第02話:vs 疾風のエルフ ~理屈(ロジック)を砕く、二度目の閃光~
フェイルロード王国、王都スタジアム。
そこは、熱狂よりも重苦しい諦念に支配されていた。
ノーマルリーグ10年連続最下位。
この国の国民にとって、『蹴球ファンタジア』は希望の象徴ではない。毎年の「増税」を告げる絶望のサイレンだ。それでも客席が満員なのは、どこかに「もしかしたら」という、捨てきれない祈りがあるからだろう。
「……ついてねえな。初戦から相手は『エルフの森連合国』かよ」
「あーあ。こりゃ今年もダメだ。あいつらのパス、速すぎて目で追えねえんだよ」
観客が指差したのは、ぶかぶかのユニフォームを着た小柄な少年――シエルだった。
新人をスタメン? 捨て試合か? そんな嘲笑とため息が混ざり合う。
だが、ピッチ上の二人は違った。
「シエル。足は震えていないか?」
「うんっ! 絶好調だよ。ガッドさんが休めるように、僕が頑張るね」
「……ふっ。デビュー戦の新人が調子に乗るなよ」
ガッドが不敵に笑い、シエルの背中をバシッと叩く。
「――楽しんでこい」
その直後、試合開始の笛が鳴り響いた。
***
ヒュオオオオオオオッ!!
開戦と同時、フィールドに緑色の暴風が吹き荒れた。
エルフたちが一斉に『身体強化』と風魔法を発動させたのだ。
「遅い遅い! 止まって見えるぞ人間!」
風魔法――『エアフィールド・パス』。
ボールが空気のレールを滑るように走り、DF陣の間をすり抜けていく。速い。目で追うのがやっとだ。
エルフの戦術は徹底していた。左右に大きくボールを動かし、ガッドの視線と巨体を揺さぶることで、彼の魔力を削りに来ているのだ。
「キャプテン、エルフィン! フリーです!」
目にも止まらぬパスワークの終着点。ペナルティエリア手前でボールを受けたのは、エルフのエース、エルフィンだった。
「よし……まずは挨拶代わりだ。ガッド、貴様の鋼鉄を削り取ってやる!」
エルフィンの足元に、竜巻のごとき風が渦巻く。
必殺、風属性シュート『エアロゾーンシュート』。
その予備動作に入った、その瞬間だった。
「――やらせるかぁぁぁッ!!」
バチチチチッ!!
横合いから飛び込んだシエルが、紫色の火花を散らしてエルフィンの懐へ滑り込んだ。
磁力魔法――『マグネ・タックル』!
「なにぃッ!?」
「ボールは貰ったよ! ……もう君たちには渡さないっ!」
シエルはエルフィンの足元からボールを奪うと、そのまま流れるように反転した。
その動きに迷いはない。ただ一直線に、敵ゴールだけを見据えている。
「生意気なチビめ……! 全員で囲め! 『エアロゾーンプレス』だ!」
エルフィンの号令と共に、三人のエルフが疾風となってシエルに殺到する。前後左右、逃げ場のない包囲網。
だが、シエルは笑っていた。
「見えてるよ」
シエルの体から磁場が発生する。ボールがまるで体の一部であるかのように吸い付き、ありえない角度で敵の足を回避していく。
磁力魔法――『マグネ・ドリブル』。
「な、なんだあいつは!? ボールが離れない!?」
風よりも速く、磁石の同極のように敵を弾き飛ばしながら、シエルは一瞬で敵陣深くまで切り込んだ。目の前に立ちはだかるのは、敵GKマリガンのみ。
「いくぞ……最大充填ッ!!」
シエルはボールを垂直に蹴り上げた。自分自身へのトス。
高々と舞い上がったボールを追いかけ、シエル自身もまた、重力を振り切るように跳躍する。
シエルが、空を舞う。
右足に、全ての磁力魔力を収束させていく。
バチバチ、バチチチッ!
空気が焦げる音と共に、青白い雷光がシエルの足を包み込む。
「貫けぇぇぇぇッ!! 『マグネ・ドライブ』ッ!!!」
――そして、世界から音が消えた。
ドォォォォォォォンッ!!
「エ……『エアロシールド』ッ!」
GKマリガンが慌てて風の障壁を展開する。だが、そんなものは薄紙一枚に等しかった。
光の奔流となったボールは、風の激流をたやすく貫通し、GKごとゴールネットを突き破り、背後の石壁に激突した。
ズガンッ!! とスタジアムが揺れる。
『ゴ、ゴォォォォォォルッ!! フェイルロード王国、先制ェェェェッ!!』
10年ぶりの快挙にスタジアムが揺れる。だが、エルフのベンチは冷徹だった。
気絶したマリガンに代わり、新たな守護神がピッチへ送り込まれる。
背後に半透明の精霊を従えた男――『精霊使い』カゼル。
「調子に乗るなよ、人間。……ここからは、風すら吹かせん」
***
試合再開。
カゼルの投入により、フィールドの空気は一変した。
彼の的確な指示によりパスワークが加速し、フェイルロードは防戦一方となる。
「……くっ。急に動きが変わった!」
ボールは再び、エースのエルフィンへ。彼は屈辱に顔を歪めながら、渾身の魔力を足に込めた。
「今度こそ決める! 『エアロカッターシュート』ッ!!」
放たれたのは、カマイタチを纏った真空の刃だ。
シエルが反射的に自陣へ戻ろうとする。
「危ない! 僕が――」
「戻るなシエルッ!!」
ガッドの怒号が念話で頭に直接響いた。
『前に居ろッ! ここは俺の城だ、俺が止める!!』
脳裏をよぎるのは、去年の屈辱。自分が下がった後にゴールを割られ、崩れ落ちたチームメイトの姿。
(二度も同じ悪夢を見せてたまるか……ッ!)
