選ぶ側と選ばれる側
ユリカ・デュオンは、自分が美人の範疇に入らないことを、よく理解していた。それは女性にとって、特に嫁ぐ予定の貴族女性にとっては、結構なハンディキャップ だ。
姉も妹も整った顔立ちで、兄弟たちもそれなりに端正なのだが……。
その中で、ユリカだけが「地味」という言葉を与えられた。長ずるにつれて、地味な令嬢は「底辺令嬢」と囁かれるようになる。
貴族が通う学校の成績は優秀。
貴族の子女の嗜みと言われる、刺繍やお菓子作りも得意。
ただ、見た目の優位性が低い。
父や母は親なので「可愛い」と言ってくれるが、十六年も生きてくれば、自分の立ち位置くらい把握している。
「結婚、出来るのかしら、私……」
だからこそ、彼女の思考は滅法現実的だった。
娶ってくれるのならば、相手の多少の欠点くらい目を瞑る。
よって、条件の良い縁談が舞い込んできた時、迷う理由はなかった。
相手が、婚約者を弟に奪われた男であっても。
最後の好機かもしれないと、ユリカは冷静に判断したのだ。
初めて顔を合わせた日、二人の間に流れたのは沈黙だった。
「僕は、君を愛することが出来るか分からない」
率直すぎる言葉に、ユリカは動じなかった。
「家同士の政略結婚だと、理解しております」
感情を挟まない応答。
それは彼女なりの、防衛でもあった。
◇◇
「で、どうだった? 寝取られ令息は?」
ユリカが自邸に戻ると、姉と妹が目を輝かせてユリカを囲む。
「う――ん。……フツウ、かな」
「普通って、何が」
「二十歳の男の人って感じ」
「顔は? カッコイイ?」
妹はそこが一番気になるようだ。
「ああ、顔ねえ。わりと良い方じゃない? 暗いけど。髪は薄い茶色で、目は橙色」
「何その平熱感」
「え、だって『君を愛することが、出来るか分からない』とか言われたら、体温下がるよ」
ユリカの姉と妹は、ぷっと吹き出した。
「何言っているのかしら。貴族の嫡男が」
ユリカの姉は、経済力重視だ。
「弟君に、婚約者を寝取られた男性だしね」
「わたしの顔見て、がっかりしてた。お相手の女性、アナベラさんだっけ、美人さんだったよね」
「そうそう。あざとい系美人。頭と股がゆるゆるの」
姉は口が悪い。
「そんな女性と比べたら、っていうか、わたしと結婚してくれるってだけで、それはもう、モンドリアン神よ」
鼻息荒くユリカは答えた。ちなみにモンドリアンとは、国教神である。
姉はにっこりして、ユリカの頭を撫でる。
妹は残念な生き物を見る目つきで、ユリカに飴を渡した。
「ともかく、しばらくは週一回、顔を合わせて親交を深めるわ」
飴を舐めながらユリカは二人に言った。
果物の香りがする飴は、甘くて少し酸っぱかった。
◇◇
ユリカは週に一回程度ドーマン家に通い、家令から家のしきたりや領地のあれこれを学び始めた。
それが終わればジュネシスとお茶を飲む。
ジュネシスは笑顔を取り繕うこともなく、本当にただお茶を飲んでいた。
最初の二回は形式的な挨拶から始まり、そして沈黙で終わった。
沈黙は、拒絶ではない。
そう理解していても、ユリカにとって何も話さずに時間が過ぎるのは、どうにも落ち着かない。
五人兄弟姉妹の中で育った彼女は、常に誰かの声がある環境に慣れている。無言は、衝突よりも不安を呼び起こす。
ジュネシスとの会話の糸口を探るため、ユリカは彼に訊く。
「ジュネシス様のお好きな食べ物は何ですか?」
「……別にない」
「ジュネシス様は、どのような本をお読みになるのでしょう?」
「……特に、決まってない」
「ジュネシス様のお休みの日は、何をしていらっしゃいますか?」
「……さあ、寝てるかな」
三度目の訪問で、彼女は質問をやめた。
「わたし、小さい頃は川で釣りをするのが好きでした」
それは、社交辞令でも計算でもない、ただの事実だった。
ジュネシスは驚いたように顔を上げ、ほんの一瞬、視線を宙に彷徨わせた。
「……そうか」
それだけの返事だったが、彼の声には、これまでになかった温度があった。
それからの時間は、少しずつ変わっていった。
領地の話。
治水事業の必要性。
書類の山に埋もれる日常。
ユリカは、分からないことは素直に聞き、分かることは率直に意見を述べた。
評価されようとは思っていなかった。ただ、隣に立つ者として、知ろうとしただけだ。
その姿勢が、ジュネシスの中で、静かに信頼へと変わっていった。
本日はここまでです。
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