自分の力
押しては引いて。
引いては押して。
繰り返す波の狭間に思考を揺らす。
ぼんやりと浮かぶ太陽を眺め自分の体を眺める。
ずっと前もそうやって思いをはせていた。
いつだっけな。
最後にここで考えたのは。
現実から時間軸をさかのぼり自分の過去を掘る。
ゆっくりゆっくりと思い返してゆく。
車で例えるなら半クラッチの状態だ。
あまりにもアクセル踏みこむと自分が壊れそうになるから。
どんな過去を俺は持っているだろう。
じっくりといつでも放せる位置までアクセルを踏み込んでゆく。
ぼんやりと男と女の人の声が聞こえてくる。
『T・Dは完成したのか』
『シア・ガングナンズのことですか?
ええ。
彼はもう完璧に最終兵器となりました。
F・DやS・Dよりも確実に完成度が高いものです』
『ESSPX細胞の状態は?』
『安定しています』
声だけがゆっくりと聞こえてくる。
だが、視界、自分が置かれた状況なんかは思い出せない。
声だけが淡々と頭に入ってくるだけだった。
ダメだ。
こんなんじゃ全然……分からないし思い出せない。
『すばらしい。
最高の力だな。
これでベルカは世界を相手に回しても勝てるぞ』
『まさか……。
そんな事態があると?』
声がゆるりゆらりと近づいては遠のき近づいては遠のいてを繰り返す。
次第に頭が痛みだし、思い出せない暗黒の思考に突入した。
こうなると思いだそうとしても思い出せない。
ルファーのかみつきが甘かったのだろうか。
閉じていた目を開きほっと溜息をつく。
「……なんだろう」
ふとなにか嫌な予感が全身を包んだ。
何かが来る。
破壊の力を持ったモノが。
「こっちだ」
海の彼方を睨みつけ予感のする方を見つめる。
目を細め、彼方から来るものをじっと待った。
頭の中にレーダーが入っているみたいだ。
シエラ達の言っていたパンソロジーレーダーとかいうやつだろう。
そこに一つ、点が増えまた一つ一つと増えてゆく。
高度は約一万といったところだろうか。
これだけの大量の情報すっと頭に入って来た。
となると、飛ばなければ正体は把握できない。
飛ぼう。
一度乗れたらもう忘れない自転車のように体が動作を覚えているようだった。
俺の背中からは金属の羽が生えていて風を巻き起こしている。
赤と青の線が絡み合い銀色の翼に幾何学の模様が溢れ出す。
光を携え自分のものとは思えない翼を少し眺める。
帰ってきた、そんな感覚だった。
体が喜んでいるのだろうか。
今まで自分を縛りつけていたものは無くなった。
守りたいものを守るのに必要な力は手に入れた。
「連合郡が……」
憎しみの言葉を吐き捨て俺は地面を勢いよく蹴ると空を駆けた。
シエラやメイナが飛んでいた時のように。
俺も素早く、光を曳いて目的の場所へ飛ぶ。
すぐに空を覆い尽くすほどの爆撃機隊に出会った。
仁が点制圧をして、爆撃機で面制圧をするつもりだったらしい。
仁の攻撃は確実にクリーンヒットしていたから今は帝国郡の迎撃能力はゼロ。
じゃあ俺がここで止めるしかないわけで。
「……落とすか」
それしかないな。
「一体何人殺すんだ?」
――うるさい。
自分の口からすらっと出た言葉を心で叩いた。
もう俺の手は仁の血で染まってる。
いまさら何を躊躇する必要があるのか。
純白を汚すのはためらう。
だが汚れたものを汚すのはなんのためらいも必要ない。
雑巾もはじめ使うのは少しもったいない気がする。
でも二回目からは普通に使うだろ?
