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蹴球ファンタジア~ボールは、唯一の家族。万年最下位の国だって、僕の必殺シュート「マグネ・ドライブ」が救ってみせる  作者: cross-kei


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第11話:決戦前夜 ~消えゆく命の灯火と、継承される太陽~

 勝利の熱狂は、分厚い壁の向こうまで響いていた。


 街中がフェイルロード王国の快挙に沸き立っている。酒場では見知らぬ者同士が杯を交わし、広場では子供たちが英雄の名を叫んでボールを蹴っていた。


 だが、その喧騒から隔絶された王立治療院の一室だけは、痛いほどの静寂に支配されていた。聞こえるのは、魔導医療機器が刻む、無機質なリズム音だけだ。


 集中治療室のベッドに、勝利の立役者であるケープが横たわっている。その顔色はシーツと同化するほど白く、胸元にある魔力測定の魔導具ペンダントは、もはや点滅すらしていなかった。


 光を失ったその石は、持ち主の魔力が生命維持に必要なラインすら割り込みかけている事実を、無情に突きつけていた。


 病室の外、廊下のベンチには、泥と汗にまみれたままのイレブンが沈み込んでいた。重い沈黙を破ったのは、杖をつく音だった。病室から出てきたアルベルト監督が、沈痛な面持ちで彼らを見下ろす。


「……お前たちに、隠していたことがある」


 その掠れた声に、ガッドが顔を上げた。


「隠していたこと……?」


「ケープの病のことじゃ。……あやつは『魔導心臓病マナ・ハート』に侵されておる」


「魔導……心臓病……?」


 シエルが乾いた唇で反芻する。その単語が持つ意味を理解できずとも、背筋を氷の手で撫でられたような悪寒が走った。


「生まれつき、心臓が魔力の循環に耐えられぬ難病じゃ。魔法を使ってフィールドを走るなど、本来なら自殺行為に等しい」


 アルベルトは杖を握る拳を震わせた。


「胸のペンダントは、あやつの心臓が耐えられる魔力の限界値を測るためのものじゃ。赤く点滅すれば危険信号、そして光が消えれば……それは心臓の限界を伝えておるのじゃ」


「そ、そんな……」


 フォレストが青ざめ、口元を押さえる。


「あやつの限界は1試合につき10分。それが、命を削らずに戦える絶対的な境界線リミットのはずじゃった。しかし、連戦の影響なのか、その10分が短くなっていたようじゃ。今日の試合で、限界を超えたのじゃ」


