておけば!女子中学生を虐めて楽しいか」

「甘いな。妹よ。俺は女子中学生は愚か、老若男女全ての人間は俺に虐める為に存在してる。そんな気持ちで今日こんにちまで生きてきたって自負がある!」

「おにぃ⋯⋯。いやごみぃ。それは普通に焼却炉送りだよ?」

「⋯⋯。嘘に決まってんじゃん⋯⋯」


 夏休み最後の十九時半。

 嘘吐きは重ねて嘘を吐いて場を白けさせる。

ご覧頂きありがとう。


次回からバトル重視で攻めます。分かりやすく書いてこうとは思っていますが、そこは深入りしないでください。


沈みますので。

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