第01話:貫け、マグネ・ドライブ! ~最強の盾(ガッド)が砕ける日~
「――試合終了ッ!!」
無情な笛の音が、フェイルロード王国のスタジアムに木霊した。魔法障壁で作られた巨大なスコアボードには、残酷な現実が映し出されている。
【フェイルロード王国 0 - 3 エルフの森連合国】
「ああ……またか。また負けた……今年も税金アップだ」
「これでノーマルリーグ10年連続最下位だぞ……」
「期待した俺たちが馬鹿だったよ。こんな貧乏国でも引っ越せないのが口惜しいぜ」
観客席からは鉛のように重い溜め息と、諦めを含んだ罵声が降り注ぐ。
――『蹴球ファンタジア』。
かつて世界を焦土と化した大戦争を終わらせるため、神々が定めた絶対なる代理戦争。この球技による勝敗は「神の裁定」と同義であり、敗者には資源の剥奪や増税といった「死」が与えられる。
フィールドでは、フェイルロードの選手たちが芝生に突っ伏していた。そのベンチ前で、ただ一人、激情を露わにする男がいた。
「クソッ、クソォォォッ!!」
ガッド・ニューウッド。弱冠20歳にして『アイアンゴーレム』の異名を持つ、この国唯一のスター選手だ。彼はキーパーキャップを地面に叩きつけ、血が出るほど拳を握りしめていた。
フェイルロード王国の敗北の方程式。『前半は鉄壁、後半は崩壊』。
最強の盾を持つガッドだが、燃費が悪すぎて後半までもたない。彼が下がった瞬間、国は負ける。誰もがうつむく、お通夜のようなスタジアム。
けれど――その観客席の片隅で、ただ一人だけ、目をキラキラと輝かせている少年がいた。
「すごい……やっぱりガッドさんはすごいよ!」
少年の名はシエル。
彼は周囲の大人たちが吐く絶望など聞こえていないかのように、熱っぽい視線でガッドを見つめていた。
「周りは『後半バテるからダメだ』なんて言うけど、違うよ。ガッドさんにシュートを浴びせすぎなんだ。あんなに守らせたら、誰だって魔力が尽きるに決まってる」
「……坊主、何をブツブツ言ってるんだ?」
隣にいた男が怪訝そうに眉を寄せる。
「単純な計算だよ」
シエルは隣の大人にニカっと笑いかけ、フィールドを指差した。
「ガッドさんがバテる前に、僕が点を取ればいい。僕がずっとボールを持っていれば、ガッドさんも休めるし。そうすれば――僕たちは絶対に負けない!」
「はぁ? お前、何様のつもりだ」
「僕はシエル。来年、16歳になったら……必ずあそこへ行くから、見ててね」
少年は、燃えるような瞳で誓った。万年最下位の弱小国。その運命をひっくり返す物語は、この小さな誓いから始まったのだ。
***
それから、1年の時が流れた。
運命の朝は、驚くほど静かだった。木漏れ日が差し込む森のボロボロの孤児院。16歳になったシエルは、何度も修繕を重ねた古びた靴の紐をきつく結んだ。
足元には、皮が剥げて中身が見えかけたボール。
「行くのか、シエル」
背後からかけられた声に、シエルは振り返る。そこにいたのは、杖をついた一人の老人――師匠であり、この孤児院の院長でもあるアルベルトだ。
「うん! 行ってくるよ、師匠」
「……ふん。師匠じゃない、院長と呼べと何度言ったらわかるんじゃ」
アルベルトは杖を突き、シエルの正面に立つ。その皺だらけの手が、シエルの肩に置かれた。
「シエル。わしから教える事は、もうなにもない。……気負うなよ。お前にとって、そこはただの遊び場じゃ」
「――っ! うんっ! 僕がこの貧しい国を、きっと救ってみせるよ!」
シエルは満面の笑みで頷くと、勢いよく扉を開け放った。
***
フェイルロード王国、国立競技場の横にある練習場。
年に一度の『蹴球ファンタジア選手選考会』には、国中から腕に覚えのある猛者たちが集まっていた。だが、会場を支配しているのは重苦しい空気だった。
「だあぁッ!! くそぉっ、止められた!?」
フィールドでは、大男が放った火魔法の『剛炎シュート』が、いとも簡単に止められていた。ゴールの前に立ちはだかるのは、正規軍の絶対的守護神、ガッドだ。
「……遅い。あくびが出る」
ガッドは、鋼鉄のように硬質化した右腕――『鉄腕』を無造作に振り払い、燻るボールを足元に転がした。
「……次」
淡々とした声。参加者たちの顔色が青ざめる。王国最強の盾、『アイアンゴーレム』。16歳でデビューして以来、彼がフィールドにいる間は無失点が続いている生きる伝説。その彼からゴールを奪わなければ、代表への道は開かれない。
「今年も合格者は、DFだけか……」
「……ありゃ無理だ。ストライカーの試験の難易度だけが絶対におかしい」
諦めの空気が漂い始めた、その時だった。
「エントリーNo.10、シエル・エールです!」
元気な声と共に、小柄な少年がフィールドに飛び出した。見物客や、試験に落ちた屈強な男たちがざわめく。
「なんだあのチビ?」
「16歳になりたてか? あんな華奢な体じゃ、タックル一発で病院送りだぞ」
嘲笑交じりの声など聞こえていないかのように、シエルはボールをセットする。対峙するのは、屈強なDFが二名。そして、その奥に構えるガッド。
「始め!」
試験官の合図と同時、二人のDFが全身に魔力を漲らせた。
「「『身体強化』ッ!!」」
筋肉が異常に膨張し、岩のような肉体となった二人が、左右から同時にシエルへ突進する。回避不能の挟み撃ち。まともに食らえば骨も残らない『剛力プレス』だ。
だが――シエルは笑っていた。不敵な笑みではない。待ちわびた瞬間を楽しむ、無邪気な少年の笑顔だ。
「ずっと、待ってた。……僕は最高にこの『真剣勝負』が嬉しいんだっ!」
バチッ、バチチッ! 瞬間、シエルの足元で紫電が弾けた。
磁力魔法――『磁力充填』。
シエルの魔力が磁力へと変換され、ボールを支配下に置く。
「なっ!?」
DFたちが足を出す。しかし、ボールは磁石の同極が反発し合うように、彼らの足を避けてシエルの懐へと戻る。
「ボールは、僕のたった一人の『家族』なんだ。誰にも奪わせないよっ!」
磁力魔法――『マグネ・ドリブル』。
触れることすら許されない絶対的なキープ力で、シエルは一瞬にして二人の間をすり抜ける。
ドォン!!
