メイナ先生の授業
仁を見舞って何かが吹っ切れた気がした。
今まで自分の中で渦巻いていたものが消えたのだ。
時間的には短かったはずなのに長く感じていた。
俺を迷わせていたものが仁一人に凝縮されていたのかなぁ。
そういう意味ではやっぱり主は俺の親友だったんだな、って思う。
「お疲れ様です」
廊下を通り過ぎる兵士に挨拶される。
俺は頭を下げて、静かに横を通り過ぎた。
兵士の眼差しは俺を好奇心の塊のように見ている。
そこに俺を恐れる表情はなかった。
仁のところから歩いて五分。
メイナと待ち合わせしたところにたどり着く。
もうそこにはメイナが待っており俺に「遅い」と毒づいた。
側にはアリルが立っていて、何やらパンをほおばっている。
腹減りの時期なのだろう。
どんなんや。
「波音、遅い。
遅刻だよ~?」
「ごめん」
「波音君っ、もぐもぐんでばばんでぶ?」
ベルカ語でおけ。
アリルはあわてて口の中に入っているパンを飲み込むと改めて言い直した。
「今から力の使い方を学ぶって本当ですか?
あのっ、人殺しの力……ですよ?」
あの短い間にこれだけの言葉が入ってたのか。
最後の方はアリルは恐る恐る付け足した、といった感じだった。
俺は黙って頷くと
「そうだよ。
俺は、人殺しのために力を学ぶ。
でなきけりゃ、俺はお主を守れない」
そういってアリルの持っているパンを盗み見た。
おいしそうである。
なるほど、イチゴスイートクリームチョコチップメロンパンか。
食べてみたい。
新商品なのだろう。
「じゃあ、危ないからアリルは下がってて。
波音、いい?
私は手加減するよー?
シエラみたいにマジでやらないよー?」
やらないんかい。
いや、やってほしいわけじゃないけども。
あれだ、ほら。
「力の使い方教えてくれるだけでいいんだ。
なんならほら、癒しの力……あっただろ?
あれのやり方とかさ」
あったよな?
メガデデス戦の時にメイナさんとシエラさんあなた達使ってたじゃない。
あの、緑色のやつ。
俺もやりたいぞ。
メイナは俺の顔をじっと見て何か考え込んでいるようだった。
赤紫色の瞳に俺の顔が写り込む。
「なんだよ」
「ん、いやね……。
あんなの簡単だよ。
でもねぇ、波音。
いい?
私たちが力を使う時において大切なのはなんだと思うかねぇ?」
大切なもの?
それは……力を使う時だろ?
命の大切さ、とかかな。
分からん。
無言のまま黙っているとメイナが口を開く。
「それは、区別をつけること」
「区別?」
「そう」
区別……。
「敵と味方。
この場合助けるのは当然味方になるねぇ。
どれだけ敵が苦しんでいたとしても助けちゃならないわけ。
それが区別。
力を向ける先を決めるのに大事なこと」
メイナは真剣な表情でそういうと俺の肩を叩いた。
「私達はもう慣れてるけど。
波音はどうかな?
そりゃ、昔のT・Dだったときは普通にその区別が出来てたけど。
鬼灯のおっさんに変な記憶を混入されてから人間味増したからねぇ。
目の前に瀕死の敵が横たわってたら助けちゃうんじゃないの?」
メイナはそう言って首をかしげた。
短い髪の毛が揺れてふわっとシャンプーの香りがただよってくる。
女の子の匂いだなぁ、とふと思う。
人間味もなにも、お主も人間味ありまくりじゃねぇか。
「そんなことねぇよ。
ってか、あれだ。
はやく教えろ」
うずうずしてるんだ俺は。
なんだ。
改めて言うのもアレだがな。
セズクがな、心配でな。
間違いなくあれはセズクだったわけで。
病院でももし、治らないとしたら?
そうなった場合助けてやれるのは最終兵器しかいないわけで。
破壊の力を治療の力に変える。
そして奪うだけじゃないってこと教えてあげたい。
「いいけど……。
波音、私達はどうやってレーザーをマスターしたと思う?」
「え?
分からんけど……。
マスターとかあるんかい」
「ある」
マジか。
なんか勉強しなきゃいけないのかなぁ。
やっぱり。
「まずなにをすればいいんだ、この場合。
数学か?」
「超光化学」
「へ?」
超光化学っていうとあれですか。
ベルカの遺産のやつですよね?
