月明かり夜空
「逃げるぞ、追え!
絶対に捕まえるんだ!!」
俺は必死で逃げた。
乗ってきた車は……見つからなければいいんだが。
正々堂々と、目の前に止めたから絶対にもう発見されていると思うけど。
木々の隙間を潜ってとにかく少しでも遠くへ逃げないと。
「はぁ、はぁ……」
息切れがして乳酸が筋肉を締め付けている。
酸欠の頭がくらくらする。
所々から突き出した小枝が服を切って肌を引っかき鋭い痛みを残す。
「探せ!
A班はそっち、B班はあっちだ!」
かすかに聞える俺をせかす兵士達の声は悪魔の囁きだった。
あの声がある所に行けば俺の人生が終了する。
捕まってたまるかっ!
木々の隙間からこぼれる月明かりのおかげで地面はよく見えた。
本当に今夜は明るいな。
いまいましいかぎりだ。
「いたか?」
「いや、こっちじゃない」
前から声が聞えたためすぐそばの木の陰に身を潜めた。
顔を少しだけ出して確認する。
銃を持った兵士が二人セットになってうろついているようだ。
これは全兵力の一部に過ぎないだろう。
敵は全部で軽く四十人はいるはずだ。
全部倒すなんて無理だ、絶望的だ。
最終兵器じゃあるまいし。
「はぁ、はぁ……」
バクバク飛び出しそうな心臓を上から押し付け息を整える。
俺はこれからどうする?
トランクはアリルの家だ。
銃もおいてきた、今ここにはあるわけがない。
あのトランクとかを見られるだけで連合郡は一発で俺を永久波音だと特定するだろう。
靴なんかにDNAが付着しているに決まっているから。
鬼灯重工は受信機から戦車まで作っているからそっちはすぐにばれることはないと思うが……。
時間の問題だろう。
月の光が少しゆるくなり空をまた見た。
黒い雲がうっすらと月の顔にかかっていた。
「…………はぁ……はぁ……」
少しはこれで俺にも運が向くといいんだがな。
鼻で笑いながら木に背中を預け座り込んだ。
さっきの兵士達はどこかへ行ってしまった。
また走り出す前に少しでもこの動悸を抑えておかないと。
二度大きく深呼吸をして目を閉じる。
ひりひりと痛む腕なんかには大きなみみず腫れがいくつもあるだろう。
任務、失敗か……。
おっさんになんて報告しようかなぁ。
とにかく家に帰ろうと手段を考える。
山を降りてバス……あるわけがない。
車は見つかっている。
そこら辺に転がっているチャリはないか……?
「なんだ……?」
がさりと音がしたほうに目を向けた。
そしてあるものを認識して俺は凍りついた。
草むらの中光る二つの光点を見つけてしまったからだ。
犬――というには鋭い目つき。
狼だろうか?
動物は詳しくないからよく分からないが……。
犬とは別の力強さがあった。
アリルの家の前、階段でみたあいつだろう、おそらく。
いやあいつだ間違いない。
「…………」
目を逸らしたら襲い掛かってくると聞いた気がする。
ゆっくりと、狼は俺に近づいてきた。
来るならこい。
飛び掛ってきたら、返り討ちにしてくれるっ!
前門の兵士、後門の狼だ。
でもこの諺、というか故事成語使い方が違うよな。
そもそも前門の虎、後門の狼っていうのは板ばさみでやばいっ――ってことじゃなくて
一つの災難を逃れても、またもう一つの災難が襲ってくることを示唆しているらしい。
つまりこの場合は俺は泣きっ面に蜂と言ったほうがしっくりくる。
それは横の地面にでも置いておく。
そう、狼だ。
狼は鋭い目つきで俺を睨んできた。
「……わん!」
あほらしいけどわんとか言って威嚇してみる。
効果なし。
更に一歩一歩と距離を詰められる。
食われる――!
覚悟して目をつぶった。
ほっぺたにねちょっとした何かがついた。
「?」
片方はそのねちょっが入らないように片目を開けて確認した。
狼は俺に頭を差し出してきた。
おそるおそる頭を撫でてみる。
ふわふわだ。
しかも野生にしては毛が綺麗につくろってある。
明らかに人が飼っているな。
俺に何の躊躇なく頭を差し出してきたのが何よりの証拠だ。
ルファーももう少しかわいかったらなぁ。
ボールだろ、あれじゃ。
最近ずっとコップの中でにゅんべるくっと寝ているところしか見てないわ。
ため息をつく俺の服を噛んで狼はくいっくいっと俺を引っ張ろうとした。
ついてこいってか。
「どこに行った!?
