第04話:vs 爆裂のドワーフ(後編) ~計算外(エラー)だらけの逆転劇~
ハーフタイムの控え室は、敗走した野戦病院のような有様だった。
「ごめん、なさい……。僕の、せいで……」
ベンチに横たえられたシエルが、うわ言のように繰り返す。ガッドは腕の治療のため医務室へ運ばれた。戻ってくる見込みはない。部屋の空気は、鉛のように重く沈殿していた。
コツン、コツン。その時、静まり返った部屋に、硬質な音が響いた。入り口に立っていたのは、杖をついた老人――シエルの育ての親であり、孤児院の院長、アルベルトだった。
「し、師匠……?」
「……辛気臭い顔をしとるのう。お前たち、まだ負けたわけじゃあるまい」
アルベルトはシエルの枕元に立ち、その胸に手を当てた。
「シエル。お前は『マグネ・ドライブ』の威力に酔いしれ、最初からエンジンを吹かしすぎじゃ。『魔力吸収』が施されたあの地で、力任せに戦えばそうなる」
アルベルトは杖の先で、床をコンコンと叩いた。
「よいか。お前の磁力魔法であれば、地面に『反発』の磁力を与え、わずかに浮くことで吸収を無効化できる。……そして何より、お前の武器は『破壊力』だけか?」
「……あ」
シエルの脳裏に浮かんだのは、ボロボロのボールと戯れていた日々。壁に当てて、跳ね返りをトラップする。足に吸い付くようにドリブルする。それは派手ではないが、誰よりもボールと仲良くなるための魔法だった。
「磁力を少しだけ使い、ボールを繊細にコントロールする。その低燃費の技術こそが、お前の真の持ち味じゃ」
「僕の……持ち味……」
ポカッ。アルベルトが杖で、シエルの頭を軽く小突いた。
「威力におぼれるな。頭を使え」
「……いたっ。……えへへ」
シエルが頭をさすりながら、少しだけ笑った。不思議と、胸の奥のモヤモヤが晴れていくのを感じた。
(そっか。僕は「すごいシュート」を撃ちたくてサッカーをしてたんじゃない。ボールと一緒に遊びたくて、みんなを助けたくて……)
「分かったよ、師匠!」
シエルが上半身を起こす。まだふらつくが、その目に光が戻っていた。
「みんな、ごめんね。僕、後半はもう『マグネ・ドライブ』を撃てないかもしれない。でも……絶対にボールは取られない。僕がボールを持って、みんなに届ける!」
その言葉に、フォレストやベテランFWのストーンも顔を上げた。
「おう! 俺たちもいるんだ、1人で背負うなシエル!」
ストーンが力強くシエルの背中を叩く。
「……よし、行こう! 後半戦だ!」
魔力は空っぽに近い。戦力も足りない。だが、シエルは新しい武器――『思考』を手に入れた。
***
後半戦開始の笛が鳴ると同時、ドワーフたちは目を疑った。
「なっ……なんだあの動きは!? データにない動きだぞ」
フィールドには、水澄ましのようにスイスイと動き回るシエルの姿があった。足元で微弱な青い火花を散らし、地面に対して「反発(N極)」の磁力を発生させ、わずかに身体を浮かせているのだ。摩擦ゼロで滑るその動きに、ドワーフの重厚なDF陣はついていけない。
「捕獲しろ! 挟み込め!」
「無駄だよっ!」
磁力魔法――『マグネ・ドリブル・レビテート』。
巨体が迫ると、シエルはボールごとクルリと回転し、磁石が反発するようにヌルリと包囲網を抜け出す。圧倒的なキープ力。ボールは完全にシエルの支配下にあった。
「クソッ、これではこちらの攻撃ターンが回ってこない!」
ドワイトが苛立ちを露わにする。だが、シエルも無限に動けるわけではない。一瞬の隙を突かれ、ロングボールが前線のドワイトへ放り込まれた。
「しまった、カウンターだ!」
シエルが振り返る。ゴール前にいるのは、震える控えGKフォレストだけだ。蘇る前半の悪夢の光景に怯えるフォレスト。
「ひッ……く、来るな……!」
フォレストが腰を引く。ドワイトは残忍な笑みを浮かべ、新品の魔導靴を起動させた。
「終わりだ。消し飛べ! 『ガイア・インパクト』ッ!!」
ドォォォォンッ!!
