ばからしい
「……んうぅ?」
酔っぱらってぐっすり眠っていたセズクが目を覚ましたらしい。
大体二時間ぐらい眠っていたのかな。
俺は読みかけの本を机の上に置くとセズクの眠るベッドに駆け寄る。
「起きたか」
「……う、僕はいったい何をして……」
頭がズキズキ痛むのだろう。
セズクは頭を抑える。
「水、置いといたから。
飲んでまた少し眠るといい。
疲れてるんだよたぶん」
俺はセズクの眠るベッドの横の棚に水差しとコップを置いておいた、と指で差した。
氷は水差しの中にたっぷり入れておいたから三時間ぐらいは冷たいままだろう。
一応冷えたタオルも隣に置いておく。
これで顔とか首筋とか冷やすと気持ちいいんだよ。
ここにタオルも置いておくから、と手で示して俺はベッドのわきからどいた。
「ん……そういえばハニーはどうしてここに?」
「お主が来いって……」
そこまで言いかけて俺は言葉を紡ぐのをやめた。
それで用事を思い出されて長ったらしい説教を聞かされる羽目になってみろ。
もう三話ぐらい消費することになるじゃないか。
「ん?
なんだい?」
「いや……。
そんなことよりお主起きたし、俺シンファクシのとこ行ってくる。
二日酔いなんかしらんが苦しいなら寝とけ」
「う、うん。
波音ありがとう」
「はいはい」
適当に返事をこさえて、セズクに投げつけると俺は部屋から出た。
酔っぱらってたとは予想外だった。
のんびり歩いてシンファクシの部屋まで向かう。
俺がお土産に引っ張ってきた潜水戦艦を何かに使ってほしいし戦果の報告もしたいからだ。
軍靴を響かせながら元帥の部屋の前までたどり着く。
何度となく来ているのでもう迷わない。
部屋に入る前に思い出すようにノックをする。
「元帥、入ります」
ノックと重なるように元帥に入る意思を伝える。
すると中でもぞもぞと元帥が動き出す音がして
「ま、まて。
少し待て」
と焦るような声が聞こえた。
何をやっていらっしゃるのやら。
いつでも入れるようにしとけよな……。
愚痴を口からこぼさないように心の中で流す。
「よし、いいぞ」
その言葉を待っていたとばかりに俺は元帥の部屋の中へ飛び入った。
そして目の前の光景に目をぱちくりさせる。
どうやら先客がいたらしい。
「では、元帥これで」
元帥そっくりの声、そして姿形。
ラフファクシさんだ。
久しぶりに見たなぁ。
元帥が軍服を脱いで白衣に着替えたらああなるんだな。
でもラフファクシの方が元帥よりも背が高いんだな。
それ以外で見分けなんかつかないぞ。
「いや、もう少しいてくれて構わない。
T・Dの報告を聞こうじゃないか」
元帥はそういうと妹を引き留める。
「T・D別にかまわんだろう?」
「はぁ」
どうでもいいですが元帥T・Dと呼ぶのをやめてください。
俺は永久波音です。
最終兵器なんかじゃないんですから。
目で訴える。
「でも……いいのか?
私が分かる内容ならいいんだけど……」
「大丈夫だよ、たぶん。
平気だ。
な、T・D?」
な、と元帥は俺に再確認のつもりか頷くようにとの指示を出してきた。
って言ってもラフファクシさんはほら。
医療系なんだからあんまりよく分からないんじゃないんですかね。
戸惑いながらシンファクシに思い直すような目を向けるが無視。
この野郎。
「まぁ別にいいですが。
とりあえず元帥、状況を説明させてください」
俺が真面目モードになると元帥もしゃんと椅子に座りなおした。
そして机の上で腕を組む。
「よし、聞こう。
貴官が我々に送ったお土産の意味もな」
元帥は俺に側にある椅子に座るように促す。
一礼して椅子を手繰り寄せて腰を下ろすとラフファクシが俺の顔をじっと見ていた。
何か気になるのだろうか。
「どうかしましたか?」
俺はラフファクシの赤紫色の瞳を見つめて尋ねた。
慌てたようにラフファクシは目を逸らす。
「いや……別に……」
変なお方だ。
「とりあえずですね。
遠距離からでも攻撃できる潜水艦を持ってきました。
全部で二十ぐらいいたのですが一隻を除いて撃沈しました。
こちらの基地の被害状況は?」
早口で簡易に、ラフファクシにも分かるように戦果を報告した。
普通なら勲章ものの働きをしていると自分でも思う。
シンファクシは報告を聞いて顎に手を置いた。
積み重なった机の上の資料から二枚ほどの紙を取り出し俺に手渡す。
「これが今回の被害状況だ。
だいぶやられてる。
