第03話:vs 爆裂のドワーフ(前編) ~命を削るシュートと、砕けた鉄腕~
スタジアムは、沸騰していた。10年ぶりの勝利。積年の敗北と重税に苦しんでいたフェイルロード王国の国民にとって、それは単なる一勝以上の意味を持っていた。
だが、その熱狂の渦から切り離された最上段の通路。そこには、冷ややかな視線でピッチを見下ろす影があった。
「……フン。無様だな、エルフ共め」
低い声で吐き捨てたのは、ドワーフ工業国のエースFW、ドワイトだ。彼は片目に装着した『魔眼鏡』のレンズを調整しながら、敗北に打ちひしがれるエルフたちを鼻で笑った。
「所詮は精霊頼みの『感覚』サッカーか。不確定要素(運)に頼るからこうなる。我々の『工業規格』の前では、奴らなど旧時代の遺物も同然だ」
「全くですドワイトさん。わざわざデータ収集に来たのがコストの無駄遣いでした」
隣に控えていたチームメイトが、計算機を弾きながら同意する。彼らは踵を返し、立ち去ろうとした。
だが――ドワイトの足が、ふと止まる。視界の隅、歓喜の輪の中心にいる小柄な少年の数値が、スカウターの警告値を叩いていたからだ。
「……いや。完全に無駄ではなかったか」
「ドワイトさん?」
「あの10番だ。凄まじい出力だった。単純な運動エネルギーなら、我々の重機すら上回るかもしれん」
ドワイトは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷徹に分析する。
「だが、『燃費』が悪すぎる。あの状態を見るに、試合中に撃てるのは2発が魔力上限だな」
ドワイトの声には、畏怖ではなく、欠陥品を見るような冷たさが混じっていた。
「2点取られても、3点取れば収支はプラス(勝利)……合理的な判断だ。行こう」
ドワイトは背を向けた。人間を「計算できる障害」と断じたその背中には、強者の余裕が漂っていた。
***
一方、歓喜の中心にいるはずのフェイルロード王国の控え室。そこは、意外なほど緊迫した空気に包まれていた。
「……へへ、あはは。なんか、指先がビリビリするや。お腹空いたのかなぁ?」
シエルはベンチに座り込み、力なく笑っていた。顔面は蒼白で、血管が黒く浮き上がっては消えるという不気味な脈動が走っていた。
「おい、シエル。……今、指先が痺れると言ったか?」
「うん。あとね、耳の奥でキーンって高い音がするんだ。変だね、ガッドさん」
ドンッ!!
ガッドがロッカーを拳で殴りつけた。金属がひしゃげる音が響き、シエルがビクリと肩を震わせる。近くにいたベテランFWのストーンが、慌ててガッドをなだめる。
「お、おいガッド。子供相手にそんな怒るなよ」
「うるせぇストーン! こいつは今、死にかけたんだぞ!」
ガッドがシエルの胸ぐらを掴み、その顔を至近距離で睨みつけた。
「ふざけるな、シエルッ! それは空腹なんかじゃない……『魔力欠乏症』の一歩手前だぞ!」
「まりょく……けつぼう?」
「魔力は血液と同じだ。空っぽのまま無理やり絞り出せば、血管が焼き切れて心臓が止まる。……俺も昔、それで死にかけた」
ガッドは自身の右腕、『鉄腕』を見つめた。かつて彼もまた、限界を超えて魔法を行使しようとした過去があるかのように。
「お前のタンク容量から計算すると……全力で撃てるのは1試合に2発。それが限界だ」
「2発……」
「そうだ。それ以上は『マグネ・ドライブ』を使うな。もし3発目を撃とうとしたら、敵より先に俺がお前をぶん殴ってでも止める。……分かったな?」
「……うん。分かったよ、ガッドさん」
シエルは自分の掌を見つめる。最強の矛である必殺技。だがそれは、自身の命を削る諸刃の剣でもあった。
***
そして迎えた、第2戦。試合開始の笛が鳴ると同時に、異様な光景が広がった。
「なんだあれは……? 壁だ!」
ドワーフ工業国のイレブンは、キックオフと同時に自陣ゴール前へ撤退。彼らの足元の地面がボコボコと隆起し、天然のバリケードを形成していく。土魔法――『アース・バンカー』。それは、攻める気を完全に放棄した、難攻不落の「要塞」だった。
「うわぁ、地面がデコボコで走りづらいなぁ」
シエルはボールをキープしながら、目の前の要塞を見上げた。
(しかも……なんか変だ。身体がすごく重い。昨日の晩ごはんを食べすぎたかな?)
そんな無邪気な感想を抱きながら、シエルは首を傾げた。
「ま、いっか! 避けて通れないなら、壊して通ればいいんだもんね!」
シエルはニカっと笑うと、後方のガッドへ向かって親指を立てた。
(ガッドさんとの約束は1試合2発。まだ1発目だから大丈夫! まずは先制点を取って、ガッドさんを楽にさせてあげよう!)
