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蹴球ファンタジア~ボールは、唯一の家族。万年最下位の国だって、僕の必殺シュート「マグネ・ドライブ」が救ってみせる  作者: cross-kei


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第14話【第一部エピローグ】:石の冷たさと、燃え上がる誓い ~新たなる戦端~

 分厚い石造りの壁の向こうから、地鳴りのような歓声が微かに届いていた。


 王都は今、狂騒の坩堝と化している。

 万年最下位の弱小国が、無敗の絶対王者たる勇者王国を打ち破ったのだ。


 広場では酒樽が割られ、見知らぬ者同士が肩を組み、夜空には色とりどりの魔法の花火が絶え間なく打ち上がっているはずだった。


 だが、王立治療院の最奥に位置する特別室だけは、まるで世界の時間が止まってしまったかのような、重く冷たい静寂に支配されていた。


 鼻を突くのは、独特な薬草の匂いと、消毒液の無機質な臭気。


 シエルは、部屋の中央に置かれたベッドの脇で、ただじっとうつむいていた。


 両手で包み込んでいるのは、ケープの右手だ。

 かつては温かく、完璧な虹色のパスを放っていた彼の手は、今はもう何の温度も持っていなかった。


 氷の冷たさではない。

 生命活動を完全に停止した、無機質な鉱物そのものの冷たさだ。


 純白のシーツの上に横たわるケープの身体は、足の先から髪の毛の一本に至るまで、完全に白い石へと変貌していた。

 穏やかに微笑むその横顔は、名工が彫り上げた美しい彫像のようにも見える。


 胸元にあった魔力測定のペンダントはすでに砕け散り、彼が『魔導心臓病マナ・ハート』の限界を越え、命の灯火である魔力を完全に使い果たしたことを残酷なまでに証明していた。


 シエルの瞳から零れ落ちた雫が、石化した手の甲にポツリと落ち、暗い染みを作る。


 窓際に寄りかかっているフォルズは、苛立たしげに爪を噛み、ギリッと音を立てていた。

 その視線は床に落ちたまま、どこにも焦点が合っていない。


 スプリングとライブは、部屋の隅の暗がりで壁に背を預け、腕を組んだまま石のように押し黙っていた。


 そしてベッドの足元には、黒く炭化した右腕を白い包帯で吊ったガッドが立っていた。

 大木のような彼の身体から放たれていた圧倒的な覇気は影を潜め、ただ奥歯を強く噛み締める微かな音だけが、彼の内にある行き場のない怒りと悲しみを代弁していた。


 不意に、重厚な木製の扉が軋み音を立てて開いた。


 コツン、コツンと、杖が石の床を叩く音が響く。


 入ってきたのは、深く皺の刻まれた顔に疲労を滲ませたアルベルト監督だった。

 そしてその後ろから、黒いマントを羽織った青年が続く。

 試合の終盤、仮面をつけて『アンフェイル』として共にフィールドに立った、フェイルロード国王・ビクトリアスだった。


 シエルは弾かれたように顔を上げ、ベッドから立ち上がった。


「監督……! 陛下……!」


 シエルの声は、喉の奥が張り付いたように掠れていた。

 すがるような目で、二人の顔を交互に見つめる。


「ケープ君を……助ける方法は、本当にないんですか……? 彼は、僕たちのために命を……僕に魔力を託してくれたから、こんな……っ」


 言葉の後半は、しゃくり上げるような嗚咽に飲み込まれた。


 アルベルトは悲痛な面持ちで目を伏せ、シワだらけの手で杖の持ち手を強く握りしめた。


 関節が白くなるほどに力が入っている。


「……すまん、シエル。魔力枯渇による完全な石化……それは、この世界の理において『死』と同義じゃ。砕け散ったペンダントが示す通り、彼自身の魔力は一滴残らず消え失せておる。……この王立治療院の設備はおろか、我が国に存在するいかなる魔法技術をもってしても、この状態から解呪を行う知識は……ない」


 アルベルトの言葉が、死刑宣告のように部屋の空気をさらに重く沈ませた。


 フォルズが壁をドンッと強く殴りつける。

 鈍い音が響き、パラパラと壁の漆喰が落ちたが、誰も彼を咎めようとはしなかった。


「……我が国には、ない。だが」


 低く、しかし通る声で言葉を継いだのは、ビクトリアス王だった。


 王はケープの石像の傍らまで歩み寄ると、その冷たい頬にそっと触れた。

 悲しみを湛えながらも、その瞳の奥には王としての強い光が宿っていた。


「世界を見渡せば、可能性がゼロというわけではない」


 その言葉に、部屋にいた全員の視線が王に突き刺さる。

 ガッドが、包帯に巻かれた腕を僅かに庇いながら一歩前に出た。


「……可能性、とは? どういうことですか、ビクター」


 ガッドの問いかけに、ビクトリアスはゆっくりと振り返り、イレブンたちを見据えた。


「北部リーグの覇者、『宗教国家バレス』だ」


 その国名を聞き、アルベルトが小さく息を呑む音がした。


「バレスは、神を信仰し、癒やしと奇跡の魔法を極めた国だ。彼らの王都の中心には、国宝として厳重に管理されている『神聖魔法図書館』が存在する。そこには、神代の時代から受け継がれる失われた魔法……古代の回復術式や、禁断の解呪文献が眠っているという伝承がある」


