ぽつんとした黒
「とにかくもうここから出よう。
うだうだやったところで変わらんし」
じっとりと汗ばんできた額に風を送りながら
俺はシエラにそう言った。
「じゃあ何で来た……」
「うっせ。
あ、電源切っとけよ。
もしかしたら俺も入っちゃいけない場所だったかもしれん」
「分かってる」
シエラに電源を落とさせて階段をあがる。
そのまま割れたガラスなどを踏み越えて俺達はビルの外に出た。
車に乗り込み、エンジンをつける。
片方割れたヘッドライトが道をくっきり映す。
「乗ったな?」
「うん」
アクセルを踏んでスピードを出した。
そのまま家へと走せる。
「PC取れなかったな」
シエラは隣で残念そうだ。
「……そうだな。
でも分かったことも多い」
鼻から息を吐いた。
「弾道レーザーとか?
今まで集めていたメモリーチップとか?」
「うむ、その通り。
案外答えは近くにあったな。
灯台下暗しとはよく言ったものだと思うよ」
「と、灯台もと……?」
ルームミラーに反射したシエラの顔が
あまりにも難しい顔だったため拍子抜けした。
それと同時に笑いもこみ上げてきた。
「もっと日本語を勉強するこったな」
「……灯台……」
ちらっと明かりが車内に差込み、サイドミラーから後ろを確認した。
ボンネットの出っ張った大型のトラックがやって来ていた。
おそらく連合郡の陸軍に所属しているのだろう。
爆撃の復興のお手伝いさんと言う訳だ。
邪魔になると悪いので車を路肩に止めてやり過ごすことにした。
この車の二倍じゃきかないような質量をもったトラックは
積もったコンクリート片や土砂を巻き上げて見えなくなった。
月明かりが強かった空はもう東の方から白くなってきていた。
時計によれば早朝四時。
もうこんな時間か。
車を路肩から出してまた道を走らせた。
「今日は学校行くの?」
シエラがドアについたゴミを指で払った。
「ん……行く。
行かざるを得ないと思う」
この瞬間に頭にアリル顔が浮かんだ。
怖っ。
行くって公言した以上行かんといかん。
――今のなかなか良いセンスのギャグだな。
覚えておこう。
「じゃあ僕達も行こうかな。
久しぶりにでも」
「遼が喜ぶな。
行かんといかんわけだ」
「遼かぁ……。
僕あまり好きになれないな」
クソがっ!
スルーかよ。
胸に若干の虚無感を抱いた。
残念極まりない気持ちのまま車を家の前にとめた。
煤の付いたドアを閉める。
懐中電灯を車の中に投げ込み家に入ろうとしてやめた。
中は臭いのだ。
冷蔵庫、あいつのせいで。
まだ臭いが取れてなかったはずだ。
そうだったそうだった。
思い出したよ。
「じゃ、ここで」
俺はシエラのためにドアを開けたんだぜ?
といった表情をしてみた。
「え?
家の中で寝ないの?」
「ご遠慮しておくよ。
兵器には分からない不愉快さがあるんでね」
俺は手を軽く振って頭を垂れた。
「あー、臭いか。
なるほど」
分かってるじゃないか。
そうだよ、それだよ。
「うん。
分かってくれて嬉しいよ。
じゃあまた明日!」
「はい、おやすみ」
思った以上にシエラは何も聞いてこなかった。
鉄の扉を開き俺は倉庫にまたこもった。
壁に持っていった拳銃を置く。
全然使わなかったな。
すっかり冷たくなった寝場所にもぐった。
学校か。
久しぶりだなぁ。
携帯の電源を切って枕元に置いた。
で、起きたら朝になってた。
朝の九時。
「まじかぇぇ!?」
急いで飛び起きて制服に着替えた。
朝食とか食ってる場合じゃない。
扉を開いて外に出た。
「あ、おはよ~」
メイナがのんきに水なしで飲み込める歯磨粉で歯を
しゃこしゃこしながら体操していた。
多彩なことをしているな、またあんた。
俺の姉のだった星型のパジャマを着てまだ眠そうにあくびをしている。
「おい」
メイナの垂直ボンバーヘッドを掴んだ。
「痛い!
な、何?」
メイナの寝癖を引っ張った。
まだ眠そうだったから起こしてやろうという気持ちだ、これは。
「今日、学校だよな?」
「そ、そうだけど……。
痛い痛い、ひっぱらないでぇ~」
というか怒りが。
学校なのにのんきにそんなことしていていいのか。
また俺は遅刻からじゃないか。
「何でまだ着替えすらしてないんだ?」
メイナの寝癖を放した。
「ひぐぅ~……」
あたまのてっぺんを撫でながらメイナが呻いた。
本当にもう……。
俺も寝坊した身だから正直これは理不尽な八つ当たりだと自分でも思う。
反応が面白いからやめられないとまらない。
ごめんな、メイナ。
「早く用意して来い。
それとシエラもたたき起こせ」
早いとこ学校いかなきゃならん。
遅刻だ。
今更焦るのもどうか。
水道は……出ないので。
ウェットティッシュで顔を拭く。
うお、煤がめっちゃ取れた。
口の中は帝国郡から持ってきたくちゅくちゅぱーがあるので
これで済ますことにする。
「俺は先に行ってるぞ」
「えーっ!
