よっぱらい
「なんの用事だよあいつは。
そもそも俺はだな……」
少しセズクに呼ばれたのが億劫で仕方がなかった。
なんで呼ばれたんだろう。
今までにないぐらい真剣なあいつの表情を思い出して憂鬱な気持ちに少し拍車がかかる。
嘲るような目つきでもされるのだろうか。
少し前から俺はおもっていたことがある。
それはセズクが俺のことをシャロンさん。
つまりあいつの死んでしまった恋人の代わりに見ているんじゃないかってことだ。
不気味なまでに俺に固執してくるセズク。
何かわけがあるんじゃないかとは思っていた。
そして確信した。
先ほどの戦いのときやっぱり分かってしまった。
あいつは俺を永久波音として見ているんじゃない。
シャロンとして見ているのだ。
「俺はシャロンじゃねぇってのにあのバカ……」
なぜか腹が立つ。
別に俺には関係ないこと――じゃないけども。
俺を俺として今まで見ていなかったのかって思うね。
俺の一応の師匠なんだからその辺はしっかりしてほしい。
長い廊下を歩きようやくセズクの部屋にたどり着いた。
紺だけ長いこと一緒にいるにもかかわらず思い返すと俺はセズクの部屋に入ったことがなかった。
なんだか少しだけドキドキする。
彼氏の部屋に初めて入る彼女のようだ。
「セズク、入るぞ?」
ドアをとんとんと叩き反応が返ってくるのを待つ。
ドアの奥で何かがドスと動いたかと思うとずるずると何かを引きずる音がした。
ゆっくりと俺の入ろうとしているドアまで来るとカチリと鍵が外れる。
オオだけ聞くとまるでホラーだ。
末恐ろしい音を聞いてしまったものだと半ば泣きそうになる。
実際に泣くわけではないぞ。
間違えるんじゃない。
俺がカードを読み取るところに掲げると音が鳴って扉が横にスライドした。
ドア枠をくぐり中に足を踏み入れる。
「おー……」
仲は俺の想像をはるかに超えていた。
なんというか……すごい。
いい意味で。
ぴっちりとあっちこちきれいに片付いているしテーマが黒で統一されている。
絨毯も、机も、パソコンも。
椅子も、ベッドも。
そして机の上には銀色に光る写真が一つ。
本棚には難しそうな本ばかりずらりと並んでいた。
黒いコンポまであるぞ。
「はー……」
「いらっしゃい、ハニー。
はじめてかな、僕の部屋は」
肩に手が置かれたせいでびくっとなりながら耳元で話しかけてくるセズクに頷く。
耳に息かかってるんですけど離れてくれませんかね。
「そっか。
前々まで見せるつもりはなかったからね。
波音に見せるのが怖かったから」
「怖いってあのなぁ――」
こんなきれーな部屋誰が怖がるんだよ。
むしろなんかすっごいきれいだから汚したくなるんだけども。
それが怖いってことか?
「これは僕の……汚いところだから」
「汚い?」
汚いセズク?
こいつが自ら自分のことを汚いって言ったのか?
聞き取ったはずの自分の耳を疑う。
にわかには信じられない言葉だった。
「そうだよ。
僕のどろっとして黒くて汚いところ」
「どろって……」
なんか気持ち悪い表現だな。
セズクの言葉で溶けたチョコレートのようなものを想像してしまう。
あれじゃないんだよな。
俺の後ろからセズクはぬるっと抜けると前に立ち自分のベッドに寝転んだ。
「で、なんで呼んだのさ。
何か理由があるんだろセズク。
何かの理由がさ」
突き詰めていく。
「ん、そうだね。
少しだけ僕の話に付き合ってほしいだけさ」
「…………」
そういうとセズクは自分のベッドの横を叩いた。
ここに座れということだろう。
入り口に立ちっぱなしだった俺はその指示に従ってベットまで歩き腰掛ける。
ばねが俺の体重を受け、軋む。
「そうだな、まず何から話そうかな」
用意してないんかい。
まだなんかい。
手っきりすでに用意して今からもう話せますよって感じやないんかい。
肩透かしを食らわされ、なんかがっかりする。
「できるだけ手短に頼んでも?」
放っておいたら長くなりそうだ。
何を俺に離そうとしているのか分からないけども長くなりそうな予感だけが胸を突く。
「んー?
