第08話:再集結、鉄の絆 ~かつての仲間と、迫る獣の王~
準々決勝の激闘から一夜明け、世界はそのニュースに揺れていた。フェイルロード王国の勝利。それは、長く停滞していた大陸の勢力図に亀裂が入ったことを意味していた。
***
獣王国、王城のトレーニングルーム。床が震えるほどの轟音と共に、巨大なバーベルが放り投げられる。巨漢の男、獣王ブッチが豪快に笑い声を上げた。
「わっはっは! 聞いたか、リオン! あの傭兵王国の双子が負けたそうだぞ!」
その横で、片手の人差し指一本で逆立ち腕立て伏せをしていた黒髪の青年、リオン王子が鼻を鳴らす。
「トレーニングの邪魔だ。親父」
「国王と呼べ、馬鹿息子」
「……で、次の相手はどこなんだ? どうせエルフかドワーフの小細工にハマったんだろ? 傭兵王の兄弟も地に落ちたな」
リオンは興味なさげに呟くが、ブッチはニヤリと牙を覗かせた。
「フェイルロードだ」
リオンの指がピタリと止まった。彼はゆっくりと身体を起こし、汗を拭いながら父を睨むように見る。
「……は? フェイルロード? あの万年最下位で、2年前の交流戦でボコボコにしたとこ?」
「うむ。俺も最初は耳を疑ったが、公式記録だ。間違いなく次の準決勝の相手は、蹴球ファンタジア史上最弱と言われている人間の国だ」
リオンは指先で床を弾き、バネのように跳ね起きた。その瞳には、獲物を見つけた猛獣の鋭い光が宿っている。
「……悪い冗談だな。……だが、嫌な予感がする」
リオンの野生の勘が、背筋をざわつかせていた。傭兵王国がただの「まぐれ」で負けるはずがない。何か化け物がいる。
「最悪、決勝で『勇者』の野郎から得点を奪うために開発した新必殺シュートを、準決勝で使うハメになるかもな」
「ほう、臆病風か?」
「準備と言え。……ライオンは兎を狩るにも全力を尽くすんだよ」
***
一方、世界最強と謳われる勇者王国。白亜の神殿にあるテラスで、勇者王ガイガは優雅に紅茶を啜っていた。
「ゆ……勇者様っ! 大変です」
バタバタと駆け込んできたのは、聖女セイランだ。
「聖女セイラン。落ち着いてください。紅茶が波打ちます」
「そ、そんなこと言ってる場合ですか! 傭兵王達が負けたそうです! 相手はフェイルロード王国!」
ガイガは眉一つ動かさず、カップをソーサーに戻した。香りを愉しむ余裕すら崩さない。
「ほう、新しい風が吹いている……か。まぁ所詮は弱者同士の潰し合いでしょう」
「で、ですが! 獣王国の相手になるんですよ? もしフェイルロードが勝ったら、私たちの決勝の相手が変わるかも……」
「ありえませんよ」
ガイガは断言した。
「あの獣王国相手では、小手先の技術や小細工は通じません。圧倒的な『個』の力こそが全て。人間風情がブッチ殿の牙城を崩せるとは思えませんね」
彼は窓の外、遥か彼方のスタジアムを見据え、絶対的な自信を口にした。
「それに、万が一勝ち上がってくるのが誰であっても……この勇者王が守るゴールを奪うことは万に一つもできません。私の前に立つ者は、等しく絶望するのですから」
***
フェイルロード王国の謁見の間。勝利の報告を受けた国王ビクターは、静かに玉座の肘掛けを強く握りしめた。
「王よ。我が国が傭兵王国を破りました。長い絶望の10年が終わりましたぞっ」
老臣の声が、歓喜で震え涙している。だが、ビクターの表情は険しかった。
「そうか……。王国ランクが低い我が国は、常にホームスタジアムでの試合が続く。一見有利な条件だが、移動すら許されない我らにとっては、逃げ場のない檻の中で弱者であることを魂に刻まれるのだ……刑罰を受けているに等しい」
彼は立ち上がり、窓の外に広がる城下町を見下ろした。魔導ゲートとゴーレムが物流を担うこの世界では、人は生まれた土地を離れることを許されない。唯一の例外が、『蹴球ファンタジア』の選手として他国へ遠征することだけ。他国から金銭で優秀な選手を獲得することも許されず、その地に生まれた者達だけの国家総力戦。
「大地神との契約によって、この地から離れる事は死を意味する。逃げ出すことすら叶わない国民は、この国を巨大な監獄だと思っていただろうな……。それが、ついに……」
ビクターの声に熱が帯びる。
「彼らは、この監獄の壁を壊そうとしているのだな」
城下にある広場には、準決勝の対戦表(トーナメント表)が張り出され、人々が熱狂と共にそれを見上げていた。
【蹴球ファンタジア(ノーマルリーグ)準決勝進出が確定】
■宗教国家バレス VS 勇者王国
北部リーグ代表(1位)宗教国家バレス
(妖精女王国・死霊国ゲブン・魔導国家アルバスを下しての進出)
西部リーグ代表(1位)勇者王国
(軍事国家ギロス・商業国家ロベンヌ・海洋国家シーベルを下しての進出)
■フェイルロード王国 VS 獣王国
東部リーグ代表(1位)フェイルロード王国
(傭兵王国・ドワーフ工業国・エルフの森連合国を下しての進出)
南部リーグ代表(1位)獣王国
(リザード種連合国・砂漠王国・ゴブリン王国を下しての進出)
***
街外れの酒場。喧騒から離れた一角で、ガッドとフォルズは地図を広げていた。
「なあ、ガッド。俺を監獄から出したって事は、あの二人も呼ぶつもりだよな?」
「ああ。俺達はかつて『アイアン・エンド』と呼ばれていた。攻撃の要であるお前達トリオは、次の試合には絶対に必要だ」
ガッドが指差したのは、街を駆け回る郵便配達人のルートと、森の狩猟区域だ。
「フォルズ。スプリングとライブ……あの二人も、さすがに獣王国には興味を示すと思うぜ。2年前、一方的にやられた借りがあるからな」
「へっ。あの二人の居場所は分かってんのか?」
「陛下からの情報がある。この先にいるのは確かだ。試合までに必ず見つけて説得するぞ」
「うぇぇ、マジかよ。ひょっとして俺も捜索の戦力だったりする?」
「仮放免なんだろ? 仕事をえり好みしないで気持ちよく手を貸せっ! それに……お前だって、やり返したいはずだろ? 2年前の屈辱を」
ガッドの言葉に、フォルズは少しだけ沈黙し、不敵に笑った。
「……違いない。あの獣王の鼻っ柱、今度こそへし折ってやらねえとな」
二人は手分けして街へ飛び出した。風のように路地を駆ける郵便配達員、スプリング。森の奥で獲物を狙う炎の狩人、ライブ。
かつての仲間を再びフィールドへ呼び戻すために。最強の矛と盾を揃え、鉄壁の獣王を打ち破るために。ガッドたちは走った。




