コンタクトを落として
いつも甘い甘衣さん。
その甘衣さんが、五時間目の体育のサッカーで、いつも装着しているというコンタクトを落とした。
「わたし、視力が0.1しか無くて……」
視力が悪く、歩くこともままならないらしい彼女の状況を、肩を借りて歩く彼女の友人から聞いた。
僕らの座る席は、教室最後列の左端だ。
だから、目の悪い甘衣さんは六時間目の授業『数学』のノートを取ることはできないだろう。それどころか、授業に着いていくことさえ、難しいかもしれない。
いつも甘い甘衣さんにも、甘くしてくれる人がいてもいいのかもしれない。僕は、彼女の助け舟となることを決断した。甘衣さんの手となり足となり今回のところは、目となってみよう。
***
チャイムがなり、数学の授業が始まった。
僕の作戦はこうだ。甘衣さんに『机くっつけて、一緒にノートとろう』と話しかけ、サポートをする。ビビりな転入生の僕には、これくらいしかできないが、きっと無駄ではないだろう。
意を決して、左隣の特等席に腰掛ける甘衣さんに話しかける。
「甘衣さん。良ければ、僕が……」
そこまで言いかけたその時だった。
「先生。甘衣がコンタクト落としたみたいで、俺と席代わってやってもいいですか」
甘衣さんの列、その最前に座るクラスのイケメン南君が、機転を利かせて先生にこう切り出したのだった。
確かに……言われてみれば、その方が良い。
僕と机くっつけているより、そっちの方が断然良いじゃないか。なんか恥ずかしくなってきちゃった。
しかし、僕が思っていた方向とは、別の方へ話が進んでいくことになる。
「あ、南ありがと〜。でも良いの、成瀬に助けてもらうから」
甘衣さんはそう言って、自身の机を軽く両手で持ち上げた。
腰を使ってずりずりと椅子を動かしながら、こちらへ近づいてくる。落書きが随所に見られる彼女の机と、僕の綺麗な机とが、こつんという音を立ててぴったりとくっついた。
「ね? さっきそう言おうとしてくれたんだよねっ?」
ふぅと息を吐いてから、左隣の甘衣さんは覗き込むようにして僕の顔を見つめた。
「う、うん……まあそうなんだけど、良かったの? 南君がせっかく席を譲ってくれようとしてたのに」
「いいのいいの。アイツはわたしの幼馴染だし、別にこんなんで嫌な気持ちになったりしないよっ。それより……」
栗色の髪の毛が揺れると、僕の肩に触れてしまいそうな距離まで接近してくる甘衣さん。髪の毛どころか、肩と肩が触れ合いそうだ。
「なーんで、今日は優しくしてくれるのさっ?」
小首を傾げて、僕にそう聞いてくる。僕は困ってしまった。いつになく嬉しそうな彼女が、いつにも増して頬を桃色に染める理由がいまいち分からなかったからだ。
「い、いや困ってる甘衣さんを助けるのは当然というか……」
「困ってる『人』じゃなくて、困ってる『私』限定なの〜? 特別扱いだ?」
「うっ……そ、そんなつもりは」
ちょっと気持ち悪かったかもしれない。他意はないとはいえ……
「ほら照れんなって〜。ほれほれ〜」
「く、くすぐったいよ。先生に怒られるよ……」
そう言って、僕を揶揄いながら僕の脇腹をつんつんしてくる甘衣さんは、やっぱり甘い。