 アルベルトは言葉を切り、閉ざされた扉を振り返った。勝利と引き換えに、少年が支払おうとした代償。それはあまりにも大きすぎた。


「……馬鹿野郎が」


 ガッドが壁を拳で殴りつけた。ドン、と鈍い音が響く。


「なんで言わなかった。知ってりゃ俺が……もっと俺が止めていれば……!」


「口止めは、あやつの意志じゃ。『心配されたくない』とな」


 アルベルトは深く、重いため息をついた。


「自分の命が長くないことを悟っておったからこそ、最期の時間をこの国のために、お前たちとの『蹴球ファンタジア』に捧げると決めたんじゃ」


 廊下の空気は鉛のように重い。


 シエルは膝の上で拳を握りしめた。爪が皮膚に食い込む痛みなど感じなかった。脳裏に浮かぶのは、ケープの涼しげな笑顔だ。


 ――僕がもっと強ければ。


 ――僕が一人で点を取れていれば。


 ――ケープ君に、命を削らせずに済んだのに。


 自責の念が、黒い泥となってシエルの心を塗り潰していく。


 その時、病室の扉が開いた。出てきた医師が、アルベルトに向かって小さく首を横に振る。


「……意識は戻りましたが、予断を許しません。面会は短時間で」


 アルベルトだけが中に入り、残されたメンバーは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


***


 病室の中は、薬草と死の気配が混じり合っていた。ケープが薄く目を開ける。その瞳の焦点が合うまでに、数秒かかった。


「……監督。すみません……ご迷惑を、おかけしました」


 病み上がりのその声は、踏めば砕ける枯れ葉のように脆い。


「迷惑などかかっておらん。……じゃが、これ以上は隠せぬ。皆には話したぞ」


 木製の椅子に腰掛け、アルベルトが告げる。ケープは「そうですか」と、力なく笑った。


「院長……僕は、あとどれくらい戦えますか? 次の試合、どうしても……」


「馬鹿を言うな!」


 アルベルトの喝が、静かな部屋に響いた。だが、その声はすぐに震えを帯びた。


「この王立治療院の設備でも、現状維持が精一杯なのじゃ。これ以上魔法を使えば、心臓が完全に止まるぞ」


「……次の試合で燃え尽きるとしても、僕は本望です」


 ケープの瞳には、死への恐怖よりも、何かを成し遂げたいという渇望の火が揺らめいていた。その純粋すぎる光が、アルベルトの古傷を抉る。


「……若者が、老人より先に逝くなど……これほど愚かなことはない」


「でも……」


 ケープは天井を見上げ、夢を見るように語った。


「大好きな仲間と、この国のみんなのために戦って……それでもし、勇者国に勝てたら。きっと僕の人生は、そのためにあったんだって思えるんです」


「……昔、同じ目をした男がおった」


 アルベルトは独り言のように呟いた。その脳裏に、二十年前の記憶が蘇る。


「わしは勝利に固執するあまり、その男の限界を超えさせた。その結果、あやつは魔力暴走を起こし……帰らぬ人となった」


「え……?」


 ケープが驚いて顔を向ける。アルベルトは彼の手を、自身の皺だらけの手で包み込んだ。


「それが、シエルの父、エマン・エールじゃ。……あやつの父親を殺したのは、わしの采配なのだ」


 ケープが息を飲む気配がした。


「その十字架を背負っているからこそ、……シエルもわしも、君には生きてほしいと願うのじゃ。もう二度と、あんな悲しみを生み出してはいけない……お前の死はな。皆の未来に一生消えない呪いをかけることになるのじゃ」


 アルベルトの声は、懺悔のように響いた。


「もう、試合に君を使うつもりはない。ここまでの活躍で十分じゃ。……全てを一人で背負ってはいかん」


 そう言い残し、アルベルトは逃げるように立ち上がった。


「……考えさせてください」


 背後から聞こえたケープの声は、自身の信念と、親友への想いの間で揺れているようだった。


***


 その夜、王都の空には冷たい月が張り付いていた。孤児院の裏手。崩れかけたレンガ壁の前に、シエルは一人立っていた。


 そこは彼がサッカーを始めた自分の原点だ。物心ついた頃にはすでに父はおらず、母も幼き頃に亡くし、この壁こそが彼の特訓相手だった。


 手には、一冊の古びたノートが握りしめられている。父の遺品である『魔導サッカー理論』。母から託された会ったことのない父が遺してくれた、唯一の道標。


 (もっと僕が上手ければ、ケープ君に負担をかけることもなかったんだ……)


 悔しさが涙となって滲む。シエルは唇を噛み締め、ボールを壁に向かって蹴り込んだ。


 ドォン!


 跳ね返ってきたボールをトラップし、また蹴る。


 ドォン!