「エルフィンっ、なめるなよッ!!」
ガッドの右腕が瞬時に黒鉄色に染まり、巨大化する。
硬質化魔法――『鉄腕』。
ガギィィィィィンッ!!
高速回転する風の刃を、鋼鉄の掌が真正面から受け止める。
火花が散り、ガッドの足が地面を削る。だが――彼は一歩も引かなかった。
「……ぐ、ぅおおおおッ!!」
バシィッ!!
風を握りつぶし、ボールの回転を完全に止める。ガッドの勝利だ。
「シエル、行けッ!!」
ガッドが前線へボールを放り投げる。
「ガッドさんから託されたボールだ……!」
シエルは胸でボールを受ける。だが、目の前には既にGKカゼルが立ちはだかっていた。チャージ時間が足りない。『マグネ・ドライブ』は撃てない。ならば!
「いけぇぇッ! 『リニア・シュート』ッ!!」
予備動作なしのトゥーキック。初速最速の一撃がカゼルの足元を襲う。
しかし。
「浅い」
カゼルは表情一つ変えなかった。
「風の精霊魔法――『エアロダブル』」
彼自身の両手と、背後の精霊の腕。計四本の腕から放たれた突風が、シエルのシュートを真正面から押し包んだ。ふわり、とボールの勢いが殺され、カゼルの手の中に収まる。
「『リニア・シュート』が、止められた……!?」
「この程度か。……エルフィン、時間を稼げ。敵の魔力切れ(ガス欠)を待つぞ」
カゼルの冷徹な判断。
後半残り10分。エルフたちは攻めるふりをしてパスを回し、時間を浪費していく。
卑怯ではない。これも勝つための『計算』だ。
シエルの耳元に、念話の声が届く。
『シエル……はぁ、はぁ。このまま守り切れば1-0で俺たちの勝ちだ。無理に攻める必要はない』
ガッドの声は弾んでいた。魔力は残りわずかだが、勝てる確信がある。
だが、シエルは首を横に振った。
「……ガッドさん。あと1回だけ、攻めさせて。僕、あのキーパーに勝ちたいんだ」
通信の向こうで、ガッドが息を呑む気配がした。
セオリーなら時間稼ぎ。だが、少年は「勝ちたい」と言った。試合にではなく、勝負に。
『……ふっ、とんだエゴイストだ。……好きにしろ。後ろは俺が死んでも守ってやる』
「うん! ありがとう!」
シエルが走る。残った全ての魔力を振り絞り、ボールホルダーへ突っ込む。
「なっ、まだ動けるのか!?」
油断していたエルフからボールを強奪。
カゼルが叫ぶ。
「来るぞッ! ボールに魔力がチャージされている! 最大級のが来るぞッ!」
シエルの身体から、青白い光が溢れ出す。
スタジアム中の視線が、小さな背番号10に釘付けになる。
「いくぞ……最大充填ッ!!」
再び、ボールが高く舞い上がった。
シエルが跳ぶ。一番高い場所へ。誰の手も届かない空へ。
右足に全ての磁力魔力を収束させていく。
バチバチ、バチチチッ!
その光は、一度目よりも強く、激しく輝いていた。
「貫けぇぇぇぇッ!! 『マグネ・ドライブ』ッ!!!」
「なめるなぁッ! 計算上、防ぎきれるはずだッ!」
カゼルもまた、全魔力を解放した。
「風の精霊魔法、『エアロダブル・フルパワー』ッ!!」
背後の風の精霊が巨大化し、カゼルと共に四重の障壁を展開する。絶対に抜けない風の壁。
だが。
「いっけええええええええええッ!!」
ドォォォォォォォンッ!!
光の奔流が、風の壁に激突する。
拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
「バカな!? 風の強度は足りているはずだ! なぜ止まらない!?」
「これが……理屈を超える力だというのかァァァッ!?」
磁力で加速し続ける砲弾は、物理法則をねじ曲げ、風の精霊ごとカゼルを吹き飛ばした。
カゼルの身体が宙を舞い、ボールがゴールネットを揺らす。
2-0。
ピピーッ!!
その瞬間、試合終了の笛が鳴り響いた。
フェイルロード王国、10年ぶりの勝利。
スタジアムが揺れるような歓声に包まれる中、シエルは芝生の上に大の字になって転がった。
「やった……勝ったよ、ガッドさん!」
「ああ……ああ! 俺たちの勝ちだ!」
駆け寄ってきた『鉄腕』の男が、小さな英雄を力任せに抱きしめる。
「あはは、苦しいよガッドさん……」
シエルは笑った。だが――視界の隅が、チカチカと白く明滅しているのが見えた。
(あれ……? なんか、指先の震えが止まらないや。……それに、心臓の音が、いつもより少しだけ速い気がする)
身体の奥底から這い上がるような違和感。
シエルはそれを心地よい疲れだと解釈し、深く考えずにガッドの腕に身を預けた。
万年最下位からの反撃が、今ここから始まったのだ。




