回帰
全てが様変わりしてしまっていた。
見慣れていたはずの故郷は荒廃し、瓦礫が積る平原となっていた。
それでもこの土地で強く生きている人がいた。
俺は自分の吹き飛んで、燃えてしまった自分の家の玄関へと足を一歩踏み入れた。
綺麗な玄関マットをも燃えており、床板の隙間から地面が見える。
鼻をつくのは焼け焦げた木の匂いだ。
階段も綺麗に燃えており上るたびにぎしぎしと音を立てた板は燃え尽きてなくなっていた。
家を崩さないように細心の注意をはらって二回へと飛ぶ。
台所があったはずのところには溶けたガラスがぐにゃぐにゃにくっついてしまっていた。
さまざまな色の瓶が並んでいた戸棚。
ジャムが入って板であろう瓶は灰が中に詰まっていた。
「はぁ……。
なんてーか……」
何とも言えなかった。
というか、言葉にならなかったのだよ。
そりゃ、自分が今まで住んでいた家を壊されていい気分のやつはいないわな。
でも俺の場合、それは今まで記憶の中に置換された場所だから。
別に悲しくはなかった。
悲しいことなのだろうけども、悲しくなかった。
思い出が言うほどあったわけでもない。
「…………」
自分の部屋があった場所。
そこへと一歩踏み入る。
爆弾は俺の部屋とは違うところに落ちたのだろう。
案外綺麗に形だけは残っていた。
色々と調べたパソコン。
水浸しにされた俺の教科書たち。
灰になっていたが形は残っていたから、あらかた分かった。
分かりたくなかったのに。
溶けたパソコンのプラスチックをそっと撫でる。
ぼろっと、俺が触ったところから崩れたプラスチックの内部にはやはり焦げた基盤が見えていた。
「……………」
俺は壊れたところをもう一度触らないようにゆっくり後ろに下がると窓から外を見下ろした。
ベッドだった場所にはこれまた黒く炭化した灰が残っており壁と一体化している。
風がガラスのない窓から吹き入って俺の軍服をはためかせた。
「さむ……」
夜の闇に冷やされた空気は体を静かに蝕む。
時間は分からないがおそらく深夜になったのではないだろうか。
今思えばこの時間、あの日あの時、あの場所で。
「…………」
自分の家の玄関を再び潜り抜けて外へと抜け出す。
戸締りなんていまさら気にすることもないのに玄関を閉めたか確認してしまった。
まだ抜けきってないんだな、癖が。
遠くにそびえる四角い建物は大塔高校だろう。
あの空襲でも崩れなかったところがあったのだ。
いつも大きくそびえていた鬼灯のおっさんのビルは今はもうなかった。
撤去されたのか崩れたのか分からない。
でもあの中にはあの超古代文明の兵器が入っていた。
それごと崩れたとは考えにくいから、きっと誰かが……。
いや、誰かがじゃない。
連合郡が分解して持って行ってしまったに違いない。
おっさんの遺体はもうないだろう。
大泣きしたあの場所も、もう存在しないってことだ。
「波音」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返った。
でもそこに横たわるのは夜の闇だけ。
人の影なんかなかった。
幻聴。
精神的に参っている頭が聴かせたのだろうと勝手に予想して歩き出す。
もうここには二度と戻ってこないだろう。
作り物の思い出と共に消える場所だ。
たくさん楽しいことがあった。
悲しいことも。
それらはすべてここに捨てていく。
でも、捨てきれないものもあった。
それは自分の名前、そしてルール。
「にゃー」
足元にぬくもりを感じて下を見ると猫が一匹俺の足に体を擦り付けていた。
なんだか見たことがあるな、こいつ。
思い出そうにも思い出せないけど。
どこかで見たことがあるのは確かだ。
「お主も来るか?」
足元の猫は俺の顔を眺めてまた小さく鳴く。
ついてくるってか。
自然と笑みがこぼれ猫を抱く。
猫は俺にだっこされるのを嫌がりもしないで素直に腕の中に納まった。
頭を撫でながら足の思うくままに歩く。
前に歩いた時と同じように。
一度しか行ってないところなのによくまぁ俺は覚えているもんだな。
頭の中で勝手に描いていた目的地を思い浮かべてうっすらと笑う。
人間である以上は仕方ないだろう。
そう自分を納得させて目的地へとたどり着く。
「懐かしい場所だ」