激突するはずだった二人の巨体が、見えない力場に弾かれ、物理法則を無視して左右へ吹き飛んだ。
「ちっ……お前ら後でトレーニング追加だ。どけ、視界が遮られる」
一瞬にして崩れ落ちた守備陣を一瞥し、ゴール前のガッドが冷たく言い放つ。
だが、シエルは止まらない。ペナルティエリア手前、彼の身体から溢れ出す魔力が臨界点に達する。
「なんだ……?」
ガッドの目が初めて興味深げに細められた。
「いくぞ……最大充填ッ!!」
シエルはボールを空高く蹴り上げた。パスではない。自らへのトスだ。高々と舞い上がったボールに向け、シエル自身もまた、重力を振り切るように跳躍する。
空が、空を舞う。背後の太陽が重なり、逆光の中でシエルのシルエットが黒く浮かび上がった。
――ああ、やっぱり、蹴球ファンタジアは最高だ。
右足に全ての磁力魔力を収束させていく。
バチバチ、バチチチッ!
空気が焦げる音と共に、青白い雷光がシエルの足を包み込む。
「……なんだ、あの異常な魔力量は……!?」
ゴールライン上で構えるガッドの表情が、驚愕に歪む。長年の勘が警鐘を鳴らしていた。あの魔力は、ただのシュートではない。(両手で止めるべきか? ……いや)
ガッドは一瞬だけ左手を動かしかけたが、すぐに思い直して踏み止まる。相手は今日初めて会ったばかりの、無名の少年だ。国の守護神である自分が、子供相手に本気(両手)を出すなど、プライドが許さない。
「片手で十分だ。その鼻っ柱、俺の鋼鉄でへし折ってやる!」
ガッドは右腕に魔力を集中させる。腕が瞬時に金属光沢を帯び、重厚な鋼鉄へと変質した。硬質化魔法――『鉄腕』。いかなるシュートも弾き返す、絶対防御の構えだ。
直後、上空からシエルの叫びが降ってきた。それは攻撃の叫びではない。純粋な、歓喜の咆哮だ。
「貫けぇぇぇぇッ!! 『マグネ・ドライブ』ッ!!」
――そして、世界から音が消えた。
オーバーヘッドキックが炸裂する。インパクトの瞬間、ボールは二本の見えざるレールに導かれる砲弾と化した。
ドォォォォォォォンッ!!
放たれたのはシュートではない。青白い光の奔流だ。一直線に伸びた光の槍が、ガッドの差し出した右手の『鉄腕』に激突する。
ガギィィィィィンッ!!
「ぬぐぉッ!?」
捕球した瞬間、ガッドの表情が凍りついた。重い。あまりにも重すぎる。ただのボールではない。まるで、巨大なドリルが掌の中で暴れ回っているようだ。
「くっ、回転が……殺しきれん、だと……!? 片手では、抑えきれん……ッ!?」
ガッドのブーツが地面を深く削り、土煙を上げながら身体がズルズルとゴールラインへ押し込まれていく。『鉄腕』の鋼鉄は無傷だ。だが、シエルの推進力が、ガッドの巨体ごと物理法則をねじ伏せようとしていた。
「いっけえええええええッ!!」
「ぐ、ぅおおおおおッ!!」
ズザザザザザッ!!
ガッドはボールを離さなかった。だが――止まれなかった。彼の足がゴールラインを深々と割り、ネットを巻き込みながらようやく停止する。
静寂。
誰もが言葉を失った。試験官も、見物人達も、ネットの中でボールを抱えたまま立ち尽くすガッドでさえも。
土煙の中、シエルがスタッと着地する。彼は埃を払うと、呆然と座り込む国の英雄に向かって、腰に手を当てて言った。
「ガッドさん、この間の試合と全然違うじゃないですかっ! 僕は真剣なんですから、せめて両手で受けてくださいよ~」
無邪気すぎるその言葉に、会場の時が止まる。やがて、誰かがゴクリと唾を飲み込み――練習場は、爆発するような歓声に包まれた。
万年最下位の国に、今、新たな『希望』が誕生した瞬間だった。




