(ちょこっと外伝)仁と波音と過去話
あいつか?
あぁ、今も親友さ。
小学生……たぶん一年生の時だったか。
考古学者の両親の子供として俺は生まれた。
時代としては選ばれた身分だっただろう。
連合郡の方針により約四十年ほど前から継続されている禁止事項。
超古代文明ベルカ帝国の技術をこの目で見ることを許されていたのだから。
まぁこの時からの積み重ねであいつを後々に
面倒くさいことにまきこんだ可能性は否めない。
まぁそんなことはどうでもいい。
人よりやんちゃな性格のせいか俺は小学校に入学して短期間で
クラスの中心的立ち居地にいた。
みんなから園田君、とか仁とか呼ばれまくっていい気になっていたのは事実。
……ただ一人を除いてな。
当然お分かりだろう。
そう、あいつこと永久波音。
このときの永久は無口でマイペース。
よく言えばそうなる。
悪く言えば暗くて、コミュニケーション不全。
一人でふらっと昼休みになると消え、授業開始前には戻ってくる。
家が近いというのにまったく遊ぶこともなかった。
中性的――場合によっては女子に間違われてもおかしくない顔のおかげで
男子の大半からは女々しいと思われていたはずだ。
だが、詩乃から聞いた永久波音の過去を思えば仕方のないことだろうと思う。
「なぁ、鬼灯さん。
永久君って昔……」
ある日の昼休みに俺は詩乃に話しかけた。
「んー?
波音のことかな?」
永久波音のことが知りたい。
なぜ人と触れ合わないのか。
単なる好奇心にせかされ俺は同居人の詩乃に永久波音のことを聞くことにしたのだ。
だが詩乃に聞いたあいつの過去は……。
小学生が聞いても心が痛むものだった。
永久波音の家族は交通事故で死んだ。
親戚に助けられることも無く財産だけ奪われ一人ぼっち。
永久波音の親父と親友だった鬼灯のおっさんが
いたたまれなくなって永久波音を引き取ったのも仕方のないことだっただろうと思う。
小学生には通常ありえない黒いオーラも俺が波音に惹かれた一つの原因かもしれない。
まるで安っぽい小説やドラマのような過去を背負っている。
それが永久波音だった。
だが永久波音自身は悲劇の主人公という枠にはまりたくなかったんだろう。
クラスの中で静かに、のんびりと外を眺めたりしていた。
そんな大人しい性格が不幸を呼び込んだ。
クラスの中で五人ほどの男子が永久波音を校舎裏へと呼び出したのだ。
おそらくサンドバックにする腹だったのだろう。
いじめること自体に理由は必要ない。
『気に食わない』
『むかつくから』
その気持ちだけで人は虐める事が出来、また虐められる。
永久波音を呼び出したという知らせは園田も参加しないかと
五人の主犯格――田中が俺に持ちかけた事で判明した。
今でも覚えている。
計画通り、俺達は放課後に校舎裏へと歩いた。
「バカなことはやめようぜ……」
まずい。
駄目だ。
そう思い何度もとめようとした。
「何だよ、園田。
怖いのか?
クラスのリーダーのお前が?
意外と臆病者なんだな」
からからと笑う田中は俺を弱者とあざわらった。
あんな女々しいヤツ別に虐めたところで問題ないって。
そういって田中は他の四人に「なー」と問いかけた。
この日が不謹慎ながら俺と――波音のはじめての接触日だった。
校舎裏に律儀に波音はいた。
華奢な体に顔が中性的なおかげか
はたまた夕日との光のいたずらか
このときの波音は白いYシャツを風に遊ばせながら
おどおどしているように見える目で俺達六人を見ていた。
「永久、何で呼ばれたか分かるやろ?」
波音は大きく首を振った。
これからの自分の運命を悟っているのか必死である。
「分からんのか?
俺達はお前がっ!」
肉が肉を打つ鈍い音がした。
思わず目を伏せた俺の鼓膜に波音が地面に倒れる音が聞える。
「気に食わんのや」
田中はそういって起き上がった波音をまた殴った。
「…………」
恐怖がかかった波音の目を俺は直視できなかった。
田中が波音を殴る。
自分よりも大きい体を持つ相手に対する本能的な恐れからか
地面に張り倒されても波音は抵抗しなかった。
「園田もやれや!
こいつほんまに抵抗せぇへんで!」
楽しそうな一人の男子が俺をせかす。
地面にうつぶせになり白いYシャツが泥まみれになった波音。
「っ!」
一人の蹴りが波音の腹を蹴り上げた。
鳩尾にクリーンヒットしたのかその場に給食をぶちまける。
「うわっ、汚ねぇ!
