黄昏
「じゃあ、波音君……。
私はちょっと用事があるので行きますね?
お父様とお母様にあってこなくては」
おう。
俺は手を振る。
「その……ありがとうな。
何回も言うようだけども。
俺、なんか元気出てきた気がするよ」
自分の唇を触りつつアリルに反応を返す。
本当に俺キスしたんだ。
いやっほーい。
無駄に上がるテンションが止まる気配がない。
一体どうしろというのか。
「では……」
そういってアリルは俺の部屋から出て行った。
後ろ姿を見送りつつベットから這い出る。
シンファクシへの返事を考えなくては。
それよりも俺の過去ってどんなものだったのか。
思い出せるだけ思い出してみたい。
全てが偽りだった今、本当のことが知りたいのは仕方のないことだろ?
俺は少し自分の記憶をさかのぼってみることにした。
遊園地の帰りに家族みんなが死んだというのは偽り。
じゃあ、仁たちとの間にあった友情も偽り……?
「なぁ、仁。
もう少しだけ教えてくれてもよかったんじゃないのか?」
残された親友の所有物に話しかけてみる。
真実だけを語ってくれる人に聞きたい。
だれか真実を知っていそうな人。
だれだ、誰がいる?
あ、そうだ。
鬼灯詩乃だ。
詩乃がいた。
ここは幼馴染の詩乃に聞いてみよう。
確かここにいるはずだ。
ヴォルニーエルの中にはいたんだからきっとここにもいるはずだ。
俺は思いついたことで動くことが多い。
とりあえず病院へと向かうことにした。
身支度を整え、ぐしゃぐしゃになった髪を直す。
行く前にシャワー浴びないと。
全身から汗とか血とかの匂いがする。
そんなものくっつけて歩くわけにはいかない。
簡単にシャワーを浴びた後俺は病院に向かって歩いた。
「あの、すいません……」
話しかけると同時に
「邪魔です、あっちいってください!」
と、断られる。
病院は案の定込み合っていた。
そりゃそうだろうな。
電気系統がやられていなかったとはいえ空襲は空襲。
けが人が出るに決まっている。
屈強な軍人さんの腕に看護婦が包帯を巻いていたり、頭から流している血をふき取ったりと大忙しのようだった。
この雰囲気で詩乃の部屋はどこか、なんて聞けないわな。
「あのっ……」
「健康な人はここに来ないでください!
まぎらわしいですから!」
でもくじけずに話しかけるだけ話しかけてみた。
目の前を通った白衣の男の人に聞こうと思ったが反応は案の定のこれだ。
少しぐらい聞いてもいいじゃねぇかケチ。
「はー……また出直すか」
今この現状でここにいたところで広大な面積を持つ地下病院は俺の求めることを教えてくれはしないだろう。
ただでさえ人不足なのだ。
そりゃただの人探しにかまっている暇なんてないわな。
諦めて俺は病院から出るエレベーターに乗った。
地下四十メートルもの深さに作られた地下病院は空襲にもびくともしなかったらしい。
エレベーターも普通に動いているしな。
噂では核攻撃にも耐えれるとか。
そのかわり地上と地下への行き来は階段と六基のエレベーターに限られる。
その一つに俺は今一人で乗って地上へと向かっているというわけだ。
二分ほどエレベーターの中で過ごした後地上についた。
「どいてどいてどいてください!」
外に出ようと思った俺の前に一台のタンカーが押し込まれた。
また中に強制的に戻される形になってしまう。
何をする貴様ら。
「あの、ちょっと外に出たいのですが……」
「少し黙ってください!
重病患者の出血箇所を早くまとめて!
早く!」
一体誰だろうか。
額、および胸部からの出血が激しい。
タンカーの白い布の部分がもう真っ赤になっている。
俺は思わず裾で口と鼻を覆った。
血を見るのはあまり好きじゃない。
目を背けそそくさとその場を去ろうとする。
「は…の…」
「っ――!?」
その時だ。
目の前の重病患者が俺に向かって手を伸ばしてきたのは。
「患者を落ち着かせろ!
