俺の場所
「うわあ……」
そんな無茶苦茶な兵器を使うなんてまさか、いやまさか。
いやぁ……すごいっすね……。
としか、今は言えない。
一言で表すとしても、すごい、としか言えなかった。
すまんね、語彙がなくて。
「ほえー……。
あいっからわず、すごい威力だねぇ」
メイナが大げさに驚いてみせる。
要塞が立っていたところは本当に更地。
そこに何かがあった、ということぐらいしか認識できないレベル。
それほどまでにシエラが今放った大型ナクナニア光放出砲の威力は突出していた。
今まで見た中で最大級の力。
セズクがめちゃくちゃだなぁ、と呟いて俺に近づいてくる。
「やれやれ。
ハニー、ハニーもこういう力を使うことが出来るんだろうけども……。
でも、僕はハニーにその力を――」
光が、目の前をよぎった。
一筋の光だ。
それがまっすぐに伸びてきたかと思うと、セズクの腹を撃ちぬいた。
「かっ――!?」
自分でも信じられないのだろう。
セズクの顔が苦痛にゆがみ、口からこぼれ出た血液が地面に波紋を作る。
撃たれたのだ。
セズクが、レーザーに。
腹からこぼれた様々なものを見ないようにしてどこから何が来たのかを確認する。
膝から崩れ落ちたセズクをメイナがとっさに支えた。
どこからだ。
どこから撃ってきやがった。
要塞があった場所に残った瓦礫。
そこから量産型仁が顔を出していた。
疑う余地はない。
あいつだ。
「シエラ、メイナ!
セズクを頼む!」
血を吐くセズクをシエラとメイナに任せて俺は走り出す。
絶対に許さない。
追い詰めて追い詰めて。
恐怖のままに殺してやる。
「波音は!?」
「俺はあいつを!」
シエラの呼びかけにそう答えると俺は軍服の首のところを引っ張った。
ネクタイが苦しいんだよこれ!
少佐の紋章がついでに引きちぎれて飛んで行ったが拾おうとも思わなかった。
俺は瓦礫から空へと飛んで行った仁を追う。
背中から翼が出たのをいちいち確認するまもなく地面をしばらく走って思いっきりジャンプした。
風を切る音がせわしなく、聞こえ目の前を流れる流れ星に目がけて飛ぶ。
隆々と心臓の鼓動と共に流れる熱い血が俺の頭を熱してゆく。
「うおら、仁てめぇ!」
まてや。
流れ星に追いつくとまず、足を掴んだ。
掴むと同時に翼を逆噴射させて仁が先へ進むのを防ぐ。
「離せ!」
仁がわめき、赤色のレーザーが俺の肩を掠めた。
首を横にまげて避け、掴んでいる右手を離さないようにして左手を伸ばす。
仁の背中へ伸ばした左手で翼を掴む。
「何をする!」
次に、仁は俺が何をするのか悟ったらしい。
顔がこわばり口が開くと「やめろ」という三文字がこぼれ出た。
「やめるわけねーだろ」
翼をもった左手に力を入れ思いっきり引っ張る。
肉の繊維が千切れる音が響くと、翼の根っこが肉と共に剥がれ落ちる。
「うぎゃあああ!!」
血が俺の頭から降りかかってきて、対の翼の一つを失った仁は地面へと落ち始める。
もう、こいつは死ぬだろう。
手を離そうとすると仁は俺の服を掴んできた。
「っ、離せ!」
往生際が悪い。
悪者はさっさと表の舞台から退場するべきなんだよ。
薄気味悪い亡霊が、俺に触ってくるんじゃない。
仁の顔を蹴り、下に落そうもがく。
蹴っても、蹴っても仁は俺に捕まり続ける。
「死にたくない」
そう訴えてくる瞳の奥に燃える命を見た気がして俺は頭がすっと冷えるのを感じた。
死にたくない、そうだよな。
「仁……」
翼に命じて地面に向かって降りる。
仁は地面に足が付くと俺から離れて岩陰に隠れた。
もう俺にこいつを殺す気なんてなかった。
「おい、仁。
なぁ、仁なんだろ?」
自分でも何を言っているのかは分からない。
仁はあの時塔の上で死んだ。
でも目の前に現れてくるのは確かに仁。
それ以上でもそれ以下でもない。
確実に仁なのだ。
「……………」
岩陰に隠れた仁は返事もしない。
そりゃそうだよな、俺が殺そうとしてたんだもの。
唐突にフレンドリーに話しかけれたとしても何も返事しないのが妥当だ。
「なー仁。
聞こえるか?
