依頼者
「有り金全部持っていかれたぞマジで……」
シエラと戦ってから大体一時間が経過した。
俺とあいつが壊した被害の総額を聞いて回って弁償する。
踏み倒してもいいんだけど……帝国郡の名前を汚すわけにはいかない。
何より無視して帰ってきたらシンファクシがうるさい。
耳元メガホンよりもさらにうるさいことになると思う。
だから俺は被害総額ピッタリ分払って帝国郡に帰ってきた。
そして食堂でおいしくご飯を食べている二人……いや、仁もいるから三人。
その三人の中、空いている仁の鳥に座った時に今の言葉を吐き出したのだった。
「にははは、おつかれさーんっ」
メイナである。
にははははじゃねーよ。
こちらとて自分が稼いだ分全部持っていかれてがっくりしとんじゃいワレ。
「………うむ」
仁は仁で何とも言えない顔で俺を見るしよ。
なんやねん。
「まー波音。
これは仕方のない出費」
シエラは席から立ち上がると俺の肩に手を置いた。
さっきまでその手でおにぎりを食べていたのは確認済みである。
「そう思うことにしよ?」
首を少し傾けてにっこりしてきたのだった。
OK、お主バカだろ。
「するわけねーだろ」
とかいいつつももう内心怒る気力もない。
ため息一つついて机の上に突っ伏したのだった。
づーがーれーるーもー。
やれやれとは言わないけどもさ。
もう少し……。
言うだけ無駄ってやつだろう、分かってる。
「T・Dは何を食う?」
仁はそんな俺の気持ちをくみ取ってくれる優しい一人の人物だ。
俺にそーっとめにゅーを見せて何を食べるのか聞いてくれる。
「んーラーメン……」
ラーメンを要求して俺は全身から力を抜いた。
「なーT・Dや」
「んお?」
仁は俺のラーメンを頼んでくれると、俺の横に座りなおした。
そんでなんか話しかけてくる。
「もう一回、俺を殺せって言われたらできる?」
「何言ってんだお主」
頭を上げるのも面倒くさいし、なんかそういうこと聞いてくるのも面倒くさい。
何をどうやって答えればいいと。
「え、可能なら殺したくないんだけどそういうのダメなん?」
「………いや、満足。
ありがと」
仁はそういうと黙ってしまった。
なんだってんだ。
長い髪の毛がほっぺたにちくちくしてきて痒い。
そういえば仁からは気のせいか前にもそんなことを聞かれた気がする。
その時は……なんて答えたっけな。
あまり覚えちゃいない。
「お、少佐。
あんただったのか。
ラーメンいっちょ上がり。
チャーシュー多めに入れといたよ」
「お、あざます!」
細かいことはいいわ!
俺食うわ!
食って、寝て、明日の作戦に備えるわ!
夜。
再び夜が来た。
自分の部屋の窓から見える帝国郡の基地の様子を眺めながら空に浮かぶ月を眺める。
寂しさがジワリ、ジワリと胸からこみ上げる。
誘拐された俺の彼女アリルは大丈夫だろうか。
その思いは募り、募っていく。
そしていつの間にか俺の足は、アリルの家へと向かっていた。
そういえばマダム達がどこに住んでいるのか気になっていた。
アリルが前に帝国軍基地内の居住区に家をもらったとか言っていたなぁ。
帝国郡のデータベースにアクセスして住所を割り出す。
細かく殴り書きにした住所のところへ俺は車を走らせることにした。
とにかくいてもたってもいられなかった。
カーナビに登録した住所のところまで車でおよそ十分程度。
案外近くに住んでいたんだなぁ、と少しびっくりする。
流石に日本にいたときみたいに大きな家ではなかった。
住宅街にひっそりと立っている感じだな。
家の大きさも普通であり、車を止めるようの車庫が一つついている程度だった。
車のサイドブレーキを引いて、ギアをPに入れエンジンを止める。
車から降りて俺の足は玄関へと向かっていた。
指が玄関のインターホンを押そうとする。
だけど、何か透明の壁があるようにそれは妨げられる。
俺は……。
どんな顔をして、アリルの両親に会えばいい。
シエラにえらそうなことを言って、分かっていた力。
その力で俺はアリルを、人ひとりすら守れなかったじゃないか。
ボタンに触れた指。