まだそう遠くには行っていない筈だぞ?」
俺の服をかんだ狼はぱっと静かに飛び、俺の前に出た。
なるようになりやがれ。
狼についてくことにした。
ばれないように頭を下げて、音もたてないようにゆっくりと。
何分そうして狼の後ろをついていっただろうか。
膝が地面と擦れて痛い。
手に感覚がなくなってきた。
残暑があるせいで汗が滴って目に入って痛い。
「なんでこうなるんだよっ――!」
呻きながら手で額をぬぐった。
狼はある建物の前で止まった。
鉄製の壁に木製のドアがやたら印象的だ。
電子ロックの緑と赤の光が交互に壁に光っている。
その建物の影から誰かが出てきた。
狼はその影に電光石火ですりより鼻を鳴らしている。
また雲が切れ始め周りが明るくなり始める。
「遅かったですね。
大丈夫ですか?」
金髪、ぽにて。
「……なんで?」
影から狼の頭を撫でながら現れたのはやっぱりアリルだった。
「ありがと、マルク」
狼にそう話しかけながらもアリルはじっと俺を見た。
「これ……」
そういって、彼女が足元からよいしょっと重そうに俺にトランクを差し出した。
どこに隠していたんだ。
「……ごめん」
俺は頭を下げた。
「何で謝るんですか?」
トランクを受け取って中を確認する。
受信機から何から何まで入っていた。
俺の脱いだ靴、そして銃も。
集めるの大変だっただろうなぁ。
「波音君は……超光学記憶媒体を探しているんですよね?」
驚く俺に「見ちゃいました、それ」とアリルは笑って付け加えた。
それというのは、推定では受信機のことだろう。
少し液晶が割れているが逃げて落とした時に割れたと見るのが正解だ。
「……ごめん」
「だから何で謝るんですか?
私は大丈夫ですよ?」
「……おめん」
「お祭りですよね、それ?
私ははじめてみたときすごくビックリしました」
「……せめんと」
「コンクリートとの違いが分からないです」
「……あーめん」
「キリスト教ですか?
私は仏教ですよ、名前はアレですが」
「ラーメン」
「もう謝罪の言葉から離れすぎてますね。
あーめんを基準にしてどうするんですか?」
アリルのツッコミを聞き流しつつずっしりした銃をトランクの中に投げ込んだ。
これは絶対にもう手にしない。
「誰だ!」
は、と後ろをふりむいた。
一人の兵士がこっちに向かってきているのがかすかに見える。
アリルは俺の耳元にそっと口を近づけると
「私が注意をひきつけるので後ろからお願いします」
俺は小さく「了解」と、建物の影に隠れた。
「お、おじょうさま!?
どうしてこんなところに!?
一体何をなさっているのですか!
ここは危険です、早く中へ!!」
兵士はアリルだと分かると急に態度を変えて建物を指差した。
「実はマルクが脱走してしまって……。
それを今見つけ――」
俺は兵士が俺に背を向けた瞬間に兵士に音もなく近づいた。
首後ろにチョップして腹を殴りつける。
「うぐっ……」
兵士は呻いて地面に倒れた。
「かってぇ……」
殴られる方も痛いが、殴る方もいたいのだ。
防弾チョッキ着ていたのだろう。
ダメージがあまり通らなかった気がする。
「この服を奪ってください。
超光学記憶媒体のところへは私が案内します」
なるほど、そういうことか。
「でもおぬしが俺に手を貸した……なんてばれたら?」
アリルは暗い表情をした。
「――父は……。
いえ、私は罪を償いたいだけです。
父の犯した大きな罪を……」
俺は気絶する兵士から服をもぎ取った。
「ちょっと後ろ見ていてくれよな」
パンツ一丁になるからな。
「はい!」
なんでちょっと嬉しそうなんだ?
まあいい。
黒い服を脱いでトランクに放り込んだ。
次に兵士の服を身にまとう。
銃も奪って顔を見られないように帽子を深く被る。
「すごいですねぇ。
本物の兵士みたいですよ……」
「ありがとさん」
アリルは月明かり輝く夜、俺に
「私についてきてください」
「了解だ、お嬢様」
手を貸してくれた。
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ありがとうございました。
出来立てほかほかでござんす。
さぁさめないうちに召し上がってくださいまし。