エピローグな季節
「そう、緊張しなさんなよ?」
隣に座った女性から漏れる声に俺は適当に唸って答える。
どう、と言われても何も言えないのが現状なんですよ、先生。
だから、仕方ないのよね。
緊張するさ、何事も。
だって人生初めての経験だから。
「こう言うときに俺は自分の無力感を味わうよ……」
俺は自分の拳を眺め、中に入っている布の塊をぎゅっと握りしめた。
手に汗がにじんでいる。
またこういう形で自分の無力感を味わうことになるとは思わなかった。
俺の力ってこんなもんだったのかよ、と思う。
「波音が言っても仕方ないもんねぇ……」
メイナがそう言い、ため息を吐いた。
「うむ」
シエラにメイナが隣でうるさい。
そんなの一番俺がよく分かっている。
黙れこら。
「ハニーイライラしちゃダメだよ♪」
金髪を適度なところまで伸ばしたこいつまでそう言ってくるんだからたまんねーものがあるよ。
頬にいつの間にか傷が出来ていて痕になっている。
どうせすぐに治るだろう。
なんか、俺の姉貴と喧嘩して出来た傷って言って笑ってたなぁ。
付き合ってるわけではないが、なんか色々と……めんどくさい状況らしい。
「ほら、イライラしないしない♪
スマイルだよー」
別にイライラしてる訳じゃない。
なんか……焦るのだ。
真っ白な建物。
真っ白な廊下に黒色の椅子が置かれていた。
その椅子の上に俺は座っている。
真っ白の廊下の行き着く先には左右に開く扉があって、扉の上には赤く光ランプのようなものが光っている。
「いやーでもなーあーーなんで俺には力がないのかねぇーーあーーーー!」
祈るような気持ちでひたすら待ち続けた。
シエラとメイナも次第に口数が少なくなっていく。
セズクはなんか用事が出来たって言って帰って行った。
そして、静寂を切り裂くような赤ん坊の声が廊下に響き渡った。
「産まれたか」
どっ、と疲れが全身を包み込んだ。
あーよかった。
アリルもお疲れ様だな。
俺がお父さんになるなんて正直実感が湧かないよ。
でもまぁー、いいお父さんになれるんじゃないかな、とは思う。
いつも厳しくたまに優しいお父さんを目指したいと思っている。
とにかく今は俺の子供に会いたくて手に握った御守りをさらに強く握りしめ、呼びに来た先生のあとについていったのだった。
それから三日後。
「中佐、子供が生まれたそうじゃないか」
本当はアリルの側に居てやりたかったが仕事は、仕事だ。
仕方ない。
シンファクシの部屋で休憩のコーヒーをご馳走になる。
「そうなんです。
あ、男の子でした」
目の前に置かれたコーヒーを啜り、苦さに顔をしかめる。
あいからわずコーヒーは美味しさがよくわからない。
「お前とアリルの子供なら……やはり?」
シンファクシの目が少しだけ鋭くなる。
俺は素直に分かりません、とだけ告げた。
「ただ、軍には入れずにのんびりとした環境で育てようと思ってます 」
「うむ、それがいい。
この時代だからな……」
シンファクシは椅子から立ち上がると外に広がる大都会を眺めた。
あの戦いから八年。
世界は平和にはなっていなかった。
未だに連合群の残党があちこちで抵抗を続けている。
残党なのに軍艦を持っていたり、戦車を駆り出したりとかなり本格的な軍だ。
帝国群の今の任務は抵抗を続けている連合群を制圧することが主となっていた。
窓の外には高層ビルが立ち並び、赤い光を点滅させている。
そして天を削るような摩天楼がところ狭しと地上を埋め尽くしていた。
ハイライトも、この八年で大きく変わったものだ。
修理を積み重ねられて今や、帝国群の首都として使われているのだから。
機関だけは修理出来なかったらしい。
沈んだヴォルニーエルの機関を代わりに使うことで電気エネルギー系を確保しているようだ。
そしてその巨大な体には万を越える人々が住み着いている。
比較的損傷の少なかったところには、新しく帝国群の本部が置かれ、全世界に展開している帝国群をリアルタイムで管理していた。
「元帥はご結婚なさらないので?」
三十路を越えてしまったシンファクシは少し顔にシワが増えた気がする。