爆音と共に、殺人級のシュートが放たれる。
(だめだ、死ぬ……!)
フォレストが目を瞑りかけた、その時だった。
『諦めるな、フォレストさん!』
脳内に直接、シエルの声が響いた。
『ボールは、家族だよ。僕の磁力魔法がチャージされている。怖くない!』
「えっ、シエル……?」
さらに、フィールドの外からも怒号が飛んできた。
「ビビってんじゃねぇフォレストォォッ!! お前はフェイルロードの代表だろッ!!」
包帯だらけのガッドが、ベンチから身を乗り出して叫んでいる。
「ガッド……さん……」
二人の声が、恐怖に負けそうな心に火を点けた。フォレストが目を見開く。
「う、うわぁぁぁぁぁッ!!」
彼は逃げずに手を伸ばした。その瞬間、後方から駆け戻ってきたシエルが叫んだ。
「いっけえぇぇッ! 『マグネ・シールド』ッ!!」
シエルが指先から磁力魔法を放つ。ドワイトの放ったシュートは、強烈な反発磁場がブレーキとなり、威力がガクンと半減する。
バシィィィッ!!
「と……止めた……?」
フォレストの両手が、ボールをガッチリと掴んでいた。スタジアムが揺れるような歓声に包まれる。
「ナイスセーブだよ、フォレストさん!」
「あ、ああ……! ありがとう、シエル!」
フォレストが前線へパスをする。ボールを受け取ったシエルは、一気に敵陣へと駆け上がった。残り時間わずか。スコアは1-1。ラストチャンスだ。
「止めるぞ! 奴に得点能力はないが、パスがあるかもしれん!」
ドワーフたちがゴール前を固める。だが、シエルはペナルティエリア手前で、大きくボールを蹴り上げた。
「な……なんだと、あれはまさか……!?」
その動作は――前半に見せた、あの悪夢の予備動作。
「馬鹿な、奴の魔力は空のはずだ!」
シエルが空高く舞う。逆光の中で、その小さな身体から、前半と同じ青白い光が溢れ出した。ハッタリではない。命を削る覚悟の輝きだ。
「いくぞ……最大充填ッ!!」
シエルの叫びがスタジアムに響く。ドワイトが叫ぶ。
「チッ、計算外だ(イカれてやがる)……! 総員防御! ドガン、展開しろッ!」
「おうよ! 最大出力! 『ミスリル・シールド・ギガ』ッ!!」
GKドガンが地面を叩く。ゴール前に、前半よりも分厚い、巨大な銀色の壁が出現した。これならば、魔力不足で威力の落ちた『マグネ・ドライブ』なら防ぎきれる。
ドワーフたちが勝利を確信した、その瞬間。空中のシエルが、ニカっと笑った。
「――なーんてね!」
シエルはオーバーヘッドの体勢から、空中で器用に身体をひねった。振り抜かれた足は、ボールをゴールへ叩き込むのではなく、真横へと弾いた。
「えっ」
ドワーフたちの視線が釘付けになる。強固な盾は、正面からの攻撃には無敵だ。だが――横はガラ空きだった。
「ストーンさん、パス!」
磁力魔法――『マグネ・パス』。
吸い込まれるような軌道でボールが渡った先には、もう一人のFW、ストーンがフリーで立っていた。
「おう! 待ってたぞシエル!」
ストーンは実直な男だ。派手な魔法は使えない。だが、誰よりも走り、誰よりも丁寧にボールを扱う。彼はシエルから託された「家族」を、誰もいないゴールへと優しく、確実に流し込んだ。
ズサッ。
ミスリルの盾の横をすり抜け、ボールがネットを揺らす。
「け、計算……不能……」
ドワイトがシステムエラーを起こしたように呆然と立ち尽くす中、試合終了の笛が鳴り響いた。
2-1。フェイルロード王国、奇跡の逆転勝利。
「やったぁぁぁぁッ!!」
シエルがストーンに飛びつく。フォレストが泣きながら駆け寄る。満身創痍の弱小チームが、知恵と勇気で「計算」を打ち破った瞬間だった。