そういうことさ、つまり。
俺はもう最終兵器なんだから。
しかも初めから純白かと思ってたら雑巾だったんだから。
「行くぞ」
ぐん、と距離をつめて一番先頭を飛んでいた爆撃機をじろっと眺める。
六発のエンジンと長く大きく伸びた胴体。
主翼が四枚前後に並んでおり一見風変りな形を晒している。
コックピットのガラス越しには俺を今見つけたであろうパイロットが唖然とした表情を無様にこちらに向けていた。
にや、と笑い右手を巨大なレーザー砲へと変えてみせる。
息をのみ、恐怖の表情を浮かべたパイロットに左手をひらひらと振ってやった。
さすがに合図なしで死ぬのは怖いだろ。
せめてもの優しさである。
「さようなら」
口をその形にゆっくり動かすと右手のレーザーを編隊のど真ん中に叩き込んでやった。
細く威力を集中させた赤色のレーザーが先頭を飛んでいる爆撃機を貫く。
ガラスを砕きパイロットを蒸発させてもなおレーザーは止まらない。
燃料タンクまで一瞬で行きつくと大量に積んであった燃料を引火させた。
たちまち火だるまになった爆撃機から生き残りの人たちがこぼれる。
主翼がもげ落ち、開いたおなかから大量の爆弾が落ちてゆく。
黒い雨となり、帝国郡を焼くつもりだったのだろう。
ならこれで俺はお前たちを焼いてやるよ。
ふと思いつき俺は急降下してそのうち一つを掴んだ。
先頭がやられたのを見た残りの爆撃機が迎撃態勢に入ったのか俺の真横を機銃の弾が横切る。
熱い弾丸が頬を掠め軍服を破る。
普通の人ならそれだけで頭を抱え逃げてもおかしくないだろう。
「へぇ?」
でも俺は全然もうこんなもの怖くない。
「よっこらせっ」
掴んだままの爆弾を右手だけで持ち直し狙いをつける。
一撃で仕留めれるようなところ。
胴体中央部かな。
千切れたらもう飛べないもんなぁ。
狙いをつけると石を投げるように軽く放り投げた。
小型だとしても二百キロはある爆弾は投げられたままの勢いを保ったまま爆撃機の胴体中央部へと命中した。
爆弾なので当然ぶつかると同時に爆発する。
胴体にのめり込んだ状態で爆発し、膨れ上がった爆風はいとも簡単に爆撃機を中央からへし折る。
くるくると回転を始めた爆撃機だったものはパイロットたちを積んだまま海へと一万メートルを落ちてゆく。
海に突っ込むときれいな水しぶきとなる。
醜い爆撃機も美しく変われるんじゃないか。
「次はっと……」
振り返ってみたとしてもまだまだたくさんの爆撃機が存在していてびっくりした。
俺が二機落としているうちに少しでも逃げれただろうに。
鈍いやつらだなぁ。
俺の右や上を行きかう銃弾をイージスで軽くいなす。
どうせ当たらない。
撃つだけ無駄だというのに。
「いいよもう。
逃げなくて。
全滅させてやるから」
いつかメイナがやったことのあるやつ。
艦隊決戦の時に使ったやつ。
あれをすることにしよう。
背中に力を入れ、ゆっくりとため込んでゆく。
小さな光の粒子が翼を包むように集まり始め、翼の幾何学模様がさらに強く輝きはじめる。
守ろうとするものを消す奴らなんて全部消えればいい。
いや、俺が消してやる。
お前が俺の守りたいものを消すよりもはやく俺がお前らを消してやる。
「運が悪いんだよお前らは」
俺が解き放った力は波となり爆撃機群を襲った。
あおりを受けた一機がバランスを崩し別の一機にぶつかる。
散弾のように、広がったレーザーが億を超える単位で爆撃機の編隊へと振り注いだ。
蜂の巣のように鋼鉄が溶け、大量の穴が開いた主翼に機体を支える力は残っていなかった。
流れるようにゆっくりと編隊すべてが落ちてゆく。
燃料から火を吹きだし、穴の開いた翼から黒煙をたなびかせゆっくりと。
空を埋め尽くすように存在していた爆撃機は俺の前で落ちてゆく。
それだけですべてが再起不能だというのにさらに襲うものがある。
莫大な熱で膨張した空気が引き起こす衝撃波だ。
衝撃波に弾き飛ばされ、砕けてばらばらになった鋼鉄が海へと降り注いでゆく。
部品だけではない。
当然中に乗っていた人間もだ。
自分の持つ力。
これこそが最終兵器の力。
悪くない。
右手を普通の手に戻しぐっと握った。
力があれば守れる。
何も失わなくて済む。
This story continues.
力に目覚めた波音。
守りたいものを守るには力が必要です。
でも力だけですべて守れるのでしょうか。
さーて。
どうなるんでしょうっ。
みなさま、のんびりお待ちくださいっ。
また来週ですっ。
ではでは。