こいつ吐きやがった!」
こうやってどんどんエスカレートしていくのだろう。
陰湿な出来事が起こっているというのに俺は……動けなかった。
ただ黙って未来の親友が蹴られるのを見ることしかできなかった。
今思えば波音のべらぼーな所はこの時から存在していた。
地面の上にボロ布みたいになった波音は無心の目で俺達を見ていた。
まだ続けるのか?
その目はそう言っていた。
「こんのぉ……。
嫌な目しやがって!
……うぎゃぁああっ!」
一人の声が悲鳴に変わったのはそのときだった。
波音を殴っていた一人が頭から血を流していた。
波音はゆっくり立ち上がり手に持ったものを振り下ろした。
三〇センチほどの角材だ。
細い腕でそれを振り回している。
自分の体のおよそ三分の一を占める大きさのそれを簡単に。
「お、おい大丈夫か!
と、永久!!
悪いんじゃ、悪いんじゃ!
先生にいいつけたる!」
田中が一歩一歩後ずさりする。
地面に倒れた一人の男の子は頭を手で抑えて泣き喚いている。
お母ちゃん、お母ちゃんと。
信じられないほどのスピードで足が動かない俺達の前に迫ってきた波音は
また一人の頭を角材で殴りつけた。
頭に正確に振り下ろされた角材は確実にあいつをノックアウト。
それを見た田中は「化け物じゃ……」と呟く。
一人の男子はどこかへと逃げていった。
角材の先が赤に染まっている。
「……園田、そいつ捕まえといてくれ」
波音の声に殴られ俺は田中を反射的に掴んだ。
「ひっ」
怯える田中の顔が安堵に変わったのはそのときだった。
「お前らこれで終わりじゃ」
にやにた笑う田中の目の先にいたのは三年生の先輩達。
それも五人ほど。
勝ち誇った顔の田中。
さっき逃げたと思っていたヤツが呼びに行ったのだろう。
「永久、お前のこと忘れんからの!
このことは絶対に……」
「…………。
またやるの?」
田中の捨て台詞は波音の声でさえぎられた。
「またやるなら、俺は手加減せんけど」
そういって角材を捨てた波音は信じられないスピードで田中の顔をぶん殴った。
田中の鼻から血が飛び散る。
波音の拳から放たれた運動エネルギーはすさまじいもので
田中の体をしっかりと抑えていたにも関らず放してしまった。
そのまま田中は三年生の輪の中に逃げ込む。
「お兄ちゃん見てたやろ!!??
あいつらがいじめるんや!!!」
三年生の輪の中に一人田中と似ている男子が立っていた。
間違いなく三年生の輪のリーダーだ。
丸坊主で身長は一三〇程度だっただろうか。
そのときの身長で一二〇あった俺からも田中兄はとてつもなく大きく見えた。
「お前ら俺の弟に何してくれてんや?
あぁ?」
「………………」
波音は黙って田中兄へと突進していった。
当然勝てるわけがない。
他の四人の力も合わさりあっという間に地面に転がされてしまった。
「兄ちゃん、あいつも!
園田もや!」
田中兄の眼が俺にターゲットを固定した。
まずいと思うよりも前に強烈なパンチが目の前にはじけた。
痛みと言うよりも驚き。
それと同時に視界がぶれた。
地面のひんやりとした感覚によって俺は倒れたことをはじめて意識した。
「園田、大丈夫か?」
細い腕にそのまま助け起こされる。
目の前に頬を腫らした波音の顔があった。
あいからわず女っぽい顔してやがる。
「……いてぇ……。
永久君、お前は大丈夫……だな」
「ん」
当然と言うようにうなずく。
「……勝てると思うか?」
ボロボロの俺達を見てあざ笑う三年生郡をみて波音は俺に尋ねた。
「無理だろ」
「……俺は戦うけどな」
思わず「は?」と声が出てしまった。
バカなのかこいつは。
いかれてれるんじゃないのか?
