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棘を抜くまで~寝取られ令息と底辺令嬢が、愛を深めていく~  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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2/7

選ぶ側と選ばれる側

 ユリカ・デュオンは、自分が美人の範疇に入らないことを、よく理解していた。それは女性にとって、特に嫁ぐ予定の貴族女性にとっては、結構なハンディキャップ だ。

姉も妹も整った顔立ちで、兄弟たちもそれなりに端正なのだが……。

 その中で、ユリカだけが「地味」という言葉を与えられた。長ずるにつれて、地味な令嬢は「底辺令嬢」と囁かれるようになる。


 貴族が通う学校の成績は優秀。

 貴族の子女の嗜みと言われる、刺繍やお菓子作りも得意。

 ただ、見た目の優位性が低い。

 父や母は親なので「可愛い」と言ってくれるが、十六年も生きてくれば、自分の立ち位置くらい把握している。


「結婚、出来るのかしら、私……」


 だからこそ、彼女の思考は滅法現実的だった。

 娶ってくれるのならば、相手の多少の欠点くらい目を瞑る。

 よって、条件の良い縁談が舞い込んできた時、迷う理由はなかった。


 相手が、婚約者を弟に奪われた男であっても。

 最後の好機かもしれないと、ユリカは冷静に判断したのだ。



 初めて顔を合わせた日、二人の間に流れたのは沈黙だった。


「僕は、君を愛することが出来るか分からない」


 率直すぎる言葉に、ユリカは動じなかった。


「家同士の政略結婚だと、理解しております」


 感情を挟まない応答。

 それは彼女なりの、防衛でもあった。


◇◇


「で、どうだった? 寝取られ令息は?」


ユリカが自邸に戻ると、姉と妹が目を輝かせてユリカを囲む。


「う――ん。……フツウ、かな」


「普通って、何が」


「二十歳の男の人って感じ」


「顔は? カッコイイ?」


 妹はそこが一番気になるようだ。


「ああ、顔ねえ。わりと良い方じゃない? 暗いけど。髪は薄い茶色で、目は橙色」


「何その平熱感」


「え、だって『君を愛することが、出来るか分からない』とか言われたら、体温下がるよ」


 ユリカの姉と妹は、ぷっと吹き出した。


「何言っているのかしら。貴族の嫡男が」


 ユリカの姉は、経済力重視だ。


「弟君に、婚約者を寝取られた男性だしね」


「わたしの顔見て、がっかりしてた。お相手の女性、アナベラさんだっけ、美人さんだったよね」


「そうそう。あざとい系美人。頭と股がゆるゆるの」


 姉は口が悪い。


「そんな女性と比べたら、っていうか、わたしと結婚してくれるってだけで、それはもう、モンドリアン神よ」


 鼻息荒くユリカは答えた。ちなみにモンドリアンとは、国教神である。

 姉はにっこりして、ユリカの頭を撫でる。

 妹は残念な生き物を見る目つきで、ユリカに飴を渡した。


「ともかく、しばらくは週一回、顔を合わせて親交を深めるわ」


 飴を舐めながらユリカは二人に言った。

 果物の香りがする飴は、甘くて少し酸っぱかった。



◇◇


 ユリカは週に一回程度ドーマン家に通い、家令から家のしきたりや領地のあれこれを学び始めた。

 それが終わればジュネシスとお茶を飲む。


 ジュネシスは笑顔を取り繕うこともなく、本当にただお茶を飲んでいた。

 最初の二回は形式的な挨拶から始まり、そして沈黙で終わった。

 

 沈黙は、拒絶ではない。

 そう理解していても、ユリカにとって何も話さずに時間が過ぎるのは、どうにも落ち着かない。

 五人兄弟姉妹の中で育った彼女は、常に誰かの声がある環境に慣れている。無言は、衝突よりも不安を呼び起こす。

 ジュネシスとの会話の糸口を探るため、ユリカは彼に訊く。


「ジュネシス様のお好きな食べ物は何ですか?」

「……別にない」


「ジュネシス様は、どのような本をお読みになるのでしょう?」

「……特に、決まってない」


「ジュネシス様のお休みの日は、何をしていらっしゃいますか?」

「……さあ、寝てるかな」


 

 三度目の訪問で、彼女は質問をやめた。


「わたし、小さい頃は川で釣りをするのが好きでした」


 それは、社交辞令でも計算でもない、ただの事実だった。

 ジュネシスは驚いたように顔を上げ、ほんの一瞬、視線を宙に彷徨わせた。


「……そうか」


 それだけの返事だったが、彼の声には、これまでになかった温度があった。

 それからの時間は、少しずつ変わっていった。


 領地の話。

 治水事業の必要性。

 書類の山に埋もれる日常。


 ユリカは、分からないことは素直に聞き、分かることは率直に意見を述べた。

 評価されようとは思っていなかった。ただ、隣に立つ者として、知ろうとしただけだ。


 その姿勢が、ジュネシスの中で、静かに信頼へと変わっていった。


本日はここまでです。

お読みくださいまして、ありがとうございました!!

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