わ、分かったよう」
メイナによろしくと伝えて少し早歩きで家の敷地から出た。
五分ほど歩いて頭が冷えてきた。
なんでこうなった……。
ああ言ったものの。
学校に行ったところで面白いことがあるわけでもないんだよなぁ。
今日、休もうか……。
あ、駄目だ。
殺される……。
金髪お嬢様のあいつに殺される………。
行くだけ行こう。
のんびり歩いて行こう。
出来るだけ時間をかけるんだ。
タンポポが綿毛だ。
それにしても。
少ししか歩いていないのにひどい有様だな。
ずっと前まで奇麗に舗装されていた道には
大きな穴が開き、その脇に小奇麗にまとまっていてた店なども
全部吹き飛ばされていた。
あちこちに散らばっているのはコンクリート片だろうか。
ここにひとつ、おそらく人形の腕だろう。
それが落ちていた。
昔写真で見たような光景。
まだ信じられない。
穴に足を突っ込まないようにして学校への道を歩く。
怪我をした人が呻いていたり……ということはなかった。
案外復興が進んでいるようだ。
「うわぁ……」
五階建ての校舎は見るも無残に崩壊していた。
鉄筋が顔を覗かせ、タイルは剥げ落ちていた。
第六まであったはずの校舎は見当たらない。
でもばらばらだった校舎に反して先生達の威勢の良い声が
青空の下で響いていた。
校舎の復旧を急ぐブルドーザーやショベルカーなどの重機の音にも負けていない。
ちなみにこの重機は鬼灯重工業の製品だ。
鉄がぐにゃりと歪んだ校門についた。
おそらく爆弾で溶けて歪んだのだろう。
危ないものを触るように校門からそっと中に入った。
一枚のボードが出されて
『1-Aはこちら』
と書いた紙が貼ってある。
それの一年D組みバージョンを探した。
「ここかぁ」
運動場の右端。
そこに書いてある場所へ行くことにした。
赤の矢印に沿るようにして歩く。
運動場まではすぐだった。
二年生、三年生の枠を超えて一年生の場所にたどり着いた。
D組は……ここか。
「はい、それで第一期九二四年。
このごろ……おぉ、永久。
来たのか」
桐梨の黒に焼けた顔が笑っていた。
「永久!」
「おーっす!」
次々話しかけてくるクラスメイトに返事を返しながら
桐梨に指された席に座った。
「はやく座れ。
流木、うるさいぞ!」
「すいません先生」
遼はぺろっと舌をだした。
委員長だというのにのんきなやつだ。
「で……第一期九六四年。
さっきから四十年後に……」
日差しが斜め上から差込み髪を、頭を焦がした。
女子なんかは頭にタオルを載せたりして紫外線に対する準備の周到なこと。
埃をかぶった自分の机をはらって椅子に息を吹きかけた。
机も日光によって熱くなっていた。
生肉を置いたらこれ焼けるんじゃないか?
あまり使っていない新品同様の鞄を机の上において椅子にもたれ掛かる。
「波音君?」
む。
後ろを振り向いた。
「まじかー……」
机に頭をぶつけた。
「なんですかその反応は。
ピースです」
アリルさんがVサインをしながらにっこり笑顔でこっちを見ていた。
俺の後ろの席なのね。
「おっす、永久」
こちらも同じくVサインの男だ。
お前がやっても可愛くないぞ。
左にいたのは冬蝉だ。
で、前は田中で……。
左は……いない?
しおれた花が挿してある花瓶が置いてあるだけだ。
――そっか。
よく見ると人数が若干減っていた。
みんな爆撃でやられてしまったのだ。
死んでいないにしても家が焼かれたりして
毎日の生活すらままならないのだろう。
そう考えると家が焼かれずに残っていた俺は
本当に幸せ物だったのだ。
ぽつんと心の隅に黒いしみが広がった。
連合郡の予算獲得のための犠牲だなんて知ったら……。
「よっ、波音!」
メガネがきらりと光った。
右後ろに仁はいた。
なかなか良い席順にめぐり合ったものだ。
「で……だ。
この時の天皇は……」
桐梨のつまらん授業もよーく聞える。
帰ってきたという実感がないわけではないが
クラスメイトの欠けた教室は
風が通りやすくなった気がするのだった。
This story continues.
ありがとうございました。
次からはまたもうすこしシリアスになります。
文化祭なども出来たら書きたいと思っています。
波音はどうするのか。
アリルさんを。
波音は……。
ではこの辺で。
また来週!