救足
「あ、おかえり」
「おーっす」
戻ったら、シエラだけが座って手に持った刀をくるくると回して待っていた。
軍服には血がべったりと張り付いていて生臭い。
地面に転がっているこいつは……頭だな。
髪の毛が長いから女だと思う。
長くても男ってのはいるけども。
「全滅させたのか?」
周りを見渡してみても敵一人もいやしない。
瓦礫と所々に散らばるように落ちている肉片や服の切れ端。
むせるほどの匂いに少し顔をしかめる。
建物にめり込んだのだろう本体から指先まで血が垂れ流れていた。
血の池が俺の目の前にある。
地獄絵図?
「まぁ、うん
だって襲いかかってくるから」
自分の持つ牙を使うのに最も適応した理由です。
まー、こいつらの場合は正当防衛じゃなくて過剰防衛だけども。
かといって全滅はないんじゃないか、と思うぞ。
地面の血まみれを踏まないようにして歩く。
と、そんな折セズクが何かを思い出したようだった。
「あれ?
ハニー、僕はノルマの人数倒せて……?」
ああ。
その件か。
「ないね。
ちゅうなし」
「Nooooo!」
頭を押さえて塞ぎこむセズクさん。
どれだけ残念やねん。
ごっつものすごい、か。
「仕方ないから諦めなさい」
セズクの肩に手を置く。
そんな俺達の上をヴォルニーエルから飛び立ったヘリが空気を震わせて飛んで行く。
俺が開けた大穴から入って中の人を救うために。
ヘッドセットのマイクからなんかいたずらでもしてやろうかと思ったけどあの大技をしてからヘッドセットはうんともすんともパーとも言わない。
プラズマに巻かれ、内部機器がいかれてしまったのだろう。
「作戦は終わりかな、そろそろ」
シエラは立ち上がるとのびをしてヘリを眺めた。
黒いお腹を見せて、プロペラを回して進んでゆく。
編隊を組み、持てる時間を凝縮しようと順序よく並んで飛んでいる。
ここからだと曇り空に巻かれて赤と緑の光がよく見える。
「あーやれやれ」
今回あーんまり働いてないのよね私。
オカマ口調の波音です。
じゃねーよ、バカ野郎。
一人勝手にテンションが高い。
「疲れた」
シエラはせっかく立ち上がったのにまた座った。
ため息交じりで息を吐きシエラはぼーっと空を見上げる。
その見上げた先には大きな艦影があり、光を放たなくなった砲塔はゆらりと蜃気楼を残していた。
「どうする?
ヴォルニーエル戻る?
メイナと仁は戻ってるみたいだけど……」
やることがない最終兵器は暇でしかない。
なら二人とも戻ってるんだろうなぁ。
でもまぁ……。
「今はいいや。
もうしばらくこの辺うろうろしてみる」
俺はそう言ってあくびをひとつした。
中々に眠気が来てる。
今ここで寝るわけにもいかないのよね。
ヘリをみまもらにゃいけない。
本音はヴォルニーエルの中で昼寝がしたい。
作戦中にそんなこと言えるわけもなく仕方ないからこうやって散歩なりなんなりで眠気をはらすのだ。
外にいるだけで雪は降ってるし風も冷たいしで帰りたくなるけどな。
「んじゃあ、またあとで」
「んいー」
セズクとシエラに手を降ってから収容所の中に俺は舞い戻った。
帝国郡兵士が既に占拠を完了しており敵の姿は全く見えない。
捕虜は順調にヴォルニーエルに回収されていっている。
ここに収容されているうちに精神がやられたものも少なくないらしい。
過酷な環境で素手で土を掘らされたり、ゴミのような飯を与えられたとか。
いや、与えられた方が珍しいとか。
この寒さだというのに服は半袖しか着せてもらえず凍傷で手足が腐ったり。
さまざまな負の要因が重なり元々倍以上いた人数も減りに減って今は半分以下になってしまったらしい。
「ここ、なんだ?」
上にあげたよりも一桁ほど多い悪名を総なめにしてるこの収容所は広い。
レーダーで見るにしても、空から眺めるにしてもばかじゃねーの、と思うほどに大きい。
きっと何かしらの研究所……。
いや、それはさっき捕虜が言ってたから明らかか。
なんだっけな。
そう、戦艦。
超極兵器級の戦艦の採掘を行ってるらしい。
よく分からん話だけどなあ。
疑問に思っている目の前の扉を開く。
階段がはるか下へと延びている。
いったいどこまで続くのかねこれは。
下が見えないほどにずーっと。
ひたすら、下へ。
「なんか、見ちゃいけないものがある気がするわこれ……」
底知れないほどの深さ。
一歩、踏み出してみる。
一歩を踏み出せればあとは簡単だった。
もう一歩、もう一歩と次々踏み出せる。
すると俺の後ろで扉が閉まった。
自動……?