少し力を込めるだけでいいはずなのに。
「……我が息子か?」
何度躊躇っただろう。
幾度となく、押そう、押そうとしていた俺の背中を押すようにその声が聞こえた。
静かに後ろを振り返る。
「…………お久しぶりです」
アリル父だった。
薄汚れた染みだらけの服を着ていて、胸には帝国郡の紋章が付いた服を着ている。
階級はない。
基地内で土方をやっているらしい。
「……中に入れ。
話そう」
「……はい」
「お久しぶりぃ~」
居間のドアを開くとアリルをそのまま少しだけ成長させたような女の人が立っていた。
よくみると目がはれている。
確実に泣いていたのだろう。
「我が息子が来た。
プロテイン牛乳を出してやってくれ」
「はいはい。
波音ちゃん、ちょっと待っててね~」
「すいません……」
「そこらへんに座ってくれ。
お前は我が息子だ。
好きにしてくれて構わん」
アリル父は自慢の筋肉を見せつけてきながらにやーっと笑う。
でもやはり、昔のような活気はなくて。
「……すいません」
「――なぜ謝る」
静かにアリル父の声が響く。
俺は手をぎゅっと握っていた。
「自分の力が……ないばかりに……」
「…………………」
アリル父は黙り込む。
俺は一言一言慎重にいうつもりだった。
だが、感傷に駆られ気が付いたらふと目から涙が出そうになっていた。
「我が息子よ。
何もお前を責めるつもりはない。
何一つない。
アリルは……。
仕方なかった。
我が息子よ」
「………すいません。
本当に……」
沈黙だった。
アリル父は大きく息を吸い椅子にもたれこむ。
ギッ、と鳴いた椅子に深く腰掛けたアリル父は腕をまくりながら天井を仰いだ。
「我が息子よ。
お前は力を持っているのではないか?」
「………はい」
力。
あるにはある。
この力は、守るための力。
自分でそう定めていた。
「その力、守りの力と聞いたぞ?」
「……。
その通りです」
誰から聞いたのかは知らないが俺はそういう風に思っている。
そしてこれからもそのつもりでいる。
「はい、波音ちゃんおまたせぇ~」
「あ、ありがとうございます」
少し黄色に濁った牛乳が出てきた。
腐ってるとかじゃなくてプロテインが入っているからだと思う。
ためしに一口飲んでみたが中々おいしい。
「ねー波音ちゃん?
私、色々聞いちゃったことがあるのよねぇ。
話してもいいかしら?」
マダムの泣いて腫れ上がっている目を見つめ俺は頷くしかなかった。
申し訳なさがいっぱいだった。
アリル父も黙ってしまっていた。
「あなた昔、ちょ~っといけないバイトやってたんだってぇ?」
「――っ、どこでそれを?」
「ちょっとねぇ~。
ねぇ、波音ちゃん?」
意地悪そうな顔をしてマダムは俺に顔を近づけてくる。
「はい?
なんでしょうか……」
「私達の家からも一つ盗んだのよねぇ~?」
「……はい」
隠せるわけもない。
そこまで分かっているのなら吐く。
隠す意味もない。
アリル父もマダムも別に怒っているようには見えなかった。
それが逆に怖くて、不安で。
「大した腕よ?
波音ちゃん?」
「…………すいません」
ある意味この人達がここにいるのは俺のせいともいえるのだ。
俺が記憶媒体を盗んだからこそ。
直接関与していなくとも恨まれても仕方ない。
「我が息子よ」
次に怒号が。
いやアリル父の腕から繰り出される強烈なパンチが来ても俺は仕方ないと覚悟していた。
「もう一度バイトをしてみる気はないか?」
だからこそこの言葉に驚きを隠せなかった。
あわててマダムの顔を見ても頷いているだけで。
「ねー波音ちゃん?
依頼者は私達。
私達の大事な娘が盗まれちゃったのよ~。
だからお願い。
盗み返してきてくれないかしら?」
「報酬は我が娘だ。
あと、卵の白身。
どうだ?」
そんなの決まってる。
「引き受けさせてもらいます!」
「あなたなら大丈夫よぉ~。
だってあの子の心を盗んじゃった怪盗さんだものぉ。
ね?」
「我が息子よ。
頼んだぞ」
「……はい!」
This story continues.
ありがとうございました。
心を盗むだなんて素敵。
重罪だと思います。