バスの中で
今日からの三日間は、待ちに待った修学旅行だ。九州地方の田舎の学校に通う僕らは、行き先が東北地方であることを知った時、かなり大喜びした。
一日目がスキー実習の時点で、僕らは飛び上がって喜んだ。
去年は、不運なことにインフルエンザが学年内で大流行し、旅行を延期したらしい。
しかも、流行が収まり、いざ修学旅行へ……となった時には、既にウィンタースポーツのシーズンは終わりを迎えており、スキー実習が無くなるという惨状。今年の僕らは運が良い。
先生たちから口酸っぱく言われていた手洗いうがいを実践し続けていた甲斐があった。
僕らは、ほくほくした気持ちと、朝5時出発のせいでひどく寒い外気温とのギャップに、いつもとは違う高揚感を感じながらバスへ乗り込んだ。
***
バス内は、すごく暖かかった。そのせいもあって、早起きを強いられた中学2年生は、瞬く間に眠りについてしまった。
しかし、この温いバスの最後列右端で、僕だけが眠りに落ちれずにいた。
「いやぁまさか水瀬とお隣の席になるとはなぁ〜。どれくらいの確率なんだろう? ねぇ、水瀬数学得意だったよね。計算してよぅ?」
「修学旅行に来てまで、公式を使いたくはないよ……」
「えぇ〜。この前、わたしがコンタクト落とした時は、あんなに優しかったのになぁ。寂しいなぁ〜」
「い、いやアレは」
「わたしのためだけに助けてくれたの、嬉しかったのになぁ〜」
う……今日はいつにも増して、揶揄いが凄まじいぞ。
僕の反応のどの辺がそんなに面白いのか分からないが、この人は僕を高速移動するバスの中でまで揶揄う。しかも、誰にも見られない位置で。
「そうだ、手ぇ貸してよ?」
車内でも、もふもふのマフラーは外さないらしい甘衣さんの右手が、突然僕の左手を掴んだ。そして、彼女の白い手が僕の手の形を無理やり変えていく。
「な、何? どうしたの甘衣さ……」
僕の言葉を遮って、甘衣さんは僕の目を見た。
「知ってる? 手をグーにしたら、出っ張る骨が4つあるでしょ?」
「うん、まああるね」
骨が4つ? 彼女の温かい手に包まれる僕の手は、もはや虫の息だ。緊張して息ができねぇ。
「人差し指の骨から順番に数えて、小指でターンして……ってすると、一年の中で31日まである月と、そうでない月が判別できるんだよ。なんか凄くないっ?」
「な、なんて? 骨?」
「もぉ。全然聞いてないじゃんか。興味ないの〜?」
いや、決してそんなことは無い。
無いけど、防寒具越しに届く甘衣さんの体温と、何よりその熱い手が僕の理性を削いで来ているだけだ。
「あの……どうして急にこの面白い雑学を?」
僕がそう聞くと、甘衣さんは『にひひ』とわざとらしく笑った。
「んー? 口実。バスん中、寒かったから」
そう言って小首を傾げる甘衣さんは、僕の手をぱっと離した。
「ありがとっ。成瀬の体温、吸収しちゃったぁ」
そう言って両手を僕の方に向け、ぐーぱーさせながら目を細めていたずらっぽく笑う。
どちらかと言うと、甘衣さんの手の方が暖かかったような……これじゃ、体温を吸収したのは僕の方だ。何かお返しをしなくてはならないのではないだろうか。
寒さのせいで、頬を桃色に染めてそっぽを向く甘衣さんは、今日も甘い。