「バカだろ、お前……」
そう返すことしか出来なかった。
波音はにやっと笑い俺の後ろをそっと指差した。
そこにはさっき波音が角材を拾った場所。
使ってくださいと言わんばかりの丁度の長さの角材が散在していた。
「……少し手伝ってくれ」
「了解、永久君」
俺達は角材を握り締めると三年生へと立ち向かっていった。
……まぁ当然負けたんだけどな。
勝てるわけない。
格好良いこと言っておきながら結果がコレだよ。
まったく……。
その次の日の昼休みだったか。
あちこちに絆創膏を貼り付けた波音は学校に少し遅れてやってきた。
昼休みの時間に。
その日も、また次の日も波音は無口なままだった。
あの時みたいに俺に「手伝ってくれ」など言わなかった。
なんだったのだろうか、あれは。
いつか話しかけられることを俺は楽しみに毎日学校へ行った。
だが期待にそぐう結果は出てこなかった。
波音はいつも通りに静かに窓の外を眺めていた。
やがて一週間が経過した。
その間ずっと俺は考えていた。
波音のことを。
あいつとどうやって仲良くなるかということを。
また次の日の昼休みになった。
波音が学校に来たのを見計らって話しかける。
「永久……君?」
君を最後に付け足したのは俺を見た波音の目が
かすかに殺気を含んでいたからに違いない。
殺される。
汗が吹き出た。
「……園田か。
何かようなわけ?」
殺気はすぐに引っ込んだものの波音は間違いなく俺を警戒していた。
いつこいつまでもが俺を殴りにかかってくるのか。
それが心配で心配で仕方がなかったのだろう。
もし自分の中に少しでも入ってくるそぶりを見せたら
すかさず噛み付く用意をしていたに違いない。
「い、いや……。
あのさ……」
「…………」
しどろもどろしているうちに波音は俺の横を通り過ぎ廊下に消えた。
少し悲しそうな目をしていた。
「園田君、大丈夫?
すごい汗だけど……」
同級生が俺の周りに集まってきた。
頬に手を当てるとぐっしょりと湿った髪。
「永久はヤバイよ。
何で話しかけたのさ?」
流木遼がそっと耳打ちしてくる。
ヤバイ……?
確かに。
あいつはヤバイ。
だけど悲しいやつだ。
あいつの殺気には寂しさとも感じることが出来る何かがある。
そう確信した。
次の日も、また次の日も俺は何度も何度も波音に話しかけた。
そのたびに無視され何度もくじけそうになった。
あの時みたいに話したい。
自分でもわけの分からない衝動に駆られ何度も何度も波音に近づいていく。
話しかけて約一ヶ月が過ぎようとした頃だった。
「永久っ!」
「…………。
………なんだよ園田」
いつもどおりの返事の波音に
言おうと思っていた台詞をぶつけることにしたのである。
この言葉はうまく言えば相手の心を溶かすが
下手をすれば激怒させるという諸刃の剣でもあった。
「……俺と親友になってくれない?」
その時の波音の顔は今でも忘れられない。
驚愕でぐしゃぐしゃだった。
「……何言ってるんだ?
お前が……俺なんかに?」
決して崩れぬ砦が崩れ始めた瞬間だった。
自分の返事に答えてくれた嬉しさもあいまって
「あぁ。
俺と親友になってくれ」
「バカだな、お前は」
「知ってる」
その日俺は波音と一緒に帰った。
またその次の日も俺は波音と一緒に帰った。
家の近さも幸いしたのか、どんどん仲良くなっていく俺達。
波音をいじめようとしていた田中達は学校内で別の子に暴力を振るっているところを
先生達に見つかり小学生だと言うのに停学。
学校を皆そろって転校していった。
波音は思ったよりも面白いヤツだった。
というか悪知恵が半端なく働くやつだった。
いろんないたずらをあいつと一緒にしたっけ。
廊下に蝋を塗ったり。
わざとプレパラート落として割ったり。
人体模型にヒゲをつけたりもしたな。
二年生に上がる頃には波音の無口というラベルは綺麗に剥がれ
マイペースなのはあいからわずだったが明るく
誰が見ても好印象を与える少年になっていた。
あっという間に俺と同じくクラスをまとめる中の一人にもなった。
どうでも良いけど小学校二年生でのまとめアルバムを作る際に
アンケートをとられたのだ。
俺と波音は将来結婚しそうな人たちナンバーワンに選ばれた。
嬉しくねぇ。
まぁそれほど仲がいいってことだと考えてくれ。
決してホモではない。
本当だ。
まぁこっから先は言わんでも分かるだろ。
「おい、仁遅いぞ!
さっさと帰ろうぜ」
呼ばれたな。
「はいはい、今行く」
PCを鞄に突っ込みよっこらせと立ち上がる。
ったく、世話のかかる相棒だ。
「仁!
おせーって!」
「波音うるさいぞ」
「うっせぇ、遼!
詩乃も何笑ってんだよ」
「あんたらどこに行くにも一緒だねぇ。
本当に仲良しなんだなーって」
「仁!
はやく来いって!」
今行くっての……。
十秒ぐらいまてやアホ。
了
ありがとうございました。
波音と仁はこうして親友になったわけです。
と言うか波音さん、角材は駄目だろ。
でもどうしても波音さんが角材でえいっ☆ってやる場面が
書きたかったのです。←最悪です
全国の田中さんごめんなさい。
あやまるので角材チョップだけは勘弁してください。
それでは、ありがとうございました。