きっちり固定するんだ!」
医師の怒号が飛び、周りの緊急員がそれに従う。
今の声……セズクか?
まさか、おい、嘘だろう?
「マイ……ハ……二―……」
この声、間違いない。
セズクだ。
俺はすっと背中を冷たいものが撫でたのを感じた。
「なんでお主が……!?」
「早くつれていけ、早く!
あんたは早くここから出て!」
「ちょっと、まっ……せ、セズク!」
緊急員が俺をエレベーターから押し出し扉を閉める。
応急処置を行いながらゆっくりとタンカーは地下へと潜り始めた。
目の前のガラス扉を透かしてその様子が見える。
あの金髪に体型。
セズクに間違いないだろう。
「…………」
仁も死んだ。
おっさんも死んだ。
セズクまでもが死んだら――。
俺は、俺はいったいどうすればいい。
とぼとぼと病院から離れ自室に戻ることにした。
結局俺は何をやっていたんだか。
港……行こうかな。
いつも何かあったら俺は海を見る。
変わらない波音が俺を癒してくれるから。
歩いて五分ほどするともうそこには港が存在していた。
コンクリートに波が打ち付ける静かな音が響く。
俺はゆっくりと座ると体操座りになった。
遠くに見える巨大な影二つ。
月夜楼と暴風楼だ。
済みきった海水は深い水面の奥を見せようとしない。
この辺は水深が百を軽く超える。
そのため、戦艦なんかがそのまま陸に直結できる形で停泊できるらしい。
それはヴォルニーエルが実証済みだ。
人工島……じゃないよな?
なんだろう。
よくは分からないがとりあえずこうやって帝国郡最大の港としてにぎわっているのは確かだ。
「ふう……」
この広い海の向こう。
連合郡の本部がある方に俺は目を向けた。
青い水平線がただただ広がっている。
シンファクシの申し出どうしよう。
受けるべきか受けないべきか。
いや、迷っている暇なんてないだろう。
すぐに連合郡はまたここに爆撃機なんかを送りつけてくるに違いないのだ。
その時はどうしようとも俺は自衛のため攻撃せざるを得ない。
今まで人を殺さない、と思ってきていた。
だが、それはただのきれいごとだった。
戦争において人が死なないわけがないのだ。
今までが甘えだった。
シエラやメイナに甘え、仁に頼っていた。
俺の代わりにみんなが人を殺してくれていただけだったのだ。
今、そのつけが回ってきた。
きれいごとだけでふらふらと逃げ回っていた俺にはふさわしい罰だ。
盗む対象が変わっただけ。
簡単な話だ。
俺の持つこの力を使えば一瞬でひとつ、またひとつと奪い去れる。
簡単だろ?
もしかしたら俺が人を使うことによってこの戦争が早く終わるかもしれない。
そうすることにより死ぬ人数が減るかもしれない。
なら……受け入れるしかないだろう。
「ん?」
何やら手がもぞもぞしたから見てみた。
ヤドカリが俺の手の上ではさみを振り上げとことこと歩いている。
久しぶりにヤドカリなんか見た。
俺はヤドカリを掴むと、コンクリートの上に置きなおしてやった。
生きろよ、ヤドカリ。
再びぼーっと海を眺める。
いつだって変わらないな。
嵐が来てもずっと波を打ち付け水をうねらせる。
飽きないのか?
波に聞いてみたい。
波音を奏でるだけで、面白いのかと。
聞いたところで返事は帰ってこないってわかってるけどな。
「はぁ……」
空を見上げた。
二匹のカモメがもつれ合うようにして仲良く飛んでいた。
This story continues.
ありがとうございました。
さてさて。
これからどうなるのやらっ。
次を描くのが楽しみでしかたありません。
どうなるのでしょうか!
ふふっ、お楽しみにです!