最終話:vs 勇者王国(後編) ~落日の神罰、昇る太陽(サンシャイン)~
後半開始。フィールドに立ったアンフェイルは、センターサークルではなく、最終ラインのガッドのすぐそばに位置取った。
「おい、そこじゃ邪魔だぞ」
ガッドが低い声で警告する。
「安心しろ、ここから動かん。……私の役目は『指揮官』だ」
アンフェイルは腕組みをしたまま、微動だにしない。だが、試合が再開されると、その異質さがすぐに露見した。
『フォルズ、右だ。3秒後にパスが来る』
『ライブ、下がるな。そこで囮になれ』
『ストーン、今だ! ラインを上げろ!』
アンフェイルからの念話が、選手たちの脳内に直接響く。その指示は神がかり的なほど的確で、数秒先の未来を見ているかのようだった。
「なっ……!? パスコースが読まれている!?」
勇者王国の選手たちが動揺する。アンフェイルは、フィールド全体を俯瞰し、敵の視線、筋肉の動き、魔力の揺らぎから次の展開を完全に掌握していた。
敵ゴール前。勇者王ガイガが目を細めた。
「……敵の指揮系統が変わったか。あの仮面の男……只者ではないな」
『あの仮面の男を潰せ。陣形を崩すのだ』
ガイガの号令により、勇者王国の攻撃がアンフェイル周辺に集中する。だが、アンフェイルは最小限の動きでそれをいなし、味方を手足のように動かして鉄壁の守備網を構築し続けた。
一進一退の攻防。刻一刻と時間は過ぎ、スタジアムの時計が後半30分を指した。その瞬間、空気が凍りついた。
『――時間です。全員の魔力を、徴収します』
ガイガの冷徹な念話が響く。次の瞬間、フィールドに立つ勇者王国の選手たちが、糸の切れた人形のように一斉に膝をついた。彼らの体から黄金色の光が立ち昇り、遥か後方のゴールマウスに立つガイガへと吸い込まれていく。
「うぐぅ……!」
「ガイガ様……どうか、勝利を……」
聖女セイランが、倒れゆく選手たちに回復魔法をかけながら、悲痛な表情で祈る。命を削るほどの強制徴収。王による、臣下からの搾取。
全ての光をその身に浴びたガイガは、まるで神々しい発光体のように輝いていた。彼の足元に置かれたボールが、圧縮された魔力でバチバチと火花を散らす。
「さあ、ひれ伏すが良い。これが王の裁き……」
ガイガが右足を振り上げる。
「『ゴルディオン・バスター』だぁぁぁぁッ!!」
ズガァァァァァァァァァンッ!!!
爆音と共に放たれたのは、もはやシュートではない。極太の光の柱だ。一直線に、物理法則を無視してフェイルロードのゴールへ突き進む。途中にある空気すら焼き焦がす熱量。
「……来たな」
アンフェイルが呟く。
「おいおい、止めるのは俺だぞ。涼しい顔するな」
ガッドが前に出る。だが、その足は本能的な恐怖で震えていた。あれは止められない。触れれば蒸発する。
「ガッド」
アンフェイルがガッドの背中に手を当てた。
「俺の魔力を、お前に渡す。……王家秘伝『譲渡』だ」
「あ?」
ガッドが振り返る間もなく、背中から灼熱の奔流が流れ込んできた。それは、ただの魔力ではない。王としての威厳、国を思う情熱、そして友への信頼が込められた、膨大なエネルギー。
「お前……こんな真似したら、お前の魔力が空っぽになるぞ!?」
「構わん。あのシュートは止められない。方向だけを変えるんだ。……頼んだぞ、相棒」
「……へっ。人使いの荒い王様だぜ」
ガッドはニヤリと笑い、流れ込んできた魔力を右腕に集中させた。『鉄腕』が、幻影となって構築される。一本ではない。背中から紅蓮の炎を纏った、三本の巨大な鉄腕が出現した。
「くっ。体が裂けそうだ……だが、いけるぞッ!」
光の柱が目の前まで迫る。
「今こそ、特訓の成果を見せてやるッ! 『紅蓮鉄の3本腕』だぁぁぁッ!!」
ガッドが咆哮する。三本の鉄腕が、迫りくる光の柱に対し、目にも止まらぬ速さで連打を浴びせる。
ドガガガガガガッ!!
「曲がれぇぇッ! そっちじゃねぇぇぇッ!!」
正面から受け止めれば消し飛ぶ威力を、殴って、殴って、殴りまくることで速度を殺して、進行方向を少しずつ動かす。命がけの魂の連打。
衝撃波がスタジアムを揺らし、ガッドの足が地面を削る。肉が裂け、骨が軋む音が響く。止まらない。だが、減速し、わずかに軌道がブレた!
「シエルッ! いまだッ!!」
ガッドが血を吐きながら叫ぶ。
「マグネ・ドライブ・カウンターッ!!」
横合いからシエルが飛び込んだ。減速し、芯のブレた光の柱に対し、真横から磁力を纏ったシュートを叩き込む。
ドォンッ!!