風が奥から吹いて来て壁に小さくついた照明が先をせかすようにちらちらと動く。
「………行ってみるか」
二十分ほど潜ったのだろうか。
大きな地下の空洞にたどり着いた。
途中から空気が違う、というよりもなんだ。
シエラやメイナが眠っていた遺跡のような雰囲気に変わった。
壁には変な模様があるし。
「っら!」
「っ――!?」
広場を見上げていると後ろから鈍い衝撃を受けた。
体が軽く吹き飛んで壁に叩きつけられる。
んだ、誰だよ。
口の中に入った土を吐き出しながら目を向ける。
「お前を殺すがためにここで待ち続けた。
必ず来ると思ってたよ。
長いこと。
ずっと。
対大量殺戮破壊最終兵器生命体。
待ちわびたわ、T・D!」
背中を向けたまま話すそいつ。
顔を見せろよ顔を。
むしゃくしゃするじゃねぇか。
黒髪に俺と同じような髪型しやがって。
「あたいを思い出したか?」
「………いやごめん誰」
「…………」
くるっと、そいつが振り向いた瞬間俺は変な声を出してしまった。
俺じゃねぇか……。
完全に俺。
顔も髪も。
体型も。
違うのは髪の色ぐらい。
「姉を忘れるとか……。
寂しいね、お前は」
姉――海音ねーちゃんですかね。
それしか知らんぞ俺の姉なんていうのは。
しかもこの海音ねーちゃんも幻覚というか。
おっさんによってつくられた存在だったんだからな。
勘弁願いたいところだよ。
「………いきなり出てきて何言ってるんですかね」
「意味が分からないのはお前の方よ。
何言ってんのも、お前やお前」
不思議そうな顔をした姉は俺にゆっくり近づいてくる。
怖いからこっちくんな。
あいつが一歩近づいてくるごとに一歩遠くへ逃げる。
「まさか、記憶がない?」
どうでもいいけど一応これ感動の再開なんだよね。
それなのになんですかね、このテンポの悪さは。
俺は姉の問いかけに黙って頷く。
「ちょ……。
あーなるほど……」
姉は何か悩んだように頭を抑えた。
考え事なんか、それともなんなんか。
なんだよ。
「そうか……。
参ったな……。
とりあえず、おいで?」
「やだ」
嫌よ。
なんか怪しいもん。
「そもそもなんであんたいるんよ……」
それが疑問。
あんたも最終兵器だとしたらさ。
ここから出れたんよね?
「いいからおいで。
頭でも打ったんでしょうに。
記憶を取り戻してあげるから」
「いらん」
「なんて冷たい弟」
姉の顔が曇る。
それにしても本当に俺とそっくりである。
身長も。
顔も。
声までも似てるんじゃないかとか思うわここまで来ると。
「じゃあ……死ぬ?」
「……ん?」
じゃあ、の次がおかしかった。
おかしい。
というか頭おかしい。
「っち!?」
次の瞬間姉は襲いかかってきた。
ダッシュで一瞬にして俺の目の前から消えた。
「……?」
振り返ってみてもどこにいるのか分からない。
「っあ!?」
次の瞬間体がまた吹き飛んでいた。
とっさにイージスでガードしたのにもかかわらず、思いっきり蹴りの角が腹にめり込む。
吐き気を堪えつつ反撃を叩き込むため拳を握る。
突き出した右手の拳は空を切り、代わりに壁に腕がめり込んだ。
「力の使い方がなってないね、T・D。
忘れた?
あたいは対大量殺戮破壊最終兵器生命体だよ?
あんたたち、大量殺戮破壊最終兵器生命体を、殺すために。
作られたんだよ?
真面目に戦わないと死ぬよ?」
This story continues.
ありがとうございました。
実はいたんです。
ここで。
まさかの。
ではでは!