それでも二十代後半には一応見える。
「ああ。
誰が好き好んで私みたいなおばさんを貰ってくれるのかね。
それに、私にはやらなければならないことがまだまだある。
家庭を持っている暇はないのだ、残念ながら」
シンファクシは、コーヒーを飲み干すと腕につけたごつい腕時計を眺め
「もうこんな時間か。
中佐、悪いが……」
そう切り出すと目頭を揉んだ。
やっぱり歳か。
「はい。
お疲れさまです」
俺も立ち上がり元帥の後ろに続く。
「あ、明日から休暇をもらってもいいですか?」
「構わんぞ」
急ぎ足でシンファクシは部屋から出ていってしまった。
用事があるんだろう。
残された俺はコーヒーカップを流しに放り込み、軽く洗ってその場を後にした。
「ただいまー」
「波音君、お帰りなさい」
「体調はどうだ?」
「バッチリです」
そう言って笑うアリルは元気そうに見える。
いや、実際元気なんだろう。
出産後、驚くべきスピードで回復したらしいからな。
まさか子供を抱っこしたまま三日ぐらいで、病院を脱出する勢いで出てくるとは思わなかったよ。
勤務中だというのに病院まで迎えに来てくれ、と電話が来たとき驚いたもんだ。
「子供は?」
「寝てますよ」
俺は靴を脱ぎ、アリルに上着を預けるとベットの上に眠る子供を眺める。
かわいい。
髪の色はどうやらアリル譲りみたいだな。
眼と鼻は俺らしい。
アリル曰く。
すやすやと眠っておりその手は小さい。
「なーアリル。
俺達の子供なんだけどさ……」
すやすやと眠っている子供を挟んで俺は少し重く口を開いた。
あまり考えたくはないことだが、はっきりとさせておきたい。
俺と、アリルの立場を。
「はい……」
晩御飯の準備をしながら俺の質問に答えるアリルは、俺が何を言おうか大体予感が付いているらしい。
覚悟は出来ている、といった顔だった。
「やっぱり……。
あれかなぁ。
その……兵器として受け継いでるかな?」
「…………分からないです」
俺もアリルも共に兵器としての体を持っている以上、子供にその遺伝子があってもおかしくはない。
そしてその遺伝子が目覚めないとも限らないのだ。
俺だけが最終兵器としての遺伝子を持っているのならまだしも、アリルまでもが兵器になっている今、その兵器遺伝子は百パーセントだよなぁ。
うーん。
「どっちにしろ、兵器としての力は見せずにさ……な?」
「私もそっちの方がいいと思います。
だって、生まれながらの兵器、だなんて知ったら……この子も……」
俺は息子の手に自分の指を握らせてみた。
小さいのにしっかりと握ってくる。
「まぁ……。
この子が大きくなるまでには、戦いが無いような世界を作りたいなぁ。
うん」
「がんばってくださいね?」
「我が息子よ!
我が孫を見に来たぞ!
これか!
うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!
おじいちゃんですよ!!!!」
「あらぁ、あなたぁ、アリルのちぃさいときにそっくりねぇ~。
私ももう、おばあちゃんかぁ」
「おーかわいい!!!!!!
見ろ!!!!!
我が息子よ!!!!!
見ろ!!!!!!」
あいからわず元気な人だ。
その声に驚いたのか息子は目を開け、泣き始める。
「あー!
お父様が大きな声を出すからー!」
「す、すまん……すまん……」
「おーよしよし。
おじいちゃんですよー」
「すっかり骨抜きねぇ~。
あんたが生まれたときとそっくり」
ここに俺の両親がいたら……。
もっと幸せな時間だっただろうけど。
でも、もう今で十分幸せだから。
文句何て言わない。
これ以上は求めない。
「……守れたかなぁ」
俺は自分にそう聞く。
あ、そうだ。
少しいかなければならない場所があったな。
This story continues.
ありがとうございます。
八年後、ですね。
次で終わります。
200話で、きりよく。
ここまで続けられたのもほんと……。
いやこれは来週までとっておきましょうかね。
ありがとうございました!