光と光が激突し、ボールの軌道がわずかに、ほんの数センチだけ歪んだ。
カァァァァンッ!!
耳をつんざく金属音。ボールはゴールポストを直撃した。
次の瞬間。
パァァァンッ!!
ボールが、弾け飛んだ。あまりの威力と衝撃に耐えきれず、神聖なボールが粉々に砕け散ったのだ。
『な……なんとぉッ!!! ボールが破裂しましたぁぁッ!! 三神より賜った聖なるオリハルコン・ボールがぁぁぁッ!! 史上初です!』
アナウンサーの絶叫。審判が即座に予備のボールを投入しようとするが、その動きが止まる。ゴール前で、ガッドが倒れたまま動かないからだ。
「はぁ、はぁ……見たか……勇者……ぐっ」
ガッドが白目を剥き、その右腕は黒く変色し、完全に炭化していた。魔力譲渡による限界突破の代償。
「ガッドさん!」
シエルが駆け寄るが、ガッドはピクリとも動かない。気絶している。
「担架だ! 早く!」
アンフェイルが叫ぶ。ガッドが運び出される。だが、問題が発生した。交代枠だ。控えGKのフォレストは既にウォーミングアップを終えているが、フィールドには絶望的な空気が漂っていた。
ボール交換と選手交代のための、わずかな空白。
勇者王ガイガは、砕け散ったボールの破片を見つめ、ギリリと歯ぎしりをした。
「……くっ。こいつら、私の神罰を凌ぐとは……」
彼のプライドはズタズタに引き裂かれていた。
『聞こえますか? セイラン。……もう一度、撃ちます』
『無理です! 既に選手たちの魔力は枯渇しています。これ以上徴収すれば、彼らは死んでしまいます!』
『構いません。私が一人いればよいのです。……勝つのは私だ』
ガイガの瞳から、理性という光が消えようとしていた。
一方、フェイルロードのベンチ前。アルベルト監督が苦渋の表情で戦況を見つめていた。
「……無念じゃ。このチャンスを生かしきれん。フォルズも限界じゃ。……ゴールを奪う手立てがない」
残り時間、あと5分。スコアは0-0。このままPK戦になれば、10割止めるガイガ相手に勝ち目はない。
その時、ベンチの奥から、影が揺れた。
「……監督。選手交代をお願いします」
アルベルトが振り返る。そこに立っていたのは、ユニフォームに身を包んだ、蒼白な顔の少年――ケープだった。
「お……お前は? ケープ!」
アルベルトが目を見開く。
「フォルズさんと交代で僕が出ます。残り3分……僕にください」
「馬鹿者ッ!」
アルベルトの怒声が飛んだ。
「ならん! 絶対に許さん! お前の体はもう限界じゃ。フィールドに立った瞬間に死ぬぞ!」
「……それでも」
「わしにまた人殺しをさせる気か! エマン・エールだけで十分じゃ! 引け!」
アルベルトは震える手でケープを押し留めようとする。だが、ケープはその手を優しく、しかし強く握り返した。
「監督。……僕はずっと、病院のベッドで死ぬのを待つだけの人生でした」
ケープの瞳は、澄み切った湖のように静かで、そして強かった。
「でも、シエル君たちに出会って、生きたいと思えた。……燃え尽きたいと思えたんです。ここで引いたら、僕は死ぬまで後悔します」
「ケープ……」
「行かせてやってくれ、アルベルト」
フィールドから、アンフェイルの声が届いた。
「王として許可する。……彼の命の使い道は、彼自身が決めるべきだ」
「ビクトリアス様まで……っ」
アルベルトは空を仰ぎ、目尻の涙を乱暴に拭った。
「……勝手にせい! ……行ってこい、馬鹿者共が!」
審判が選手交代を告げる。後半42分。残り時間、3分。FWフォルズに代わり、MFケープ。
ピッチサイドで、荒い息を吐きながら戻ってきたフォルズが、すれ違いざまにケープの肩を掴んだ。
「……ケープ」
「フォルズさん」
「俺は犯罪者だからキラキラしたものは嫌いだけど、お前の事は大好きだったぜ。……死ぬなよ」
「……はい。行ってきます」
ケープがピッチに入った瞬間、彼の声が全員の脳内に響き渡った。
『……みんな、遅れてごめん。僕は、皆の仲間として、最後の3分を捧げる』
その声は優しく、そして温かかった。
『シエル君。君のお父さんの「未完成の夢」を一緒に完成させよう』
『……っ! でも、君の体が……』
『僕が「プリズム」になる。みんなの魔力を集めて、僕を通して、シエル君に届ける。……それなら、君の体への負担も軽くなるはずだ』
『自分の心配をしてよ!』
『大丈夫。……君が父さんの夢を背負っているように、僕も僕の夢を叶えたいんだ』
