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パンをかじって曲がり角  作者: 双鶴


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3/7

バゲット

午後の部室は静かだった。

窓から差し込む光が、粉まみれの作業台を照らす。

麦野こむぎは、今日もパンを焼いている。

選んだのは、バゲット。

外はカリッと、中はしっとり。

恋愛妄想とは正反対の、硬派なパン。


「バゲットってさ、孤独に似てるよね」

こむぎがぽつりとつぶやくと、しおりが首をかしげる。

「え、どういうこと?」

「外側は硬くて、誰にも触れさせない。でも中は、案外やわらかい」

「……それ、こむぎ自身のことじゃん」


バゲットの焼き方は、食パンとはまるで違う。

高温(250℃)で一気に焼き上げることで、外皮にパリッとした食感が生まれる。

クープ(切れ目)は、焼成前に斜めに深く入れる。

「クープは、心の裂け目。そこから香りが立ち上る」

そして、焼成時には蒸気を加える。

「蒸気は、孤独の中の潤い。乾ききらないように、少しだけ優しさを残す」


妄想は、静かに始まる。

舞台はパリ。

石畳の街角、エッフェル塔の見えるカフェ。

彼女はバゲットを抱えて歩いている。

そこへ、ぶつかってくる青年。

「ごめん、バゲットが美味しそうすぎて、つい見とれて…」

こむぎは赤くなり、バゲットを差し出す。

「よかったら、半分こ、しませんか?」


現実。

クープが浅すぎて、焼き上がりが割れない。

「うわ、失敗した…」

しおりが覗き込む。

「恋もパンも、切れ目が大事ってことだね」

「それ、うまいこと言ったつもりでしょ」

「うん。ちょっと気に入ってる」


焼き上がったバゲットは、見た目は不格好だったけど、香りは完璧だった。

こむぎは一口かじる。

硬い。でも、噛むほどに味が出る。

「孤独って、悪くないかも」

そうつぶやく彼女の横で、しおりがスマホをいじっている。

「ねえ、文化祭のパン、何にする?恋するパンってテーマで」

「じゃあ…恋するバゲット?」

「それ、硬すぎて恋が始まらないよ」


ふたりは笑う。

午後の光が、バゲットの表面に金色の影を落としていた。


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