シエルがボールを高く蹴り上げる。
その瞬間、ドワイトが叫ぶ。
「来るぞ! ドガンッ! シールド展開ッ!」
だが、シエルは構わず空へ舞った。重力を振り切り、太陽を背に受けて反転する。
(あれ? いつもより魔力の集まりが悪い……? もっと絞り出さなきゃ!)
無意識のうちに、体内の生命力までも魔力に変換し、強引に右足へ叩き込む。
「貫けぇぇぇぇッ!! 『マグネ・ドライブ』ッ!!!」
ドォォォォォォォンッ!!
放たれた光の砲弾は、GKドガンが展開した『ミスリル・シールド』に激突した。金属がひしゃげる甲高い音。しかし、シエルの矛は止まらない。
「ぬぅ……うぅ、ぐあぁぁぁぁッ!?」
巨大な盾ごとドガンは吹き飛ばされた。ボールはそのまま無人のゴールへ突き刺さる。1-0。先制ゴールだ。
「やったあぁぁぁっ! 見たかドワーフ! これがフェイルロードの力だ!」
スタジアムが爆発的な歓声に包まれる。ガッドもゴール前で拳を握りしめた。
「よしッ! まずは1点……って、おいシエル!?」
ガッドの表情が凍りついた。着地したはずのシエルが、立ち上がらない。糸が切れた操り人形のように、カクンと膝を折って芝生に倒れ込んだのだ。
「あ……れ……? 力が、入らない……や……」
シエルの視界がぐにゃりと歪む。まるで体中の血液が抜かれたような、強烈な虚脱感。
(1回しか……撃ってない、のに……)
薄れゆく意識の中、頭上から冷ややかな声が降ってきた。
「ナイスシュートだ、10番」
見上げると、ドワイトが冷徹な瞳でこちらを見下ろしていた。
「だが……計算では『あと1発残っている』と思っていないか?」
「え……?」
「残念だったな。このフィールドでは、土魔法の『魔力吸収』も同時に発動している。貴様が無駄に走り回った分、魔力を吸収されているのだ」
ドワイトは、倒れ伏すシエルの顔を覗き込み、宣告した。
「ははは……今の1発で、貴様のタンクは空っぽ(スッカラカン)だ」
「そん……な……」
シエルの瞳から光が消え、そのまま意識を失った。
「シエルッ!!」
駆けつけたガッドたちによって、シエルは担架で運び出されていく。スタジアムの歓声は悲鳴へと変わった。開始早々の先制点。だがその代償は、エースの離脱という最悪の形となった。
ドワイトが冷酷に指示を飛ばす。
「主力の無力化を確認。……さて、ここからは一方的な殲滅戦の時間だ」
***
「再開だ。――殲滅戦を始めるぞ」
再開の笛が鳴ると同時、ドワイトはいきなりミドルレンジから右足を振り上げた。
「魔導靴、出力固定。……発射」
ドォォォォンッ!!
インパクトの瞬間、ドワイトの右足で小規模な爆発が起きた。土属性シュート――『ガイア・インパクト』。
「くっ、重いッ!!」
ガッドが『鉄腕』で受け止める。鋼鉄の腕がきしみ、ガッドの足が地面を削る。なんとか弾き返したが、ガッドの息が荒い。
「はぁ、はぁ……! 靴を爆破して威力を出す気か! だが、そんな靴じゃもう走れねぇぞ!」
見れば、ドワイトのスパイクは黒焦げだ。しかし。
「――交換」
ドワイトが指を鳴らすと、ピットクルーが猛ダッシュで駆け寄り、わずか5秒で新品の魔導靴を装着した。
「装着完了。……次、行くぞ」
「な、なんだと……!?」
ドワイトは躊躇なく右足を振り抜いた。
ドォォォォンッ!!
二発目の『ガイア・インパクト』。ガッドが再び弾く。
「交換。……発射」
ドォン!!
「交換。……発射」
ズドォォォン!!
「くそっ……! あいつら、いくら変えの靴を持ってるんだ!?」
「ふっ……予算の続く限り、無限だ」
金に物を言わせた使い捨て戦法。対するガッドの魔力は有限だ。しかも『アース・ドレイン』が立っているだけで魔力を吸い取っていく。
十発目を防いだ時、ついに限界が訪れた。
「が……っ!」
バキンッ!
嫌な音が響き、ガッドの右腕の鋼鉄化が強制解除された。膝から崩れ落ちるガッド。その腕は赤く腫れ上がり、痙攣している。
「交代です! ガッド選手、退場!」
「くそ……まだだ、俺はまだ……!」
無情な宣告。王国の「最強の矛」と「最強の盾」が、前半のうちに砕け散った。
「GK交代! フォレスト!」
代わりに入ってきたのは、線の細い控えGK、フォレストだった。彼はガチガチに震えながらゴールマウスに立つ。
ドワイトが、新品の靴を履きながら冷酷に告げる。
「穴が開いたな。……作業を終了する」
再開直後。ドワイトが放った『ガイア・インパクト』は、フォレストの身体強化魔法によるパンチングを紙屑のように吹き飛ばした。
ズガァァァァンッ!!
ボールがネットを揺らす。1-1。同点。
ピーッ!
直後、前半終了の笛が鳴り響いた。




