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パンをかじって曲がり角  作者: 双鶴


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6/7

シナモンロール

文化祭の朝。

パン焼き同好会の屋台には、焼きたての香りが立ち込めていた。

こむぎは、最後の仕上げにシナモンロールを並べていた。

甘くて、くるくる巻かれていて、ちょっと複雑。

まるで、こむぎの妄想みたいだ。


「シナモンの香りって、記憶に残るんだって」

こむぎが言うと、しおりが頷いた。

「じゃあ、誰かの心に残るといいね」

「うん。恋じゃなくても、パンの記憶になれば」


シナモンロールの焼き方には、香りと形のバランスが大事。

生地は薄く伸ばし、シナモンシュガーを均一に散らす。

「偏ると、記憶も偏る。まんべんなく、心に残したい」

くるくると巻いて、端をしっかり閉じる。

「巻き方は、想いの強さ。ほどけないように」

焼成は180℃で15分。焼きすぎると香りが飛ぶ。

「香りは、余韻。強すぎず、でも忘れられないくらいに」


妄想は、今日も止まらない。

屋台に現れる男子。

「このシナモンロール、君が焼いたの?」

「はい。恋する味です」

「じゃあ、僕の心に焼きつけてみて」

こむぎは赤くなり、パン袋を差し出す。


現実。

昼過ぎ、屋台は予想外の人気。

「恋するメロンパン」も「自分らしさパン」も売れていく。

そして、最後のシナモンロールを手に取ったのは、見知らぬ男子だった。

「これ、すごくいい香りですね」

こむぎは、少しだけ照れながら答える。

「…恋の香り、かもしれません」

男子は笑った。

「じゃあ、大事に食べます」


それだけだった。

ぶつかってもいない。

名前も知らない。

でも、こむぎの心には、小さな奇跡が焼きついた。


文化祭の終わり。

部室で、こむぎとしおりは残ったパンを分け合う。

「ねえ、こむぎ。今日、ちょっと恋っぽかったね」

「うん。でも、パンが恋人だから」

「それでも、誰かに届いたんだよね。こむぎの気持ち」

「うん。パンって、そういうものかも」


こむぎは、ふと呟く。

「パンって、花言葉みたいなものだよね」

「え?」

「食パンは“誠実”、バゲットは“孤高”、メロンパンは“予感”、全粒粉パンは“芯のある静けさ”、そしてシナモンロールは…“記憶”」

しおりは笑う。

「それ、パン言葉って呼ぼうよ」


夕暮れの部室。

シナモンの香りが、静かに漂っていた。

恋は来ない。でも、パンは焼ける。

それが、こむぎの青春だった。

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