 シエルの瞳に、微かな光が灯る。

 石化を解くための知識が、そこにあるかもしれない。


「じゃあ……! その国に行って、お願いすれば……!」


 身を乗り出したシエルを、ビクトリアスは冷酷な現実で押し留めた。


「甘いな、シエル。他国の国宝を、ましてや神聖な禁書を、素性の知れない他国の人間に易々と見せるはずがない。金で買えるような代物でもない。……あちらの扉を無理矢理にでもこじ開けるには、正式な手続きを踏むしかないのだ」

「正式な手続き……?」

「国と国とが、互いのリソースを賭けて奪い合う代理戦争。……『交流戦バトルリーグ』を申し込むのだ」


 バトルリーグ。


 その単語が響いた瞬間、部屋の温度が急激に下がったように錯覚した。

 ノーマルリーグが国の順位と分配金を決めるものなら、バトルリーグは国の財産そのものを奪い合う、文字通りの『戦争』だ。


「今回の優勝に伴う副賞の権利も行使し、交流戦バトルリーグを成立させる」

「お待ちください、陛下ッ!!」


 悲鳴のような声とともに、部屋の奥の暗がりから歩み出てきたのは、王の付き添いとして同席していた恰幅の良い大臣だった。

 彼の顔面は蒼白に染まり、額には脂汗が浮かんでいる。


「正気でおっしゃっているのですか!? たしかに今大会の優勝国には、特権として『拒否権のない交流戦』を強制する権利が与えられます。……ですが! 相手が国宝の閲覧権を賭けるというのなら、第三者機関の審査で『同等の価値がある』と承認されるだけの絶対的な代償を提示しなければ、試合の申し込みすら受理されませんぞ!」


「分かっている。だからこそ、我が国に残された最後の国有財産……『鉄鉱山』の採掘権を全て賭ける」


 ビクトリアスの冷徹な宣言に、大臣は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、両手で頭を抱えた。


「て、鉄鉱山を……!? ああ、なんという狂気……! あれは、今の貧しい我が国が辛うじて他国と貿易を行うための、最後の生命線ですぞ! もしバトルリーグで負け、あそこを失えば、我が国の経済は数ヶ月で完全に崩壊する! 飢えで民が死に絶えます!」


 大臣は血走った目でシエルたちを睨みつけ、そして王へ向かって叫んだ。


「たった一人の、すでに石となった少年の命のために……国を、何万もの民を滅ぼすおつもりか!?」


 正論だった。

 あまりにも冷酷だが、国を預かる者としては当然の言い分だ。


 シエルは唇を噛み締め、俯くしかなかった。

 ケープを助けたい。

 だが、自分たちのわがままで国中の人々を犠牲にしていいはずがない。


「それに……忘れたとは言わせませんぞ、陛下! 今からたった2年前、あの『獣王国』との交流戦を!」


 大臣の口から飛び出したその言葉が、ガッドの肩を大きくビクッと震わせた。


「あの屈辱的な挑発に乗せられ……我々は命綱の湖を奪われた! 干渇びた民の惨状を前に、先代陛下がどれほどの血の涙を流して退位されたことか……! その悲劇を、ご自身の手で繰り返すおつもりですか!」