俺な、どーもな。
お主が死んでからダメなんだわ」
恋とかそういうのじゃねぇぞ、一応言っておくが。
そういう意味じゃない。
「なんかなー。
ぜーんぶぶっ壊れちまったんだよ。
俺が今までやってきたことが」
手を大きく振って全部、ともう一度言う。
俺は地面に座ろうと思い、まだ手に持っていた仁の片翼を座布団にした。
「全部だぜ?
人を殺さない、っていう自分のルールも。
それら全部壊れちまった。
お主が俺の前に敵として現れてからさ。
不愉快極まりねーよ、正直。
でも、そのおかげで……っていっちゃなんだけどさ。
気が付くことも多かった」
岩陰に仁がいるのかどうかもう分からない。
確めようとも思わない。
でも仁だったら、絶対にそこにいるだろうって思ってる。
だから俺は誰もいないかもしれない空間に話しかける。
だれも聞いていないと思っていても自分に言い聞かせるように話しかける。
これは俺の、自分の物語。
それを誰かに知ってほしいって、そういう願い。
罪深いかもしれない。
ほんの少しで自分がすべて壊れてしまった。
人を殺さないってことで貫いてきたのもすべて。
「なー仁。
だからよ、なんていえばいいんだ。
そのー……な。
また、俺の隣に戻ってきてくれねぇか?」
いわゆるスカウトだった。
今まで俺と戦ってきた仁は全員、前の仁の記憶を引き継いでいた。
タイムラグもなにも発生していないまま。
「……………」
岩陰からの返事はなかった。
そりゃ、そうだよな。
もう俺の話なんて聞かないでこっそりと行ってしまったに違いない。
そう思うと笑いが込み上げてきた。
「はははっ……」
そりゃそうだ。
そりゃそうだよな。
涙なんてもうすでに俺にはなかったと思っていたのに。
あほらしい、バカらしい。
帝国郡に帰ろう。
セズクは……シエラとメイナがあの緑色の光で癒しているだろう。
俺の居場所はもうそこにしかないんだから。
「っと」
翼を引きずったまま二、三歩歩く。
体が重い。
俺は大きく飛び上がると自分の居場所へと戻っていくことにした。
だけど、そうは行かなかった。
自分のもともと俺がいた場所。
ふと気が付くと俺は自分の家へ向かっていた。
大塔高校に通うために住んでいた、俺の親父と母さんの建てた……いや。
これも鬼灯のおっさんによってつくられた記憶だ。
俺は旧ベルカ世界連邦帝国の最終兵器なのだから。
おかしいとは思ってたんだ。
鬼灯のおっさんからベルカ語を読めるようになれって言われた時の自分の履修速度が。
もともとの母国語だったんだからそりゃ、学ばなくとも分かるわな。
二時間、三時間ほど飛んだのだろうか。
空が表情をすっかり変え、もう夜になっていた。
街の明かりが所々で輝いておりあそこでは人が生活を営んでいる。
今頃はきっと、会社員の人は会社が終わって家に帰っている時間だろう。
学生は晩飯を食べ終わって、勉強している時間じゃないだろうか。
普通の生活って、今思えば幸せなんだなって。
大陸を渡り切り、島国へと帰ってくる。
もともとはベルカ帝国の首都があった国。
今は日本と言う名前を持つ小さいながらも大きな国。
そして連合郡の本部があるところ。
帝国郡の敵。
島国のちょっと出っ張ったところ。
そこに俺の住んでいた街は存在していた。
真っ暗、ではない。
他の街のように目を刺すような人工の光じゃない。
火、だろうか。
その明りがあちらこちらでちらちらと光っていた。
爆撃されているんじゃない。
あれは人が生きようと燃やしている火だ。
大きな被害を受けてもなお、ここで生きようとしている人たちがいる。
強いからこそ余計に感じる生命の営みだ。
その街のとある一角。
そこに俺の住んでいた家はあった。
速度を緩めてゆっくりと家の玄関に止まる。
案の定、俺の家はボロボロで。
爆弾が命中したの、みえたもの。
基盤からごっそりと家は持っていかれていた。
まいったな、まったく。
自分が住んでいたこの家がこんな状態だっていうのに。
涙は出ないし、悲しいとも思えなかった。
でもただ一つ抱いた感情があった。
――寂しい。
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ありがとうございました!
遅れてしまい申し訳ありませぬ!
読んでいただき感謝、感激です。
本当にありがとうございます。