そこは初めてシエラと出会った場所。
仁に誘われてアホみたいなノリでやって来た場所。
ここで仁がな、閃光だったかなんだったか忘れたがなにかしらを投げたんだ。
そんで警備の目を盗んで、仁が持ち前のPCでベルカのパスワード解いたんだっけ。
そこからがすべてのはじまりだったんだろうな。
俺は遺跡の壁をさらりと撫でた。
今現在の技術ではとても作れない頑丈な金属。
それが月の光を鈍く照り返していた。
ドアの脇に入っている切れ込みはシエラが付けたものだろうか。
ほんでシエラにナイフも突きつけられたっけ。
はじめて聞くベルカ語に戸惑いも隠し切れなかった。
それでも今思えばあの時ベルカ語で返していなかったら俺は死んでいたはずだ。
間違いなくな。
ほんで、シエラが泣いたんだ。
今考えてもよく分からない理由で。
俺もよくとっさに嘘をつけたものだ。
ベルカ人の末裔だなんて。
学校で『伝説』を聞いたとだからなおさらだ。
おそらく、おそらくだけど俺はわくわくしていた。
「大切なものが消えるとき
三つの死は姿をあらわす。
死は力を使い地上を無に戻す。
死は鬼神となり
恐怖の中で消えていく。
大切なものを失った悲しみと共に」
これだよ、コレ。
頭の中にばっちりとインプットされているこのフレーズだ。
何もかもが偶然とは思えない。
そのつながりでここまで来た。
さまざまな兵器も見て。
さまざまな人の生き方も見てきた。
自分がなんであるのかも。
知りたくないものも見たくないものもたくさん見てきた。
もうそろそろ解放してくれてもいいんじゃないかって思う。
「ふふ……」
あの時俺はここでシエラの刃で死ぬべきだったんじゃないかな。
そうすれば誰かを不幸にすることもなかった。
今みたいに連合と帝国の戦いも激化しなかった。
本当なら、このまま連合が帝国を滅して世界を統一するはずだった。
抜群のバランスでとられていた戦況を見事に崩してしまった。
ベルカ世界連邦帝国の超古代文明の力。
その力の申し子、三人の最終兵器を帝国側につけることによって。
戦争による無駄な死者を増やした。
戦争による悲しみも、憎しみも俺が増やした。
俺自身がこの戦いを広げてしまったようなもんなんじゃないかな。
自覚はない、当然。
でも結果としてそうなってしまっている。
じゃあ俺が。
俺がこの戦いをおわらせりゃいいんだろう?
どちらが正しいかなんて俺の中ではどうでもいいんだ。
俺がこの戦いを激化させたんだ。
それが今俺が自分に課す新たなルール。
この戦争を終わらせる。
知ることのなかった連合と帝国の争いの世界。
見て、触れてしまった。
その責任は取らなければならない。
帝国郡の目的なんてどうでもいい。
「bokueki yok haz sgoi」
滑らかなベルカ語が背後から聞こえる。
今なら分かる。
僕の攻撃避けれるなんて、すごい。 って言ってんだろ。
あの時は訳す気すらなかったしそんな暇もなかった。
「何がすごいんだよ、シエラ」
「ん。
懐かしい演出をしてあげようとしただけ」
やめてくれ。
刃を俺に向けて襲ってくるだろ、それをするってことは。
「勘弁してくれ。
まだ俺は死にたくないんだ」
「あの時は本当に殺そうかと思ったけどね」
笑えない冗談だ。
あの時はまだ俺は人間。
シエラが本気になっていたら確実に死んでたぞ。
でも生きてる。
不思議だな。
あの時死んどけばよかったとは思わないぞさすがに。
「懐かしい演出とか、お主らしくねぇな、おい」
「たまには僕も気を利かせるよ」
「ふっ」
鼻で笑ってしまう。
最終兵器も気配りするんだな。
面白い話である。
「なーシエラ」
「ん?」
「俺よ」
「うん」
「まだいろいろ悩んでんだ」
「知ってる」
知ってるのかよ。
「でも、それがいいと思うけど」
そうかね。
悩みなんてもんはない方がいいぞ。
俺に笑いかけてくる無表情最終兵器。
やれやれ。
こいつに悩みなんてないんだろうな、うらやましい。
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ありがとうございました!
はい。
なんでそうなったんだ、波音。
おい。
変なん方向に歪んでないか!?
お待たせしました!