おかえり
「はぁっ……はぁっ……!」
差し込む激痛に鼓動数を上げられ口から吐き出した血がまだ舌に残ってぬるぬると嫌な感触を残す。
堪えきれないじゅくじゅくとした痛みで汗が額から噴き出す。
背中、右腕、そして腹の中。
たった三か所、されど三か所からこみ上げる痛みが俺が体を動かすことを許さない。
おっさんはにやにやと俺の顔を見てセリフを吐く。
「どうだ、T・D。
怖いだろう?
痛いだろう?
恐怖する顔のなんと美しいことか。
口からの吐血、そそるね。
もう少し見せてくれよ」
おっさんのそのセリフが聞こえた後、腹の中で何かが割れた気がした。
腹の中からこみ上げるような痛みが来る。
「うっ、げほっ、ごほっ……」
突然、息が出来なくなり咳き込む。
ひゅーひゅーと息をしようと思うが潰れたように息が出来ない。
こみ上げた血の塊をまた吐き出して大きく咳き込む。
「げほっ、ごほっ!」
口の中に残った血を飲みながらも、反撃のチャンスをうかがう。
俺はおっさんの顔を睨みつけ、左手をなんとか動かして銃口を向ける。
人差し指だけだから、おっさんからは死角となり見えていないはずだ。
人差し指からレーザーを撃ってあの四角い箱を……!
「動くな!
長官、こいつまだ反撃を考えていますよ!」
「はぁっ……はぁっ……くっそ……」
「お笑いだな。
まだやられたいのか?」
おっさんは不敵な笑みを浮かべて俺を見下してくる。
くそっ――。
俺の側にいた兵士に気取られてしまった。
掌ごと人差し指をぐいっと踏みつけてくる。
尖ったコンクリート片が甲に刺さり、鈍く痛む。
最終兵器の力なら振り払えるというのに今はピクリとも動いてくれやしない。
「今だ抵抗する気でいるのが面白いな。
やれやれ、大したもんだよT・D。
本当に大したもんだ。
――当然、行動に見合ったお仕置きをね。
しなくちゃいけないね」
そういうとおっさんは黒い箱を取り出した。
ウソだろ、嫌だ!
おっさんは動けない俺に四角い黒い箱の表側を見せた。
人型に入った模様。
この人型は俺を現しているんだ。
殺される。
俺の左手に当たる模様の所におっさんは指を乗せる。
と、黒の箱が鈍く光り俺の左手は誰かに引っ張られているように固定される。
「やだ!
やめろ!」
「ゾクゾクするね、その表情。
今にも泣きそうじゃないかええ?
ほーら、涙が溜まってるぞ」
おっさんは笑いながら俺の左手部分に乗せた指をスライドさせた。
「やめっ……!」
肉が引きちぎれるブチブチっという音と共に俺の皮膚が剥がれる。
血が皮膚の隙間から流れだし、手首を伝って滴り落ちる。
「あがっ……」
痛い!
痛い!
手首の先から生じる痛みに視界がとうとう滲みはじめる。
耐えきれなかった。
何よりも――死にたくなかった。
あんな装置にばらばらにされて死ぬなんて耐えれなかった。
自分の中で何かが切れた音がした。
「ごめんなさ……ごめんなさいぃ……」
誰に謝っているのか自分でも分からない。
俺の口からこぼれたのはこの言葉だったのだ。
限界だった。
早く解放してほしかった。
「誰かに謝ってるぞ?
おい、とうとういかれちまったか。
まったく、最終兵器でも廃人になるってことだな」
おっさんは周りの兵士にそう語りかけると大声で笑った。
俺は地面の冷たさと同じになりそうなほど体温の下がってきた自分の体を抱いた。
寒い……。
地面に広がっている己の血だまり。
生きる力の塊が俺の中から流れ落ちてゆく。
抵抗する気も、力ももう残っていなかった。
このまま殺される。
それも、一つの終わり方かもしれない。
その時はその時を受け入れよう。
もう、疲れた。
目を閉じて楽な姿勢になおる。
麻痺した頭にはもう痛みなど伝わってこなかった。
「ごあっ!?」
突如、響き渡る声。
蛙を踏みつぶしたような、醜い声が響く。
そして倒れるおっさん。
首が変な方向へと曲がっている。
地面に落ちた四角い箱を拾った手は若々しい。
セズク――か。
遅いわ、バカ野郎。
俺はにやっと笑うと、目を少しだけ開けた。
「この野郎!