 大臣の絶叫が、病室の石壁に反響する。


 シエルはハッとしてガッドを見た。


 ガッドはうつむき、残された左手で自身の顔を覆っていた。

 その大きな背中が、小刻みに震えている。


   ◇ ◇ ◇


 ――2年前。


 ガッドの脳裏に、あの日の土の匂いが、肌を焼くような不快な熱気とともに鮮明に蘇っていた。


 太陽がジリジリと照りつける、敵地・獣王国のスタジアム。

 ゴールマウスの前に立つガッドの視界の先には、常軌を逸した巨大な影があった。


 敵のエース、リオン王子。

 黒髪の青年の姿はそこにはなく、獣化魔法によって筋肉が異常なまでに膨張し、体毛に覆われた異形の猛獣が、荒い息を吐きながらボールを見下ろしていた。


 当時のガッドはまだ19歳。

 チームの守護神として、自分の実力に絶対的な自信を持っていた。

 どんなシュートだろうが、己の身体強化だけで止めてみせるという自負があった。


『消し飛べぇぇッ! 人間の雑魚どもがぁッ!!』


 リオンの咆哮とともに、空気が震えた。


 振り抜かれた右足から放たれたボールは、ただの弾丸ではなかった。

 魔法エネルギーが架空の巨大な獣の姿を形成し、牙を剥き出しにしてガッドへと襲いかかってきたのだ。


 必殺シュート『ライガーショット』。


『止める……俺が、守るッ!!』


 ガッドは全魔力を両腕に集中させ、正面からその獣のあぎとを受け止めた。


 激突した瞬間、両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げたのを覚えている。


 重い。

 熱い。

 ボールに込められた理不尽なまでの暴力的な魔力が、ガッドの腕を伝って全身の魔力回路を焼き切ろうとしていた。


『うぉぉぉぉぉぉぉッ!!』


 靴底から煙を上げ、芝を深く抉りながら後ろへ押し込まれる。

 あと数センチでゴールラインを割るという極限の状態で、ガッドは己の魂を燃やし尽くし、強引に腕を振り払ってボールを弾き飛ばした。


 止めた。

 最強のシュートを、完全に防いだ。


 そう思った直後だった。

 ガッドの視界が急激に暗転し、心臓が不気味な空回りを始めたのは。


 手足の感覚が消え失せ、体温が急激に奪われていく。

 立っていることすらできず、ガッドは崩れ落ちるように膝をついた。


『なんだ……これは……』


 魔力枯渇。

 たった一発のシュートを防ぐために、ガッドは自身の体内にある全魔力を一瞬で根こそぎ奪われてしまったのだ。


『……ふん。一発は耐えたか。だが、もう空っぽのようだな。次だ』


 リオンの嘲笑う声が、遠くで聞こえた。


 そこからの試合は、ただの蹂躙だった。


 守護神という防波堤を失ったフェイルロードのイレブンは、圧倒的なフィジカルの前に為す術もなく吹き飛ばされ、ゴールネットは何度も無惨に揺らされた。


 自分がもっと強ければ。

 たった一発で魔力を尽かすような、燃費の悪い魔法使いでなければ。

 俺が長く立っていられさえすれば、あんな屈辱を味わうことも、水源を奪われて民を苦しませることもなかったのに。


 泥にまみれたピッチの上で、身動き一つとれずに敗北を見届けるしかなかったあの時の圧倒的な虚無感と絶望。


 それが、ガッドのプレースタイルを変えさせた。

 どんなシュートでも一撃で粉砕し、消費を抑えるための極端な魔法の形。

 生身の腕を触媒にして強化した結果が、現在の『鉄腕』だった。


   ◇ ◇ ◇


 病室の重い沈黙の中。


「……大臣の言う通りだ」


 ガッドの低く、押し殺したような声が部屋に響き、シエルの意識は現実へと引き戻された。


 うつむいていたガッドが、ゆっくりと顔を覆っていた左手をどけ、顔を上げる。

 その瞳には、かつての絶望の残滓は微塵もなく、ただ静かに燃え盛る荒々しい炎が宿っていた。


「2年前の敗北は、俺が弱かったからだ。俺の魔力が足りず、無様に膝をついたから、国に泥を塗った。……だがな、大臣」


 ガッドは一歩踏み出し、怯える大臣を見下ろした。


「今のフェイルロードは、2年前の泥舟じゃねえ。俺の鉄腕は、勇者王の神罰すら弾き返した。そして何より……俺たちには、最強の矛がある」


 ガッドの視線が、シエルへと向けられる。


 シエルは息を飲み、そして強く両手の拳を握りしめた。

 胸の奥で、恐怖よりも熱いものが込み上げてくる。


「僕が……僕たちが、絶対に勝ちます」


 シエルは大臣の目を真っ直ぐに見据え、一切の迷いのない声で言い放った。


「鉄鉱山は絶対に失わせません。バレスの誇る守りごと、僕の『マグネ・ドライブ』で全部ぶち破ってみせます! だから……お願いです。ケープ君を助けるための戦いに、行かせてください!」


 その言葉の真っ直ぐな熱量に、大臣は反論を忘れ、ただ口をパクパクと動かすことしかできなかった。


 フォルズが鼻で笑い、スプリングとライブが「いいぞ、10番」と小さく呟く。


 ビクトリアス王は、静かに頷いた。


「皆の覚悟は、しかと受け取った。大臣、私が前王と同じように、ただ退位して逃げると思っているのか。万が一敗北し鉄鉱山を失えば、私はフェイルロードを解体し、周辺国へ属国として下る。王としての誇りも歴史も全て泥に捨てて、民が食うための麦を乞うつもりだ。……その覚悟の上での勅命である」

「へ、陛下……」

「王として命じる。これより直ちに、北部リーグ代表『宗教国家バレス』に対し、神聖魔法図書館の閲覧権を賭けたバトルリーグの宣戦布告を行え!」


 王の絶対の勅命が、治療院の部屋に響き渡った。


 シエルは振り返り、再びベッドの上のケープを見つめた。


 待っていてね、ケープ君。君が僕に繋いでくれた命を、今度は僕たちが君に繋ぐ番だ。


 シエルは、冷たくなったケープの石の手を、両手でそっと握った。


 窓の外から、優勝を祝うファンファーレの音が風に乗って聞こえてきた。

 その瞬間。


 シエルの目には、ベッドの脇机に置かれた残骸となったはずのケープのペンダントの欠片が、月の光を反射し、一瞬だけ微かに……虹色の光を放ったように見えた。


 最強の盾と矛。

 そして絆で結ばれたイレブンたちの、次なる戦いの幕が上がろうとしていた。

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