メロンパン
「恋するメロンパンって、どんな味だと思う?」
放課後の部室で、こむぎはしおりに問いかけた。
「そりゃあ…甘くて、ちょっと切ない味?」
「じゃあ、ビスケット生地にレモンの皮を少しだけ混ぜてみようかな」
「それ、切なさの表現なの?」
「うん。甘いだけじゃ、恋じゃないから」
文化祭が近づいていた。
パン焼き同好会は、出店を許された。
テーマは「恋するパン」。
こむぎは、メロンパンに恋の味を込めようとしていた。
表面の格子模様は、恋の迷路。
中のふんわり生地は、心のやわらかさ。
焼き色は、照れた頬の色。
そして、ほんの少しのレモンの皮が、恋の切なさ。
メロンパンの焼き方には、タイミングが命。
パン生地の一次発酵が終わったら、すぐにビスケット生地をかぶせる。
「遅れると、ビス生地が割れちゃう。恋も、タイミングが大事」
格子模様は、包丁の背で優しく刻む。
「強く押すと、傷になる。恋も、やさしく触れないと」
焼成は180℃で12分。焦げ目がつきすぎないよう、途中で向きを変える。
「焼き色は、期待の色。焦らず、でも見逃さず」
妄想は止まらない。
こむぎは、文化祭の屋台でメロンパンを渡す自分を想像する。
「これ、私の気持ちです」
男子は驚き、そして微笑む。
「君の気持ち、甘くて、ちょっと切ないね」
こむぎは赤くなり、パン袋を握りしめる。
現実。
試作1号は、焼きすぎて表面が焦げた。
「うわ、恋が焦げた…」
しおりが笑う。
「恋もパンも、焦らないことが大事ってことだね」
「それ、前にも言ってた気がする」
「うん。気に入ってるから何度でも言う」
試作2号は、ちょうどいい焼き色。
格子模様もきれいに出た。
こむぎは、焼きたてを手に取り、そっとかじる。
甘い。やわらかい。
そして、ほんの少しだけ、切ない。
「これなら、恋の味になるかも」
こむぎはつぶやく。
しおりが頷く。
「文化祭、楽しみだね。誰かに届くといいね」
「うん。パンが恋人だけど…誰かが食べてくれたら、それだけで嬉しい」
夕焼けが、部室の窓を染めていた。
メロンパンの甘い香りが、ふたりの間に静かに漂っていた。