裏切ったのか!!」
銃声が続いて鳴り響き、骨が折れる独特の音と悲鳴。
光りがばばっと夜の闇に閃き空から刺す月光がうっすらと辺りを照らす。
「…………」
目の前の男の腸が吹き飛び、地面に落ちた。
腹に開いた穴は大きく、中身がそこからこぼれおちていた。
俺を助けに着た奴の姿は見えないがせずくだろう。
こういう危ないときにはなんだかんだでいつも来てくれるからな。
死の恐怖に塗りつぶされた頭の中がゆっくり正気に戻りはじめた。
「く!!
このクソ野郎!」
兵士が喚きながら銃をぶっ放すのを華麗に避けた影は兵士達の間をくぐり抜けるように進む。
そして影に側を通られた兵士は全員、誰一人残ることなく血を噴き出して地面に倒れる。
セズクだと切るというのに、こいつの場合は……?
違う。
何かが違う。
セズクじゃない。
「ぐっ――裏切り……もの……」
最後に倒れた兵士の頭を踏みつけて赤い足跡をつけながら明りの中にゆっくりと入ってくる。
血にまみれた服を着た男――。
ゆっくりと暗闇に顔が浮かびだしてくる。
月光の光にぼんやりと見える姿は、親友。
それ以外には見えない。
「じ……ん?」
そう、仁。
俺の――いや。
俺が殺したはずの親友。
「やれやれ。
ざまぁねぇな、T・D?」
仁だ。
あの笑い方、それに声。
間違いない、俺の死んだはずの親友。
仁の声で仁の姿。
「亡霊……野郎が……」
少しだけ開く口でそれだけ毒づく。
助けてくれたのはいいが信用なんて出来ない。
あいつは俺を今までに殺そうとして来ているのだから。
ただ単に俺を自分の手で殺したいがためにおっさんから黒い箱を奪っただけ、という場合も考えれる。
だからこそ余計に恐怖が加速した。
こいつなら俺のどこをどうすればもっと怖がるのかとか知ってるに決まってる。
知らない奴が敵ならまだしも親友が敵になるとこれほど厄介なものはない。
頼むよ……勘弁してくれ仁。
「その亡霊野郎に救われてんだからざまぁねぇな。
全く。
リモコンはこのまま壊しても大丈夫だったよな」
仁は俺に嫌味を言うとおっさんが持っていた四角い箱を地面に叩きつけて壊した。
突如体がふっと、軽くなりまったく動かなかった体が動くようになる。
痛みが消え、壊れた肉体の再生が始まる。
口から線になって零れていた血を拭い上体をゆっくりと起こした。
手の再生はすぐに完了して機能を回復する。
「何しに来たんだよ……」
俺は仁を睨みつける。
「何って……。
T・Dが俺のこと誘ったんだろうが。
また戻ってこないかって」
なんだよ、聞いてたのかよ。
それならそうと返事しやがれってんだよ……。
ったく……。
「本当に戻って来たのかよ?
俺を一度裏切ったのに?」
それなら裏切らなくていいだろ、とか思ってしまった。
「それは前の仁だろう?
今の俺は違うよ。
別の任務を持ってんだ。
連合を潰すっていう別の任務をな」
「―――……?」
ごめんちょっと話の行く末が見えない。
少し待って。
「なんでそうなった」
俺は体の再生が進んでいくのを見ながら仁に話しかける。
痛みは完全にとれて、なんともまぁひどい状況を眺めることが出来た。
全員、死んでいる。
人としての原型がようやく少し残っているといった程度だろうか。
「まぁ……戻ってきてくれてうれしいっちゃうれしいが……。
また裏切るんじゃないだろうな?」
「裏切るもお前な……。
前の仁もそもそもお前を裏切ったわけじゃないぜ?
ただ、最終的にそういうふうになってしまったってだけで。
まぁいい。
連合を潰すっていうのが目的だ、今の俺にとっては」
だからどうしてなにがどうなってそうなるんだよ。
訳が分からん。
それに俺はお主を何人も殺してきてるんだ。
すごい気持ち悪いというか、不思議な感じがしてだな。
「ちょっと話をしよう、仁。
不思議な所というか、謎が多すぎて訳が分からん」
「分かるところまでしか話さんぞ。
俺今眠いし」
ああ、仁だわ。
This story continues.
ありがとうございます!
帰ってきました、仁。
帰ってきましたね、よくわからないね。
何がしたいんでしょうか、彼。
理由も取ってつけたみたいですし。
いやー謎ですね!←
読んでくださり、ありがとうございました!