 壁のシミが増えていく。息が切れる。だが、足は止められない。


 僕がもっと強ければ。一人で点を取れる、絶対的な力があれば。


「……父さん、僕はどうしたら……」


 シエルはすがるような思いでノートを開いた。そこには、父が考案し、未完成のまま終わった理論が記されていた。かつてアルベルトですら実現不可能とし、父の命を削ったかもしれない魔力制御の極致。


 『――究極のシュート:マグネ・ドライブ・サンシャイン』


 そこには、信じられない軌道の図解があった。


 上空へ高く打ち上げられたボールが、頂点で太陽のように激しくスパークする。そして次の瞬間、地面の磁力に引かれるようにして、太陽が沈むがごとく、直角にゴールへ落下する。


「上空で魔力を爆発させて……直角に落とす……?」


 あまりにデタラメな威力と軌道。


 これを実現するには、今のシエルの数倍、いや数十倍の魔力が必要になる。今の僕が打てば、間違いなく身体が持たない。


 だが、ページをめくっていたシエルの手が止まった。ノートの隅にある、走り書きのようなメモに目が吸い寄せられる。


 それは元々そこにあったもので、これまでは単なる精神論だと捉えていた言葉だった。


 『――迷える君へ。磁力魔法の神髄は、皆の思いを引き寄せ集めること。1つのボールに皆の思いが集まれば、太陽は輝くだろう』


 ずっと、心の持ちようの話だと思っていた。「仲間を大切にしろ」という、父さんの優しさだと。


 でも、今のシエルには、その言葉がまるで別の意味を持って響いてくる。


「……まさか」


 シエルは息を飲んだ。背筋がゾクリと震える。だがそれは恐怖ではなく、未知への興奮だった。


「『思い』って、気持ちのことだけじゃない……『魔力』そのもののことなんじゃ?」


 磁力魔法をかけたボールをパスで回し、仲間の魔力を砂鉄の様にくっつけて集積させる。そうやって一つのボールにみんなの魔力を集めることができれば、それほど大きな魔力を使わずに、この“人工太陽”を再現できるかもしれない。


「……これなら。これなら、僕の魔力でもあの太陽サンシャインに手が届くかもしれない」


 シエルは涙を拭い、顔を上げた。その瞳にはもう、迷いはない。足元に転がってきたボールを、愛おしそうに拾い上げる。


「ありがとう、父さん。……やっぱり父さんの理論は最強だ!」


 月明かりの下、シエルはノートを胸に抱いた。


 ケープが命を懸けて繋いでくれた希望を、絶対に無駄にはしない。僕たちが最強の証明をするんだ。闇の中に、確かな一筋の光が見えた。


***


 一方、王都の地下練習場でも、激情の火花が散っていた。


「遅ぇぞ、お前ら! 殺気が足りねえんだよッ!!」


 怒号を上げているのはガッドだ。


 彼は両目を黒い布で完全に覆い、視界を塞いだ状態でゴール前に仁王立ちしていた。前回の試合で、全魔力を使った紅蓮の鉄腕グレン・アイアンハンド)が砕かれた。1つじゃ駄目だ。もっと固く、もっと手数が必要になる。


「目隠ししたキーパー相手に点も取れねえで、何が「アイアン・エンド」トリオだ! 遠慮なく殺す気で、三人同時にこい!!」


 対峙するのは、スプリング、ライブ、フォルズの「アイアン・エンド」トリオ。同時に放たれる三人のシュートを、ガッドは音と魔力の気配だけで弾き返していく。


「まだだ……まだ『1つ』に囚われてやがる……!」


 ガッドが血の滲む唇で呟く。


 俺の鉄腕は肉体じゃない、魔力の塊だ。なら形だって、数だって変えられるはずだ……!


 目で追うな。1つのボールに意識を縛られるな。今の俺に必要なのは、3つの絶望を同時に叩き潰す力だ。


「身体の感覚を散らせ……! 気配を『点』じゃなく『面』で捉えるッ!」


 彼らの目には、うっすらと涙の跡があった。ケープの離脱という絶望を、怒りと闘志に変えて燃やしているのだ。


「あいつが命がけで繋いだバトンだ。ここで落とすわけにはいかねえ!」


 汗と魔力が飛び散る深夜の特訓。


 それぞれの場所で、それぞれの想いを乗せ、彼らは次の戦いへと牙を研いでいた。

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