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年が変わる、その前に

掲載日:2025/12/31

年が変わる瞬間は、

いつも少しだけ騒がしくて、

でも、思っているほど特別じゃない。


それでも、

その夜にしか言えなかった言葉があって、

言わなければ、きっと後悔していた。


これは、

新しい一年が始まる「その前」に、

僕がほんの少しだけ変わった夜の話だ。

18:00 JST


俺の乗った電車は、ゆっくりと街を離れていった。

窓の外では、冬の空がいつもより早く暗くなり始めている。


ガラスに映る自分の顔を見る。

少し緊張していて、少しだけ期待している。


今夜は、いつも通りの年越しだ。

中学生の頃から続いている。

誰が最初に言い出したのかは、もう覚えていない。


ただ、毎年そうしてきただけだ。

理由なんて、なくてもよかった。


今年は――かずるちゃんの家。


彼女は佐世保に住んでいる。

長崎の俺の家から、距離はそう遠くない。


でも、彼女への気持ちは、いつも言葉にするには遠すぎた。


俺は、彼女が好きだ。

ずっと前から。


だからこそ、怖かった。


19:50 JST


早岐駅で降り、そこから歩く。

冷たい風が頬を刺すけれど、足取りは軽かった。


最後に彼女の家に来たのは、小学生の頃だった気がする。

俺たちは、いわゆる幼なじみだ。


だからなのかもしれない。

この気持ちは、変わらないまま、ただ静かに積もっていった。


20:00 JST


インターホンを押す前に、扉が開いた。


「いらっしゃい、このえくん」


かずるちゃんは、いつもと同じ笑顔で立っていた。

作っていない、自然な笑顔。


「……こんばんは、かずるちゃん」


自分でも分かる。顔が熱い。


彼女は少しだけ唇を尖らせた。


「一番乗りだね。じゃあ、手伝ってもらおうかな」


「はいはい」


二人で小さく笑う。

その一瞬、変な緊張が消えた気がした。


しばらくして、彼女の両親が帰宅する。

温かく迎えられた。


昔から、家族ぐるみの付き合いだ。

この家は、俺にとっても見慣れた場所――のはずなのに。


今日は、少し違って見えた。


20:10 JST


裏庭の準備を手伝う。

バーベキューコンロ、折りたたみテーブル、レジャーシート。


この家では、年越しに神社へ行くことは少ない。

家で食べて、話して、

花火はハウステンボスの方角を見る。


初詣は、翌日。


派手じゃないけど、悪くない。


俺は、この感じが好きだった。


21:00 JST


テレビでは、紅白歌合戦が流れている。

ただのBGMみたいなものだ。


隣に座っていても、画面はちゃんと見ていない。


aespaが映ったとき、

二人で小声で感想を言い合った。


特別な夜じゃない。

だからこそ、落ち着いた。


22:00 JST


他の友達も集まってきて、庭は賑やかになる。

焼肉と焼き鳥の匂いが混ざる。


彼女の両親も一緒に動き回って、

時々、俺たちを見て笑っていた。


俺は、何度も彼女を見てしまう。


忙しそうなのに、

目が合うと、必ず小さく笑ってくれる。


それだけで、胸が苦しくなる。


23:50 JST


LINEを開く。

家族や友達のグループが、同じような挨拶で埋まっていた。


「明けましておめでとう」

「今年もよろしく」


毎年、同じ言葉。


――新しい年って、何だろう。


本当に、何かが変わるのか。


俺の願いは、二年前から変わっていない。

彼女に、気持ちを伝えること。


俺たちは高校三年生だ。

このままじゃ、何も言えないまま、全部変わってしまう。


23:58 JST


みんなが集まり、スマホを構える。

誰かが適当に歌い出す。


俺はレジャーシートに仰向けになった。

隣には、かずるちゃん。


近い。

でも、触れない距離。


一瞬、視線が合って、

すぐに、二人とも逸らした。


「……かずるちゃん」


「なに? このえくん」


「いや……なんでもない」


彼女は少しだけ俺を見て、

小さく笑った。


「じゃあ、なんで呼んだの?」


「……呼びたかっただけ」


顔が赤くなる。


「このえくん、ばか……」


俺は、小さく笑った。


23:59 JST


カウントダウンが始まる。


深呼吸する。

今度こそ、黙らない。


ゼロの声と同時に、

遠くで花火が上がった。


俺は、彼女に少しだけ近づいて、

二人にしか聞こえない声で言った。


「……好きだよ、かずるちゃん」


歓声に、言葉は飲み込まれた。


ちゃんと届いたかは、分からない。


でも――取り消さなかった。


00:15 JST


花火が終わり、みんなで食事をする。


俺とかずるちゃんは、

少し離れて座っていた。


お互い、気にしすぎている。


彼女の両親は気づいているみたいだったけど、

何も言わなかった。


00:30 JST


片付けをして、道具を物置に運ぶ。


沈黙が、重い。


「……このえくん」


彼女は、髪をいじりながら言った。


「さっきの……答え、言ってもいい?」


心臓がうるさい。


「……うん」


彼女は一度、息を吸って。


「私も……好き。

よかったら……付き合ってくれない?」


「……もちろん」


即答だった。


短く、ぎこちなく抱き合う。

それでも、温かかった。


怖かった気持ちは、ちゃんと報われた。


――もっと早く言っていたら、

なんて考えが、少しだけ浮かんだけど。


数日後、俺たちは正式に付き合い始めた。

学校では、並んで歩き、手を繋ぐ。


友達は首をかしげる。

「普通の年越しだったじゃん」と。


誰も知らない。


あの夜――

彼女の両親が、遠くから見ていたことを。


こっそり撮られた写真は、

今も家に飾られている。


見るたび、二人で顔が赤くなる。


あの年越しは、

誰にとっても、特別じゃなかった。


でも俺にとっては――

初めて、自分で何かを変えた夜だった。

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