ん、うん。
えっとね、波音。
僕、シャロンのこと君に話したことあったよね?」
「うん」
確かに話されたことがある。
とりあえずセズクがシャロンにべたぼれなのはわかった。
そんで……確か死んじゃったんだっけ。
それで連合郡に行って……って話だったと思う。
「汚いも何もただ純愛を貫いただけだと思うけどな」
俺はぼそっと呟くと地面に転がる缶を眺めた。
発泡酒と読める。
こいつ、お酒飲むんだ。
「うん……うん」
セズクは何度か頷くと俺にぐいっと顔を近づけてきた。
吐息が顔にかかる。
「うっ、くさっ!
お主お酒飲んでるだろ!?」
「飲んでないよ?
くすくすくす」
絶対に酔っぱらってるよこいつ……。
俺は地面に転がっている缶の数を数えた。
二つ。
どれもアルコールが五パーセント程度の弱いものだ。
「え、お酒弱いのか……」
白人はお酒が強いというイメージが強く存在していたが今俺の前でにやにやと気持ち悪く笑っているセズクを見るとそのイメージもただの偏見だったんだと納得せざるを得ない。
「えへへへ、ハニー。
聞いてよーシャロンのことなんだけどさぁ」
へらへらしながら俺に抱き着いてくる。
だーやめい。
自分より大きな体のやつに抱き着かれるなどうっとおしいだけである。
アリルならまだしもセズクだよだって。
「は~……やれやれもう……」
この馬鹿は。
子供じゃないんだからさ。
というかこんな時間からお酒かっくらうなよ……。
まだ外の混乱も終わってないだろうに。
「えっへへへ、はのん~。
愛してる~っ」
「はいはい。
分かった分かった」
「だいしゅきーっ♪」
「はいはい……」
ここまで素直に好意を投げつけられるとうれしい。
いくらこいつでもね。
とりあえず俺に抱き着いてきたセズクの頭をなでなでする。
俺より一回り、二回り大きいんだぜこいつ。
なんだこいつ犬か。
「んへへへっ」
完璧に壊れてるじゃないですか。
だれかこいつ引っ張ってってくれ。
でもまぁ……。
セズクのイケメン顔は赤く染まっている。
目はうるうるしてるし。
いつもしっかりしているだけにこんな姿見せられてビビってる。
正直なんていえばいいのかが分からない。
とりあえず甘えてくるからよしよしし返すぐらいしか出来ないのだ。
「ねー波音……。
少しだけ甘えてもいい?」
もう甘えてるじゃねぇかよ。
というかこれホモじゃねーか。
一応これはね、きちんとした全年齢対象なんですよ。
一応ね、NLなんですよ。
「押し倒さねーならな」
でも今日ぐらいは別にいいか。
「うん……」
もう完璧にキャラ違うじゃないですかあんた。
だれだ。
本当にセズク・KT・ナスカルークなのかあんた。
嘘じゃないだろうな。
「うう……」
俺を後ろからがばっと抱いたまま動かないセズク。
だんだん暑くなってきて離れようとするが恐るべき力で離れられない。
仕方なしに力を抜いて流れるがままになる。
もう好きにしてくれ。
「ねー……波音?」
「んだよ」
「好きだよ」
「知ってるわ」
「……そうだね」
そしてまた黙り込む。
なんなんだよもう。
あれか。
ここまで素直なホモもいねーと思うけどここまで迷惑なホモもいねーぞ。
友達にホモはこいつしかいないから何とも言えないけども。
まぁ……なんだ。
「好き」
「おう」
「好き」
「はい」
「好き」
「ん」
「好きっ」
「ん」
「好きーっ」
「はい」
「好きっ」
「おうおう」
「大好き!」
「はい!」
幾度となく繰り返される「好き」の羅列。
それにひとつひとつ律儀に返事を返す。
無視したら拗ねそうだもんよこいつ。
「ねぇハニー。
実はね、僕ね」
セズクは俺から離れるとベッドに倒れ込んだ。
ばねで体を跳ねさせながら俺は何が何だか分からずになされるがままになる。
「んで?
お主、話ってなんだよ。
それがあるからわざわざ俺を呼んだんだろう?
というか話す流れだったじゃねぇか話せ」
「にへ?」
ダメだこいつ話聞いてない。
話聞くはずがなんで俺がこいつたしなめてんだよ。
早く酒抜けてくれねーかな。
ねっ転がる犬セズクの頭をなでなでしてため息をついた。
久しぶりにため息ついたわ。
This story continues.
ありがとうございました。
酔っ払いセズクさんなんて……どんなんあんでしょう。
あれれ。
わからん。
こんなふうになるんだ……。
ではではっ。