表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンをかじって曲がり角  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

全粒粉パン

文化祭まであと一週間。

パン焼き同好会の部室は、試作と反省と笑いで満ちていた。

でも今日は、少し静かだった。


こむぎは、全粒粉パンを焼いていた。

白くない。ふわふわでもない。

でも、噛むほどに味が出る。

「地味だけど、深い味。私みたい」

そうつぶやいて、こむぎは生地をこねる。


全粒粉パンは、扱いが難しい。

小麦の表皮や胚芽が含まれているため、吸水率が高く、グルテンが弱くなりやすい。

「水は少し控えめに。発酵は長めに。焦らず、でも見失わず」

こむぎは、一次発酵をじっくりと見守る。

焼成は190℃で30分。

「焼き色は、静かな自信。派手じゃなくていい。芯があれば」


しおりは、窓辺でスマホを見ていた。

「ねえ、こむぎ。クラスの男子、誰か気になる人いないの?」

「うーん…全粒粉みたいな人がいたら、ちょっと惹かれるかも」

「それ、どういう意味?」

「見た目は地味だけど、話してみたら味わい深い人」


しおりは笑う。

「こむぎの恋愛フィルター、完全にパン基準だね」

「うん。パンは裏切らないから」


妄想は、静かに始まる。

未来のこむぎ。パン職人としてテレビ出演。

「恋よりパンです」と言い切る彼女に、司会者が驚く。

「でも、パンって…誰かのために焼くものじゃないですか?」

こむぎは少しだけ微笑む。

「そうですね。誰かの心に届いたら、それはもう、恋かもしれません」


現実。

焼き上がった全粒粉パンは、香ばしくて、少し硬い。

でも、こむぎは満足そうだった。

「これ、文化祭の隠しメニューにしようかな」

「隠しメニュー?」

「“自分らしさパン”。誰にも見つけてもらえなくても、焼いておきたい」


しおりは、少しだけ黙った。

そして、ぽつりとつぶやいた。

「こむぎって、強いね」

「パンがあるからね」

「……私も、ちょっと焼いてみようかな。自分らしさパン」


ふたりは笑う。

夕方の光が、全粒粉パンの表面に静かに落ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