第07話:vs 傭兵王国(後編) ~10分の奇跡と、虹色の絆~
後半開始のホイッスルが鳴り響く。傭兵王国の双子、ゴルドとシルバは、開始早々から容赦がなかった。
「後半も蹂躙してやるよ。……来い、『マグネ・ライロックバースト』!」
ゴルドが指を鳴らす。前半、シエルたちを苦しめた「磁力による強制引き寄せ」が、再びシエルを襲う――はずだった。
フワッ。シエルの体を包んだのは、痛みではなく、柔らかな風の膜だった。
「えっ……? 体が、軽く……?」
「なっ、何をした!?」
驚愕するゴルドの視線の先。後半から入ったMF、ケープが涼しい顔で指先を振っていた。
「単純な磁力波だね。……風属性で『絶縁体』の膜を作りつつ、逆位相の磁力をぶつけて相殺させてもらったよ」
「は……? 一瞬で解析したのか!?」
「君たちの磁力は、ただ強いだけ雑すぎるよ。……ほら、シエル君。もう動けるよ」
ケープが微笑むと、シエルの体から重圧が完全に消え去った。シエルは目を丸くして、ケープを見つめる。
「ケープ君! 凄い。君も磁力魔法が使えるのかい!?」
「ふふ。……さあ、ここからが本番だ」
ケープの瞳が、鋭く敵ゴールを見据えた。その瞬間、シエルの脳内に透き通るような声が響いた。
『シエル君、聞こえるかい。……前を見て』
「えっ、この声……ケープ君?」
『君のマグネ・ドライブについてだ。通常、シュートを打つ前にボールをキープして
ボールに磁力を込める「チャージ」の工程が必要なんだろう?』
『うん、そうだよ。だから時間がかかって……』
『今回は、その手順を飛ばせる。……周囲を感じてごらんよ。敵が散布した磁力で、フィールドは満たされている』
ケープの声は冷静だった。
『この環境なら、君が触れてチャージしなくても、既にボールは磁力を帯びている状態だよね。彼らの魔力をそのまま利用してやろう。……ハーフタイムに、監督も言ってたよね?』
『あっ……!』
シエルの脳裏に、アルベルトの不敵な笑みが浮かぶ。
――後半は、少し『イタズラ』を仕掛けよう。
『そうか、これが師匠のイタズラ……!』
『だから、「チャージ」と「トス」の工程は僕が全て省くよ。……君は、ボールを見ずにただ、そこにボールが来ると信じて、全力で空を舞うんだ』
シエルは一瞬戸惑ったが、ケープの背中を見て覚悟を決めた。あの魔法防御を見た今なら、信じられる。
シエルはいきなり敵陣へダッシュし、ボールもない空間へ向かって跳躍した。
「あ? トチ狂ったか! ボールもねえのに飛びやがって!」
双子が嘲笑う。だが次の瞬間、その頭上を虹色の光線が通過した。
ケープだ。彼は迫りくる傭兵たちのスライディングを、最小限のステップで回避。敵を引きつけて、引きつけて――シエルを見ることすらなく、右足を振り抜いていた。
(僕の時間は10分。……この一瞬に全てを燃やす!)
放たれたパスは、ただのパスではない。風で加速し、水で滑らかになり、火で回転を加えた「虹色の放物線」。
空中のシエルが右足を振り抜く、そのインパクトの瞬間に、0.1ミリの狂いもなくボールが「そこ」にあった。
「うぉぉぉぉッ!! 来たぁぁぁぁッ!!」
ドォォォォォォンッ!!