シエルは涙を拭い、顔を上げた。覚悟を決めるしかなかった。友が命を懸けて戦場に来てくれたこのチャンスを、無駄にはできない。
『……分かった。ありがとう、ケープ君』
試合再開。
フェイルロード王国の全選手が、最後の力を振り絞って走り出した。魔力が空に近いアンフェイルがコースを指示し、フォレストが前へ大きく蹴り出す。ライブが、スプリングが、倒れ込むようにしてボールを繋ぐ。
ボールが渡るたびに、淡い光が強くなっていく。それぞれの想い、それぞれの魔力をボールに重ねていく。一方、勇者王国の選手たちは、魔力を奪われすぎて動けない。棒立ちの彼らの間を、光のボールが抜けていく。
そして、パスはケープの元へ。
ケープはボールを足元に収めると、ふっと微笑んだ。胸のペンダントが、赤く激しく点滅し、そして――パリン、と砕け散った。
(みんなありがとう。このボールに……僕の『夢』を込めてシエル君へ届けるね)
ケープの身体から、虹色の光が溢れ出した。全属性魔法。命の灯火。集まった仲間の魔力が、ケープというレンズを通して純粋なエネルギーへと変換される。
「いけぇッ!!」
放たれたパスは、美しい虹の架け橋となって、ゴール前へ走るシエルの元へ届いた。優しく、柔らかく、けれど太陽のように熱い、最高のラストパス。
「……このボールは……このボールだけは、絶対に……絶対に決めるッ!!」
シエルがボールを受ける。父のノートにあった究極のシュート。その完成形。
「太陽のように、天に昇れぇぇぇッ!! マグネ・ドライブ・サンシャインッ!!」
シエルが蹴り上げたボールは、仲間全員の魔力とケープの命を纏い、黄金の太陽となって真上へと昇っていった。遥か上空でピタリと停止する。
「どこに向かって蹴っているんだ。馬鹿が……!」
ガイガが見上げた、その瞬間。
「なっ……なんだ、あの輝きは……」
スタジアムに影が落ちるほどの、圧倒的な光に、ガイガは思わず手で顔を覆った。
「くっ……まずい。強制徴収だ!」
ガイガが慌てて魔力を集めようとするが、味方の魔力は既に空だ。
ヒュオォォォォォッ!!
直角に軌道を変えたボールが、流星となってゴールへ落下を開始した。垂直落下シュート。
「ボールの方向が曲がるだと!? ちぃぃぃッ!」
ガイガが真上に向かって両手を突き出す。
「聖盾:ホーリー・シールド!!」
光の盾が出現する。だが、落下してくる「太陽」の質量は、ガイガの個人の魔力を遥かに凌駕していた。そこには、11人の想いが詰まっている。
ズズズズズズッ!!
「ぐ、お、重い……!? お……押される。なんだぁぁこの重さはぁぁぁッ!?」
激しい回転が盾を削り、重力がガイガを押し潰す。止められない。膝が折れる。
ガイガの足がゴールラインを割る。
ドガァァァァァァァンッ!!
ガイガはボールごと、ゴールネットの中へと押し込まれた。最強の盾が、絆の矛に貫かれた瞬間だった。
ゴール。
1-0。
ピピーッ!! ピピピピッ――――ッ!!
試合終了の笛が、高く、長く鳴り響いた。
『ついに……ついにぃぃッ!! フェイルロード王国が優勝です! 万年最下位からの奇跡の逆転劇だぁぁぁッ!!』
スタジアムが爆発する。紙吹雪が舞い、歓声が地響きとなって世界を揺らす。だが、シエルは歓喜の輪に加わらなかった。彼は振り返り、ピッチの中央へ走った。
そこには、一人の少年が立ったまま、空を見上げていた。
(……勝った。満足だ。悔いは……ない)
ケープの視界から、青空の色が消えていく。騒がしい世界が、急速に遠のいていく。指先の感覚がなくなり、冷たく、硬くなっていくのが分かる。
駆け寄ってくるシエルの顔が見えた。泣いている。笑ってほしいのに。でも、最後に見る景色が、君の笑顔じゃなくてごめんね。
ケープの身体が、足先から徐々に白く石化していく。魔力枯渇の最果て。命が尽き、ただの物質へと還る現象。
「ケープ君! ケープ君!!」
シエルがその身体に触れた時には、もうケープは真っ白な彫像となっていた。その顔には、安らかな、とても美しい微笑みが刻まれていた。
「……勝った……が、あまりに大きな代償だ」
アンフェイルが仮面を外し、素顔のビクター王として、静かに仲間の死を悼んだ。
歓喜と慟哭が入り混じるスタジアムの中心で、新しい伝説が幕を下ろす。フェイルロード王国、優勝。その栄光のトロフィーの輝きよりも、ピッチに残された白い石像の輝きを、誰も忘れないだろう。
第一部、ノーマルリーグ編 完