「超光化学」
「ちょっと待って」
「待たないんだねぇ、これが。
Tだったころの波音はこれを全部マスターしてたんだよ?
仁を殺ったときとか自然とレーザー出なかった?」
「……出た」
仁を倒したのは俺のレーザーだしな。
それも光波共震砲。
超空要塞戦艦の武器だっけか。
「たぶん体が覚えてたんだと思うよ~。
でなきゃ普通はそうはならないもん」
「……普通が分からんけどな」
「もっともです、なっははは。
さ、そんなことはいいからもう一回初めから勉強しなおさない?
別に嫌ならいいけども……。
そのままの状態で力を使い続けるのも危ないじゃん?」
今の俺は自分でレーザー作って自分に向かって撃つ可能性の方が高いということである。
要するにまとめるとそういうこと。
自分で自分の力を制御できないなんて情けない話だ。
「まぁ……うん。
確かに」
「ね、ね?
じゃあとりあえずべんきょ……」
「ちょっと待って。
一つだけ教えてほしいんだけどさ」
メイナが張り切ってどこからか取り出した黒板をこつこつ叩いてストップを促す。
チョークでいろいろ書いていたメイナはほへ?とした顔を俺に向けた。
完璧に今もう説明する気だっただろ、てめー。
少しぐらいまてや。
怒るで。
「んにゃ、どうぞ」
「セズクさぁ……。
どうなった?」
今俺が若干気にしていることがコレである。
セズクどうなったんだ。
あいつあの状態から回復できたのか。
「あー……。
私が聴いた情報によると結構危ないらしいけどねぇ」
「危ない……っていうと?」
「波音のおしり的な意味だよ?」
「あーはい」
元気元気ってことだな。
了解、少しは衰えろよあいつも。
「もう少しだけ痛めつけてきてもいい?」
「ダメ」
はい。
セズクが弱っているうちに少しだけ攻撃して、こう治る→怪我させる→治る→怪我させるの流れをだな。
そうすればあいつずっと病院から出てこないだろ?
何それ、幸せ俺にとって幸せ。
「仲間を攻撃するなんて絶対にダメ。
波音、冗談でも言っていいことと言っちゃダメなことが――」
「分かってる、分かってるよ。
ごめんて」
メイナはやれやれというように手を上げると俺の頬をつねった。
ぷにっとした感覚がメイナだけでなく俺にも伝わる。
結構触られるんよね、ほっぺた。
それほど気持ちいほっぺをしているとは思わないんだけどなぁ。
変な奴らである。
「まったくもう。
で、えっとー」
メイナはもうさっき自分が言ったことを忘れたらしい。
俺はメイナが思い出すまで地面に足を組んで待つ。
昔本で読んだのだが、今人類は思考能力が低下しているのだという。
コンピューターが現れたことにより考える必要が薄れてきたからだ。
少しでも考えることを続けなければならないため、日常でも考える癖をつけなければならないらしい。
ということで、今それを実践している。
メイナ、考えろ。
考えるんだ。
「えーっと、あー……えー?」
メイナ、頑張れ。
マジでがんばれ。
あえて言わないところにやさしさを感じてほしい、俺としては。
「ヒント出すか?」
「お願いしようかねぇ」
「力」
「あー!
はいはいはいはい」
メイナは思い出したのか手をぽんと叩き俺の顔を見た。
何度も何度もしきりに頷き、そうだったそうだったと言葉を反復する。
そうだろう、そうだろう。
「で、力の使い方をマスターするには勉強しかない……って言ったっけ?」
「言った」
「よし、じゃあ波音。
まずはこれを見て」
メイナはそういうと右手をレーザーに変換した。
エネルギーは送っていないのか幾何学模様の光は太陽に打ち消されるほど弱い。
「これが超光ナクナニアリアクターで……」
「お、おお」
「で、このアンドロールで安定させて、そこから……」
なるほど、分からん。
メイナに説明を一時停止してもらうように要請するが聞いてもらえない。
頼むから俺が付ついていけるような内容にしてほしい。
「ちょっと、待ってくれ、頼むから」
「なんでよ?」
「分からんから」
「――努力してよ、波音」
そんな無茶苦茶な……。
そうして俺は約十時間にも及ぶメイナのレッスンを受けたのである。
長い。
でも……あらかた分かった気がする。
兵器の一部分だけだけどな。
This story continues.
ありがとうございました。
確実に波音は力をつけているはずです。
怖いですね、彼。
主人公らしいですよ。