予備動作なし(ゼロ・モーション)のマグネ・ドライブ。双子が雷の盾を展開する暇もなく、光の砲弾がゴールネットを突き破った。
1-1。同点。後半開始、わずか5分の出来事だった。
「やったぁぁ! ケープ君、今のパス最高だよ!」
シエルが駆け寄る。だが、ケープは歓喜の声を上げることはなかった。
彼は膝に手をつき、肺の奥から絞り出すように、長く、熱い息を吐き出しただけだった。
「……ふぅ。……よかった。間に、合った……」
その顔色は透けるように白く、額には脂汗が滲んでいる。胸元の魔導具が、警告音と共に『赤色』に点滅し始めていた。
「ケープ君……?」
「……大丈夫だよ、シエル君」
ケープは顔を上げ、弱々しく、けれど美しい笑みを浮かべた。
「僕の残り時間はあと5分。……さあ、畳み掛けよう。僕の命が燃え尽きる前に」
そこからは、完全にフェイルロードのペースになった。
敵の攻撃ターン。傭兵がドリブルで上がろうとすると、いつの間にかボールが消えている。
「なっ!? どこだ!」
『お前の後ろだ、マヌケ』
脳内に響く声に振り向けば、フォルズが霧のように姿を現し、ボールを奪って疾走している。
『へへっ。財布なら返してやるが……ボール(お宝)は頂くぜ?』
フォルズ(影)が死角からボールを盗み、ケープ(虹)へ預ける。ケープは敵のプレスを全属性の結界で無効化し、前線のシエル(光)へキラーパスを通す。
圧倒的だった。だが、無情にも時間は過ぎる。
後半開始から10分経過。
ボールがタッチラインを割った瞬間、ケープがピタリと足を止めた。誰に言われるでもなく、彼は自らベンチへ向かって歩き出した。
「ケープ君……?」
シエルは駆け寄ろうとして――その足を止めた。
すれ違いざま、見てしまったからだ。ケープの横顔が、透けるほど白く、大量の脂汗が流れているのを。胸の魔導具は、今にも壊れそうなほど激しく明滅していた。
(……限界なんだね。約束を守るために、命を削って……)
シエルは唇を噛み締め、呼び止める代わりに、心の中で深く感謝した。
(ありがとね、ケープ君。……君がくれたこの流れ、絶対に無駄にしないっ!)
ケープは振り返らず、背中越しに小さく手を振った。
フィールドの境界線で、ケープは交代選手と手を合わせた。
同時に、GKもフォレストからガッドへ交代。ここから試合は、泥臭い「総力戦」へと変貌した。
「くそっ、あの鉄壁のキーパーが出てきやがった。鬱陶しいっ!」
ロスタイム。
鉄壁の守備に業を煮やした双子が、空へ舞い上がった。
「アレで終わらせるぞ! 全員まとめて吹き飛ばす!」
二人の間に巨大な雷のアークが発生する。必殺『マグネ・ツインバードシュート』。
放たれた雷の怪鳥が、ガッドごとゴールを破壊しようと迫る。
「……来いッ!」
ガッドが鉄腕を構える。だが、シエルはこのチャンスを待っていた。
シエルは走った。地上ではない。ボールの軌道上――空へ。真正面から、雷の怪鳥へ飛び込む。
「ハッ! 自殺志願か! 死ぬぞっ!」
バチバチバチッ!!
空中で、シエルの右足と雷のボールが激突する。圧倒的な出力差。黄色い雷が、シエルの青い磁場を食い破り、足の皮膚を焼いていく。
「無駄だ! 俺たちの兄弟の雷と磁力の組合せは最強だ! ゴミ拾いの磁力で勝てるかよ!」
痛い。熱い。
けれど、シエルには聞こえていた。ボールの悲鳴が。
(痛いよね。苦しいよね。……大丈夫、僕が助けてあげる)
シエルは歯を食いしばり、叫んだ。
「……違うっ!!」
「君たちの磁力は、ボールを痛めつける『鎖』だ!」
「でも、僕のは違う……。僕の磁力は、ボールと手を繋ぐための『絆』なんだ!」
シエルの背後に、ケープが信じてくれたパスの軌道、ガッドが守ってくれた時間、みんなの想いが青いオーラとなって溢れ出す。
「同じ磁力なら……僕の方が、ボールとの絆は上だぁぁぁぁぁッ!!!」
ドッゴォォォォォォンッ!!!
シエルは、敵のシュートの威力を殺さずにその磁力を利用し、残った全ての魔力を上乗せして「反射」した。雷鳥が青い弾丸に姿を変え、双子の間を突き抜ける。
「な、にぃぃぃぃッ!? 打ち返したっ!」
「ボールが……俺たちの命令を拒絶したっ!?」
ズガァァァァンッ!!
敵ゴールが粉砕されたのと同時に、試合終了の笛が鳴り響いた。
2-1。
シエルは空中でガッツポーズをしたまま、重力に引かれて落下していく。それを、下で待っていたガッドが、優しく片腕で受け止めた。
「……ったく。相手の必殺シュートをうち返すとは、とんでもない馬鹿野郎だ」
そのガッドの呟きは、直後に巻き起こった爆音にかき消された。
『なんと! なんとぉぉぉッ!!』
実況アナウンサーが絶叫する。
『ノーマルリーグ10年連続最下位! あのフェイルロードが!』
『強豪を打ち破り、これで破竹の3連勝! 準決勝に進出だぁぁぁぁッ!!!』
ワァァァァァァァァァッ!!!!! スタジアムが揺れる。
10年分の鬱憤を晴らすような観客総立ちの熱狂が、抱き合うシエルたちを優しく包み込んだ。




