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パンをかじって曲がり角  作者: 双鶴


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2/7

プレーン食パン

朝の光は、食パンの焼き色みたいにちょうどいい。

麦野こむぎは、制服のポケットに小さく折りたたんだ“恋愛妄想メモ”を忍ばせて、今日も校門前の曲がり角に立つ。


「食パンをかじりながら曲がり角を曲がると、運命の人とぶつかる」

昭和の少女漫画に刻まれたその法則を、彼女は信じている。

だから、毎朝焼く。自分で。湯種製法で、もっちりと。

耳まで美味しい、こだわりのプレーン食パン。


**湯種ゆだね**とは、小麦粉の一部に熱湯を加えてこね、一晩寝かせてから本捏ねに加える製法。

「水分を抱き込んで、しっとり感が長持ちするの。まるで、時間をかけて育てる気持ちみたい」

こむぎはそう言う。

予熱は200度。型に入れる前に、霧吹きで水分を与える。

「水分は、心の柔らかさ。乾いたままじゃ、表面が割れちゃう」

焼き時間は28分。耳まで美味しく焼き上げるのが、こむぎ流。


かじる。

歩く。

曲がる。


……誰もいない。

風だけが、こむぎの髪を揺らす。


「今日も、ぶつからなかったか…」

パンの耳が口の中で刺さる。ちょっと痛い。

でも、焼きたての香りが心を慰めてくれる。


部室に戻ると、塩谷しおりが待っていた。

「こむぎ、またやったの?曲がり角チャレンジ」

「うん。今日は耳が強かった」

「それ、恋じゃなくてパンの話じゃん」


しおりは恋愛至上主義。

「恋しようよ!」が口癖で、こむぎの妄想にツッコミを入れる日々。

でも最近、彼女もパンの魅力に少しずつ惹かれている。

昨日は「このクラム、ふわふわすぎて恋に落ちそう」と言っていた。


こむぎは、パンを焼く。

恋愛妄想をしながら、パンを焼く。

出会いはないけど、パンがある。

それだけで、今日も生きていける。


「ねえ、しおり。明日は角食にしてみようかな」

「それって…恋の角度を変えるってこと?」

「違うよ。型に入れて焼くってこと」

「……もう、こむぎの脳内、パンでできてる」


ふたりは笑う。

パンの香りが、部室に広がっていく。

恋は来ない。でも、パンは焼ける。

それが、こむぎの朝のすべてだった。


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