棘は消えていくから
結婚式当日の朝、空は高く澄み渡っていた。
ジュネシスとユリカは、モンドリアン神が座ます教会で式を挙げた。
ウエディングドレス姿のユリカを見たジュネシスは、耳まで赤く染まり、ジュネシスの上司は、何故か大きく頷いていた。
豪奢な儀式ではなかったが、必要なものはすべて揃っていた。家と家を繋ぐ誓いとしては、十分すぎるほどだ。ジュネシスの両親とユリカの家族一同、微笑みながら二人を祝福した。
誓いの言葉を交わすとき、ジュネシスはユリカの手を取った。
強くもなく、弱くもない。
逃げようと思えば、ほどけてしまう程度の力。
それは、支配ではなく選択を示すための、あえての握り方だった。
ユリカは、その手をほどかない。
だって、選んだのはユリカ自身だから。
たとえ貴族同士の政略的な婚姻でも。
築いた二人の時間は、誰にも奪えない。
夜、夫婦として迎えた最初の時間。
同じ部屋で、同じ静けさを分け合う。
ただそれだけのことが、重みを持っていた。
ユリカの父から贈られたグラスに、ジュネシスはワインを注ぐ。
恐る恐るグラスに口をつけるユリカに、ジュネシスは目を細めた。
「怖くは、ないか?」
ユリカは小さく頷く。
「……少しだけ。でも、でも大丈夫です。わたしはあなたの妻、です。家族ですから」
ジュネシスは一瞬だけ目を伏せ、やがて静かに額へ口づけた。
ワイングラスには、月光が映っていた。
すやすやと眠るユリカの寝顔に、ジュネシスの頬が緩む。
ずっと眺めていたい。
憂いなく眠る日々を与えたい。
これは、家族としての情だろうか。
眠りに落ちながら、ジュネシスは自問する。
いや……。
これは……きっと。
愛情……。
棘は、すぐには抜けない。
抜けても微かな痛みが残る。
過去も、後悔も、簡単に消えるものではない。
逃げられる状況にあって、なお留まること。
選ばれることに安堵せず、選び続けること。
それこそが、ジュネシスが差し出した誠実さであり、ユリカが受け取った彼の決意だ。
毎夜、ユリカは、彼の手を取り返すように、指を絡める。
それは鎖ではない。
互いに差し出し、互いに受け取る意志だった。
完璧な幸福ではない。
だが、過去を理由に立ち止まらない未来が、ここにある。
二人は並んで、一歩を踏み出した。
棘を抜くまで――選び続けると、そう決めた歩幅で。
二人が結婚して、一年経った頃。
ジュネシスは正式に爵位を継いだ。
さらに翌年、二人は新しい命を授かる。
意外なほど子煩悩なジュネシスと、婚前よりも艶やかになったユリカに、棘の跡は、もうない。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました!!
短編で書き足りなかった部分を加筆して、連載版としました。
感想、大切に読ませていただいてます。返信は必ずいたしますので、気長にお待ちいただければ幸いです。
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