てふぇちとの疑念を受けて
長いバス移動を終えた僕らは、ついに念願のスキー場へ到着した。その道中、甘衣さんが寝落ちし、僕の左肩を独占し続けたことは内緒だ。
ついでに、その途中もずっと僕の心臓の鼓動は収まらないし、甘衣さんの甘い柑橘みたいな香水が、僕の鼻をくすぐって止まなかったことも内緒です。ほんとに。
スキー場はやけに広かった。雪のピークは過ぎたらしいが、未だにちらちらと空からわたあめみたいな粉雪が。そのせいもあって一面真っ白なその世界は、僕の視界をとことん彩った。
ちょっとだけ、この美しい風景を独り占めしてみたくなった僕は今、休憩時間を利用して人の目につかないある場所にいる。
屋根に積もる雪、屋外にある時計を覆い隠すほどの積雪……いつもとは違う風景は、僕の心を自然とくすぐった。
「なにしてんの、なーるせ」
「うわっ!」
後ろから突然に目を覆い隠されてしまった。
この声は、間違いなく甘衣さんだ。さっき見つけた、スキー場裏にあるプレハブみたいな用具室。そのさらに裏は、人の目がない僕だけの特等席だと思っていたのに、もう見つかってしまった。
氷点下の気温は、きっと甘衣さんでも堪えるはずだ。
しかし、いつもはどんなアクシデントが起きようと『別にどうってことないよ』みたいな余裕そうな顔をしている彼女。
この寒さにも負けず、修学旅行中も僕にいたずらを仕掛けようというのか。
「だーれだっ」
予想通り『わたしは誰でしょう』クイズが始まった。
二回聞いた声、それから『こんなことを僕にしてくるのは甘衣さんだけだ』という確信のもとで、正体を見破ってやりたい気分になる。しかし、今度は僕が甘衣さんにいたずらを仕掛けてみてもいいのではないか。
試しに、ちょっとだけ……
「ん……ええと、同じクラスの東さん……?」
「……え」
僕の頭に『やべぇ』という言葉が浮かんできた。
甘衣さんは無言だ。おまけに、僕の目を覆い隠すその両手に、妙に熱がこもったように感じた。これは眼球を引っ張り出されてもおかしくない。訂正しないと!
「ま、間違えたっ。この手は、甘衣さんだね」
「……ん、せーかい」
僕の目を隠していたその白い手が引き上げられ、視界が明瞭になった。振り返ってみると、正解のアナウンス通りにそこにいたのは甘衣さんだ。
「ご、ごめん。なんか声が似てて間違えちゃった……」
甘衣さんの様子がおかしい。僕をじとっとした目で見つめながら、両手を互いに隠し合わせるような仕草をしている。
「ど、どうしたの甘衣さん」
「……て、なの?」
「へ?」
「だって、さっき成瀬は『この手は!』って言ったよね……? わたしの手のかたち、覚えてるってこと……? て、てふぇち、なの?」
僕を手フェチ野郎と断定する、鋭い目つきの甘衣さんは、今日も甘い。