ほぼ迎撃機能は失われているといってもいいかもしれない」
「はぁ」
俺はラフファクシからシンファクシの紙を受け取るとぱらぱらと目を通す。
基地の全体図がほとんど赤色に塗りつぶされていた。
「レーダー施設、発電施設。
食糧施設にドック。
かなりの箇所をやられてますね」
資料を見て、口から出てきた素直な感想。
重要な施設は狙ったかのようにことごとくやられていた。
やられていなくて助かったのはヴォルニーエルなどの超極兵器級。
海に出ていた艦隊だった。
「そうなんだ。
今復旧を急いではいるものの……いかんせん今回は死に過ぎた。
軍の士気の低迷が目立っている。
そこで相談がある」
俺は資料をシンファクシの机の上に置きなおすと「相談ですか?」と聞き返した。
シンファクシはこくりと頷くと
「私は近いうちに連合へと総攻撃をかけるつもりでいる。
持てる力の全てを賭けてな。
日本帝国の本部を落とす。
そのためには兵士の士気は当然必要だ。
だがこのままでは……だめなんだ。
そこでだ。
T・D及び、シエラ、メイナの三名で連合のもっとも大きな基地。
ラードグリー要塞を落としてぶんどってもらいたい。
その中にはたくさんの兵器も貯蔵されている。
資材もたくさんあるはずだ。
それらすべてを奪い軍力の増強にもつなげたい」
要するにパフォーマンスをしろということだな。
俺達に。
元帥は俺の目をじっと見ている。
「はぁ。
まーいいですよ。
やります。
場所なんかはわかりますか?」
これ断ったら元帥のすごくがっかりする顔が見れるよなーとか思いながら俺は元帥に地図を見せてもらった。
連合と帝国のはざま。
まさにど真ん中にその要塞は立っていた。
ラードグリー要塞、ね。
「こっちが偵察機の写真だ。
この一枚しかない。
近寄るとすべて撃墜されてしまうんでな」
「……どれどれ」
またまたラフファクシ経由で回ってきた写真を俺は手に取る。
白黒ですか、しかも。
この時代に白黒ってどうなんですか元帥。
「撮ったのが夜だから白黒なのは勘弁してくれ。
赤外線でとったから。
写真で見るに半径約一キロの円状の建物だと分かるだろう?
それが五つ、横に並んでいるんだ。
その後ろにもいくつかの要塞が見えるはずだ。
うっすらとだけどな」
要するにこれは葡萄のような形をしていると考えていいのだろう。
一番敵が集中する方にたくさんの果実がある方を向ける。
一つが突破されてもまた三つ残っているから抵抗できる。
ほほう、面白い形をしているなぁ。
「これを落とせばいいんですよね?」
「そうだ」
なんだ簡単な話だ。
最終兵器の俺達がかかれば一発だろう。
俺はシンファクシに地図を貰うと
「どの程度残しておけばいいんですか?
欲しいって言っていた兵器を除いて」
そう問うた。
ここで建物だけは残しておくとかそんなことは言わないよな?
当然全部破壊だろう?
更地にしてしまっていいんだろう?
「後はいらない。
建物も目障りだ破壊しろ」
元帥のその言葉を聞いて俺は胸の中でガッツポーズをした。
「そうこなくちゃ。
了解です、元帥」
楽しくなってきた。
俺は椅子から立ち上がって軍服のゴミを払う。
「T・D、だったか?」
「はい、そうですが……。
どうしました?」
ゴミを落とすな、ってことかいな。
コロコロするのが面倒とかそういう関連かな。
「お前、前に来たときと比べて顔がまるで違うぞ。
……なんていうか、気をつけろ。
前は人間だったが、今は化け物だ。
化け物みたいな顔をしてるぞ」
「…………」
化け物、ね。
俺はラフファクシと視線を合わせた。
元帥とは違う、不安に満ちた目。
「もう化け物なんですよ、俺は」
そう言い残すと俺は元帥の部屋を飛び出すようにドアをこじ開けた。
ひんやりと冷たい鉄の廊下が広がる空間。
今更ちくりと心が痛む。
俺が化け物か。
化け物って呼ばれる日が来るなんて思ってもみなかったな。
……俺の目から一滴の涙が零れた。
まだ人間らしさも残ってたってことか。
――バカらしい。
俺は涙を拭い去ると地図を持った右手で壁を叩きつけ自分の部屋へと戻った。
This story continues.
ありがとうございました。
お待たせいたしました、更新しました。
さーてどんなふうに進むのでしょうかっ。
ここから先はどうなるのか。
化け物、波音はそうよばれてしまいましたが。
さてさて。
どうしましょうかね、ふふふっ。
ではではっ。